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覚悟した女の子は強い

 結局、どうすればいいのかなんて分からないまま、俺と日向舞は喫茶店を出る。まぁ、実際はどうしようもないという結論が出たという方が正しいのかもしれない。

 外では、金剛さんとりんちゃんが既に待っていて、二人が何を話していたのかは、彼女たちの微妙な雰囲気から少しだけ推測出来てしまえた。日向に聞いてみたのだが「それはしょうりんから聞いて」とだけ返されてしまったのだ。あなたたち、なんで質問に対する答えを押し付けあってんの?


 金剛さんは浮かない表情をしており、対するりんちゃんは笑みが溢れていた。明らかなテンションの差を感じる。なんか気まずかったのであろう事が、もろに分かってしまう。


「どーだった?」


 りんちゃんは、その笑みのまま近寄ってきて俺に問いかける。それに俺はなんと答えればいいのやら。


「……どうだったって、別にどうにも」


 りんちゃんは少しだけ日向舞を見やり、それに日向舞は力なく笑って、しかし、それ以上の反応はなく、りんちゃんは再び俺へと視線を戻した。


「まぁ、いいや。じゃあ行こっか!」


 そう言って、俺の腕にしがみついてきたのだ。


「なっ!?」


 その突然の行為に、俺はりんちゃんではなく金剛さんの方を見てしまう。すると彼女と視線が合ってしまい、彼女は……分かりやすく目線を逸らす。


「ほら、早く行こうっ」


 腕にしがみつくりんちゃんは、まるで二人の事など全く気にしていないように見える。というか、態度を隠すつもりも遠慮すらない。いや、俺に対することも含めれば、これはもはや容赦すらない。


「というか、行くってどこに?」

「どこでも。久々だし、二人きりならどこでもいいっ」

「……」


 次々と吐き出されるその多連装ロケットは、俺だけでなく日向舞と金剛さんにも突き刺さる。しかし、彼女たちからはそれに対する反応はない。


「ほら、早く」


 りんちゃんはぐいぐいと俺を引っ張ろうとする。


「……良いのか?」


 そう聞くと、彼女は自信に満ちた表情でこくりと頷いてみせた。


「うん。私は覚悟した」


 なにを、とは聞かずとも分かる。そして、それが金剛さんとの話だったのだろうとも理解した。


 だから、俺はもう諦めて引っ張られることにする。


「またね……天津くん」


 日向舞が不意に言って、見れば無理に笑顔をつくっていた。それに俺は「……あぁ」と返すしかなかった。金剛さんは、視線を逸らしたまま。


 なんとなく気まずい雰囲気。しかし、それを払拭するような手立てなどなく、結局逃げるような形で俺はりんちゃんと共に二人から離れた。


 そんな二人からある程度距離を取ってから、りんちゃんは力を弛めた。そして、そのまま普通に歩きだし、俺もそれに従う。


「……私、偉いでしょ」


 彼女が俺を見ずに言う。


「ちゃんと舞ちんに話して……ちゃんと麻里香ちゃんにも宣戦布告したの。……じゃないと、さすがにズル過ぎる気がして」


 言葉には強い意志があった。淡々と放たれる言葉は、たくさん考えた末のモノだと察することができる。


「だから、今日までは自制したんだ。天津くんに送るLINEも、挨拶だけって決めてた」

「だからか……」


 まぁ、自制してたわりに、結構な攻撃になってましたけどね。


「でも、もう自制なんかしない。これからは堂々と、遠慮なくやります」


 その宣言は俺だけでなく、彼女自身にも言っているように思える。


「これで二人と仲悪くなっても気にしないよ。私は私の為にやるだけ」


 だから、付け足したそれもきっと、彼女自身に言った言葉。


「強いな」


 そんな感想を述べてやると、彼女はふふっと笑った後に俺を見やげた。


「それを、天津くんが教えてくれたんだよ」


 ……そうだった。自分の為というのは、俺が彼女に教えた事だ。それを彼女は忠実に守っただけ。つまり、強いのはやはり俺か。

 そして、強い俺は、やはり主張を変えることはない。


「たぶん無駄だぞ。前にも言ったが、俺は俺だけいれば満足出来てしまえる」


 だから、たぶんりんちゃんの気持ちには応えられない。


「私も言ったはずだよ。だから、私は天津くんの気持ちには対抗しないって」


 そう言い、りんちゃんはさらに体を寄せてきて密着度を大きくしてきた。それに困ったような表情をしてしまい、見上げてきた彼女は、それすら見透かしたように得意気に笑った。


「体は正直だよね」


 言った言葉が恥ずかしかったのか、笑みにはすぐに朱色が差した。


「何を言ってるのか分かってるか?」

「うん。でも仕方ないよね。こうするしかないんだもん。悪いのは私じゃないよ。私の気持ちを受け入れない天津くんだよ」


 ……なんか、思考まで俺と似てきた気がする。そうやって自分を絶対的に肯定するやり方は、俺のやり方そのままだ。だからこそ、彼女は覚悟したのだろう。俺のやり方はいつも誰かを傷つける。だがそれは傷つけるだけ。切り捨てるのとは少し違う。


 傷は放っておいても勝手に癒えてしまう。それを残したくても、勝手に体が癒してしまうからだ。だが、切り捨てたら勝手には癒えない。その者が必死に這い上がるか、誰かに拾ってもらうしかない。


 傷つけるのと切り捨てるのは、根本的に違う。


 だから、この場合切り捨てられるのはおそらくりんちゃんの方。りんちゃんは、彼女たちを傷つけたに過ぎない。

 

