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森の木こりは蚊帳の外

 望まなければ何も手には入らない、なんてのは嘘っぱちだ。生きている限り誰もがなにかを望み、そして求め続ける。


 だから、友達も望まなくって手にいれることはできる。高慢な言い方だが、そういうものだと思ってる。


 では、何故俺に友達はいないのか? 簡単だ。ボッチであることを俺自身が望んだからだ。そして、このことがそこら辺にいるボッチと俺とを大きく分ける要因にもなっている。


 つまり、望んでボッチになった者と、望まずにボッチになった者。前者である俺は同じボッチにカテゴライズされても、格が違うのである。


 そう。これまで俺は、望んだもの全てを手にしてきた。そうなるよう努めてきた。だから、今回も例には洩れない。


 俺は再び、安寧の日々を取り戻したのだ!




「昨日、姫沢の子が告白しに来たってマジ!?」

「それ俺も聞いた。めっちゃ可愛い子だったらしいじゃん」


 離れた席で盛り上がる会話。それに耳をそばだてているのは俺だけでなく、周囲の女子たちもだ。昨日のことは、どうやらそういう風に伝わっているらしい。そして、その噂の中の登場人物に、天津風渡という男はどこにもいなかった。さすが俺。噂の中までステルスが遺憾なく発揮されている。


「告白じゃなかったよ。まぁ、ただの(・・・)友達だよ」


 霧島が笑いながら答えていた。その『友達』という単語に、周囲の女子たちの緊張が途切れたのが分かる。だが、俺には『ただの』という点がどうにも引っ掛かってしまう。

 霧島があのあと、LINEにて日向舞とやり取りをしたのであろうことは想像に(かた)くない。だから、霧島の感覚的には彼女を友達としてカテゴライズしたことも想像できる。だから友達という表現も理解できる。


 しかし、それは事実であって真実じゃない。霧島が真実を言うのなら『昨日知り合った友達』なのだ。曖昧な関係はすぐに切り捨てられるのと同じように、曖昧な表現さえも後々なんとでもいえる。タダほど怖いものはない。なら、霧島にとって日向舞は価値のある友達なのだろう。


「姫沢の子と知り合いとか凄ぇじゃん! 遊ぶときは俺も呼んでくれよなぁ」


 取り巻きの男たちが勝手に盛り上がる。それに周囲の女子が「ひどーい私たちもいるのにぃ」などと軽く言葉を投げている。今日も今日とてクラス内は霧島を中心に回り、それに入れぬ者たちが思い思いの時間を過ごすだけだ。


「まぁ、そのうちな」


 霧島は歯切れ悪く終わらせ、そんな曖昧な回答に男たちは喜びを露にした。はいはい、霧島劇場おもしろいおもしろい。


「金剛さんにライバルの出現じゃん。もっと押してった方がいいよー」

「そうそう。霧島くん他校の女子も知ってるから。ほら、うちのサッカー部強いし」


 教室の隅では霧島劇場のサイドストーリーが展開されていた。心にもない応援の声。それに金剛麻里香は「そんなんじゃないってぇ~」と両手を目の前でブンブンさせている。その直後にどこからか舌打ちが聞こえたような気がして、俺は見るのを止めた。


 どうか世界が平和であってくれ、そう願わずにはいられない。


 一応、仲介人として彼らを繋げた俺ではあったが、霧島からその後の経過を聞くことはなかった。やはり、日向舞にとっても俺は、霧島とのラインを繋ぐいち手段にしか過ぎなかったのだろう。目的が達せられれば切り捨てて良い存在。うむ。そんなのは最初から分かっていたことだ。


 だから、あの時俺に見せた表情もろもろも、目的を達するための演技だったのだ。


 分かっていたことだ。だから、なんとも思わない。


 やはり俺は正しかったんだ。



 だが、事の顛末はおかしな方向に進め始めていた。それは、あの日から数日経った帰りのことである。


「久しぶり」

「……今度はなんだ」


 日向舞がバス停に現れた。いや、待ち伏せしていた。もうやらないって言いましたよね? たしか。


「いや、今度の日曜のことを話し合っておこうと思ってさ。ほら、私は“しょうりん”の恋を応援したいしさ。事前に話し合っておけば、霧島くんとしょうりんを二人きりにすることだって簡単なわけでしょ? だから天津くんと作戦会議をしようと思って。なのに天津くん、霧島くんにもLINE教えてないし、連絡の手段も一切ないから、ここで早くに待ってれば会えると思って来ちゃった」


「……いや、来ちゃった、じゃなくて何の話してんの? 日曜? 日曜になんかやるの?」


「ん? 霧島くんから誘われたでしょ? 日曜のこと」


「いや、何も聞いてないですが」


「うそ。そんなはずないけど、霧島くんが天津くんを誘ったって言ってたけど」


「はぁ? ……なにに?」


「……え?」


 俺はおそらく、ポカンとした日向舞と同じ顔をしていたと思う。それは数秒間続いて、現状の整理が追い付いてないことを理解させた。俺は一旦息を吐いてから周りを見渡す。近くにいる数人のうちの生徒たちの視線。やはり、ここで日向舞は目立ちすぎている。


