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やはり無理でした

 ボッチが無論最強にして最高の種族であることは間違いない。しかし、その最強にして最高足り得ているのは、やはりボッチを悠々自適に過ごしている瞬間のみだ。


 だが、誰かと何かを共にしたいとか、誰かと居たいとか、誰かと話したいとか、そういう思考に陥ったとき、ボッチは最弱にして最低の種族だったのだと実感させられる。


「あー……、おっ、おはよう」


 廊下で固まる男バスの奴等に挨拶をしてみる。だが、無視されてしまった。そりゃそうだよな。声出てないし、三メートルくらい離れてるし……。その内の一人が「ん? なんか言ったコイツ?」的な目でこちらを見てくれたのにも関わらず、それを俺は「いや、言ってないです」風に逸らしてしまった。あぁぁぁぁ……俺の馬鹿っ……。


 霧島にデカイ口を叩いてから、早三日ほどの時間が経過していた。俺はなんとか情報を集めようと試みているのだが、俺から知らない奴に話しかけることなど出来るはずもなく、金剛さんも全然話しかけてこず、もはや喧嘩の騒動さえ夏休み前の熱気に掻き消されてしまいそうな勢い。それでも、北上の苛立ちは未だ健在で、なんとなく金剛さんも未だ近寄りがたい雰囲気を保っていた。二人は見るからに互いを避けあっており、仲直りすることなく微妙な雰囲気が残されたまま。


 たぶん、このままなら犬猿の仲のままいってしまうのだろう。別にそれで良いじゃないか、なんて思うのはやはり俺がボッチだから。


 その点、誰とでも話すことの出来る霧島は、時折バスケ部と親密に、まるで同じ部の者かのように話をしていた。それは教室だけではなく、他のクラスでも同じように接しており、彼のコミュニケーション能力の高さを感じずにはいられない。


 というかだ。そもそもバスケ部の連中は、目に見えて強そうな見た目とオーラを放っている。なにか気に食わない一言でも発しようものならば、彼らは同じ部内の者ですら睨み付けたりしてる。それが内輪ノリであり、彼らはそれをされても次の瞬間には笑いあっていたりするのだが、なんかもうそれが怖い。


 一応、北上が失恋をしたという男バスの先輩の情報だけは得ることが出来た。……データ上の。


 男子バスケット部所属、三年生明石(あかし)瑛太(えいた)。男バスの副キャプテンであり、レギュラー。


 北上と同じく一年生からレギュラー入りしており、中学では全国の選抜メンバーに選ばれるほどの実力を有していた。この学校もスポーツ特待生として入学している。

 その時に気づいたが、彼の出身中学は北上と被っていた。だから何気なく北上も中学は優秀な選手だったのだろうか? などと思って調べてみたものの、その中学では女子バスケット部は存在していなかった……。あれ? 北上ってたしか一年生からレギュラー入りしてるよな……。廃部にでもなったのかと思ったが、もともと女子バスケット部など存在していない。つまり、北上は高校からバスケを始めており、その才能が開花していきなりレギュラー入りしている……ということになる。


 ないな、とその可能性に首を振るしかない。


 他のスポーツならまだしも、バスケットボールはわりと競技人口の多いスポーツだ。しかも、バスケットボールには試合時間をずっと走り続ける体力とボールを操る技術力が必須のスポーツ。それが前提でなければコートにすら立つことすら許されない。だから、いくら才能があるにせよ初心者がポッと入ってレギュラー入りするなんてことは不可能なのだ。


 つまり、北上は部活ではなく、何らかの形でバスケットをしていた経験があるということ。しかも、高校から部活を始めたにも関わらず、レギュラー入り出来てしまうほどにレベルの高いバスケに触れていた……。


 ここで一つの憶測が立てられる。


 北上が明石先輩に対し、想いを寄せていたのが中学の時からだったとするのなら、彼女が触れていたのはレベルの高いバスケではなく、明石先輩自体だったという憶測。それを北上に聞けるはずもなく、それを聞いたからといってどうなるわけでもない。……ただ、そんな前から好意を抱いていたとするのなら、今回の失恋はやはり相当ショックだったに違いない。まぁ、ほんとただの憶測。


 女子が失恋から立ち直る方法なんかも調べてみたが、どれも俺の役に立ちそうになかった。というか、それらにはどれもこれも「誰かと云々~」的な事が書かれてあり、やはり精神がやられても一人で立ち直れるボッチは最強、という結論にしか至れなかった。


 まぁ、いろいろと俺なりにやってみたが情報集めは無理でした。というか、本気で知りたいと思ってないからなのかもしれない。本気で知りたいならきっとバスケ部にだってちゃんと声をかけられる。つまり、まだ俺は本気を出していないだけなのだ。


 そんな中だが、普通に気になったことはあった。


 それは、北上でも明石先輩でもなく、彼が付き合い始めたというマネージャーの女子生徒について。


 彼女はどうやって明石先輩と付き合えたのか、それは普通に気になるところではあった。何故なら、明石先輩はデータ上においても優秀な選手としての実力を有している。おそらく学内でも狙っていた女子は少なくないだろう。今回の件で失恋を経験しているのは、北上だけではないはずだ。


