日向編
七月末日。私の提案によって天津くんが企画した『ゲーム合宿』、その為の打ち合わせを駅前のファミレスで行うことになった。
メンバーは、天津くんを中心とした四人……と、そこには霧島くんもいる。天津くんに託した“足要員の確保”が、霧島くんに決まったかららしい。……なんでよりにもよって彼なのか。
霧島くんは、しょうりんが好きだった人だ。そして、彼女を振った男。そんな人をこの合宿の一人に選んだ天津くんに、正直頭を抱えそうになったが、彼を推薦したのはしょうりんらしい。
それがとても不思議で、しょうりんに確認したらあっさりと肯定されてしまった。その返答には何の含みもなくて、問いかけた私が動揺してしまったほど。
「いいの……?」
「うん。……まぁ、気まずいのは気まずいけど、私はそんなに気にならなくなってる。それに、私よりも気まずいのは金剛さんじゃないかなー?」
そう言ってしょうりんは話を終わらせた。口ぶりは金剛さんを心配してはいるけど、表情は全く変わらない。前に金剛さんがしてくれた話の中では、彼が発端でクラスから浮いてしまったそう。ただ、それを金剛さんは面白おかしく話してて、そこからはあまり霧島くんが悪者のような印象は受けなかった。ただ、私は……霧島くんの残忍さを知っていた。
そのことは、しょうりんにも話してない。私と天津くんだけが知っている彼の真実。いや、もしかしたら金剛さんも知っているのかもしれない。だから、本当の霧島くんを知らないのは、彼の事が好きだったしょうりんだけ……。
のはずなのだけれど、彼女から『金剛さんの心配』が出てくるということは、なんとなく気づいているのかもしれない。
なのに何故……しょうりんは霧島くんを推薦したんだろ。
私は最近、しょうりんが分からなくなってきていた。学校では、いつものしょうりんで、私と話すのもクラスメイトと話すのも今までと変わりない。ただ、天津くんを好きになったと私に言ってきた時から……いや、あるいは霧島くんが気になってると言い出した頃から、しょうりんは少しずつ変わってしまったように思う。
その見えにくい変化が、私を不安にさせる。また、何か良くない事が起こるのではないかと恐怖させる。
恋は簡単に人を変えてしまう。それまではとても仲が良かったのに、途端にその仲は呆気なく壊れてしまう。
そこに私が関わると、いつだってロクなことにはならない。
だから、しょうりんにそれ以上のことは聞けなかった。
――もしかして、わざと霧島くんを呼んだ?
それを思ったけど、怖くて聞けなかった。もし違ったのだとしても、それは私がしょうりんを疑ったことになる。
なんにせよ、決まってしまったものは仕方なかった。ファミレスで集まった私を含めた五人。みんな自分の前にあるお冷やを、時々飲んでは……会話はない。ここも天津くんが仕切るべきなんだろうけど、さすがに荷が重いだろう。
だから、私が最初に言葉を発した。
「――じゃあ……打ち合わせを始めるわね?」
合宿を行う場所や日程の確認、持っていくものや必要な準備などを淡々と説明していく。それを彼らはそれぞれにメモしていて、霧島くんがちゃんと免許を持っているのかもそこで確認した。
最後に、私はこの合宿での“目的”を話さなければならない。それを霧島くんが聞いてしまうことは非常に遺憾ではあったけれど、仕方なかった。
「――この合宿だけど、しょうりんと金剛さんには、天津くんの粗捜しをして欲しいの」
それに二人は小首を傾げた。だから、ちゃんと説明をしていく。
天津くんともしも付き合った時、必ず彼の悪いところが見えてしまうこと。そういった悪いところを許せずに、別れてしまうカップルが現実にはいること。だから……それをこの合宿期間内で見つけて欲しいこと。
話終えると、二人には納得の表情があって、そのことに安堵する。
「なるほどね? じゃあ、私は金剛さんが許せない天津くんの悪いところを探せばいいわけだ」
しょうりんは腕組みをした。
「えっと……じゃあ、私はりんちゃんが許せない天津くんの部分を探せばいいのね?」
金剛さんもそれに続く。
その回答は……恐ろしいぐらい目的とはズレていた。
「待て待て! これはあくまでも、二人が俺と付き合った時の想定だ。だから、二人は『自分が許せない俺の部分』を探すんだ」
それまで黙っていた天津くんが言葉を発する。そう、これはあくまでも『彼女たち自身が天津くんを吟味する合宿』だ。
なのに。
「でもさ? 天津くんの粗捜しをする、って所はどちらでも同じでしょ?」
平然と言ってのけるしょうりん。
「そうだよね。どちらにしろ一緒だ」
賛同の金剛さん。私は天津くんと顔を見合わせ……どう返していいか分からず、それになくなく承諾するしかなかった。
「じゃあ、俺も天津くんの粗捜しを手伝うよ」
「いや、お前はいいから。お前が参加しだすと厄介なことにしかならん」
笑顔で言ってきた霧島くんを、天津くんが制した。なんとなく、彼らも仲良くなっているのかもしれない。そんな雰囲気が見てとれる。
「私は天津くんのどんな部分でも許せるけどね?」
「私もどんな天津くんだって受け入れられるよ」
張り合わせる気などなかったのに、彼女たちはピリピリとした緊張を張りつめさせた。弱気だった金剛さんはもうどこにも居なくて、しょうりんと真っ向から対面している。
それに私は、やはり頭を抱えたくなってしまう。
