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金剛麻里香のやり方

一月前半は忙しくて投稿不定期です。

 りんちゃんは言った。俺のことが好きだと。それは、そこら辺に与えて廻るような“好き”なんかじゃなく、欲しくて求める……特別な“好き”。


 金剛さんも言った。俺のことが好きだと。それを告げた表情は恥ずかしげではあったが、優しい微笑みがあり、それこそが彼女の真実なのだと理解できた。


 そういった剥き出しの気持ちを向けられることに嬉しさを感じるが、やはり俺はどうしても怯えてしまう。そして、そんなことを意図も簡単にやってのける彼女たちに、恐怖すら感じてしまいそう。


 それが純粋で綺麗なモノであればあるほどに、俺はどうしようもなく怖くなるのだ。


「なんで……俺なんだ」


 出てきた言葉は本心だった。誰かに選ばれることに、選ばれてしまったことに、俺は猜疑心を抱かずにはいられない。分からないものには迂闊に触れたくなかった。


 俺は俺だけいれば満足なのに。何故それ以上を俺に求める? 求められたって……応えられやしないのに。


 金剛さんは、少しだけ考えてから、ふっと視線を落として……それからもう一度俺を見る。


「私も……なんで今告白しちゃったのか分からないけどさ、たぶん、もう見ていられなかったのかも」

「見ていられない?」

「うん。天津くんは強いから、一人でどんどん突っ走っていっちゃうし……強いから、簡単に誰かを救っちゃう。でもさ? そのやり方って、いつも天津くんが損してるよね」

「そんなことは――」

「ないのかも。でも、私にはそう見えちゃう」


 はっきりとした口調で断言された。


「だから、天津くんに教えたかったのかも。天津くんが損をすることは、私も損をするんだよ? って。天津くんだけじゃない、私も同じなんだよ? て」


 そして彼女は、自嘲気味に笑うのだ。


「……なんだよそれ。そんなのは説明になってない。俺は損をしている覚えはないし、損をしたとしてもお前まで損するわけじゃない。それは損をしてるわけじゃなく、したように錯覚してるだけだ」


 完璧に返せたと思った。だが、金剛さんはそれにすら微笑んでいる。


「……うん。錯覚なんだろうね。でも、天津くんが蔑まれているのを見ると、私は胸が痛くなるよ。天津くんが貶されているのを聞くと胸が痛くなるよ。それは錯覚だったとしても痛みは本当で、私はいつもそれに耐えなきゃならなかった」


 いつの間にか微笑みは、憂いを帯びていた。


「天津くんに拒絶されてしまうことよりも、もう……そっちの方が辛いの。まるで自分が痛め付けられてるみたいで悲しくなる。それくらい、私の心は天津くんで占められちゃってる」


 その表現はあまりに艶かしく聞こえた。


「天津くんはよく、自分の為って言うよね? 私も一緒。ただ、私の心は天津くんで占められちゃってるから、私だけ助かっても意味ない。私も天津くんも助からないと、自分を助けたことにならない」


 俺は完璧な意見を返したはずなのに、何故か彼女の方が説得力を得ていた。俺はそれに、どう返せばいいか分からなかった。


「たぶん、この“好き”はそういうことなんだってようやく分かった。妬みとか恐怖とか、そういうものだと思ってたけど、それこそが錯覚でしかなかったんだ」


 そして、金剛さんは一人で納得する。それを俺が理解できぬまま。


「なんかすごく卑猥な言い方だけどさ……私はもう天津くんと殆ど繋がっちゃってるんだと思う。だから、天津くんが傷つくのが凄く怖い。なのに、天津くんはそれに気づいてない。だから……気づかせたかったのかも」


 恥ずかしそうに、しかし、はっきりと金剛さんは告げた。


 そして。


「岸波先輩も同じだと思う。それに――北上さんも」


 彼女は振り向いて、呆然としていた北上に語りかける。説明なんてせずとも、彼女は全てを分かっているようだった。


「北上さん、天津くんはね? 自分の為だけに他人を巻き込んだりしないよ? やり方は少し乱暴でガサツで、たぶん私には理解なんて出来ないんだろうけどさ、その中にはいつも優しい気持ちがあるの。それにみんな気づかないけど、私はそれを知ってる。だから私はそれを受け入れられる」


