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墓参り

 終業式。授業はなく、午前中で学校は終わる。その解放感のままに遊びに行く者、いつもより長い部活に文句を言いながらも練習へと向かう者、そしていつものごとく帰宅する者。その行動はそれぞれだが、皆一様にして浮き立つ高揚感が垣間見える。


 俺は帰宅するために早々と教室を出る。


「やぁ」


 だが、そこには待ち構えたように霧島が笑っていた。そこで待つ必要あるかなぁ。普通に声かければいいじゃん。こういうキザったらしい演出が、霧島らしくて嫌いだ。


「部活だろ?」

「今日は部活ないんだよ。監督が用事で出てこれないから、自主練習ってことになってる」

「へぇ……じゃあ、他の奴等と遊びに行くのか?」

「まさか。俺は君を待ってたんだよ」


 ため息が出てくる。だが、彼との勝負にも決着を着けなければならないことは確かであり、おそらく霧島もそれが目的なのだろう。


「行こっか。話はその道中にでもしようよ」

「行くって……どこに?」


 それに霧島は微笑んで答える。


「お墓参り」

「誰の……?」

「俺の祖父。君を紹介しておこうと思ってさ」

「なんだよそれ……なんかもう、いろいろと怖いんだが」

「大丈夫。ただ線香をあげにいくだけだから」

「俺が行く必要あるか?」

「君にはないのかもね。だけど俺にはある。その辺もちゃんと話すよ」


 いつもみたく、俺にだけ向けられる刺々しい雰囲気はない。むしろ、みんなの霧島くんがそこにはいた。


「……まぁ、予定はないしな」


 そう言って、俺は霧島に付いていくことにした。なんとなく、その時の霧島には悪意はないように見えた。そして、すぐに話し出そうとはせずに場所を選ぼうとすることから、その話が彼にとって重要なことであるように思えたのだ。


「北上さんのことだけど、勝負は君の勝ちかな?」

「勝負の内容は、北上を夏休みまでに立ち直らせることだっただろ。全然立ち直ってないし、むしろ無理してるな。だから、俺は勝ってない」


 あの日から、北上はいつもの彼女に戻った。だが、それは戻ったように見えるだけで、張り付ける笑顔には……吐き出される言葉には……どこか無理をした違和感があって、それを周りもなんとなく気づいていた。


 だから、勝利の条件を俺は満たしていない。


「そうかな? 俺には、君の方がずっと彼女を立ち直らせたように見えたけどね?」

「そう見えるのはお前のやり方が酷すぎるからだ。言わなきゃ自覚しないのかよ」

「はははっ。まぁ、俺はあのままでも良かったと思うけどね。君も、学内だけでなく他から嫌われ者になることはなかったのに」

「言っても自覚しないタイプか……嫌われ者になったのも、お前のせいだって言ったんだがな」

「でも君は、それを望んでやったんだろ? 言い訳にしか聞こえないね」

「俺が望んでやったのは事実だが、お前が言うと責任逃れにしか聞こえないな」

「君は何にでも反論するね。なにか一つくらい賛同してみなよ」

「俺が反論するのは皆が間違ってるからだ。その点を付け加えるなら、そのことにだけは大いに賛同してやるよ」


 結局、勝負の行方を霧島は俺に譲ろうとし、俺がそれを断固拒否し、勝ち負けをつけるのならば、二人とも“勝ち”ということで決着はついた。というよりも、俺も霧島も勝ちではないが、負けてはいないという論争を繰り広げたために、着地点がそこしかなかったからだ。


 どうして男の子って、こうも負けず嫌いなんだろうね。


 霧島が勝ちを譲ろうとしたのも、中途半端な勝利を俺に押し付けたかったからだ。彼は完璧主義者であるために、そんな勝利を手にするよりは敗けを認めた方がずっと良いのだろう。そのくせに、二人とも勝利という半端な結果は渋々受け入れたけど。たぶん完璧主義者なんかじゃなく、ただの意地っ張りなのかもしれない。


 俺たちは、墓が密集する区域へ行くためにバスに乗った。そのバスはエンジン音を唸らせて坂道を上っていく。ここら一帯のお墓は全て見晴らしの良い高地にあり、天津家のお墓もその中にある。だから、その道は何度も通ったことがあった。


