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嵐の前の

 夏休みも間近に迫り、それに伴い各スポーツのインターハイも近くなってきた。土曜、日曜に行われる試合で勝ち進み、月曜日にまで試合を持ち越された者たちがポツリポツリと公欠で学校を休む光景が見られ始めた。普段は各部活にはあまり興味を示さない生徒たちも、こうして目に見える光景により、スポーツへの期待感というものが如実に高まってくるのが分かる。


「――頑張って甲子園行ってね!」

「――全国行ったら夏休み応援行くから!」

「――テレビとか出たら凄いよね!」


 冗談なのか本気なのか分からないが、俺からしてみれば心ない言葉たちが当たり前のように囁かれ始める。公欠で休めるのはベンチ入りしている生徒が大半だ。だから、そこから漏れた生徒は当然学校にくるわけであり、たまにこうした『下手だけど一生懸命な部活生徒』がヤケクソに教室の場を盛り上げる、という光景が見られるのも大きな大会時期特有の風物詩である。


 そしてそんな中、早々に敗戦してしまい、勉学に勤しむしかない悲哀混じりの部活動生徒が見られるのもまた一興。


 そんな中に、今年は期待されていた者たちがいることも、ままあった。


「あー……マジうっぜ」


――北上明奈。女子バスケット部所属、レギュラーらしい。ポジション……知らん。


 女バスは、去年の冬に行われた大会で全国に行っていた。そんな記録もあり、なんとなく「今回も行くのだろう」みたいな期待感があった。特に、その大きな要因の一つには北上の存在があったらしい。彼女は一年生の時からベンチ入りしている。だから、三年生で埋められているはずのレギュラーの中に北上はいて、二年生での公欠扱い予想メンバーに、もちろん彼女の名前はあった。


 だが、蓋を開けてみれば初戦敗退。勝負は時の運などと言うが、実力のある学校が初戦敗退を喫するのは珍しいと思う。なんだかんだ勝ち進む、だからこそ、それを実力として認められているからだ。


 そんな彼女は、夏の暑さに「うざい」を連発していた。教室にはクーラーが設置してあるが、前の時間の体育のせいで教室全体が汗臭さにまみれており、それに耐えかねた教師が窓を開けるよう指示したからである。……いや、汗臭さというよりは制汗剤の臭い。ほんと誰だよ……他の奴の迷惑も省みずそんなもの撒き散らした奴は……。もはやテロだよテロ。窓開けて正解だよ。


「男子居なきゃ窓開ける必要なかったんだけど。マジ出ていってくんないかなぁ……」


 なんて、怖い独り言を言ってる北上に怯える隣の男子生徒。大丈夫。君が制汗剤使ってないのは知ってるから。


 きっと、初戦敗退というのも彼女を苛立たせている要因の一つなのだろう。部活に一生懸命なのは良いが、その腹いせをクラスにまで持ち込まないで欲しい。空気悪くなるから、ほんと。


 それは俺だけでなく、きっとクラスメイトみんなが思ったに違いない。それくらい北上は平然と毒を吐きまくっていた。


 それに耐えかね先陣を切ったのは、クラスメイト……じゃなく同じ部活連合の女子たちだった。


「――明奈、そろそろ切り替えなよ。別に(・・)負けたのは明奈のせいじゃないけど、そんなことしてたらマジ先輩たちにボコられるよ?」


 なにボコられるって……なに? 女バスそんなのあるの……怖い。


 休憩時間、同じ女バスの二人が北上に怒っていた。彼女たちは普段北上の味方だ。だが、この時ばかりは違った。北上の味方ではなく、女バス先輩たちの味方。まぁ、こうしてちゃんと言葉にしているあたり、北上を想ってのことなのだろう。


 ただ、その言い方には何か含むところがあった。


 その言い方はまるで、北上のせいで(・・・・・・)敗けたと言わんばかりの雰囲気が少しばかり混じっている。


 そしてそれは、やはり北上の神経を逆撫でしてしまう。


「はぁっ? なんで私のせいになってんの?」

「いや、別に明奈のせいじゃないって言ってるじゃん」

「そう聞こえるんだけど? なに? パスミスのこと? 私が最後、相手にパスした事を言ってんでしょ?」

「ちっ、違うって! 監督もあれだけじゃないって言ってたじゃん」

「あれなんでしょ? 先輩たち睨んでたし」

「いや、たぶん睨んでたのは、あの日の明奈がおかしかったからでしょ? パスミス最後だけじゃないし……相手のエース全然抑えられてなかったじゃん」

「はぁっ!? じゃあ何? 敗けたのは私のせいって言いたいの?」

「だから違うって!」

「言ってんだろぉがよ! コートにも出てない癖に偉そうにすんな!」


 ……ヤバい。何にも関係ないのにここから居なくなってしまいたい……。もはや今の北上は何でも切りつける凶器みたい。極力近寄りたくない。いや、ボッチだからその必要ないんだけどさ……。


