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スタンド能力、発動す。

 霧島が職員室を出てきたのを確認し、一足先に下駄箱へと向かう。


「――待ってくれよ」


 人懐っこい声とリズミカルな駆け足。彼はどんな時においても、霧島海人という神格化された存在を濁さない。それはもはや、それこそが霧島海人なのではないか? と思えてしまうほどに。


 だが、俺は彼の本性を知っている。……その内に蠢く黒い本性を。だから霧島の一つ一つは、それらを隠すために形成された仮面だと知っていた。


「……今度は何を企んでる」

「企むって、人聞き悪いこと言うんだな?」


 霧島は、いくら俺が煽ろうと、そのプライドが傷つかぬ限り平然としている男だ。だから、俺の疑念やそれに伴う悪意の言葉にも笑っていられる。


「企んでないならこんなことしないだろ。お前にとってこれは無駄なはずだ」

「無駄かな? 麻里香と仲直りする良い機会だと思ったんだけど」


 反吐が出るかと思った。


「仲直りなんてのは喧嘩した奴等に当てはめることだ。お前と金剛さんに起こったのは喧嘩じゃない。あれは……」


 霧島が彼女にしたこと。それはあまりにも侫悪(ねいあく)だ。霧島なら分かったはずだ。あの仕打ちが彼女に何をもたらすのか、何を起こすのかを。にも関わらず霧島はそれを平然とやってのけた。そして、最も許しがたきは、それを放置したことにある。

 霧島海人という男の嗜虐性はそこにあった。なぶるでも、痛め付けるでもなく、瀕死にも近い人間を放置出来てしまうところに霧島の人間性がある。それはおそらく、どうしたって身につけられるものじゃない。目の前で苦しむ人がいれば自分も苦しくなる。目の前で倒れている人がいれば心配してしまう。人間とはそういうものだ。


 だが、彼は違うのだ。そこに何の共感も抱かず、むしろ笑ってさえいられる。だからこそ彼のやり方は容赦ない。


 それを口にしようと思ったが躊躇われた。あれを喧嘩という事実に収めるには、あまりにも違う気がした。あれは強襲に近いなにかだ。


「なぁ、天津(・・)


 その時、霧島が俺を呼ぶ。そこには親しみを込めた臭いが漂っていた。そのことに思わず背筋を強ばらせてしまう。見れば、彼の表情は冷めていて、どこか凶器を思わせる鈍い反射を放っていた。


「君は、何がそんなに怖いんだ」

「怖い……?」


 問うた言葉に霧島は息を吐き出す。それには彼の本質を覆い隠す何かをも一緒に吐き出されており、途端に霧島は裏側にあった自分を躊躇うことなく露出させてみせた。


「君ほどに力があるなら何も怖がる必要なんてないと思うけど?」

「力……だと?」


 そうして霧島は卑しく笑うのだ。


「あぁ、力だよ。君には誰にも臆することない胆力がある。相手をねじ伏せてしまえる訴求力がある。それを持ってて何故、教室の隅に甘んじてるんだい? 君なら、もっと上にいけると思うけどな?」


 そうして、試すような視線を俺に向けて。


「試したいとは思わない? 自分がどれだけ他人に影響出来るのかを、知りたいとは思わない?」


 誘うような挑発を差し向けてきたのた。だが、それを俺は「馬鹿馬鹿しい」と切って捨てる。


「そんなに自分を誇示したいなら勝手にやってろ。俺はそんなもんに興味はない」

「勿体ないなぁ。君がそれを手にしていたら、彼女たち(・・・・)を、もっと楽に助けてあげられたのに」


 いちいち(かん)に障る。何もかもを分かっていてそれを言ってるのだから尚のこと腹がたつ。


「お前が自分以外を考えられる奴だったら、そんなことする必要もなかったのにな」


 だから言葉には言葉で返した。その反撃に対し、霧島は嬉しそうに目を細めた。


「本当に勿体ないな? 君なら、クラスだけでなく学内においてもその影響力を轟かせることが出来るのにね」

「お前は……そんなことして何をしようと言うんだ」


 うんざりだと言わんばかりに吐露してやる。彼は……彼の狙いがよく分からん。


 それに霧島は、端的な答えをくれた。


「俺は試してみたいだけだよ。俺がどれだけやれる人間なのか、知りたいだけだ」

「……なんだそれ」


 霧島が表情を崩すことはない。


「天津は、自分が死んだ時のことを考えたことがあるかい?」


 そして唐突な問いを放ってきた。それは、あまりに会話の流れを解離させていて、一瞬思考が鈍ってしまう。


「……ねぇよ」

「俺はあるよ。……そして俺も死ぬんだなと理解した瞬間、恐怖した。俺にはこんなにも力が溢れているのに、死んだらそれらは全て無かったことになる。どれだけ頑張ったって、死んだらそれらは全部無に帰るんだ。そう思った時に分かったよ」


 拳を強く握りしめる霧島は……その瞳には、おどろおどろしい鮮血のような赤が射したように見えた。何もないはずなのに、霧島の背後には強大な黒い影が張り付いていて、まるで、それは触れるもの全てを飲み込んでやろうばかりの闇を歪ませる。

 スタンドかと思った。


「人が必ず死ぬのなら、その事実が消えてしまうのなら、消えないようにしてやれば良いって。俺がたとえ死んだって、生きてる間に残したこと全てが消えるわけじゃない。だから、俺は残したいんだよ。誰も消し去ることの出来ない何かを。誰もが後世に残さざるを得ない何かを」