 よくそんなことを堂々と言えるなぁと思う。むしろ、聞いてて俺の方が恥ずかしくなってくる。


 北上はやはり呆然としてて、俺を見て……金剛さんを見て……それから。


「……意味分かんないっ」


 そう言った。


「私はその試合になんて参加しない。私は……私のは……もう終わったの。なんで今さらそんなこと言ってくるわけ? しかも、私の前でいちゃついて……はっきり言ってイラつきしかない」


 走り出した口調は止まらない。零れた感情は次々と毒を吐き出す。だが、その毒に攻撃力はなくて、困惑と戸惑いだけが撒き散らされる。


「もう、放っておいて欲しいだけ……。私はそれしか望んでない。だって、私はどうやったって好きになってもらえないんだもの。それを……なんであなたたちなんかに振り回されなきゃいけないわけ!?」


 そして、北上は部活に向かうため俺たちから走りさろうとする。


 だが。


「北上さん!」


 それを金剛さんが制した。ピタリと止まる北上の足。


「伝わってるなんて、ただの幻想だよ……。ちゃんと口にしないと、北上さんの気持ちは伝わらないよ。それを無理やり抑えようなんて……ただの自信過剰なんだよ」


 北上は振り向くことなく、最後に「……あっそ」とだけ言って体育館へと入っていった。


 俺は北上に交渉を持ちかけるつもりだった。俺が岸波先輩を、北上が明石先輩を、その利害一致を掲げて、メンバーに取り込むつもりだったのだ。だが、それは金剛さんによって阻止されてしまった。


「来るのか……あいつ」

「分からない。でも、北上さんが自分で行動しないと、意味ないよ」


 呟いた言葉に、金剛さんが返してくる。そんな彼女を見やり、なんとなく気まずくて視線を逸らしてしまう。


「……帰る、か」


 言って歩きだす。しかし、後ろから金剛さんに服の裾を掴まれて止まるしかない。


「天津くん。私は天津くんにも言ったつもりだよ?」


 それは『答えを聞かせて』ということなのだろうか。だが、俺にはもう出てしまっている答えがある。そして……おそらくそれでは金剛さんも(・・・・・)納得しないのだろう。


「……天津くん。私言ったよね。天津くんなら受け入れられるってさ。他の誰でもない、天津くんだから受け入れられるんだよ。なんでか分かる?」


 分かるはずもない。首を振ると、金剛さんはスッと近寄ってきて、耳のそばで囁くように言った。


「私の中に天津くんが勝手に入ってきたからだよ。……勝手に入ってきて、天津くんが、もう天津くんじゃないとダメにしちゃったの」


 それは精神的な発言のはずなのに……何かしら別の含みを思わせた。


 彼女はそれだけ言って俺から離れ、軽快に足を揃える。


「だから責任取ってね? 私をそんな風にしたのは、天津くんなんだからさ」


 囁かれた言葉があまりに強烈で、彼女が最後に発した責任という言葉にさほど威力はなかった。それでも、今の金剛さんには目眩を起こしかねない程の何かが漂っている。それは、金剛さんの可愛いさと相まって、薬のような独特の風味を醸し出す。


