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岸波という女の子

 俺は体育館の外で待つことになった。金剛さんが、俺だと相手にしてくれないだろうと言ってのことだ。相手にされないって……どれだけ俺の悪名は轟いてるんだよ。なんかもう一周回って優越感さえあった。


 外からでも、バスケ部の声やバッシュが床を擦る音が聞こえてくる。激しい練習をしていることがここからでも分かった。



「――なに? 今、男子バスケ部は予選の最中だから忙しいんだけど」


 金剛さんが連れ出してきてくれた男バスの女子マネージャー岸波先輩。彼女は、少し怒った様子でそう言い、俺を見つけてから、その眉にいちだんとシワが寄った。


「君は……」


 どうやら、金剛さんの言ったことは間違いではないらしい。その不機嫌そうな表情に俺は苦笑いするしかない。彼女はやはり俺を知っているのだろう。


「二年の天津です。すいません、部活の最中に。ただ、岸波先輩に伝えとかなきゃならないことがあって」

「私に?」

「はい。明石先輩のことで……」


 その目に、鋭さが宿る。


「瑛太のこと?」

「はい。……実は近々明石先輩の中学時代の噂が流れると思います。それが、あまり良くない噂で……先に岸波先輩には、教えておこうと思いまして」

「瑛太の中学時代……」


 その瞬間、岸波先輩の瞳が冷めていくような気がした。


「そう……それで?」


 その反応に、俺は少し違和感を感じてしまった。もしかして……知ってるのか?


「ここじゃ話しづらいので、場所変えませんか」

「そうね」


 岸波先輩は平然と答えた。淡白な反応、明石先輩の悪い噂と聞いても動揺のない態度、それには拍子抜けにも似た何かを感じざるを得ない。


 俺たちは体育館から少し離れ、自転車置き場まで歩く。そこには、部活動生の自転車しかないのか、ガラガラの光景があった。そして、近くに誰かいるのならすぐに分かるほど、見通しは良い。


「実は――」


 そうして、ようやく俺は話始める。クラスメイトの北上の事、彼女が片思いしているのが明石先輩であったこと、そんな彼女の失恋を元気付ける為に、霧島という奴が明石先輩の事を調べたこと、そして――行き着いた話。


 最後、それを岸波先輩に言うことはとても憚られたが、それでもなんとか言い切ることが出来た。


 話終えると、彼女はショックを受けるものとばかり思っていた。


 だが、岸波先輩は、やはり平然としていたのだ。


「――そう。それをわざわざ(・・・・)伝えにきてくれたんだ……」

「もしかして知ってました?」


 それに岸波先輩はしばらく答えなかったが、やがて口を開いた。


「私が瑛太と付き合い初めたのは最近だけど、告白したのは半年くらい前なの。その日、彼は答えを出さずに私を家に呼んで……その日にやった」


 そのカミングアウトに、俺はどう反応すればいいのか分からなかった。助けを求めて金剛さんに目を向ければ、彼女もそれに気づいてうつむいてしまう。……耳が赤くなっていた。


「その後に言われたの。俺はこういう奴なんだって、俺からバスケを取ったらこんな奴なんだって。だから、今までもそうだったんだろうなぁって想像できた」


 岸波先輩に動揺が見られなかった理由を知り、俺は納得してしまう。


「でも、私は言ったの。私が瑛太を好きになったのは、瑛太が一生懸命バスケに取り組んでる姿だって。……たしかに、それは少し……というより結構ショックだったけどさ、彼を好きな気持ちが無くならなかったのはたしか。私はそれをずっと傍で見てきたもの。それに……彼は中学時代から有名な選手だったし、そういうのもあるんだろうなぁって何となく思ってはいたから」


 そう言ってフッと笑った。その笑いは一体どこにあったのかは、彼女しか分かりえない。


「ありがとう。わざわざ伝えに来てくれて。でも、大丈夫。昔の彼がどんな人だって、私が好きなのは今の瑛太だもの。それに嫌悪感を感じることはあっても、たぶん、私の熱が冷めてしまうことはないんだと思う。……変わってるよね、たぶん。でも、だからこそ瑛太は私と付き合ってくれたんだと思う」


