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立ちはだかる問題。立ち尽くす者たち。

 放課後、りんちゃんはバス停のベンチで座って待っていた。その隣には日向舞もいる。俺は金剛さんと共にバス停まで来たのだが、昼休みのことがあったせいで何となく空気が重い。


「久しぶり」


 最初に声をかけてきたのはりんちゃん。気恥ずかしそうに、少しだけうつむき、それでも嬉しそうな声。だが、日向舞だけは微妙な表情を浮かべていた。


「ひさ……しぶりだな」


 そんな雰囲気にどう反応していいか分からず、微妙な返しをしてしまう。


「それじゃ、私は麻里香ちゃんに用事があるからっ」


 そしてりんちゃんは俺をかわして後ろの金剛さんに近づいていく。え? 用事って俺にではなく? 浮かんだ疑問は金剛さんもだったのだろう。彼女も困惑したように「え?」と呟いた。


「……しょうりん!」


 不意に、日向舞がりんちゃんに呼び掛けた。それにりんちゃんは振り返って笑う。


「大丈夫だよ舞ちん! 私はそんなつもり(・・・)ないから!」


 二人は何かしらの意思疏通を行ったようだったが、俺には理解出来なかった。ただ、日向舞はそれだけで言葉を抑える。


「行こう麻里香ちゃん」

「えっ……なに? ちょっ!」


 しかし、りんちゃんは金剛さんの手を引いてどこかへと歩き出す。そして俺に「また後でね」と、小さく笑ったのだ。


 残された俺と日向舞。訳が分からず立ち尽くしてしまう。それからようやく日向舞の方へと視線を戻すと、彼女は少し怒ったように俺を見ていて……やがて大きくため息を吐いた。


「……私たちも行きましょう。少し歩いた所に喫茶店あるし、そこで話すわ」


 そうやって先を行く日向舞。何も聞かされずに話だけを先伸ばしにされる。なんとなく嫌な予感がする。 そうやって先伸ばしにするのは、やはり話しづらいことだからだ。そして話しづらいのは、話してしまえば事が悪化する危険性を孕むから。


 何かは分からないが、俺は聞きたくないような気がした。


 それでも、こうして場を用意されてしまった以上は逃げることは出来ない。


 俺は何が何だか分からぬままに、何かを覚悟しなければならなかった。



「――あなた、しょうりんに告白されたでしょ」


 その喫茶店。取り敢えず各々に注文を取り、互いの前には湯気をたてる紅茶が置かれている。だが、開口一番に出てきた言葉は、紅茶などでは薄められないほどの苦味を伴っていた。


「あぁ」


 それでも何とか薄められないかと一口飲んでから答えた。うむ。やっぱり薄まってねぇなこれ。


「なんで?」

「なんでって……知らねぇよ。それはりんちゃんに聞けよ」


 なんで彼女が俺なんかに告白してきたのかは、俺が知りたい位だ。


「そうじゃなくて……なんで言ってくれなかったの?」


 あぁ、そっちでしたか。


「別に話すことじゃない。お前には関係なかったしな」

「関係ある。私はしょうりんと友達だもの」

「ならそれは、りんちゃんがお前に話すべきことだろ。俺がお前に話すべきことじゃない」

「しょうりんは話してくれたわ。あなただけよ」

「いや……だったら別にいいじゃん……」

「よくない」


 なんか威圧的に言われてしまった。……なんでだよ。


「それで……天津くんは断ったんでしょ?」

「ん? ……まぁな。俺は俺さえいれば良いと言ってやった」


「それよ」


 日向舞がティースプーンを、俺へと指した。


「なに……」

「その曖昧な返事が、しょうりんに良くない。振るならちゃんと振るべきよ」

「いや、ちゃんと振ったけど」

「なら……なんでしょうりんは諦めてないの?」

「知らないんだけど……」

「知らないなら教えてあげる。天津くんがちゃんとしょうりんを振らないからよ」


 カチャンと、ティースプーンが紅茶に落ちた。

 俺は少し納得できない。


「俺は、俺の意志を伝えた。りんちゃんを振ったそれ以上の理由はない。それが俺の答えだ。それに対して、彼女が導きだした答えは彼女だけのものだろ。お前がどうこう言うことじゃない」