 それに俺はどうして良いか分からずにいると、彼女は少し満足げに笑った。


「……うん。なんか、スッキリした。言いたいことは、言えたような気がする」

「俺は、そういった気持ちには応えられないんだ。人を好きになるってのを、俺は……よく分からない」


 今の金剛さんに対する答えを持ち合わせていない。だから、それは結果彼女を振ることになる……そう思っていたのは俺だけ。


「うん。……りんちゃんにも、そう言ったんでしょ?」

「振ったつもりだった。応えられない俺の答えを待ち続けても、時間の無駄なんだ。だったら、それは別の何かに充てるべきだと思う」


 静かに告げる言葉。金剛さんは、何かを考えているようだった。


「……天津くんはさ、勉強で分からない事でも無理やり正しい答えを覚えれば良いって言ってたよね」


 そして唐突にそんなことを言った。


「……? あぁ、まぁ、それが一番だとは思う。理解なんて何度もやっているうちに分かるようになるからな」

「ならさ……それを当てはめてみない?」

「……どういうことだ」

「だからっ! 人を好きになることが分からないなら、人を好きになった時の正しい在り方を無理やりやってみるの」

「……どうやって」


 言った後で、なんとなく金剛さんが云わんとすることが想像出来た気がして顔が硬直する。いや、まさか……。


 だが、それを金剛さんは言った。


「付き合って……みる、とか」


 呆然とするしかなかった。


「いや、その……一つのやり方だよ? 付き合ってみてさ、恋人っぽいことしてさ? そうやっていけば……いつか、人を好きになるって分かるんじゃないかなって……」


 それには、さすがに同意できない。


「恋人っぽいことって、具体的には?」

「一緒に帰ったり、休日を一緒に過ごしたりとか、そういうの」

「他には?」

「他は……なんだろうね?」


 なんて、誤魔化すような笑い。それに俺は首を振る。


「それらも、それら以上のことも、好きじゃないならやっちゃいけないんだと思う。分からないから答えを見て、正答を頭に叩き込むってのは、問題を何度もやり直せるから可能なんだ。それはこの問題に当て嵌められない」


 いつも、諦めて答えをめくるとき、心には少しの虚しさがある。そうやって答えを見るのは「この問題は俺に解けないのだ」と、諦めてしまうからだ。そして「今度はちゃんと解いてやろう」と思い直す。だが、それを金剛さんの例えに当て嵌めるなら、俺は彼女を“好きを分かるための踏み台”にすることになる。


 世の中には、恋人ごっこや偽の恋人を演じる恋物語はたくさんあるが、それは彼らの結末が両思いになるから許されるのだ。ごっこは遊びで、偽物は所詮偽物でしかない。それが本気に変わるからこそ、それらの物語は許された。だが、実際はそうじゃない。もしもそんなことをして両思いにならなかったら……それはどちらにとってもバッドエンドにしかならない。


 だから、それは当て嵌めてはならない。


「難しいなぁ……天津くんは。りんちゃんが崩して壊すしかないって言ってた意味がよく分かる」

「悪い……鉄壁なんだ。俺が自分で出られなくなっちまった程にな」


 そんな冗談を反射的に言ってしまうのも悪い癖。ほんと、どうしようもない。


「私は……待つことにするよ。りんちゃんは、どうにか天津くんを落とそうとしているのかもしれないけど、たぶん……それも難しいのかも。だから、待つよ」

「それこそ時間の無駄だと――」

「うん。だから、無駄にしないように待つ」


 金剛さんは俺の言葉を遮った。


「ただ待ってるだけじゃない。私は、天津くんが私を好きになってくれた時の事を想像して待つよ。これからは家事とかもするし、料理だって自分でやる。天津くんと恋人になれたときに、天津くんにいっぱい色んなことをしてあげられる私でいたいから」

「それは……」


 恋人というより、もはや結婚なのでは……。あと、家事の中に料理入ってるから、それ被ってるし……。


「だからさ? 安心して私を好きになっていいよ。私はいつだって、天津くんを受け入れる」


 それは、とても金剛さんらしい言葉で、金剛さんらしいやり方で、もはやそれにはお手上げだった。


「私はずっと何かを待ってるだけだった。誰かに何かを与えてもらうだけだった。……だって、待ってれば誰かが「可愛い」って言ってくれたもの。でも、それじゃダメなんだと思って自分から頑張ってみたの。でも……それはただ無理してただけだったんだ」


 金剛さんはしみじみと語った。その語りには力があり、明確な意志がある。


「私は待つよ。準備して待ってる。用意して待ってる。いつでも迎えられるように待ってる。それが、一番私らしいやり方なのかも。それで、ずっと天津くんに好きだって言い続ける」

