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恋愛にステータスは必要だが、ボッチは隠れステータス  作者: ナヤカ
制御不能の暴走列車

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予兆

 軽快な電子音が鳴り、スマホの画面上にある小さなランプが光った。


 時刻は午後十一時過ぎ。それを手に取ると、LINEの着信が入っていることを確認する。


 りんちゃんからだった。


――おやす。


 それに俺も「おやすみ」とだけ返し、スマホを置く。


 そんな習慣化されてしまった行動には、もはや笑うしかない。

 このやり取りは、りんちゃんからの告白を受けた次の日から始まったことだ。


 最初は、いきなりの『おやすみなさい』に驚いて、取り敢えず「おやすみ」を送った。返信があるのかと思い、しかし、いくら待ってもそれはない。


 結局、返信が来たのは翌日の朝。内容は『おはよう』の一言だけだった。……は? と思ったのはいうまでもない。それに「おはよう」と返したが、それっきり返信はなし。


 そして、夜にまた来たのだ。『おやすみ』だけのLINEが。


 訳が分からず理由を聞くと、明快な答えが返ってきた。


――ただの挨拶だよ。


 ただの、ねぇ……。だが、そう返ってきた以上は、俺も理解した旨の返信を返すしかない。結局、なんとなくで始まったそのやり取りは、今現在も続いている。彼女からのおやすみは、だいたい午後十一時前後。おはようは六時半過ぎがだいたい定期。もはや、俺は彼女が何時に寝て、何時に起きるかを把握してしまっていた。

 だから、その時間にLINEが来てないと、あれ? ってなる。一度りんちゃんが寝坊してしまい、LINEを送ってこない朝があったのだが、普段スマホを学校に持ち込まないこの俺が、その着信を確認するが為だけにスマホを持って登校してしまったのだ。……なんというか、彼女にはしてやられてる気がしてならない。手のひらで踊らされているような気がしてならない。おはようからおやすみまで、俺の暮らしに広がってくるこの感じ。どこぞの企業のスローガンか。もはや何らかの理念に基づく戦略的行動にしか思えなくなってくる。


 りんちゃんが俺のことを好きだということは分かっている。それを俺は断った。なのに、彼女はそのことをまるで気にしていない。むしろ、俺が気にするほどにさりげなく侵入してくる。


 もっと積極的な子だと思ってました。もっとこう、猪突猛進みたいな感じだと思ってました。


 それ以外のLINEは、殆どない。殆どないのが逆に気になる。あれ? 俺がりんちゃんのことを気にしてる? あれ? もしや、これは恋? なんて思ってからいつも歯噛みするのだ。……してやられてんなぁ俺、と。


 ただ、一つだけ思うところはあるのだ。


 りんちゃんは、果たしてそれだけ(・・・・)で満足しているのか? ということ。


 人を好きになってしまったら、常にその人の傍にいたいと思うのが普通なのではないだろうか? 恋とは、こんなやり取りだけで満足出来てしまうものなのだろうか? 世の中には、拗れた愛による事件も少なくない。こんなことぐらいで彼女の想いが昇華されるのであれば、誰も苦労なんてしないはずだ。


 LINEに並ぶおやすみとおはよう、それは確かに積み重なって、特別な物のようにも思える。だが、その平淡さがどこか物悲しく見えるのは俺だけなのだろうか。


 ……わからない。


 俺は誰かを本気で好きになる前に、俺自身にその想いを全振りしてしまった。……いや、本当はあったのだ。人並みくらいに誰かを想った日々は。だが、それがいろんな事と一緒くたに崩壊してしまったから、どれがどれなのだか分からなくなってしまったのだ。


 その瓦礫の山の一つを手に取ってみても、もはやそれがどんな想いによって積まれた物なのか分からない。記憶は古びて曖昧になり、ただ、決意したことのみが悠然と建っている。


