夏の暑さにあてられて
【二章での変更点】
・日向舞と校長とのやり取りの流れ。
・後日の金剛麻里香とのやり取りの流れ。
二つを差し替えによって変更しています。ただ、全体のストーリー自体に変更はありません。今後、この変更点によって変わってくる場面については、同じように前書きにて補足説明を入れさせて頂きます。
七月某日。学生にとって大きなイベントの一つにも数えられる期末テストが終わり、あとは夏休みへと向かうだけの日々が始まっている。
そこには、難関を乗り越えた者たちの解放感が漂っていた。
彼らは一様にしてテンションが高い。季節はいつの間にか夏まっしぐら……というよりは、夏真っ只中と表現するに相応しい最高気温を叩き出しており、そういった暑さが彼らの頭をおかしくしているに違いない。
教室でふざけ合う彼らのギャグレベルは、少し前までとは比べ物にならないほど低くなっている。なのに、笑い合う声は少し前までとは比べ物にならないほど大きい。
もはや箸が転がっても笑ってるレベル。夏って怖い。こうやって人は馬鹿になっていくのだろう。だから、それを冷ややかに見ている俺はとても賢い。冷静な俺って格好いい。夏に惑わされない俺だけが真の勝利者であることを、教室の隅でただ一人噛み締めていた。ほんと、そろそろ敗北を知りたい。
ちなみにだが、敗北の「北」という字は、人と人とが背中を付き合わせてる状態を象形した字だ。だから、漫画とかで大勢相手に背中を付き合わせて戦うシーンとかよく見るが、あの時点で敗北していることにそろそろ気づいた方がいい。つまり、二人で戦うことは負けを意味する。だから、一人で戦う事こそやはり真の勝利者なのだ。漢字すらもボッチであることを勝利として現代に伝えているというのに、当の現代人はその意味すらも履き違えてしまっている。やれやれだぜ全くぅ!
そうやって勝利の余韻に浸っていると、担任教師が教室へと来て終鈴が始まる。その終鈴の最中、担任はクラスメイトである北上明奈に、ファイルに入れられた数枚のプリントを渡した。
「お前、金剛と家近いだろ。これ渡してくれないか」
「はぁ? 先生、私部活あるんですけど?」
教師に向かって横柄な態度を取る北上。彼女は女子バスケット部であり、他の部活動生徒のリーダー的存在でもある。気の強い性格と、男子生徒ともなんら変わりなく接することの出来る人柄に、最近では“北上の翁”などとも呼ばれていた。
「そんな事言うなよ。ほれ」
しかし、それを意に返すことなくプリント類を押し付ける担任教師。むむぅ、などと言いながらもそれを北上は受けとる。というか、金剛さんと家近かったのね、あなた。
「……つーか、これ天津くんに渡してもらえばいいんじゃね? ほら、二人最近仲良いみたいだしぃ」
なんて言いながら、ファイルを俺に見せつけてきた。顔はしたり顔。何言ってんだコイツ。
金剛さんは、体調を崩して休んでいた。期末テストが終わって気が弛んだのかもしれない。まぁ、最近の彼女は少し頑張り過ぎていたというのもある。そして、その元を辿れば原因の一端に北上の存在があることも確か。それを忘れて、そんなことを宣う北上にはもはや呆れしかない。
それは北上の明らかな悪あがきであったにも関わらず、担任は困ったように俺を見てから一言。
「……天津、頼めるか?」
はい出ました便乗。教室の平穏を保てればそれでいい教師は、時にこうした非道手段に出ることがある。最も効率的な事を省き、クラスメイトが納得できる事を選ぶのだ。だから、その代償として生け贄が捧げられる。その生け贄は、時に「友達」という簑を着せられ、あたかもそれが善いことであるかのように促された。
その手には乗らん。何故なら俺は紛うことなきボッチだからだ。
だから、ボッチとしての意見を俺は堂々と述べる。
「すいません。俺、誰かの家とか訪ねたことないんで無理です」
むしろ、訪ねられたこともないんで。
「なんだその理由は……。他、誰かいないか? いないなら北上に任せるが」
回避成功だ。担任の目が残念なモノを見るような瞳に変わっていたが、気のせいだろう。気のせいに違いない。何故なら、俺よりも残念なのは北上ですからね! 部活とか言い訳にならない。北上……もっとうまい言い訳持ってこいよな?