「付き合う気がないなら、ちゃんと振るべきよ。天津くんの態度には誠意がないわ」

「誠意……?」


 もはや、日向舞が何を言いたいのか分からない。だから、俺は彼女に選択肢を並べて選ばせるしかなかった。


「お前はどうしたいんだ? そもそもお前に告白のことを話して何になる? そんなの、俺がお前に「告白されちゃった」って自慢してるようなものだし、困るのは実質お前だろ」

「でも……報告ぐらいあっても良かった」

「報告? お前は俺の上司か。報告して、連絡して、相談しろってか? アホか。それで出した答えは、りんちゃんの為にならない」

「それは……分からないじゃない」

「お前の言い分だと、俺にりんちゃんをお前の思った通りに振ってやって欲しいってことだよな?」

「そんな言い方……」

「極論そうだろ。さぁ、言ってくれよ。お前は俺に何て言ってりんちゃんを振って欲しいのかを」


 視線が鋭くなった。だが、俺がそれに何を思うでもない。これはりんちゃんと俺の問題だ。そこに日向舞が口を挟むべきことは何もない。


「私はただ……天津くんはもっとハッキリと意志を伝えた方が良いと思うだけよ」

「意志は伝えてる。別に曖昧にする気も濁すつもりもない」

「それじゃあ、しょうりんの為にならない」

「りんちゃんの為、ね。お前、さっきから主張がブレブレだぞ?」

「ブレてないわ。私は明確にしてる。天津くんのやり方はしょうりんの為になってない。だから、ちゃんとした気持ちでしょうりんに向き合って」

「向き合った。その結果、りんちゃんは諦めてない」

「諦めてないのは、あなたがちゃんと向き合ってないから」

「……それはお前の偏見だろ」


 もはや水掛け論。俺と日向舞の主張はどちらとも核心をついていない。おそらく、互いの問題意識はズレているのだろう。


 だから、日向舞が問題としている箇所を少し考えてみた。


 日向舞は終始りんちゃんの為を主張している。だから、俺にちゃんと振れと言ってくる。うーん、まずここからして少しおかしい。


 俺の知る日向舞なら、それを俺には言ってこない。きっと、りんちゃんにちゃんと諦めさせようとするはずだ。つまり「あんな男よりも他に良い男がいる」みたく言って、りんちゃんの恋を諦めさせようとするはずなのだ。


「仮にだが……俺はなんて言ってりんちゃんを振ればいい?」

「しょうりんのことを好きにはなれない、とか」

「あんな子を嫌いになれるわけないだろ。ただ、俺は俺が好き過ぎるだけだ」

「それが曖昧だって気付かないの? 好きになれないってことは、好きになるかもしれない可能性をしょうりんに与えてしまっているわけでしょ?」


 ふむ。確かにそうだな。


「だったらなんだ? お前なら、その可能性を応援してやるのが普通じゃないのか?」

「……どういうこと?」


 眉間に皺を寄せる日向舞。それに俺は息を吐いて答えてやる。


「お前なら、俺がりんちゃんを好きになるよう動くんじゃないのか? ってことだ」


 そう。りんちゃんが霧島に想いを寄せていた時、日向舞はそうしていた。そして、そのことに何の悪気も感じてさえいなかった。彼女がりんちゃんの為を思うのなら、純粋にりんちゃんを応援するのが普通なのだ。


 なのに、彼女はそれをしていない。


 何故だろうか?


「お前……俺にまだ隠してることがあるだろ」


 それに彼女は、苦虫でも噛み潰したような険悪な表情をする。


「俺の知ってるお前は、こんなこと言ってこない。お前の主張は確かにブレてないのかもしれないが、俺からしてみれば違和感だらけだ」


「あなた……それを察することが出来るくせに……なんで……」


 言いにくそうに唇を噛み締める日向舞。その時になって、ようやくりんちゃんが言った言葉を思い出した。


――舞ちんの力になってあげて欲しい。


 たぶん、あれは、ここと繋がっているのだと思った。


 しばらく俺たちは無言だった。だが、俺の態度は一貫している。俺は待っているのだ。日向舞がそれを話すのを。


 やがて、彼女は観念したように息を吐く。


 そして。


「……気づいてるでしょ? 金剛さんの気持ち(・・・・・・・・)