 だから、俺には分からない。もはや、それが恋だったのかさえ思い出せない。そして、俺はそれで良いのだと断言してしまえる。


 知りたいとは……思わなかった。


 そんなことを思いながらベッドで横になっていると、いつの間にか睡魔が忍び寄っていて意識を掠め取ろうとしてくる。

 答えが出ぬことにイラついてしまう。だが、それは出さなくてもよい答えであると俺は信じきっていた。だから、素直に睡魔の誘いに身を任せたのだ。


 そうやって寝てしまった翌日。迎えた日の光よりも消し忘れた電球の光の方が強く、俺は寝不足のような感覚のまま体を起こす。顔の横に投げられていたスマホが軽快な音を鳴らした。それで、時計を見ずとも何時なのか分かってしまう。


 りんちゃんからの『おはよう』だろう。


 だが、その着信音は連続して再び鳴った。そのことに少し驚いて画面を開く。


――おは!


――今日、放課後そっちに行くから。


 並ぶ平淡に、少しだけ豪華な長文が付け足されていた。


――なんで?


 既読の文字はすぐ付いた。だが、返信は少しだけ待たなければならなかった。


――起きてたんだ。理由はその時に舞ちんから聞いて。


 そこで日向舞の名前が出てきたことにまた驚いてしまう。


――日向も来るのか?


――うん。


――なんで?


――それも全部舞ちんから聞いて。私がそれを説明するのはちょっと面倒くさいかも。ただ、天津くんには舞ちんの力になってあげて欲しいかな。


――また面倒ごとか? りんちゃんじゃダメなのか?


――うーん。面倒ごとというか、それをつくったの私だし、私じゃ力になれない。


 意味が分からなかった。だが、彼女がそれ以上話さないのなら、無理に聞くことも出来ない。


 だから。


――分かった。


 とだけ返す。


 そんなやり取りがあったからか、俺は一日中落ち着かない時間を過ごしてしまう。


 金剛さんは数日ぶりに登校していた。そんな彼女が、久しぶりの屋上昼食時、不意に言ったのだ。


「今日さ、舞ちゃんとりんちゃんが来るらしいんだけど、なんか聞いてる?」

「……ん? あぁ。なんだ、金剛さんにも連絡いってたのか」

「じゃあ、天津くんにも? 理由聞いた?」

「聞いたが答えてくれなかったな」

「そう、なんだ。……私も」


 ますます不可解になった。


 ただ、金剛さんも呼ばれたとなると、りんちゃんが言った“面倒ごと”には、金剛さんも関わっているのかもしれない。もしも例のごとく日向舞のお助け案件ならば、きっと金剛さんが声をかけられることはないからだ。たぶん、そんなことを日向舞はしない。


 日向舞は、出来うる限り自分の力だけで誰かを助けようとする奴だ。だから、俺が関わったこと以外のお助けも彼女はしていて、それに俺を関わらせることはなかった。金剛さんの成績向上勉強会にしたって、俺がいたのは初回だけ。だから、俺が知らないたくさんのお助けを彼女はしてきたのだと思える。


 そこから考えていくと、今回もお助け案件だとして、俺と金剛さんが関わり、りんちゃん自身からは説明出来ない物であることが予想できた。……予想は出来たが、それが何なのかまでは辿り着けない。


 むしろ、りんちゃんは日向舞を助けてあげて欲しいとまで言っていた。その事がさらに推測をややこしくする。


「なんだろうな?」

「さぁ……?」


 どちらにしても答えは放課後に聞けるのだ。だから俺たちは呑気に悠長に、いつも通りの日常を過ごした。


 屋上から教室に戻ると、教室の端から声があがる。


「まぁた、二人でご飯食べてたんだ? どうだった? 久々の仲良しこよしは? つうか、いっそのこと付き合っちゃえば?」


 北上だった。意地悪な笑みを浮かべて、俺たちにではなく、言葉はまるで、クラスメイトたちに向かって放たれていた。それに俺も金剛さんも反応しない。もはや、反応することこそ彼女の思うつぼだと理解しているからだ。


