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無理なら無理で……

短めです

 中庭のベンチで俺は、金剛さんに霧島との事を話した。彼が俺に言ってきたこと、やろうとしていること、そして……彼が掴んだ情報。


 それを金剛さんはじっと聞いていた。


「――そう、だったんだ……でも、それが事実なら潔癖な女の子にはキツイかもね」

「たぶんバスケ部連中のツテから知り得たんだろうな。俺には出来ない芸当だ」

「まぁ、天津くんには無理かも。だって学年で天津くんを知らない人はいないだろうし」


 そう言った金剛さん。


「俺を知らない人がいない? 逆だろ。知ってる奴の方が少ない」


 それに彼女は、少しムッとした表情。


「天津くんが知らないだけだよ。……霧島くんから女の子を奪ったりとか……姫沢の生徒をたった一人で何百人も集めたとか、天津くんに付いてる噂は思ってる以上に大きいんだよ? だから、たぶん天津くんが話しかけるだけで警戒してる人多いと思う」


 あぁ、それでか。俺がバスケ部の連中と話できなかったわけを知って、なんとなく安心した。なんだ、じゃあ俺のコミュニケーションが原因じゃなかったのね。


 だが、もしもそうだとするなら、まだ俺に出来ることはあるのかもしれない。


「霧島が明石先輩の噂を流したら……どうなるんだろうな」

「さぁ……でも、もう普通の高校生活は送れない、かも」

「だよ、な……だが、明石先輩よりも悪い奴がいたら話は別だと思わないか?」


 金剛さんは、眉をひそめて首を傾げた。


「明石先輩よりも……?」


 それに、俺は笑って答えた。


「あぁ。男から女の子を奪っただけじゃなく、姫沢の女子たちともヤりまくってる……そんな糞みたいな奴の噂が流れたら……明石先輩の噂は薄れるとは思わないか? つまり、霧島が明石先輩を悪者にするつもりなら、それよりも悪い奴を作り上げてしまえば――」


 説明してる最中、金剛さんの怒りの視線に気がついて続けるのを止めてしまった。その瞳には、悲しげな色が混じっている。


 彼女は、はぁぁと深いため息を吐いて、一旦視線を外す。


「天津くん……らしいね。そして、たぶん天津くんは、本当にそういうの……やっちゃうんだろうね」


 呟かれた言葉は渇いていた。


「そういうのがダメなことも分かってる癖に、そんなことしたらどうなるのかも分かってる癖に……そして、誰も止められないんだ。……でもさ……私はそういうの嫌だ」


 最後の言葉は、どこか、懇願めいていた。


「……北上さんにトイレで言われたの。『あんな男におべっかすることしか出来ないアンタは可哀想』って。それにカッとなって……気がついたら北上さんをぶってた」


 彼女は、初めて喧嘩の理由を話してくれた。


「……天津くんが馬鹿にされたからなのか、それとも私が馬鹿にされたからなのか、今でも分からないけどさ、その言葉には……頭にきた。許せなかった」


 そして、彼女は言葉に怒りを滲ませた。


「そんなの、言わせておけば良いだろ」 


 それに金剛さんは力なく笑うのだ。


「天津くんはそうなのかも。でも、私は無理だった。だって、それは真実じゃないもの」


 どうしたって叶わぬ願いを断ち切れぬような、悲壮感が今の彼女にはあった。


「さっきの天津くんの話、本当に実行しちゃったらさ……北上さんの勝手な想像も、みんなが思ってる勝手な想像も、ぜんぶぜんぶっ、肯定することになっちゃうよね」


 そうなる。だが、彼女の表情があまりにも痛々しくて言葉が出来ない。


「それで良いと思ってた。私だけが本当の天津くんを知ってるなら、それで良いと思ってた。それこそ、私だけの特別みたいに思ってた。でもさ……天津くんが落ちれば落ちるほど、私も傷つくんだよ? 天津くんをちゃんと知ってる私が、すっごく悔しくなるの」


 その時に、俺はようやく理解できた気がした。金剛さんが本気で怒ってしまったことを。


「……だから、霧島くんが流す噂で一番傷つくのは、きっと彼女さんの方だと思う。そんな、知りたくもなかったことを勝手に流されて、知らされて……一番可哀想」


 それにハッとした。確かにそうだ、と。もし、霧島がそんな噂を流して一番悲しむのは彼女の方だ。霧島が犠牲にしようとしているのは明石先輩だけじゃなく、そんな彼と付き合っている岸波先輩にも被害が及ぶ。


 ただ、それを知って彼女が別れるのなら、岸波先輩にも良いのではないかとも俺は思ってしまう。


「教えるべき……なんだろうか」

「なにを?」

「彼女さんの方に、そのことを」


 もう霧島を止められないのなら、それを彼女さんが噂として知ってしまうのなら、せめて先に教えておいてやるべきなのかもしれない。だが、噂は噂として終わってしまう可能性も考えると、それを教えることは、必ずしも善いことのようには思えない。


 それでも……たとえそれを噂として笑って済ませられたとしても、彼女は大なり小なり傷ついてしまうのだろう。


 なら……。


「教えた方が良いと思う」

「だよ、な」


 知ってて傷ついてしまうのと、知らずに傷ついてしまうのは違う。心の準備をしているだけで、人は心を防御できる。


 俺は立ち上がった。


「今から行くの?」

「あぁ」


 そう言って体育館へ向かおうとし、俺は腕を掴まれた。


「待って。私も行く」

「金剛さんも?」

「うん。私も無関係じゃないし、それに……たぶん天津くんが言っても話は出来ないと思うよ」


 先程の話を思い出して納得した。たしかにそうかもしれない。


 だから。


「頼む」

「うん」


 俺と金剛さんは、男子バスケット部が練習しているであろう体育館へと向かった。


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