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金剛編

 午前十時の駅前は、夏休みに入った学生たちで少し賑わっている。みんなそれぞれのオシャレをしてて、一人で歩いてる女の子さえもそういった雰囲気を醸し出していた。


 待ち合わをした場所に行ったのだけど、LINEで来た文では、近くのカフェで待っているとのこと。勝手だなぁ、などと思いつつも私が誘った側なので文句は言わずにおく。


 行けば、そのカフェテラスで北上さんがグランデサイズのフラペチーノを太めのストローですすっているのを発見。


 椅子にもたれ掛かかり、向こうも私を見つけて片手を「よっ」的に上げた。そんな彼女に一言だけ告げる。


「私も買ってくる!」


 そうして私は、急いでカフェの店内へと入ったのだ。なんか彼女だけ優雅にフラペチーノなんかすすっててズルい。



「――どうしよう……これ絶対カロリーあるよね」


 頼んでしまったフラペチーノ。たっぷりの生クリームが乗った甘い部分から飲んでしまい、今や氷状の部分しか残ってないカップを前に絶望してしまう。


「あんたが頼んだんでしょ……」


 北上さんは呆れた表情。だが、見せつけるようにそれを飲んでいた彼女が悪いとも思う。


「北上さんは良いよね。飲んでもその分部活で動くから」

「いや、全然消費しきれてないから。まぁ、私はあまり気にしてないけどね」

「消費出来てるから気にしないんだよ? それ」


 北上明奈。クラスメイトであり女子バスケ部。彼女と休日に会うなんて少し前まで想像もしてなかった。というか、私の性格上絶対無理だと思ってた。


 私は結構根に持つタイプだ。だから、北上さんに対してあまり良い印象はない。


「可愛い女の子は大変だね」


 そして、たぶん北上さんも私のことをあまり良く思ってない。そんな皮肉混じりの言葉に、私は「まぁね」とだけ返しておく。彼女はそれを隠しもしないから、私だって隠さない。気に食わないのはお互い様で、ほんと、何でこんな仲良さげな待ち合わせしているのかと不思議に思えてくる。


「そろそろ行こう」


 そう言って立ち上がる北上さんに、私は急いで残りを飲む。もはやそれは水みたくなっていて、トイレ近くなるなぁ……などと、憂鬱な気持ちになる。誰かにフラペチーノの正しい飲み方を教えて欲しい……。


 今日、彼女と待ち合わせをしたのは水着を買うためだった。何故その相手が北上さんなのかと言うと、水着を買う目的を彼女は知っているから。水着なんて、実は何枚か持ってはいる。もちろんサイズなどもあるので買い換える必要はあるのだが、その点を考えても私は着用する水着を持ってはいた。


 それでも、こうして買いに来るのは、たぶん気持ちの切り替えみたいなものだと思う。その点、男の子は何年も同じ水着を着ていたりして、気にしてないのか気にならないのか分からないけど、総体して羨ましいとは思ったりする。よくも去年と同じ水着を堂々と着てこれるものだ。……気にしてるのは私だけなのだろうか? とも思ってしまいそう。


 今日水着を買う……かどうかはまだ分からないけど、その意思があるは私だけ。北上さんはただ付き合ってもらってるに過ぎない。いつもならお母さんと一緒に来ていたのだけど、今回私が買いたい水着の事を考えると、たぶん止められそうで怖かった。だから代わりに北上さん。まぁ、お店のスタッフさんに話しかけてもいいけど、なんとなく知らない人にそういうのを見せるのは嫌だった。だから代わりに北上さん。北上さん万歳である。


「ほら、はやく選びなよ」


 水着売り場にくると、彼女が素っ気なく言い放つ。それに私は「はいはい」とだけ返してから吟味し始めた。今日買いたいのは大人っぽくて少しセクシーなもの。イメージは湘南のギャル。派手な水着って奥が深い……というより次元が違う。手にして、目にして、思うのだ。こんなもの……本当に着るのかっ! と。


 だから躊躇して控えめな物を見てみるも、やはりなんか違うなと思う。そうやって何回も水着売り場を右往左往していたら、北上さんにため息を吐かれてしまった。


「もう試着しちゃいなよ」

「気になるの結構あるんだけど」

「全部試着すればいいし。じゃないと決めらんないでしょ、あんた」

「……わかった」


 今日の為に、通販とかでいろいろ調べてきたのだが、やっぱり画像とかと実物は違う。なにより、肌につける物だから安易に選びたくない。なにより怖いのはサイズ感。どうせ試着してみなければならなかったのだけど、それまでに選ぶのもこんなに時間かかるとは思わなかっただけ。