「……無視してんじゃねぇよっ」


 彼女が近くの椅子を軽く蹴飛ばし、椅子はぐらついてから元に戻る。なんだかいつにも増して荒れていた。近くの男子生徒の表情が強ばっていて、たぶん俺も同じくらい強ばっていた。怖い。なに? なんでそんなにイラついてらっしゃるの? いつもなら舌打ちで許してくれるじゃん。


「――やめなって」

「――別に放っておけばいいじゃん」


 周囲の女子たちが北上をなだめている。その光景は珍しい。普段ならば、彼女たちも北上に乗じて笑っている。だが、今はそんな彼女たちでさえ困惑の色を浮かべていた。


「……ムカつくんだよねぇ。私幸せです、みたいのが」


 しかし北上は止まらなかった。吐き捨てるように言い、金剛さんを()めつける。


「結局、自分を可愛いって言ってくれる男にホイホイしてるだけでしょ? 男なら誰だっていいんでしょ? 陰気で辛気臭い野郎にだって、そうやって可愛いこぶっちゃってさぁ」


 ガタッ。金剛さんが勢いよく立ち上がった。その拍子に椅子が後ずさり音をたてる。彼女は怒りの表情を北上へと向けていた。それに周囲の男子生徒がギョッとする。そしてたぶん俺も同じ顔。


 それは北上の挑発だ。分かってはいるのだろう。だから、立ち上がったまま、怒りを称えたまま動こうとはしない。それでも、彼女たちの間には、なにかキッカケでもあれば、簡単に瓦解し、戦いへと移行しそうな緊迫感が張りつめている。


「……なに? 私とやるつもり? それとも言いたいことでもあるわけ?」


 強者みたく笑う北上。だが、笑っているのは彼女だけ。周囲の女子すら完全に固まっていた。


「図星でしょ? だからそうやって怒るんでしょ? でも、あんたじゃ私には勝てない。だからそうやって睨み付けるしかできないんでしょ?」


 やめろ……北上。やめてくれ。どうしたんだ……いつもと違うだろ。あなたもっと……傍観的な立ち位置だったじゃない。遠くから眺めていて、少しだけチャチャいれてくるような奴だったじやない! そんな子じゃなかったでしょ!?


「……には、分からない」


 ポツリと金剛さんが言った。それがよく聞き取れず、その声音に孕む怒りが恐ろしくて、誰も聞き返そうとはしない。


 だが、彼女は再度噛み締めるように唱えた。



「あなたなんかには、分からない」



 這うような灼熱が、溶岩の如く溢れだしたような気がした。それは周囲を呆気なく飲み込み、灰すら残らぬ塵と化していく。もはや被害者は周囲。事件などではなく災害。


 教室の空気は一気に居心地の悪いものへと変わっていく。なのに、誰も何も出来ない。そんな中で唯一相対する北上だけが、舌打ちで金剛さんだけを見やる。


「ほんとっ……ムカつく」


 その時、昼休み終了を告げるチャイムが鳴り響く。それは戦場に降る恵みの雨に思えた。みんな我に返ったように行動を起こし始める。そうやってこの空気を変えようとしていた。それに流されるように、睨み合いは途切れ、二人とも無言でみんなと同じように行動を始める。


 一触即発は免れた。だが何故だろうか。それは防がれたというよりは、予兆のように感じられる。まるで、嵐の前触れに思えた。


 だから、深刻な表情をしている金剛さんに俺は一言だけ声をかける。


「気に……するなよ」


 それに、未だ熱さを残す視線が俺に向けられ、そのことに顔がひきつり、彼女は答える。


「わかってるよ」


 分かってる顔ではなかった。だが、そう答えられた以上は何を言うことも出来ない。俺も金剛さんもそれ以降の会話はなかった。


 陰鬱で重苦しい空気だけが、その場に残されてしまった。

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