 岸波先輩の声には力があった。何者にも負けない強さがあった。それがあまりにも予想外で、俺は呆然としてしまう。


「彼は……もしかしたら最低な人なのかもしれないけど、それと同じくらい最高のバスケ選手よ。いつもバスケのことばかり考えてるし、誰よりも練習熱心。だから、部員に辛くあたるときもあって、たぶんそれでキャプテンにはなれなかったんだと思う。噂は所詮噂でしかない。それに、彼を知ってる私には、その話すら納得できてしまえるの。だって……彼からバスケを取ったら、本当に何にもない人なんだもの」


 吹き出しそうに、何故か、嬉しそうに語る岸波先輩。それに俺たちが言うことはもはや何もなかった。


「話が終わりなら、行ってもいい? まだ練習の最中だし」

「あっ、なんか……無駄だったみたいで、時間とらせてすんません」

「別にいいよ。それに……噂は噂でしかないのかもって、再度確認できたしね」


 謝った頭を上げると、そこには優しげに俺を見つめる岸波先輩がいた。それには、やはりどう反応していいか分からなかった。


「金剛さん、だったよね? あなたも気をつけて。男って、どんなに凄く思えても、私たちが思ってる以上に馬鹿だから。だから……そんな馬鹿を許せないと、それを許せない自分を許せなくなっちゃう。結局、馬鹿な男のせいで馬鹿を見るのは、いつも女の方なのよ。だからこそ、女は常に手綱を握る側でいないといけない。無理しちゃダメよ? 無理していいのは男だけ。男の子って、無理しても平気なほど頑丈に出来てるから……まぁ、それは男の子が馬鹿だから、なんだけどね」


 金剛さんへのアドバイスに見えるが、皮肉った言葉は俺に言われているようだった。うぅむ……何も言い返せない。それに、それは金剛さんに言われているのだから、俺が言い返す道理すらない。


 岸波先輩は強かった。俺が……俺たちが思っているよりもずっと。


「――スゴいね」


 彼女が去った自転車置き場で、金剛さんはポツリ。


「あぁ。とんでもない人だったな」


 俺たちの心配は杞憂でしかなかった。彼女は噂で傷つくのかもしれないが、それでも、それを笑ってしまえるほどの度量がある。


 そんな彼女が選んだ明石先輩が少し羨ましく思える。そして、だからこそ彼は岸波先輩を選んだのだろう。


 付き合うべくして付き合ったカップル。俺にはそう思えた。


 北上……これは仕方ない。相手が悪かったんだ。


 北上への同情心が沸いてくる。彼女がどれほど明石先輩を想っていたのかは知らないが、岸波先輩には敵わないだろう。


「――許す、かぁ」


 不意に金剛さんが呟いた。そして、何かを考えていた。それから、俺を見つめてくる。


 その丸い瞳は、俺の中にある何かを見極めようとしているようで、少し居心地が悪い。


「私が悪いのかなぁ」


 反省というよりは、疑問の声。それに俺は否定してやる。


「悪くないと思うぞ。だいたい周りが悪い」


 何を思っての発言なのか分からなかったが、それは確実に言えること。自分は悪くないのだ。それを悪いとする周りが間違っている。そして、そんな判断に俺たちはいつも惑わされてしまうのだ。


 だから、ボッチを悪いとする周りが悪い。俺は何も悪くない。


「やっぱり……馬鹿なのかなぁ」


 自信満々に答えた言葉に、金剛さんは呆れたような瞳で返した。


「馬鹿……ではないね。たぶん、おそらく、きっと」


 その答えには、さすがの俺でも自信はない。だって馬鹿って自分が馬鹿って分からないから。だから、馬鹿ではないのだと信じたいだけ。


「もう少し……頑張ってみようかなぁ」


 それは俺にではなく、彼女自身に言ったのだろう。だから、俺が返せるのは、きっとアドバイスだけだ。


「無理は……するなよ」


 それに金剛さんは俺をジッと見たまま、何かを、ひたすら考えていた。

おや!? 金剛さんのようすが……。

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