 歪んだように見えたのは、彼の笑みがあまりに歪んでいるように見えたからだ。爽やかな彼はもういない。そこには、邪悪で曲悪な霧島海人がいた。


「その為にはやっぱり力が必要だよ。誰かに自分を影響させるには、権力そのものが必要だ。かつての偉人たちがここまで語り継がれているのは、彼らが権力ある地位に着いたからだ。そうは思わない?」


 まるで最強の者であるかのような雰囲気を纏う霧島は、俺にだけ問いかける。彼の主張はいつだって傲慢だ。いつだって自分の事しか考えない。


 だから、俺はそれをひっくるめて斬り捨てる。


「……うるせぇよ。寒い自分語りなんかしてんじゃねぇよ。そうやって言葉にするのは、そんな自分を認めてもらいたいからなんだろ? だが、悪いな? 断らせてもらう」


 俺は真っ直ぐに霧島だけを見据える。


 その昔、この国には(さむらい)と呼ばれる者たちがいた。侍……その字は(はべ)るとも読むことが出来る。侍るとは、身分の高い者の傍にいて仕えることを指す。

 彼らは、権力者の傍らで彼らを守る為だけにその刀を振るった。その権力者が権力を用いて守っていた者は領地であり、そこに住まう民たちだった。彼らが振るう刀には、己のことなど全く考えられていない。だからこそ、刀は防御するような形状をしていない。それらは全て仕える者の為、そして、その者が守る民の為、やがてそれは己が為。


 ガシャンと、俺の背後で大鎧の音を聞いた気がした。だが、それはただの武者震いによる幻聴。

 武者とは武士のことであり、武士とは強くある為に武芸を収めし者のこと。


 俺にとっての武とは、それ即ちボッチに他ならない。


 ボッチは誰にも媚びず媚ない。誰にも仕えない。誰からも必要とはされない。だからこそ、俺は俺だけの強さを手に入れる。誰にも自分を預けず、誰にも理由を預けない。全ては自分の中にだけ秘める。


「お前が残したいのは、自分の存在だけだろうが。そんなものの為に誰かを貶めてんじゃねぇよ。悪いことは言わない。残すなら、もっと良いものにしとけ」


 武士の一人一人が歴史に名を刻んだわけじゃない。彼らの存在が後世に残されたわけでもない。


 それでも、彼らが残したものは確かにあったのだ。彼らが守り、支えた何かは確実にあったのだ。


 彼らはそれを口にはしない。言葉にはしない。死んでるのだから主張など出来るはずもない。だが、それは伝わっていた。


 こうして、それは受け継がれている。


「力ってのは何も権力だけじゃない。地位ある者が強いのは、強くなきゃいけなかったからだ。お前は何もかもを履き違えている」


 そう。だからこそ俺は強い。何故なら、俺の望んだボッチという地位は、強くなれば居座ることの出来ないものだから。俺が強いわけじゃない。ボッチが強さを欲しただけ。


「……へぇ」


 霧島は面白そうに呟いてみせた。


「自己顕示なんて勝手にやってろ。それを俺はどうとも思わない。だがな? 俺が残したいものにその指一本でも触れてみろ。その時、俺は躊躇なくお前を叩っ斬る」


 俺は分かっているのだ。分かってしまったのだ。


 やはり、俺は最強であるということに。


 そしてそれは、俺が守りたかった何かの為だということに。


 ボッチは最強の刀だ。それは己を守るためには出来ていない。そして、それを持つことを許された俺が仕え、守るのも俺自身。


 そして、俺自身を守るということは、俺が俺足りえる者たちを守ることになる。


 だからこそ、霧島の言う力など必要ない。俺には俺の望んだ力が在る。


 俺は俺さえいれば満足なのだ。俺さえいれば、俺の世界は常に平和だ。その平和によって残されるものが自分でないことに悲観などしない。むしろ誇るべきことだ。


「叩っ斬る、か。成績でも運動においても君は俺に勝てないのに、よくそんなこと吠えられるね?」


 愉快そうに言ってのける霧島。彼からそんな言葉が出てくるのが意外で、だが、今の霧島の雰囲気には合っていて、それが俺をも愉快にさせる。


「はっ! 叩っ斬るのにそんなもん要らねぇよ。重要なのはやるかやられるかだけだ。そしてお前は俺にやられる」

「なら、俺も全力で君を叩き潰そうかな。圧倒的な力で、ゴミみたくしてあげるよ」



 馬鹿な会話してんなぁ、と思った。そこには霧島なりのジョークと、俺なりの冗談が混じりあい、非現実的な議論が交わされている。


 そして、そこにはちゃんと、霧島も俺も本気の本音も交えていた。


 これは戦いなどではない。おそらく、宣戦布告なのだ。


 両者が、明確な敵意を抱いていることの確認。


 そしてそれを両者が受け止められるのは、自分に対して絶対の自信を持つが故。


 霧島は楽しそうであり、俺も楽しくなってくる。


 やはり、霧島とはこうでなければ。


 俺と霧島が似ているのなら、同族とも呼べる近しい距離なのならば、血を血で洗う戦いが俺たちには相応しい。


 俺は誰とも相容れない。それは、誰とも相容れることができる霧島にとて当て嵌められた。


 そうやって互いを殺しあう約束をし、今はまだその時ではないと互いに納得してから、金剛さんの家に向かった。

 

こういった関係性は男子特有の者なんですよね。


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