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恋愛にステータスは必要だが、ボッチは隠れステータス  作者: ナヤカ
コンプレックス・スープレックス
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これぞ真のコンプレックス・スープレックス

「だっ、大丈夫?」


 りんちゃんが上から覗き込んでくる。それになんとか笑って応えてやった。


「あっ……あああ……」


 首を回して見れば、りんちゃんによって壊されたカメラの前で崩れている男が一人。やはり、本体よりもメモリーの方が大事だったらしく、その両手には砕かれたメモリーの残骸があった。


 天罰だ、とは言わない。だが、遅かれ早かれ、彼が辿る結末は同じようなものだったのではないだろうか。


「俺は……復讐の為にやったわけじゃありませんよ……」


 そう声をかけてやるが、振り向いた男から向けられた視線には攻撃的な意志しかなかった。無理もないことだ。


 全身の痛みに顔を歪ませながらも起きる。りんちゃんが手を貸してくれようとしたが、俺はそれを断り自分の力だけで立ち上がった。


「カメラは壊させてもらいましたけど、俺はあんたまで壊せたとは思ってませんよ。自分を壊せるのは、他でもない自分だけだ」


 視線は向けられたまま。男は何も言わない。


「それに……あんたが本気でカメラと向き合った事までは否定出来ない。あんたが何を目指して、何をしようとしてるのかなんて知りませんけど、ここでそれら全てを壊せたなんて思ってません」


「お前に何が分かる」


 怒りを孕む声音。しかし、それを迎える俺には全く効いていない。


「分かりませんよ、なにも。俺が分かるのは俺のことだけだ」


 ただ、そんな俺だから言えることはあるのだろう。


「俺は、ずっと俺だけと向き合ってきました。それを格好よく言うつもりなんてなくて、ただ……そうせざるを得なかっただけです。でも、その向き合った時間は確実に俺の人生の一部で、確実に俺の為になりました。そうやって、ある時気づいたんです。……あぁ、俺は俺だけいれば満足なんだって」


 言ってておかしくなってくる。その馬鹿馬鹿しさに笑いが出そうになる。だが、事実なのだから仕方ない。


「俺に何かを与えてやれるのは俺だけなんだって。俺だけが俺を救ってやれるんだって。そう気づいた時に、悲しさなんかよりも嬉しさが勝ったんです」


――人という字は、人と人とが支えあって出来ています。


――人間という字は、人と人の間と書いて人間と読ませます。


 もはや飽きるほどに使われたセリフたち。それを俺たちは洗脳みたく頭に教え込まれ、まるで、誰かがいないと生きては生けないように錯覚した。


 ……もしかしたら、そうなのかもしれない。正しい答えはそれなのかもしれない。


 だが、今の俺にそんな理論は嘘でしかない。


 いや、もしかしたらそれを人々が嘘にしてしまったのかもしれない。昔はそうだったのかもしれないが、現代は違うのだ。誰かと助け合わなくたって、自分一人で何もかも出来てしまえる。協力しなくたって生きていける。そんな世の中が出来あがってしまったのだ。


 だとすれば、ボッチを作り上げたのは現代社会であり、やはりボッチは悪くない。悪いのは社会。俺は何も悪くない。


「そうやって見つけた答えは……たとえ、それが間違っているのだとしても……俺はきっと手放せない。だから、形を変えてでも残そうとするんです。それは……俺が見つけた大切なものだから」


 俺は、俺さえ入れば満足なのだ。そこには誰の意見すら入る余地なんかなくて、それは俺の世界における真実だ。


 そういった真実を、誰もが持っている。だから、それは彼にだって当てはめられる。


 彼が生きてきた時間は、そこに注いだ時間は、決して無駄じゃない。それを誰かが壊すことなんて出来はしないのだ。


「あんたが本気で向き合った事なら、こんなことで壊れたりなんかしない。もしも壊れたなら、それはやっぱり間違ってると思うんです。でも……本当に本気なら、きっとより正しい正解に辿り着ける」


 人々はそうやってこの世界の審理を解き明かしてきた。人生全てをそこに費やした人だっていた。そうやって出した答えが正解だったかどうかは知らないが、着実にそれは近くなっていく。