 そして、そんな中で彼女という地位をもぎ取った女子生徒。


 どんな人なのか……知りたくなったのだ。


 その女子生徒の名前は岸波(きしなみ)陽子(ようこ)、三年生。北上の恋敵にして男バスのマネージャーである。他の情報なし。


 たぶん、ここからは実際に話してみないと人柄とかは分からないんだろうなぁ。ただ、それが俺には遠い。同じ学年の奴等にもあまり話しかけられていないのに、学年一つ上とか上級者過ぎる。


 結局、時間だけが無為に過ぎていく。


 その間も、俺はなんとかバスケット部への接触を試みるのだが、ことごとく失敗に終わる。


 一番メンタルに来たのは、なんとか勇気を振り絞りバスケット部に話しかけた後に「なんだコイツ?」みたいな拒絶をされた瞬間だった。言葉にはしてないが「あっちいって」みたいな雰囲気出されてしまってすごすごと退散を余儀なくされる。あっれぇーおっかしいぞー? 霧島の時と対応違うくなーい?


 その日は、机に突っ伏したまま一日を過ごした。



 そんな日々の中、霧島が話しかけてきた。



「見つけたよ」

「……なんだよ」

「北上さんの想い人、明石先輩の悪いところさ」

「……」


 別に聞いてはいないのに、霧島は俺に向かって淡々と喋り出す。


「あの人、中学の時にかなり酷い部員イジメをしていたらしいよ。……それともう一つ」


 そう言って、霧島は楽しそうに笑った。


「中学の時、女子と取っ替え引っ替えヤってたらしいね」


 さすがに言葉を失った。尚も楽しそうな霧島。


「それを噂で流すよ。これで北上さんも少しはスッキリするだろうし、上手くいけば明石先輩を彼女と別れさせることが出来るかもしれない」

「……お前は」

「でも仕方ないよね? 明石先輩って、きっとそういう人間なんだからさ」


 霧島はとても楽しげに笑うのだ。そんな情報をどこから掴んできたのか……いや、それよりも噂で流すだと? そんなことをしたら……。


「正気か?」


 聞いた言葉に、彼は表情を崩さない。


「もちろん」


 もはや、俺に為す術はないように思えた。というよりも、そんな過去を持ってる明石先輩が悪いようにさえ思えてくる。そして、それで彼女と別れてしまうのなら自業自得……とも思えてしまった。


「良かったよ。ネタが見つかって」


 霧島は安堵するような素振り。


「やっぱり誰しも、過去には何かしら隠したいことを抱えてるものだね」


 それは、明石先輩だけを指しているようには思えない発言。


「天津くんの昔の事も調べたくなっちゃったよ」


 なんて、やはり……俺の事を言っていた。


「調べたいならご勝手に。ただし、なにも出てこないがな」


 俺の過去など大したものじゃない。誰かが興味を持つような事など一つとしてないのだ。


「ふぅん……まぁ、いいや。それよりも天津くんの方はどうなんだい?」

「……なにが」

「北上さんを元気付ける方法、見つかった?」

「……いや」

「そうか。なら、今回は見てるだけでいいよ。それに、どちらにしたって君が何か出来るようなことはなさそうだしね」


 彼はそれだけ言って去っていく。今回は完敗かもしれないな。


 明石先輩の過去。霧島が突き止めたそれは、きっと厳密には悪いことに思える。イジメ、女遊び、それを今はやっていないのだとしても、やはり過去を消し去ることは出来ない。そして、悪いことならば、やはり罪は償わねばならない。まぁ、俺からしてみればそんな罪を背負っている奴等はごまんといる。そんなの忘れたような顔をして、そんなの無かったことにして、平然と奴等は過ごしているが、知っている者からしたらそれは確実な悪。


 ……ふと、俺もそんな者の一人なのかもしれないなんて思った。


 自分が気づいていないだけで、知らなかっただけで、無意識にも罪を犯してしまっているのかもしれない、と。


 もしも、それが罰という形で俺にボッチが与えられたのだとしたら……その罪はいつ起きていたのだろうか。俺はそれを償えたのだろうか。


 分からなかった。


 霧島と話したその日、敗けを認めて諦めた放課後。いつものように一人歩く廊下で、俺は久々の声を聞いた。


「天津くん」


 振り返ると、そこには金剛さんが一人。意外だな、なんて思い向き直ると、彼女は少しだけ苛立ちの表情をした。


「ここ最近……天津くん何してるの?」


 その言葉に思わず笑った。このタイミングでか、と。もはや霧島との勝負は終わってしまったのだ。


「ちょっと霧島に喧嘩を売られてな」

「霧島くんに?」

「あぁ。でも、もう終わったんだ」

「終わったって……どういうこと?」


 怪訝そうな彼女。金剛さんが北上と喧嘩をしたことで始まった霧島との喧嘩。彼女とて決して無関係じゃない。まだ頬には小さくなったが絆創膏が貼られていて、それがついぞ数日前の事であることを思い知らされる。


「少し話せるか?」


 自分でも驚くほど自然に言葉が出てきた。今でなければ、金剛さんとはもう一生話せないような気がして。


 それに、金剛さんは頷いてくれる。


 それでも、その瞳は力ない。


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