「取り敢えず次のバス停まで歩きながらでいいか?」

「あっ、うん」


 別に大した距離ではない。俺は歩道を歩き、日向舞もそれに付いてきた。


「私の友達のことは知ってる? 翔鶴(しょうかく)りん、だから“しょうりん”」

「知らない」

「……でね? 霧島くんと約束してたデートが、今度の日曜ってことになったの。それは?」

「知るはずないだろ」

「……そっか。でも、霧島くんから「いきなりは恥ずかしいから私も同行してくれ」って話になって、霧島くんももう一人友達を連れてくるって話になったの」

「……なるほどな」

「で、私が天津くん連れてきてって話したの。他の人だと初対面だから」

「いや、俺もほぼ初対面みたいなものですけどね……」

「でも、何にも知らない人よりはマシでしょ? まぁ、霧島くん曰く、『天津くんは知らない女子といると緊張で何も話せなくなる』とか『たぶん楽しい話は出てこない』とか助言されたんだけど……そんなの……承知の上だからさぁ……ぷぷっ」


 その話の後半、日向舞はおかしそうに笑った。……いや、悪かったな。あと助言ってなんだよ。ただの悪口だろ、それ。


「じゃあ、あれか。霧島が俺を連れていきたくないだけってことか。まぁ、俺みたいなのが友達だって知れたらあいつの株落ちるもんな。理解できないわけじゃない」


 いや、なんで俺は霧島のフォローしてんだよ……。事実を並べて考察してみたが、何故か悲しくなってしまう。


「まぁ、だよねぇ……。でも、しょうりんにも言ってあるんだよ? 一緒にくる人は友達もいない可哀想な奴だって」


 いや、俺を推したならフォローぐらいして欲しいんですが……。お前のせいで、しょうりんにボッチって偏見で見られちゃうじゃん。


「そうか。まぁ、話は分かった。たぶん、俺は誘った提にして、他の奴を連れてくつもりなんだろ。当日、俺が急に来られなくなったとでも言えばなんとでもなるからな」


 これは憶測の範囲を越えない推理だが、おそらく間違ってはいないだろう。霧島が俺にそれを言ってくる機会などいくらでもある。にも関わらず、既に決定事項として話が進んでいるのならそういうことなのだ。


「それで天津くんはいいの? 霧島くんに騙されてるってことだよ?」

「いや、騙されてはないだろ。それに現時点騙されてたのはお前の方だからな。俺は自分の価値を理解してる。だから、ハブられたところで何とも思わない」


 不意に日向舞の足音が止んだ。振り返えると、そこには少し悲しそうに佇む彼女がいた。その表情に、俺はとんでもない事を言ってしまったのではないかと不安になる。


「……いっ、いや、騙されてはいたが気にすることはないぞ。なにせ悪いのは嘘をついてる霧島の方だからな? お前が気にすることはない」


 慌てて取り繕った言葉を並べて見せるが、彼女の表情には、あまり変化がない。


「……そっちじゃないんだけどね」


 そうやって、なにかを諦めたようにふっと頬を弛ませた。女子ってなんでこうも瞬間的に感情を変えられるのだろうか。男ならまず出来ない。だから男は嘘をつけないのだ。見破られた時に、表情が強張るからだ。そうやって一旦頭真っ白状態にならないと、感情を操れないのだ。


「まぁ、いいや。何がなんでも天津くんで通してもらうから」

「いや、そこはもう俺でなくてもいいじゃん。たぶん楽しくならないのは事実なんだし。霧島もそういうところを考えて人選してると思うぞ?」

「これは私が仕組んだことだし、私が責任を持ちたいの。だから、私が操れ……信頼できる人じゃなきゃ嫌」

「なんか霧島が悪いことのように思えてたが、お前も結構悪いのな? どっちを取っても被害者が俺だけなのはどういうことですかね」


 ハブられるのと利用されるの、あなたが落としたのはどちらですか? はい、私が落としたのは鉄の斧です! どちらもいりませんから、私に普通の日曜をください!


「とにかく! 私は天津くん以外同行者を許さないから、そのつもりでいてね!」


 ……理不尽だ。なぜ、勝手に俺の休日が決められているのか。次のバス停につき、バスに乗り、日向舞と別れるまで、彼女はずっと怒っていた。その怒りの矛先は主に霧島にである。だから俺は、霧島が俺を誘わなかった理由を、俺のボッチ論と共に丁寧に説明してやった。『俺と友達だと思われるのは株が落ちるだけだ』『他の奴等に見られたくなかったんだろ』『霧島としても苦渋の決断だったのではないか?』。そして、それらをまとめて最後に、『俺を呼ぶのは止めた方がいい』と忠告してみたのだが、バスの扉が閉まる直前で日向舞は、ようやく機嫌を取り戻したのか、俺に優しく微笑みかけてくれた。


「却下っ」


 プシューッ。エアー音と共にドアが閉まりバスが去っていく。


 どうやら……怒りは静めてくれたらしいな。

 それから俺は、右手にある一枚の紙を見つめる。それは、降りる前に日向舞が渡してきたものである。何が書かれてあるかなど、すぐに察しがつく。


 開けばやはり、見覚えのある文字列が並んでいた。


 日向舞のLINEのIDであった。


 ……どうやら、純朴な森の木こりが湖の女神に正直な答えを言っても、彼女のご都合主義の前にはハッピーエンドなど許されはしないらしい。


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