「壊した俺たちが言うのもおかしなことですけど、きっとこれは、あんたが求める結末に近づくための事だと思うんですよ」


 何もかもが失われたわけじゃない。失われたように思えても、それはそこにちゃんと在る。


 それを俺は知っている。


「だから、あんたが目指した気持ちが嘘じゃないなら、また立ち上がれるはず。そして、同じことは繰り返したりしない。何故ならそれは、間違っていたから」


 いつしか男からは、攻撃的な視線が薄らいでいた。そう。俺を憎んだって意味などない。本当に意味があるのは考えることだけだ。


「でも、全てが間違っていたわけじゃない。計算だって、数字一つ間違えれば、答えもガラリと変わってくる」


 それを世界は赤ではねた。どんなに惜しい答えでも、全てが間違いだといわんばかりにバツを下した。


「式が間違っているのか、数字が間違っているのか、そんなの全然分からない。答え合わせをするまで、そんなこと気づきもしない。それでも、正解を求める気持ちだけは、正しいはずなんです」


 だから、それを自分の中でバツにする必要はない。そうやって導き出した答えは決して無駄じゃない。そして、バツならまた考え直せばいい。


「俺はそうやってきました。そして、これからもです」


 そうやって、ようやく俺はりんちゃんに向き直る。それに彼女はハッとして、少し俺から視線を逸らした。


 きっと、俺は錯覚していたのだ。


 あの土曜日、俺はどうすれば分からなくて、答えを導き出せなくて、男に言われるがままに行動した。


 それは偶然にも正解に近くて……そのことに俺は動揺したのだ。


 まるで、これまでの俺が間違っているような気がしたのだ。


 だから迷った。だから自信を無くした。だから……俺は俺でなくなった。


 だが、今になって思えば、失われたと思えたモノはちゃんとここにある。俺を俺としてきたモノは、ちゃんと在った。


 そのことを、今になって思い出した。


 溢れてくる自信。貫くべき信念。そして、俺が見つけた俺だけの真実。


 そう。俺は孤高の神だ。


 そこには、友人や恋人などといった関係など必要ない。


「りんちゃん。俺は、俺だけいれば満足なんだ。そこから先を求めようなんて思ってない。それは強欲なことに俺は思える」


 逸らした表情が強ばる。俺が何を言おうとしているのか気づいたのだろう。


 もう先延ばしにはしない。曖昧なことにはしない。


 何故なら、今の俺には見えているから。俺だけの答えが。


「だから――りんちゃんとは付き合えない。たぶん付き合えば、俺は俺でなくなるし、きっとりんちゃんを傷つける」


 やがて、りんちゃんは俺に視線を戻した。そこにはそれを受け入れる覚悟があったように思う。


「だから、ごめん。りんちゃんの気持ちには応えられない」


 頭を下げる。申し訳ないという気持ちよりも、感謝の方がずっと強かった。こんな俺を好きになってくれるなんて本当に考えもしなかった。


 だが、ありがとうというのは俺だけの考え。それを彼女に押し付けたりはしない。だから、俺は謝るしかない。


「そっかぁ……」


 頭の上から、そんな言葉が降ってくる。


「やっぱり、そっかぁ……」


 俺はゆっくりと、頭を上げる。もしかしたら、泣いているかもしれないと思った。だが、それはなく、りんちゃんは微笑んでいた。


「私ね、もしかしたらそうじゃないかなぁって、なんとなく思ってた。天津くん、私が居なくたって全然天津くんなんだもん」


 彼女はおかしな表現を口にする。だが、その意味は伝わったような気がした。


「だからね? 私は天津くんにとって必要じゃないのかもしれないなぁって……思ってたの」


 りんちゃんは空に向かって言い放つ。


「でも、私はふと思っちゃったんだ。天津くんは、きっと私だけじゃなくて、誰も必要となんてしてないのかもって」

「……まぁ、そういうことになる。俺は俺だけいれば良いからな」


 それに、りんちゃんは笑ったような気がした。


「――だったらさ、私はまだチャンスあるよね」


 問われた言葉。それは“いつか”ということだろうか?