 私は気になったのを何枚か持っていって試着を試みる。さすがに肌にそのまま着けるのは憚られるため、下着の上から。着けた後にカテーンから外を覗いて(?)ちょいちょいと北上さんを呼ぶ。それから、必要最低限彼女が見える程度にカーテンオープン。それを何度も繰り返した。


「どう?」

「いいんじゃん?」


 二着目。


「派手かな?」

「別に。いいんじゃん?」


 三着目。


「これ、狙ってるって思われないかな?」

「うーん。まぁ、いいんじゃん?」


 四着目。


「これなんかさ、可愛いんだけど私に合ってないよね……」

「さぁ? いいんじゃん?」


「なんで同じことしか言わないの?」


 我慢できなくなって問いかける。しかし彼女は平然としていた。


「最後に決めるのあんたじゃん。それに、見せたいのは私じゃないんでしょ?」

「うぐっ……それはそうだけどさ」

「それに、私はあんたの恋を応援したいとは正直思ってないんだ。というか……」


 そうして言葉を切った後に、彼女は悲しげに笑って見せる。


「玉砕しちゃえば良いのに……とか、思ってる」


 彼女は、失恋からまだ完全に立ち直れてはいない。手に入れたかったものが手に入らなかった。それはもう、どうしたって手に入れることは出来ない。それを理解した時、持ってもいなかったくせにとてつもない喪失感を覚えてしまう。それをどうにかしたくても、どうにも出来なくて……苦しむしかなくて、ホントに悲しい。


「……私はたぶん待ちすぎたんだよ。ずっと好きだったのに、あまりにも瑛太が遠くの存在に見えてたから、追い付きたくてずっと追いかけてたんだ。でも、それが逆に私自身を辛抱させてしまったんだよね」


 自虐を彼女は語り出す。


「もっと……はやく伝えてれば良かった。追い付きたくて必死にバスケなんてやってたけど、私が頑張った分、瑛太も凄く上手くなってて、いつかの私が感じた差は……全然埋まってなんかいなかったんだ。それを知るのが……遅かった」


「北上さん……」


「瑛太がやってたこと、教えてもらったこと、全部やったけど全然ダメだった。全部止められて、全然通用なんてしなかった。好きだからずっと見てたのに、目の前にいたのは、もう私が知ってる瑛太なんかじゃなくて……なんだか浦島太郎みたいだと思った」


「だから、告白しなかったの?」


 それに彼女は首を振ってみせる。


「なんか分かっちゃったの。私じゃダメなのかもって。たぶん、そう思っちゃうのも間違いなんだろうけど、思っちゃったんだから仕方ないよね……。なんかホント馬鹿みたい。だから、あんたもそうなれば良いのにって思ってる」


 意地悪な言葉。意地悪な心根。だけど、それを私は否定しきれない。そして、少し前までの私ならたぶんこう言ってたんだろうな。


――でも、それが人間じゃん! 北上さんの気持ちは人間として当然のことだよ!


 思ってみて吐き気がした。そうやって『それを言ってる私可愛い』に陶酔していたかったのだろう。嫌なこと言われても、むしろ『相手を想っちゃう私スゲー』に陶酔したかったのだろう。でも、北上さんの気持ちが少しだけ分かってしまう私は、もうそんな事を言えなくなっていた。


 だから。


「うっわぁ……。最低なんだけど」


 と、引いて見せた。それにムッとする北上さん。


「告白もできなかったのに、なに分かったようなこと言ってんの? してみないと最後まで分からないから。あと、北上さんと私を一緒にしないでくれる? 私可愛いから、相手を追いかけるとかしないし」

「はっ、はぁっ? 私可愛いとかマジキモいんだけど? つうか、そんなに自分に自信あるなら私なんか誘うなよ」

「誘ったのは私だけど、ほいほい付いてきたの北上さんだから。あと、こういうのに誘う相手が、北上さんしかいないの……元はといば、北上さんのせいなんだけど?」

「なっ……」


 そんな彼女を放っておいて、シャッとカテーンを閉める。そうして五着目を試着して、カテーンを少しだけ開けた。もしかしたら怒って帰るかと思ったけど、ちゃんと彼女はいた。


「これ……どう?」

「はぁ……可愛いね。別にいいんじゃん?」

「心がこもってない。やり直し!」


 シャッ!