 覚悟というのは、彼女たちを傷つける覚悟ではなく、自分が切り捨てられる覚悟のこと。その覚悟をするのは、自身が思っているよりも何倍も辛いことだ。それを、俺は知っている。


 だから、俺は今のりんちゃんの強さをほぼ正確に評価できる。本当に、彼女は強くなった。強くなってしまった。いや……強くしてしまった、か。


「たぶん、私が出来る最終的手段って既成事実だよね?」


 まるで確認事項みたく、俺に告げてくるりんちゃん。女の子の口から既成事実とか出てくるとは思わなかった。思わなかったからドキッとしてしまった。


「……それ俺に言うなよ。最終的手段なら、最後まで隠しておくのが普通だろ」

「あはは、敢えてだよ天津くん。だってそれは、天津くんにとって甘い餌にもなり得るでしょ?」

「うわぁ、(トラップ)かよ……えげつねぇ」


 既成事実を餌に(トラップ)を仕掛けるとか、もうやり方が怖すぎる。まるで自国の領土を敢えて攻撃させ、戦争する大義名分を得たどこぞの最強国家みたい。……いや、あれに関しては審議はつかないか。真相は闇のままだ。


 りんちゃんは、照れ臭そうに笑ってから「でもね?」と付け足す。


「――それを餌にするのも、そうやって罠を仕掛けるのも……どうしたって手に入れたい男の子がいるからなんだよ」


 放たれる言葉たちは、どれも俺だけにロックオンされていた。なのに、その破壊力は痛みではなく全く逆の効果を俺にもたらしてしまう。それが全て計算だというのなら、もはや俺は詰んでいるのかもしれない。もしそうなら、本当に彼女は何手先まで読んでいるのだろう。


 だが、それでも王手は出来ない。どんなに詰めても、それだけはさせない。


「悪いな。俺は甘いの苦手なんだ。だから、それは罠にはならない」

「うっそだぁ! そんな男の子いないよぉ!」


 うりうりぃと体を擦り付けてくるりんちゃん。うんうんんん! これは罠になり得ますねぇ! 前言撤回させていただきますねぇ!


 なんかもう、一緒にいるだけでヤバい。匂いとか感触とか声とか視線とか……五感をちゃんと攻撃してくるあたり彼女の戦略は本当にズルい。


 ただ、こうやって気負いなく会話が出来てしまえるのは、俺も彼女にも、やはり覚悟があるからなのだろう。痛みを伴っても自分を優先出来てしまえる覚悟があるから、こうして攻撃に転じられる。


 ただ、りんちゃんには捨てきれない甘さがあることも分かった。


 もし彼女が本当に切り捨てられる覚悟があったなら、きっと日向舞に自分の気持ちを告げたりしない。金剛さんに宣戦布告などしない。だから、りんちゃんはきっと、心の奥底では彼女たちとの関係を望んでいるのだろう。


 それを彼女はズル過ぎるから(・・・・・・・)と釈明したが、それは違うのだろう。


 りんちゃんのやり方は俺のやり方そのままだ。だからこそ、俺だけがそれを理解してしまえる。


 だが、そこを突いてしまうと俺のやり方についても突いてしまうことになるから、それは出来ない。


 総合して言えばそのやり方も、選んだ手段も俺には効果覿面だ。


 もはや為す術などなく、やはり俺は耐えるしかない。


 だが。


「ねぇ、今度家に行ってもいい、かな?」


 容赦なく降り注ぐ鉛だまの雨に、俺はどこまで耐えられるのだろうか。


「それとも……うちに来る?」

「休みは独りで過ごしたい派だ」

「休みじゃなければ良いってことだよね? 分かった!」

「あれ? いや、そういうつもりで言ったんじゃないんだけど」

「えぇぇ。じゃあいつなら良いのさ」

「いつって……話を巧みに進めるなよ」


 思わず、いつなら良いか考えちゃったじゃん。


「えぇぇ。もうLINEだけじゃ我慢できないんだけど。我慢したからご褒美あっても良いよね」

「なにその報奨制度。制定した覚えないんだけど」

「私が勝手に制定しました」


 勝手に制定してんじゃあないよ……。お前はボッチ制度を着々と作ってる俺か。


「すまんが、ボッチにはフレックスタイム制というものがあってだな? ボッチは孤独になる時間を自由に決められる権利があるんだ。俺は俺の時間を殆ど孤独時間に当ててるから、いつになるかは分からんな」

「むぅ。そんなの導入された覚えない」

「俺が勝手に導入しました」

「つまり、天津くんの予定はだいたい空いてるってことだよね? 分かった!」

「いや、分かってないだろ。絶対」


 結局俺たちは、どこ行くでもなく、ただ二人きりで歩いただけだった。別れたのは、日も暮れて薄暗くなった頃。


 その日を境に、平淡だったりんちゃんとのLINEは、少しずつ変化していくことになる。


 そこには、ちゃんと彼女なりの戦略が盛り込まれていて、俺が耐えるしかない一方的戦いの始まりでもあった。


 一番堪えたのがこれ。



――今お風呂に入ってる! 暇だからビデオ通話しちゃう?



 もはや“暇だから”の接続文として成り立ってない。どういうことなの、これ。


――ビデオ通話とか通信量がかかるから無理。


 それを必死で送った俺は、ベッドで力尽きることしか出来ない。


 それを想像しながら笑ってる彼女が想像出来てしまい、悔しさしか感じない。


 本当に、してやられてる気しかしない。


 それは、俺が耐えてきたどんな事よりも辛い。このままでは、本当に負けてしまいそうな気さえした。


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