ただ、そうなることは目に見えてはいた。二人が同じ人を好きになってしまった以上、喧嘩紛いの雰囲気になることは避けては通れない。
避けられないなら、無理に避けることはない。ちゃんと、それが制御できるようにしてやることが一番。
私は、その方法を知っている。だから、この提案も自信を持って出来たのだ。
「……この合宿は、交流を深めることを目的としているわけじゃない。だから、たぶんどこかで争いが起きてしまうと思うの。その為に、ルールを設けることにするわ」
「ルール?」
疑問の天津くん。それはみんなからも窺えた。
「えぇ。争いになった時のルール。まず一つ、暴力による解決は絶対に禁止するわ。もしもそうなった時点で合宿は中止にする。二つ目、決めなきゃならない事柄で争いになった場合、多数決を取る。その決定には絶対従うこと。そして……三つ目、負けても勝手に一人になったりしないこと。この合宿は私たちだけしかいないから、何かあった時に困るのは私たちなの」
それに、みんなは頷いてくれた。まぁ、当然のルールだ。
だけど、それを決めておくことはとても大切。ルールは、絶対に守らなければいけなくて、それがあるから平和は保たれる。
それを私は知っている。
なにせ、私は私だけに与えたルールがある。
それは、誰かと良好な人間関係を築くことにとても役立ってきた。そういった結果があるからこそ、ルールの大切さを認知している。……その一つを、誰かさんに壊されてしまったけれど。
「……なんだよ」
「別に」
無意識のうちに、天津くんを見つめていた視線を他へと移した。『恋人はつくらない』、そうやって決めたうちの一つは、彼が壊してくれた。
「取り敢えず説明はこんなところ。……質問はある?」
質問も異論もなかった。そこで私はようやく仕事を終えることが出来た。
「悪いな……なんか、任せてしまって」
天津くんが申し訳なさげに言ってきた。そんな弱気な彼が少しおかしくて笑ってしまいそうになる。
「あなたの考えなら、私は私の為にやっているんでしょ? 謝る必要なんてないわ」
「……そうか。ただ、まぁ、俺としては助かってる」
もしかしたら、天津くんもだいぶ参ってしまっているのかもしれない。しょうりんと金剛さんから告白されてしまった哀れな男の子。そんな贅沢な悩みを抱えているくせに、どうして良いか分からなくなっている情けない男の子。そんな構図すらなんだかおかしくて、気を抜けば吹き出してしまいそうだった。
合宿前にやるべきことはやった。あとは……彼ら次第。私はそれを見守る中立の立場。それを覆してはいけない。
それが、たぶん私に出来ることで、彼女たちの……強いては天津くんの為。
そしてたぶん……それこそが私の為なのかもしれない。
この合宿が、みんなにとって善きものであるために、私はみんなのルールとなる。公平に、平等に、差別なく、区別すらなく。
だから、私の感情はここに含めてはいけない。誰かに肩入れしてもいけない。私の独裁であってはならない。
だから。
「まぁ、目的は少し変わっているけど、どうせなら楽しくなるようにしましょう」
楽しくある為に、私が持ち出したルール。言い換えるとそれは、私自身を縛る為のモノでもある。
みんなの為に。みんなの為に。みんなの為に。
そしてそれは、私の為。
知らず知らず、心の中で何度もそれを唱えていた。それは脳内に溶けていって、いつしか私の心を縛り付けていく。
それでいいんだ。これでいいんだ。
そして、誰かさんに壊されたルールをひっそりと復活させる。
――恋人はつくらない。
そのルールは、もう……前ほどの効力を持ってはいなかったけれど、それでも無いよりはマシに思えた。
それが解けてしまわないように、何度も何度も自分に言い聞かせるだけ。
まだ合宿までは少しだけあったから、きっと当日にはそれなりの気持ちで迎えられるだろう。
「――なぁ、一つ良いか?」
みんなと別れる時、天津くんが言いづらそうに話しかけてきた。
「合宿の人数なんだが……一人増やしても問題ないか?」
「……は?」
「いや、ダメなら別に良いんだ」
「借りる別荘は、たぶん問題ないけど……。それ誰?」
「うーん……後輩」
「後輩? というか、今回の目的とか、私たちの問題とか知ってる人?」
「知ってるというか……さっき隣で聞いてたというか」
「はぁ?」
ハッキリしない彼は、ため息を吐き出した。
「まぁ、たぶん断っても着いてくる気満々の奴が一人いる」
「着いてくるのは構わないけど、あなたが面倒見なきゃいけないわよ?」
「……だよな。その責任はある気がする」
「責任を持てるなら別に良いけど……あまり人を増やすのは賛成じゃない」
「……俺もだ」
この時、私はあまり深く考えていなかった。彼が連れてきた……というより彼に着いてきた人が、私が丹念に縛り上げたルールを壊そうとしてくるなんて、夢にも思わなかった。
だから、呆れた表情をつくって。
「まぁ、仕方ないわね」
なんて、いつもの私みたく振る舞ってしまったのだ。
【日向舞】
職業:支援者
武器:なし
装備:なし
特技:なし
戦術:彼女は、ただ居るだけで誰かを傷つけてしまった。何の思惑もなく、誰かを傷つけてしまった。その事に自分さえも傷ついてしまった。故に、彼女は武器も装備も捨て、自分を縛り、誰かの支援者に成り下がるしかなかった。彼女こそ最強。しかし、それに耐えうる器を持たぬが故に、彼女は自分を強く抑制するしかなかった。皮肉にもその抑制こそが、反して彼女の強さを作り上げた。