 そんな場所の近くで降りると、霧島は迷うことなく歩いていく。「花とか買わないのか?」と聞いたが、彼に「線香あげるだけだから」と軽く返されてしまう。


 他人の家の墓参りなど、俺には経験がないため、すこし緊張してしまう。たぶん嫁いだ女性の人たちもこういう気持ちなんだろうな。いや、なんで俺が嫁ぐ設定で妄想してんだよ……霧島が嫁いだ設定でもいいじゃん。


「――どうかした?」


 そんな事を考えていると、突然霧島が振り向いた。嫁ぐ嫁がないみたいな事を考えていたせいで、俺は変に焦ってしまう……わけはない。


「別に」


 そう返してやっただけ。


 霧島家の墓は、並ぶ他の墓と大差はなく、高地に吹く風は心地よい。そんな中で彼は軽く掃除をしてから、墓に備えてあった線香にマッチで火を着け、そっと備えてから手を合わせる。俺は掃除に関しては手伝ったが、手を合わせたりはしない。霧島家の者じゃないからだ。それに、彼が手を合わせる祖父のことも知らない。


 合掌とは相手を想い、自分とその相手とが出会うことを意味する作法だ。そこには感謝や尊敬の念が込められる。

 俺は霧島家の者じゃないし、ここで眠る人たちのことを知らない。だから、感謝も尊敬もしようもない。


「……祖父はね、とても厳しくて優しい人だった。たぶん、家族の中で誰よりも俺のことを理解してくれていたと思う。それでいて、生前は会社経営にも携わっていたらしい」


 手を合わせ終えた霧島は、そんなことを語りだした。きっとそれが、俺に話したかったことなのだろうと思う。


「まぁ、その経営は上手くいかなくて、結局会社自体もなくなってしまったんだ。俺が覚えてる祖父は、もう仕事をしていなかったから」


 そこに何の意図があるのかを俺は推し測る。なぜ、そんなことを俺に話しているのだろう。


「葬式も実家で静かに行われたんだ。来てくれた人たちは、ほぼ親戚しかいなかった。そのことに当時の俺は何も思わなかったけど……中学の時、サッカーの監督をしていた方が亡くなられてね? その葬式に参列した際、俺は気づかされたんだ」


 そうして、霧島は俺を見る。その瞳は冷めており、どこか鋭さにも似た鉄を思わせた。


「その葬式は盛大に行われて、参列した人たちはかなりの数だった。俺の知らない人、知ってる人、みんながそこに集っていた。その時に思ったんだよ――」


 霧島の雰囲気が冷えていく。声音も低く、冷たさを帯びた。


「――あぁ、祖父はそれだけの人だったんだ……って」


 その言葉は、とても先祖に掛けるものではなかった。


「こんなことを思うのは、とてもおかしなことだと思う。けど、当時の俺は思ってしまったんだから仕方ないよね? その時に、俺は祖父の人生の価値を知ってしまったんだよ。それに気づいたんだ。その者の人生の価値は、葬式に参列した人の数で決まるんだって。なんでもそうさ。多くの人間を集めた者こそが、社会的優位に立てる」


「お前……」


「不謹慎だよね? だから、このことは今まで誰にも言ったことがない。もちろん、家族にだって言えるわけがない。でも、俺はその時に思ってしまったんだ。そして考えたよ。俺の葬式には、どれくらいの人が来るんだろう……ってさ」


 自虐気味に微笑む霧島には、狂気の色が宿っていた。


「そんなことを思った俺は、きっと人としてどこか壊れてるんじゃないかな? それを自覚した時に、俺は生きていてはいけない何かのように思えた。だけど、自分じゃ自分は殺せない。俺自身がそれを許しはしない。でもさ――」


 そうして、霧島は狂気のままに俺へと言う。


「――断罪されるなら、話は別だよね」

「お前……何言ってんだよ」

「破滅願望ってあるだろ? あれは、自分を守るための防衛本能なんだと思うよ。……自分の願う幸せは、社会で云うところの幸せには繋がらない。だけど、それを望まずにはいられない。だから……いつかそんな自分が抹殺されることを受け入れることによって、人は自由になれるんだ。それでも、やっぱりそうやって抹殺されるのは嫌だ。けど、どうしてもそれを受け入れなきゃならないから……人はそれを願望として自身を洗脳する」


