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始まる試合

 北上が来るかどうか……それが問題だ。


 だが、それは金剛麻里香という人間によって呆気なく解決される。


「――北上さん、私も参加することになったからよろしくね!」


 朝の教室で北上に話しかけた彼女。もちろん北上は「は?」みたいな顔をしており、微妙な雰囲気がクラスに流れる。


 周囲は何の事だが分からない様子だったが、一部では昼休みに行われる試合のことを知ってる者もいて、「明奈出るの……?」なんて呟いたのは、やはり女バスの連中。


「やるわけないじゃん。勝手に彼女が言ってるだけ」


 等と反論の異を唱えるが、金剛さんは笑ったままだった。


「いや、出てもらうから。強制ね? だって相手は明石先輩だよ? 北上さんいないと勝つ見込みないし」

「勝手に試合とか意味分かんないんだけど? しかも、それを申し込んだのはアイツでしょ? なんでアイツが瑛太の元彼女を奪う手助けしなきゃならないわけ?」


 矛先が俺に向けられた。うむ。至極当然の意見である。


 その時になって、ようやく周りは「え? なに?」等と囁き始めた。それに、事情を知る者たちが説明をして、なんとなく熱気のような物が漂い出した。


「なんか面白そうだね? 俺が出ようか?」

「霧島くんは黙ってて」

「……」


 そして金剛さんは北上に詰め寄る。


「北上さん、一生のお願いだから出て。明石先輩を倒せるのは、あなたしか居ないの」


 ……出たよ一生のお願い。絶対一生のお願いじゃないお願いね。もちろん北上の答えは。


「いや」


 まぁ、当然の反応だよなぁ。それに金剛さんはため息。やり方が強引過ぎる。勢いに任せて参加させようとしたのかもしれないが、そこまで北上も馬鹿ではない。


 だが、馬鹿でないのは金剛さんとて同じだった。


「仕方ないなぁ」


 そう言うと金剛さんは引き下がった。……引き下がったように見えた。


 その後、彼女は休憩時間の度に教室から居なくなり、三限目が終わった休憩時間に、とある人物を連れてきたのだ。


「――北上さん、ちょっと来て」


 教室の外へ北上を呼ぶ金剛さん。その隣には岸波先輩がいたのである。おそらく、彼女を連れてくる為に金剛さんは度々居なくなっていたのだと理解した。


 北上は、それに少しだけ怪訝そうな表情をするも、ゆっくりと教室の外へと向かう。そのまま三人は、誰にも会話を聞かれることのない渡り廊下へと行き、何かを話していた。何を話していたのかは分からない。……ただなんとなく遠目に、北上へと頭を下げる岸波先輩の姿があった。


 そして休憩が終わり、昼休み前の四限目が始まる。


 そこには、上の空で授業を聞くだけの北上がいた。

 何かをじっと考えていて、不意に辛そうな表情をする北上が。


 その内に秘めたる感情や思考が何だったのかは分かるはずもない。ただ、彼女が迷っているのだということだけは理解できた。


 そして。


「――北上さん」


 昼休みが始まり、北上にまたも詰め寄る金剛さん。北上は何も答えず、まだ何かを考えてくいるようだった。


 やがて。


「まぁ……瑛太を……とっちめないといけないのは分かった」


 と、鞄を肩に背負って立ち上がったのだった。なんという金剛マジック。


 ……というか。


「お前……待つスタイルじゃなかったの? なんか思いっきり引き込んでなかった?」


 体育館へと移動した俺たちは、体操着へと着替えている。そんなことを金剛さんに問いかけると、彼女は眉をひそめて見せた。


「待つのは来ることが分かってる人だけ。待っても来ないなら、こっちが動くしかない」

「いや、言いたいことは分かるんだけどさぁ」

「私は北上さんに理由を与えただけだよ。それでも来ないなら、もう諦めるしかなかった。良いじゃん。結果オーライ」

「まぁ、だよ、な」

「私は待つよ。もちろん、天津くんもね」


 なーんてしっかりと付け足してくる金剛さん。うん。待ってないね、これ。待つに見せかけた迫りだよね、これ。たまに昔のドラマとか見てると「私待ってるから!」とか言って、雨が降る中ずぶ濡れでずっと待ってる女の子とかいるけど、金剛さんはこのタイプじゃないね。……たぶん、留守電とかに「私待ってるよ?」「まだ待ってるから」「来ないなら風邪ひくよ私」「ここで来ないなら後悔するよ?」なんて、何件も入れてくるかもしれない。怖い。むしろ足がすくんで動けなくなりそう。そうやって仕方なく行ったら、腕を掴まれて微笑まれるのだろう


