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思惑は転がり

「あのさ……霧島を呼んでくれるかな……?」


 グラウンドで練習をしているサッカー部の一人に恐る恐る声をかける。彼は怪訝そうに俺を見やったが、隣にいる日向舞を見つけてからは、ハッとしたように固まり、やがて大急ぎでサッカー部の群れに走っていってしまった。うん……無視されるのは慣れてるから良いんだけどさ。


 しばらくしてそこから霧島が駆けてくる。その足取りは軽快で、走ってる姿すらも絵になっていた。


「天津くんか。なに?」


 チラリと日向舞を見てから俺へと話しかけてくる。俺に一番に声をかけてくるあたり、やはりスポーツマンシップを理解しているな。偏見かもしれないが、さっきの奴はレギュラーにすらなれない補欠だろう。なにせ俺のことを無視したからな。俺がサッカー部なら、あの一瞬でボールを奪っている。


「あぁ、今日話した奴を連れてきた」

「ホントに連れてきたんだ……」


 さすがの霧島もビックリだろう。今日の今日で本人が目の前に現れたのだから。


「霧島海人くん、ね? 私は日向舞。少し頼みたいことがあって、この人に連れてきてもらったの」

「そうなんだ……なるべく手短に頼むよ。監督が来ると煩いから」

「うん。実は、私の友達とデートしてほしいの」


 直球来たぁぁ! まじかよ、こいつ。手短だけど他に言い方あっただろ。断られたらどうするんだ……。


 霧島がそれにOKするとは思えない。なにせ、俺が紙を渡したら「直接会いにこい」とまで言った男だ。今回もそうやって断るのだろう。


 そう思っていた。


「なるほどね……そういうことか」


 霧島は困ったように笑みを浮かべる。さぁ、断れ霧島。こいつにはそれが大きなお節介なのだと知らしめてやらなければならない。


「ちなみに、天津くんとはどういう関係?」

「天津くん? あぁ、昨日初めてあったの。霧島くんと同じクラスだって聞いたから仲介してもらうように私が頼んだの。関係は……利害の一致?」


 利害一つも一致してないんだけど……。あの会話のどこをどう取ったら利害の一致に繋がるんだよ……。


「なにそれ。面白いね?」


 冗談だと受け取ったのか霧島は笑ってみせた。笑えないのは俺の方だ。


「いいよ別に。天津くん、あのときの紙まだ持ってる?」

「……いや、持ってるけど」


 ちょっと待て。今なんて言った? ……いいよ?


「じゃあ、俺がLINEの登録しておくよ。部活終わったら連絡する。それでいいよね?」

「ほんとに!? ありがとう!!」


 ……待て待て。なぜそうなる? なぜ断らない? さっきのトイレの時の理論なら、お前はここで断らなければならないだろう!


 俺は目の前ですんなりと行われた話し合いに、呆然とするしかなかった。その霧島は、俺に手を差し出してくる。渡せと言っているのだ。日向舞のLINEのIDを。


「天津くん……?」


 日向舞の声に我へと返り「あぁ……」とポケットから紙を取りだした。


「ありがとう。じゃあ、またあとでね」


 それを受け取った霧島は、俺にではなく日向舞へと別れを告げる。


「うん。会ってみないと分からないかもしれないけど、その子すごく良い子だから損はしないと思う!」

「まぁ、僕は直接会って人を判断したいから、まずはそのデートだね」

「ホントにありがとう! 霧島くん!」

「じゃあね、舞ちゃん」


 去っていく霧島海人。俺には何が起こったのか理解しきれなかった。


「すごく良い人だね。噂に違わぬ優男って感じ」


 満足げに日向舞が呟く。そして、俺をチラリと見やり。


「やっぱり頼む人を間違えたみたいね……ぷくくっ」


 笑った。


「うるせぇ……だから無理だって最初から言っただろ」

「ごめんごめん。でも、ちゃんと霧島くんと会わせてくれたからチャラでいいよ。話も通してたみたいだし」

「まさか、あんなにあっさりOK貰えるとはな……良かったな」

「うん。まぁ、これからどうなるかはあの子次第だけどね」


 嬉しそうにグラウンドを見つめる日向舞。その顔には晴れ晴れとした達成感が見えた。反して、俺は腑に落ちなかった。あんなにも正論で断った霧島海人が、なぜあっさりと今回は承諾したのか。

 原因の一つとしてあげるなら、やはり『俺』だったからなのだろう。俺が霧島に頼んだから断られた、それが最も簡単な見方だ。まぁ、ボッチの俺に頼まれて素直に受け入れるのはおかしいのかもしれない。そう考えれば理解はできる。


 だが、納得は出来なかった。霧島の言動には矛盾があるように思えて仕方なかった。


 それをスッキリさせる考え方があるとすれば、霧島は俺だから断った、のではなく日向舞だったから承諾した、という考え方。


 その可能性を追ったときに、俺は少し嫌な予感がして、ただの憶測だと切り捨てる。


 日向舞の思惑通りになったのだから良いじゃないか。心のどこかで、誰かがそう言った気がした。彼女とは昨日あっただけの存在、これからの彼女がどうなろうと知ったことじゃない。俺はそれに関わる義務も権利すらない。何故なら、俺は仲介してやっただけの他人なのだから。


「帰ろっか。もう用事は済んだし」


 誰かに一緒に帰ろうなんて久々に言われた。そしておそらく、日向舞との繋がりは、これで終わるのだろう。


 またいつもの日常に戻るだけ。それは、俺が望んでいること。


 だから、普通を装ってそれに従う。彼女は楽しそうに歩いた。


 これで良かったんだ。俺はこれで彼女との関わりを絶ちきり、日向舞は自分の思い通りに霧島とのラインを得られた。みんな幸せ、万事解決。


 俺は疑い過ぎているのだ。これまで、人間関係というものがすんなり上手くいったことがなかったから……それが怪しいと穿(うが)ってしまっているのだ。


 すべては俺だけの杞憂であり、俺が口出しするべきことではない。


 だから、俺はいつも通りの俺を貫いた。


 歯車は動き出す。それは、もはや俺の手には届かぬ所で。それをこれからどうにかしようなんてことは、その結末を見届けてやろうなんてことは、ただの俺の傲慢だ。


 動き出したものは止まらない。それを動かしたのは、日向舞だ。だから、それをどうにかするのも、結末を見届けるのも日向舞の責任の範疇。


 だから、俺はもう、何も言わなかった。


 俺だけに見えてしまっている未来が、必ずしもその通りの未来とは限らないのだから。

 








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