 もはや、語られる言葉には理解が及ばない。いや、理解は出来ているのだ。出来ていないのは、おそらく共感の方。


「だから、俺は誰かに断罪して欲しかった。俺が思う幸せは、きっと社会的には悪とされる。だから、俺を断罪出来る誰かを探してたんだ」


 そんな言葉とは裏腹に、霧島は笑っていた。まるで穏やかな口調だが、出される言葉と表情は矛盾しているように見える。


「でも……もしかしたら違うのかもしれない」


 その矛盾は、やはり矛盾でしかなく、やがて言葉と表情がピントを合わせるように少しずつ合わさり始める。


「どこかでずっと思ってたんだ。『こんなことを思ってしまうのは、果たして俺だけなんだろうか?』って。もしかしたら……俺の他にもそういうことに苦しんでる人がいるのかもしれないって」


 俺はそれに何も言わず、ただ霧島の結論のみを待った。彼はおそらく、結論を既に出している。


「……だから、俺が本当に探してたのは理解者だったのかもしれない。こんな俺を理解してくれる人を……こんな俺を許してくれる人を……。でも、それを確かめるには、その者の本性を見る必要があった。そして、それを引き出すには、やっぱり俺の本性をさらけ出す必要があった」


 少しずつ、染み渡るように彼の言葉が形を持ち始める。あまりに歪で不合理なパズルたちが、まるで元の姿を取り戻すように形を取り成し始めた。


「お前がしていたやり方は、その人を探すための手段だった……とでも言いたいのか?」


「正直……分からない。でも君が俺を怒らせた時、俺はなんだか嬉しくもあったんだ。俺は誰からも理解されない。ずっとそう思ってた。だから、まるで優秀で平凡な人間であるように振る舞うしかなかった。そんな俺が隠し続けた本性を引き出す奴が現れた。そのことに心が高揚したのは確かだよ。だって人を怒らせるには、二択しかない。全く理解してなくて怒らせるのと、全部分かってて敢えて怒らせる方。君は明らかに後者だった」


「俺は、別にお前の事を全部理解してるわけじゃない」


「そうなのかもね。でも、これまで出会ってきた人たちは、君ほどの事は出来なかったよ。俺が偽る俺に騙され続けた」


 霧島は高慢に言って見せたが、その中には悲哀の感情が見え隠れする。


 霧島海人は賢い人間だ。他者を欺く方法を熟知している。どうすれば自分を良く見せられるのか、どうすれば人の優位に立てるのかを知り尽くしている。


 ……だが、賢い霧島は始めから賢くあったわけではなかったのだ。


 彼は、賢くなければならなかっただけだった。

 人を欺くのは、欺く必要があったから。人の優位に立つのは、立たなければならなかったから。それは、自分が断罪されるべき悪であることを自覚してしまっていたから。


 だからこそ、保険のために彼はより大きな権力にも似た力を手に入れようとした。


「それでなんだよ……お前を理解してくれる頭のおかしな奴は見つかったのか?」


「どうなんだろうね? 君は見つかったと思う?」


 霧島の問い。彼がここに俺を連れてきたのは、その者に俺が該当する可能性があったからなのだろう。そして、その事を俺に話して問いかけているのだ。


 俺がその者なのかどうかを、俺自身に。


 だがな霧島。お前はやはり最初から間違ってる。


「俺から言わせれば、そんなの見つかるわけないだろ。そもそも、お前のことを全部理解してるのなんて、お前以外いるわけないだろ。自分が断罪されるべき悪? 自惚れんな。それを自分で思っても、他人にそれを押し付けてんじゃねぇよ。他人なんて所詮他人でしかない。自分を理解してくれる人なんて自分以外にいるわけないんだ」