「――掴まえた」


 などと。うわぁ……『留守電アリ』とかいうタイトルで映画化出来そう。もはやホラー。


 なにはともあれ、北上はしっかりと体操着に着替えて降臨する。


 普段、体育の授業は男女別れて行われる為、こうして女子の体操着を間近で見る機会はあまりない。なんというか……新鮮な光景である。


「すまんな……なんか、来てもらって」

「別に。ただ頼まれたから」


 北上の様子は少しだけおかしかった。おそらくそれは、岸波先輩との話が原因であることは間違いない。それがどんな話だったのか知りたくはあったが、聞かぬ方が良いのは分かりきっている為に話はそれで終える。


 それよりもである。


「なんか……人多くね?」


 見渡すと、普段体育館で練習をしている部活動生以外にも人が集まっている。その中にはちゃんと岸波先輩の姿もあった。


「野次馬でしょ? ほら、みんなこういうの好きだし」


 金剛さんは気にしていない。なんか、彼らからの視線が痛い。その中には、嫌悪感を滲ませる視線もあり、いろんな事が人を集めてしまったんだなぁとしみじみ思う。


「私があっち側じゃなくて良かった。もう……見ているだけなのは嫌だから」


 金剛さんは強く言い切る。そして心底良かったと笑顔を浮かべるのだ。 


「――明奈。なんでお前が」


 そうしてようやく明石先輩率いる男バスも登場。そして、明石先輩は北上の姿を見て少し驚いた様子。名前で呼んでいるのは、やはり二人が中学の時に仲が良かったからなのだろう。


「ごめん……瑛太」


 北上はそれだけ言った。


「というか……天津、お前女子二人で俺たちに勝てるの?」


 見れば、相手は明石先輩と男バスの部員二人。うん、勝てるわけないだろ。


「ハンデ下さいよ。このままやったって勝てそうにないですから」

「お前……なかなか、えげつないな」


 もはや苦笑いの明石先輩。それに俺は自虐的笑みで返す。どうやら、審判は男バスのキャプテンがやってくれるらしく、そこには笑顔の彼がいた。


「ハンデか。確かにこのままじゃ天津の方が不利だからな? 十点くらいでどうだ? 明石」


 えっ……十点もくれるの? それは流石に舐めすぎじゃない?


 だが、それに明石先輩は了承してしまったのだ。試合は二十一点マッチ。だから、俺たちは最低でも六回ゴールを決めれば勝ちということになる。スリーポイントなら四回。えっ……勝ち確じゃね?


 だが、この時の俺は、部活動生が本気でやるバスケというのを舐めていた。


 そして、彼らもまた舐めていた(・・・・・)のだろう。


 俺や金剛さんはともかくとして、北上明奈という選手の実力を。


「女子に関して……接触は厳しめでいくからな」


 キャプテンは捕捉するように男バス連中に告げた。ルール上では、どんどんこちらが有利になっていく。というか、キャプテンが紳士すぎる。やはり女子二人揃えたのは正解だったか……無意識に勝ちを優先する俺が怖い。


「じゃあ、先攻後攻決めるか」


 キャプテンの言葉で、明石先輩が前に出てきた。ジャンプボールか……。三人の中で身長が一番高いのは俺だ。だから、俺が前に出る。


「どうぞ。先に決めて良いよ」


 そんな俺に明石先輩が言う。どうやら、ジャンプボールせずに譲ってくれるらしい。


 まったく。舐めきられたもんだな……。俺は自信満々で答えてやる。


「先攻で!」


 しかし、何故だか変な空気がその場に流れた。


「……いや、天津。スリー・オン・スリーは、先攻後攻をコイントスで決めるんだ。だから、裏か表か選んでくれ」


 キャプテンが説明してくれた。そっ、そういうことね! なんだよ。それならちゃんと言ってくれないと! こっちはバスケ初心者なんだからさぁ! というか、ハーフコートなんだからジャンプボールとかないね! 思い切り勘違いしてたわぁ……。


 なんとなく恥ずかしくなってくる。振り向くと金剛さんも北上も残念な目で俺を見ていた。納得いかない。北上はともかく、金剛さんも絶対間違えていたはずですからね!