そんな中で手を挙げた勇者がいた。
「……じゃあ、俺が天津くんに付き添いますよ」
霧島だった。そして勇者じゃなく死神でした。付き添いって何? そこって普通「俺が持っていきます」じゃねぇの? ははぁん。さてはお前も誰かの家を訪ねたことない派だな? だから、そうやって俺を巻き込もうとしているんだ。
「霧島、お前も部活だろ」
「大丈夫ですよ先生。部活後に行けばいい話ですからね」
教師に言っているようで、北上を論破する霧島。ほらぁ、うまい言い訳持ってこないからそうなる。
「そうか……悪いな霧島。頼まれてくれて」
「構いません。じゃあ、天津くんは待っててね」
何言ってんだコイツ。なんで霧島の部活終わるまで待ってなきゃいけないの? というか、なんで担任は謝るのが霧島だけなの? いろいろおかしくない?
なのに、もはや話は済んだとばかりに担任は話を終わらせた。本日の日直が声高らかに号令を唱える。
「きりーつ」
待て。
「礼ー」
待てって!
しかし、俺の心の叫びむなしく、終鈴は終わりを告げる。まだ俺は起立すらしていないというのに、だ。
ほんと、皆さん誰かをハブるのがお上手だことっ。むしろハブられる俺の方が上手過ぎた。教師公認とか、そろそろ俺のボッチはこの教室には狭すぎるのかもしれないな。
そんな勝利の余韻に浸っていると、霧島が話しかけてくる。
「じゃあ、行こうか。天津くん」
「はっ? 部活は?」
「あぁ、今日は整骨院に行かなきゃならないから、元々俺だけ休みもらってるんだよ」
「……はぁっ? おまっ……部活後に行くって言ったじゃん」
「一応、顧問に挨拶してからね。あと、ああ言えば北上さんの言い訳を潰せるでしょ」
笑顔の霧島。それに俺は唖然とするしかなかった。
そんな北上は、分かりやすい舌打ちをして教室を去っていく。おい霧島、お前舌打ちされてんぞ。あと、北上。堂々と霧島に舌打ち出来ないからって、俺を見ながら舌打ちしてんじゃあないよ。それじゃあまるで、俺が舌打ちされたみたいじゃん。
ほんと……いろいろおかしい。
夏の暑さで皆の頭はおかしくなっている。そんな中で、唯一俺だけが正気を保っていた。なのに、そんな俺は圧倒的数の暴力によって悪とされてしまう。
結局、正気かどうかなんて関係ないのだ。
重要なのは多数派か少数派かだけ。
この世界では、多くの支持を集めた者こそが正義の旗を掲げられる。だから、どんなに正しくても支持を集められぬ者には正義はない。
悪貨は良貨を駆逐する。やはりその法則は正しいのだろう。
だから、正しいボッチは駆逐される運命にある。
だが、天網恢恢疎にして漏らさず、ということわざからもあるように悪はいずれ滅びる運命にもある。
……ただ、少し俺の運命力が勝っただけ。
運命力というのは、低い確率を起こしてしまう力の事だ。こんなにもあっさりと運命力を見せつけてしまう俺には、役割論理なんてのも必要ない。ほんと、一人だけで戦えてしまう俺って凄い。最強過ぎる。
「麻里香の家かぁ。ドキドキするね?」
ただ、本当に駆逐しなければならない奴がいることを忘れてはならない。
楽しそうに笑う霧島は、クソ暑いこんな中でも涼しげで爽やかだった。
何言ってんだコイツ。