「罪悪感が半端ないんだが……それ」

「それで私を好きになってもいいよ? 天津くんはちゃんとした理由を望んでるみたいだけどさ……私からしたらそんなのはどうだっていいもの」


 そこには強い金剛さんがいた。


「だから、天津くんは目の前のことに集中していいよ。でもさ、傍には私がいるんだってこと、分かっていてほしい」

「それで……良いのか?」

「良くないよ。当たりじゃん? でもさ、天津くんもそれじゃ良くないでしょ?」


 逆に問われ、俺は口をつぐむしかなかった。


「天津くんは……そうやってちゃんと言葉にすれば考え続けてくれる。だから、私は待てるんだよ。私のことを考えもしないで、ただ保留にしようとする人なんか私は待たない」


 結構キツイこと言ってるな、と思う。待つと言ってるのに、迫られてる気がするのは気のせいだろうか……。


「そういえばさ、スリー・オン・スリーって、天津くんと北上さんと……あと誰?」

「ん? あぁ、その話しか。俺と北上だけだ。もう一人はいない」


 スリー・オン・スリーというのは、北上を巻き込む為だけの舞台に過ぎない。何故なら、この試合は負けていい(・・・・・)からだ。というよりも、負けることに意味があった。だから、負ける条件が揃えば揃うほどに良い。


「なんかよく分からないけどさ、それ私も参加するよ」

「……なんでだよ」

「だって、一人足りないんでしょ? それに天津くんが他の人を参加させられるわけないし」


 なんか酷いこと言われたような……。いや、俺にだっているよ? ほら、霧島とか。あいつならなんか面白がって出てくれそう。あっ、ダメだ。あいつも昼休み部活の練習やってんな……。


「たぶん……恥かくぞ?」

「いいよ。たぶんそれを見ている方が辛い」


 躊躇なく言ってきた。


「それに……なんとなく北上さんの気持ちは分かるし、岸波先輩は可哀想だなって思うけど、味方したいのは北上さんの方」

「……お前、あいつに酷いことされたの覚えてる?」

「うん。でもさ、私も悪かったのかもって今は思えるの」


 彼女は当たり前みたくそれを言う。きっとそれは、他の誰かにしてみれば絶対に出来ないことだ。そこに悪意があったにせよ無いにせよ、酷いことをされた記憶というのはずっと残る。それが原因で、その者と和解するこは絶対に出来ない。


 だから、金剛さんが北上の味方をするというのは普通ではあり得ない。それを彼女は、さも当然のことのように言ってのけたのだ。


「……凄いな」


 その呟きに金剛さんは少し驚いたような顔をして、ふふんとドヤ顔。


「でしょ?」


 さすがに笑うしかなかった。なんだよ、それ。


 明日の試合、北上が来てくれるかどうかは分からない。来てくれないなら、たぶん俺の目論みは無駄に終わる。


 それでも、俺は待ってみることにした。それを自信ありげに語る金剛さんが、とても頼もしく思えたから。


「というか、天津くんってバスケ出来るの?」

「まぁ、シュートくらいは。なにせ公園のバスケットゴールで、ずっと遊んでたからな? ドリブルとパスは出来ん。なにせ、誰かを抜く必要も、誰かにボールを預ける必要もなかったからな」

「いや……自信満々に言われても……。なんか、悲しくなった」

「そっ、そういうお前はどうなんだよ」

「私? 私は何も出来ないよ。ほら、バスケ出来ない女の子って可愛いでしょ? 守ってあげたくなるでしょ?」

「……いや、お前も大概なんだが」


 北上が来なかった場合、悲惨な試合になる気がした。


 大丈夫なのかよ……これ。



【天津 風渡】

自称:孤高の神(ボッチ)

武器:真・信(シン)ジヌスの槍

装備:理論紛いの屁理屈

特技:鑑定(人間観察)

戦術:防御力に絶対の自信を持つが故の特攻


【翔鶴りん】

職業:くノ一

武器:なし

装備:なし

特技:瞬く間に心に入り込む鍵開け

戦術:器用、身軽、賢さを用いた潜入からの制圧


【金剛麻里香】

職業:聖女

武器:魅法

装備:なし。ただし、彼女の範囲魅法内では誰しもが無力

戦術:兵糧攻め


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