「じゃ、じゃあ表で」

「俺は裏ね」


 キャプテンの指から弾かれる百円玉コイン。それをキャプテンは、目にも止まらぬ早さで手の甲に隠した。淀みない動き、判断できぬ程のスピード。この人……コインの扱いだけなら、殺し屋一家の執事になれちゃうかもね。なんて思っていると。


「――表だ」


 晒された百円玉は表だった。ちなみに、百円玉は桜模様があるのが表で、元号の記載されてある百の数字の方が裏である。小学生の頃とか、それを逆だと勘違いしてる奴等が多くいて、カードゲームとかのコイントスでは、自分が有利な方にするために「こっちが表だから」とか、敢えてそれを言わずにおいた覚えがある。もうそれは通用しないね。


 先攻は俺たちだった。


「試合時間は十分で二十一点マッチだ。ほれ」


 そう言って渡されたバスケットボール。それが案外重いことに、俺は今さら気後れしそうになる。あれ? こんな重かったっけ?


「ほれ」


 それを俺は、華麗に北上へと渡した。


「はぁっ? 私からなの?」


 いや、どう考えてもあなたが持つべきでしょう。


 彼女は文句を垂れたが、そのままスタート地点に立った。それに向かい合ったのは明石先輩。


「まさか……こんな形でまたお前とバスケやるなんてな」

「私も……」


 俺と金剛さんもゴール付近に入る。それに、他の二人がピッタリと張り付いてきた。そのディフェンスの圧力は半端じゃなく、パスコースがどこにもない。そんな彼に一言。


「……俺なんかに張り付いてて良いんですか?」

「……え?」


 そしてキャプテンの笛で試合は開始される。北上は一呼吸置いてから腰を落とした。


 ……そこには、雰囲気の変わった彼女がいた。


――タン。


――タン、タン。


 始まるドリブル。睨み合う北上と明石先輩。


 ボールが体育館の床板を叩くリズムが速くなる。それらは北上の両足を生き物のように行き交い、やがて、その速度は最高速にまで達した。


――タンタンタンタン。床と彼女の膝までの高低を、ボールが上下する。反発係数的にはかなりの計算がないと無理な動き。それを北上は意図も容易く行っていた。試合を観ていた全ての者たちが、いや参加している俺ですらそれに魅了され、やがて北上はそのボールを思い切り――。


「……は?」


――明石先輩の顔面に叩きつけようとしたのだ。


「うおっ!?」


 それに面食らったのは俺だけでなく、明石先輩はいきなりの事に、それでもなんとか、しゃがんでそれを回避する。そして、その瞬間に北上が駆け出した。


 驚いたのは、俺と金剛さんに張り付いていた二人もだった。明石先輩が初手で抜かれたことに慌てて北上をディフェンスしようとする。


 が。彼女の速さが圧倒的に勝っていた。



――ぽすっ。



 それは、北上のレイアップにより、バスケットゴールの網をボールが抜ける音。それが落ちてタンターンと床を転がる。


 誰もが驚いていた。……というか、今のありなの? なんか反則ギリギリじゃない?


 しかし、キャプテンは笛を鳴らして二得点をコールする。えっ、アリなの……。


「いやぁ……それ俺が教えたテクじゃん。教えたとき、野蛮だとか文句言ってなかった?」


 置き去りにされた明石先輩が北上に言う。いや、教えたのアンタかい……。


「ほら、次はそっちだよ」


 だが、北上は反応もせず、ただボールを明石先輩に渡しただけ。今の北上からは、冷たくも狂気的な何かが滲み出ているように思う。その瞳はどこか辛そうで、どこか……決意にも似た何かが在るように思う。


 なんだか、勝てそうな気がした。


 勝ってはいけないはずだったのに。


「だから言ったじゃないですか? 『俺に張り付いてて良いんですか?』って」


 俺はまるで、これを予感していたかのように相手の一人に言って見せる。べっ、別に……北上が俺にパスなどするわけがないとか思っていたわけじゃない……決して。


 試合は波乱の予感がした。

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