 もはや、水着を買いにきたのか北上さんと言い合いをしにきたのか分からなくなっていた。カーテンを開ける度に私は彼女と言い合いをして、その水着が私に合っているか、可愛いかなんて二の次だった。


 そうやってなん着も試着して、もう一度気になったものを試着しなおして、どんどんイメージと違ったものは省いていって、最後に残ったのは、派手とは言いがたい真っ白な生地のビキニ。これでも結構頑張った方。なにせデザインがなんかエロい。これ、激しく動くとヤバい気がする……。


「結局それにすんの? 地味じゃね?」


 そんなことを言う北上さんだったが、私は気にしない。


「元の素材が良いから、別に飾らなくて良いんだよね私」

「うへぇ……嫌みだし、それなら元々私いらないし、もう勝手にしろよって感じだわ」

「言われなくても勝手にするよ」

「マジむかつく」


 お会計を済ませて、売り場を出る。時間をかけて買った分、気持ちは満足だった。


「じゃあ、私はこれで」


 今日の目的が終わって、北上さんは言った。それには「ありがとう」を返す。そしたら、北上さんはなんか納得のいかない表情をして、頬を指で掻いた後に、ポツリと。


「まぁ……私みたいに待ちすぎないことだね」


 アドバイスをくれた。だから、私もアドバイスしてあげる。


「待ちすぎないコツは、待ってることを相手にちゃんと伝えることだよ」


 そしたら北上さんは驚いたような顔をして、最後にぶすっと睨み付けてきた。


「ほんと……最後までムカつく」

「うん。私も」


 それを隠しもしない私と北上さん。彼女は最後まで私を睨んで去ってしまう。彼女とはこれからも仲良くはなれなさそう。……でも、不思議と嫌な感じはしなかった。


 私はこれまで、私が可愛いくあるためだけに生きてきた。それを誰かになんて見せたことはない。むしろ、可愛いさなんて作ってない私を演じることで精一杯だった。だって、そんなの見せたら絶対にダサい。


 一人でずっと、それをやってきたんだ。それを……認めてくれた人がいた。いや、ずっと私が可愛いなんて認められてきた事実だったけど、それを、ちゃんと形として証明してくれた人がいた。


 言葉で「可愛い」なんて私にとっては当たり前だった。何故なら、そうなるよう私がやってきたから。私が可愛いなんて、私が誰よりも知っている。本当に知りたかったのは、私の頑張りが結果としてちゃんと出ていたのか? ってこと。


 それを、結果で証明してくれた。その人らしいやり方で。


 だからこそ、その人からの「可愛い」は特別で、それは当たり前なんかじゃない。


 買った水着を……それが入った紙袋を、少しだけ抱き締めてみる。紙袋がくしゃりと音を立てて、形が少しだけ崩れる。


 ……これを着たら、可愛いと言ってくれるだろうか。私を見てくれるだろうか。


 この頑張りを……また証明してくれるだろうか。


 想像したら、気持ちがじんわりと温かくなる。それが心地よくて、思わずニヤけてしまう。そのことに気づいて、周りを見渡してしまう。よかった。誰も……見てなかった。


 北上さんは電車で来たようで、そのまま駅の方へと歩いていった。私はバスだったから、バス停まで行こうと思ったのだけれど、今日のフラペチーノのカロリーが気になって、少しだけ歩くことにする。


 たぶん、少し歩けば消費できるよね。なんて思いながら。


 その歩いた分と、フラペチーノのカロリーを計算してみて、絶望したのは、その日の夜のことだ。

以前、二章の差し替えについて、「前の方がなんか良かったかも」とのご意見がありました。私からすると、どちらもあまり大差なく、読みやすい点だけを考慮すれば差し替え版の方が良いので、変更するつもりはありませんが、データだけは持っているので、今日から一週間だけ『活動報告』にて、公開しておきます。


この作品は、天津視点で語られており、他のキャラの大部分を書くことなく進めているので、わりと分かりづらい心情があるのだと思います。

天津も自分だけの想像だけでそれを決めつけをしており、わりとキャラクターたちの気持ちがすれ違っている点も多々あります。それすらも説明していない作品ですので、モヤモヤしてしまう事が多いのではないでしょうか。


ということで、次話は翔鶴編です。

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