 そこに、日向舞の苦悩の全てが在った。……あぁ、それでか。だから……りんちゃんは金剛さんと話をしてるのか。


 ほぼ明確に言われた事実に、俺は思ったよりも冷静でいられたことを驚いた。


「それは、金剛さんから聞いたのか?」

「聞いてない。でも……見てればわかる」


 声はひどく冷めていた。そして、そのまま俺に問いかける。


「天津くんも分かってるはずでしょ?」


 だが、俺はそれに肯定することは出来ない。


「さぁな。それを金剛さんが言葉にしたわけじゃないだろ」

「言葉にしなくたって分かるものよ。私が……どれだけそういうのを察してきたと思ってるの? 経験が違うわ」


 日向舞は言い切ってみせる。


「なんか……冷めてるのね。もっと動揺するかと思った」

「今さら動揺なんてするかよ。ただ、少し不思議ではあるな? 俺は俺の為だけに生きてる。誰かの為に生きようなんて今は思ってない。だから、それらには応えられない。それを俺は明確にする必要なんてないと思ってた」


 なぜなら。


「俺って、誰から見ても好意を抱かれるような奴じゃないだろ」


 そう。そうなるようやってきた。俺が切り捨てる必要がないよう、切り捨てられる存在になってきた。それは俺が望んだもので、それは手に入ったとばかり思っていたのだ。


「そんなこと……」


 それを日向舞は否定しようとして、言い淀む。


「そもそも恋ってなんだよ。俺はそんなもん捨ててきたから知らねぇよ。だから……それを求められても応えられねぇよ……」


 誰かが俺を好きになる。それは嬉しいことなのだろう。だが、俺は違う。


 ……怖いのだ。


 それがいつか裏切られることへのフリに思えてならない。壊されてしまう事への前兆に思えてならない。形ある物はいつかは壊れる。だから、形になんてしてしまいたくない。


 だったら、決して壊れぬ物だけを信じるしかない。そして、それが自分自身であることだけを俺は知っている。


 日向舞は悲しげな瞳で俺を見ていた。哀れんでいるのだろう。だが、俺自身は哀れじゃない。


「なんとなく分かったわ。やっぱり……原因は天津くんにあるのね」


 日向舞は言う。


「でもそれは、私が思っていたよりもずっと深刻な問題なのね。それが……今わかった」


 どうやら分かってくれたらしい。なら、もはや俺たちが議論することなど何もない。


「でも一つだけ言っておくと、天津くんは自分が思ってるほど邪険な人間じゃないわ。正直、しょうりんが天津くんの事を好きになったって聞いたとき、驚きよりも納得してしまったもの」

「……なんでだよ」

「だって、あなたはしょうりんの為に霧島くんを説得してくれたし、金剛さんの為に自分が悪者になった」


 その言葉に、俺は頭を抱えそうになった。


「……話したのか金剛さん」

「うん。とても楽しそうに、ね? なんかずっとニヤニヤしてたし、見ててこっちが恥ずかしくなったくらい」

「別に彼女たちの為にやったわけじゃない。俺の為だ」

「そう……言うんだよね。天津くんはいつも」


 そう言って、彼女はうつむく。


 やがて、おそらくそれが、日向舞の全てであろう言葉がようやくその口から吐き出された。


「――私は……どうすれば良いんだろう」


 舞ちんの力になってあげて欲しい。その言葉はここに集約されているのだろう。


 それから思うのだ。


 それを俺が力になるのって、なんかおかしくね? と。それをりんちゃんが望んだことも、もはやややこしい。


 整理するとこんな感じ。


『りんちゃんの為を思う日向舞は、金剛さんの為も思って悩んでおり、そんな日向舞をりんちゃんが心配して、俺に力を求めてきた』


 全然整理出来てねぇ……。むしろ複雑過ぎて頭おかしくなりそう。もはや匙を投げたくなる難解パズルみたい。


 それを解くには、おそらく一つずつ細分化していく必要があるのだろう。大きな問題はそうやって解くのが常套手段。


 だが。


 俺の前で絡み合うそれは、どこから手を付けていいのか分からない。文字通り、俺ではそれを解くことが出来ない。


 何故なら、それを細分化しても、問題の一つ一つを俺が握ってるわけじゃないからだ。


 それらは俺と日向舞とりんちゃんと金剛さんがそれぞれに握っていて、解決は本人たちにしか出来ない。


 だから、それらに俺たちは途方に暮れるしかなかった。


 現段階でそれを解決するには、今の俺たちでは圧倒的に知識や経験が少なすぎたのだ。

それを人は青春と呼ぶ……のだろうか、果たしてこれは。

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