「それでも、理解者を欲してしまうのは、どこかにその者がいるからじゃないのかい?」


「いないな。理解者を欲するのは安心したいからだ。運命論なんかで片付けんな」


「じゃあ、なぜ人は安心を欲するんだい?」


「それは……」


 答えようとして、言い淀んだ。その答えは、俺にも当てはまるから。

 それでも、静かに待つ霧島には言わなければならないのだろう。おそらく、それが真実だから。


「弱いから……だろ」


 弱いから安心を求めようとする。弱いから、それを打ち消すほどの強さを手に入れようとする。


 そうして手にした力がどれほど強かろうと、弱いままの自分が消えるわけじゃない。たしか最強のパイロットも言ってた。強者など何処にもいない。人類全てが弱者なんだ、と。だからこそ、彼らが作り上げる強さは、その弱さと反比例させなければならなかった。彼らは弱かったのだ。強かったのはゼロシステムに過ぎない。


「今さら弱い自分なんか晒け出すなよ。そんなの聞かされたって、物語の後半で『実は良い人でした』みたいな、あからさまな後付け設定のご都合主義にしか見えねぇよ。お前が望む理解者なんて居ないんだ。だから、最後まで悪者でいろよ」


 俺は、彼の理解者にはなれないことをそうやって答えた。霧島は、ただそれを聞いていた。


 やがて。


「……わかった」


 それだけ答えた。


「話は終わりか?」

「そうだね。これだけだよ」

「なら、帰っていいか?」

「付き合わせて悪かったよ」


 霧島がそう言ったので、俺は踵を返す。振り返ることはなく、淡々とその場を後にする。そうやって毅然とした態度を取ることもまた、彼との関係性を如実に伝えられると思った。


 霧島と俺は相容れない。そもそも、俺は誰とも相容れない。


 ただ、その相容れない(・・・・・)は、俺が作り上げたボッチシステムなのだろう。そこに俺の本質があるわけじゃない。


 きっと、それらの強さを全部外してしまえば、俺も霧島も弱い人間なのだ。


 ボッチシステム。それは、俺が強くある為だけのもの。その強さの目的は、やはり戦うことでしか果たされない。


 ならば、戦う必要がない人間には、このシステムは必要ない。


 それを、俺は区別すべきなのかもしれない。


 そして、その者たちに、俺はどう答えるべきなのか。


 正直……分からない。だが、どこかに道はあるのだろう。そして、俺が霧島に一つの答えを提示出来たように、この問題にも、何かしらの答えを提示出来る者がいるはずだ。


 その日の夜に、俺は日向舞に自分からLINEを送った。


――相談したいことがある。


 彼女は最初、恋人などつくらないと言っていた。それは、日向舞が恋人をつくることで、友人関係を失ってしまうことの恐怖から作り上げた……彼女だけのシステムだ。


 状況は違うにせよ、日向舞は俺が求める答えを提示できるかもしれない。


 返ってきた返信。


――私も連絡しようと思ってた。私たちの問題を解決する方法を思い付いたの。


 話はすぐにまとまった。


 何の予定もなくダラダラと過ぎると思っていた夏休み。だが、俺には途方もなく大きな課題があり、それを終わらせるには今すぐにでも動き出さなければ、やり遂げられないような気がした。


【ボッチシステム】

独りで戦うことを目的として開発されたシステム。その内容は他者を信じず、他者に頼らぬことで、自身の力を高めるもの。しかし、それは他者への関心をも失わせるリスクを伴い、味方となってくれるはずの者までもを傷つける。使いこなすには、孤独に耐えきることのできる強固な精神力が必要。

そのシステムに侵された者たちの末路は、かつて味方であろうとした者たちに裏切られるという、悲惨なものばかりである。


【霧島きゅん】

職業:作者の永遠のヒロイン

武器:無慈悲なるサイコ

装備:完璧な人間像

特技:人心掌握

戦術:自身が支配する軍勢による数の暴力。しかし、それが効かぬ相手にはタイマンも可能。相手に寄り添い、最後には寝首を掻くことも出来る有能。今作品における話の功労者。霧島ルートは作者だけのもの。


【破滅願望】

霧島が自身にかけた洗脳。それをすることで、自分が断罪されることを当然の結果としてしまう。故に、普通の者ならば躊躇してしまうことさえも、彼は当然のごとくやり遂げてしまう。

なぜなら、どう足掻いても断罪されるのだ、と洗脳できているから。

「誰かを傷つけるのは、自分が傷つけられる覚悟があるからだ」何部か忘れたが、彼がそう言葉にしたことが、この破滅願望をよく現している。彼は死ぬことを厭わないからこそ、誰かを殺せる。

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