 結局、彼女たちの話は決裂して終わる。


 そして次の時間、北上は授業をサボった。


 これは後々、女子たちが話していたことなのだが、女子トイレの個室ドアが一つ壊れていたらしい。そのせいで、教室から遠いトイレまで行かなければならない女子生徒が多発し、愚痴として話題にあがっていた。そして、その容疑者候補の中に北上の名前も上がっていた。


「――ね。絶対北上さんだよね」

「――機嫌悪いし。大会で敗けたからでしょ?」

「――なんか、バスケット部に聞いたら機嫌悪いのそれじゃないらしいよ」


 犯人探し、戦犯探しというのは、どこにいってもあるものだ。それを悪気なく会話にしてしまえるのは女子だけかもしれない。


「――うわっ、最後のフライ取り損ねた奴がいるぞぉ!」

「――みんなー。今年、軟式野球部が敗けたのあいつのせいだから」

「――ばっ! ちげぇよ! 俺は夏の太陽に……少し目が眩んだだけなんだって!」

「――お前、それ絶対考えてたやーつだろ!」


 ……見てみろよ。たくましい軟式野球部のやつら。敗けたのをもうネタにしてやがる……。わざわざ別クラスの奴等が来て暴露されるという豪華演出付きだ。ちなみにこの舞台開演は今日で三回目。休憩時間の度に軟式野球部の奴等がきて、わざわざ公演しているのである。お前ら暇か。もう聞き飽きたし、見飽きたんだけど。あと、普通に面白いから止めてくれ。ボッチが笑ってると、それだけでイラつかれることもままあるのだから。


 馬鹿な公演は他の男子生徒たちを盛り上げ、それを笑ってる他の男子部活動生。こんな時に男で良かったなぁ、などと思う。男たちの間で行われる犯人、戦犯探しは結局のところネタにして笑いに変えるためだけの前座でしかない。


 この前も、トイレ詰まらせた奴が堂々と名乗り出て数日間ヒーローになってた。ほんと、男って馬鹿で下品でどうしようもない。ほんと、最高か。


 ……だが、女子は違うのだろう。


 始まってしまった犯人探しは、徹底的に行われる。そして、その動機や要因までくまなく洗われてしまうのだ。



「――なんか、好きだった男バスの先輩を女子マネに取られたらしいよ」

「――それマジぃ? てか、それを試合にまで持ち込んだわけ?」

「――うわぁ、それ被害者メンバーの方じゃん」

「――失恋で落ち込むの分かるけどさぁ、調子良くないなら、普通顧問とかに言って試合出ないよねー。迷惑かけるの分かってるんけだしさぁ」

「――だよねぇ」


 事情聴取を行ったわけでもないのだろう。なのに、そういった詳しい話はすぐに女子から女子へと感染していき、やがてそれが真実のように語られていく。そして、こういった場合、だいたい真実だから怖い。いや……本当に怖いのは、その話で派閥が出来てしまうことなのかもしれない。その派閥はパワーバランスによって、その矛先を本人へと向けることがある。


「――私は分かるかなぁ。だって女バスの顧問男じゃん。言っても分かってもらえないと思うけどなぁ」

「――まぁ、そうかも。しかもレギュラーだし、簡単には言えないよね」


 まぁ、今回の場合それはなかった。失恋というワードに共感する女子は、わりと多いのかもしれない。俺も失友(しつとも)とか使ってみようかなぁ。いや、もう使ってるか、失友(ぼっち)


 だが、それはクラス内での話であり、北上が所属しているのはこの教室だけではない。



 北上が部活を無断で休んだ、という話題が上がるのに、そう時間はかからなかった。それに不満を持つのは、やはり同じ部に所属する者たち。そして、それは正しく北上本人に向けられたに違いない。


 部内で収束するはずのそれは、しかし、北上の所属する他の場所にまでその影響下を広げていく。


 それは、やがて一つの事件として爆発することになった。



 北上が女子トイレで喧嘩した。



 そんな話が駆け抜ける。その喧嘩は相当に酷いものだったらしく、教師が介入を余儀なくされるほどの物だったらしい。


 すぐに囁かれる相手の名前を聞いてさらに驚いた。


 北上と喧嘩をしたのは……金剛さんらしかった。


 彼女とはりんちゃんの件以来、あまり話をしていなかった。彼女が、あの日以来屋上に来なくなったというのもある。


 夏休みまであと二週間もない気怠い日々の中、なにか……台風のようなものが近づいてきている気がした。それをクラスメイトみんながなんとなく感じていた。


 そして、この事件がクラスの中心人物を動かすことになる。



「――ちょっといいかな? 北上さんのことで知りたいんだけど?」



 北上と同じ女バスに話しかける一人の男。そいつは、とても爽やかに彼女たちへと話しかけた。それに彼女たちは拒絶のような雰囲気を出さない。むしろ、待ってましたとばかりに彼へと寄っていく。


 霧島海人。奴がこの騒動に介入することになったのである。


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