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翔鶴編

 昔から運動は得意だった。小さい頃はよく近所にある公園で男の子と遊んでた。家の中にいる女の子たちよりも、男の子たちの遊びは危険で冒険的で、いつだって私をわくわくさせた。


 喧嘩も強かったと思う。というより、私は気が強かったから、勢いだけで男の子たちを負かしてた。そうやっていつも最後に言う言葉は「男のくせに」。それを言うと、もう私は勝利者になっていた。


 パパはそんな私とよく遊んでくれて褒めてくれてたけど、ママはすごく心配してた。「女の子らしく」そんな言葉でいつだって会話を終わらせた。その時のママは少し怖くて、パパに何も言わせない雰囲気を出してた。


 だからなのだろう。ママは私を女の子らしい習い事に通わせた。ピアノから始まって、琴や日舞なんかもした。どれも退屈で、それでもママは嬉しそうにしてた。だから、私はそれだけで良かったんだと思う。


 ただ、もう少しパパが強かったらなぁ、と思う時はあった。パパはママを愛してて、ママもそんなパパを愛してて、私はそんな二人が大好きだったけど、パパがもう少し強かったら、私はきっと男の子たちともっと一緒にいた気がする。


 小学生の頃のことだ。私は些細なことで男の子と喧嘩した。


 その時、私は呆気なく力負けしてしまって、何も出来ない自分に泣いてしまった。それを見て相手の男の子は勝ち誇った笑みをしてて……それに悔しくてまた泣いた。


 今では、負けた原因が男の子と女の子の体格の差だって分かるのに、その時は『負けたのはママのせいだ』って思った。理屈では分かっていても、その時の気持ちは強烈で刻み込まれた意識はなかなか拭えない。


 だから、私は強い人に憧れたんだ。曲もテイラー・スウィフトばかり聞いてた。強い女性像を彷彿させる彼女の歌詞は、私に勇気を与えてくれた。


 でも、それに反してやっぱりママは、私に女の子らしさを求めた。私はママが大好きだったから、そんな自分を隠した。


 どうすればママにとって女の子らしい私でいられるのか。それだけが、私に女の子らしさを考えさせた。


 隠した自分は消えなくて、隠せば隠すほどに気持ちは大きくなっていく。


 私が舞ちんに近づいたのも、きっと舞ちんが強くて格好よく見えたからなんだと思う。霧島くんを好きになったのも、彼が強く見えたから。


 私は『強さへの憧れ』と『女の子らしさ』をずっと解離させて考えてて、それを上手く自分の中で隔てる為に、ずいぶんと(ずる)くなってしまった。


 それを悪いこととして考えていたから、きっとこれからもそう生きていくんだろうなぁってボンヤリと思ってた。


 だけど……それを許してくれた人がいた。あまりに呆気なく、それを許してくれた人がいた。


 そして分かったんだ。私が欲しかったのは、強さでも女の子らしさでもなくて、ありのままの私を許してくれる人なんだって。


 だから、私はその人を手に入れる為にどんなことでもしてしまうと思う。天津くんを手に入れる為に、どんな手段でも用いてしまいそう。


 今日もLINEで天津くんに『おやすみ』を送る。明日も『おはよう』を送る。天津くんの日常に私をこっそり落とし込む。そうやっていると、彼の世界に私が入り込めた気がしてドキドキする。でも、実際は彼に振り向いてもらえなくて最後にはモヤモヤする。


 彼はとても強い。でも、強いから好きになったわけじゃない。


 そのことに安堵する。そして、不安になる。彼が誰かに取られたらどうしよう……と。でも、今のところ天津くんが強すぎて、誰も彼を奪えない。それでも……きっと、いつかは……。


 おやすみ、のLINEを送った後に、私は今日買ってきた紙袋を机の下から引っ張りだした。


 その中には、天津くんが誘ってくれた合宿に持っていく“勝負下着”がある。『海辺の別荘』と聞いた時、私は真っ先に考えた。きっと金剛さんは、そのプロポーションにあった可愛い水着を持ってくるかもしれない、と。


 でも、私は彼女みたいなプロポーションを持ってない。服だって、いつも体のラインが分かりづらい大きめの服を選んできた。私は金剛さんに比べたら、とても子供っぽい体をしている。


 だから、そこで私は勝負しない。そして、たぶん私が勝負出来るのは、やっぱり私が女の子だという事実しかない。それがどんなに狡いやり方でも……それでも私は天津くんが欲しい。


 ライトブルーのサテン生地の下着は、撫でるだけでも心地よかった。不意にその撫でる指が天津くんを想像させて、体の奥からゾクゾクしてくる。でも、すぐにそれが妄想であることに気づいて切なくなる。もはや病気みたい。


 そして最後にはベッドに身を埋め、治まるまで耐えるしかないんだ。


「……天津くん」


 そうやって言葉にして吐き出す。でも、吐き出せば吐き出す程に気持ちは込み上げてくる。だから、何度も何度も吐き出すしかない。


 もう、どうにかなってしまいそうだった。


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