「いや……俺がこの先りんちゃんを必要と思えるかどうか分からない。だから、俺なんかよりもその時間は、今のりんちゃんを必要とする、誰かの為に使うべきだと思う」


 残酷な事を言っているのは承知の上だ。それでも、それこそがりんちゃんの為であり俺の為。これ以上、彼女の時間を奪うわけにはいかない。



 だが。


 

 りんちゃんは、この後に、笑ってとんでもないことを言い出したのだ……。


「違うよ。私は“天津くんには必要とされてない”って思っただけ。でも、それが付き合わない結末には結び付かないよ」


「……どういうこと?」


 りんちゃんの笑みは、少しずつ深くなっていく。目には力が宿っていく。


「私は、もしかしたら断られるんじゃないかって思ったから考えたの。……どうしたら、天津くんが私を必要としてくれるか」


 その表情には、既に答えを導き出した自信が浮かんでいた。それが、俺の主張を覆しそうな気がして怖くなる。


「だから、好きとか嫌いとかそういうのはとっぱらって考えた。そしたらさ、とっても単純なことに気がついたの」


 りんちゃんは、人差し指を口元に添える。その仕草が女の子っぽくてドキッとしてしまう。



「天津くんは男で、私は女だ。天津くんが男である限り、この関係性はどうしたって覆らない」


 その瞬間、俺はりんちゃんが何を言おうとしているのか理解した。


「天津くんが私を必要としないなら……男である天津くんが、女である私を必要とすれば良いだけのこと」


 りんちゃんは、淡々とそれを口にする。その理論に俺は固まるしかない。


「だからね?」


 それから、りんちゃんは俺に近づいてきた。無意識に後ずさるが、彼女は俺を逃さない。


 今度は、りんちゃんが俺を真正面からクラッチする。


「こうするとさ、ドキドキするでしょ? 私も今ドキドキしてる。これってさ……私が女で天津くんが男だからだよね?」


 吐かれた言葉は甘く、どうしようもない真実だった。


「私はズルいから、なんだって利用するんだ。天津くんの気持ちが手に入らないなら、こうやって体を利用してしまう」


 そして。


「……私が女で良かった。天津くんに取り入れる体で良かった」


 かなり際どい事を、安堵したように呟いたのだ。


「霧島にも……同じことをしたのか?」


 それは純粋な疑問だった。言ってから、それが最低な質問であることに気づく。

 だが、りんちゃんは優しく首を降った。


「霧島くんにはしてないよ。これが出来るのは天津くんにだけ」

「なんで……俺にだけ……」


 それに、りんちゃんは顔を上げて俺を見つめてくる。


「許してくれたから。天津くんだけが、ズルい私を許してくれたから」


 それは、とても納得してしまえる答え。


 何もかも筋が通っている。それを通してしまったのは、この俺だ……。


「否定はさせないよ。天津くんはもう、私のズルさを許しちゃったんだもん。今さら無しにはさせない」


 そして、彼女は強く俺を掻き抱く。


「だから、こうやって私は天津くんに取り入るんだ。それが、私の武器なんだ」


 それに俺は耐えるしかない。


 とんでもない武器だと思った。それを許した俺はとんでもない大馬鹿者だと気づいた。それは彼女の弱さだったはずなのに、今の俺にはあまりに脅威。


 まるで世界をひっくり返されたような感覚に陥る。

 されてもいないが、スープレックスをされたような衝撃が脳天に走った。


「私にもっと女の子らしい体があったらなぁ。もっともっと天津くんをドキドキさせられるのに」


 悔しげに吐かれた言葉。その足りない部分を補うように、彼女の力は強くなっていく。


 それは、もはやコンプレックスと呼ぶには程遠い。武器と呼ぶには十分過ぎる。


 そしてりんちゃんは言ったのだ。


「私は誰にでも抱きついたりしないよ。私自身がそれを許せるのは、この世界で天津くんだけだよ」


 許すというのは、時に愚かな事だと初めて気づいた。


 許せば、人はどこまでも図々しくなれる。


 調子にのって、どこまでも踏み入ってこようとする。


 そして、それを後から無しには出来ない。


 りんちゃんの言うとおり、俺の心臓はどうしようもない程にドキドキしていた。りんちゃんもそうなのだと知り、それはどんどん大きくなっていく。


 りんちゃんの武器は、俺が考えていたよりも遥かに破壊力を持っていた。それに耐えるしかない俺は、己を抑えることしか出来ない。


 耐えるのは得意だった。それは、俺が最も使ってきた物の一つ。


 なのに。


「天津くん……好き」

「ぐぁっっ!!」


 それに耐えきれる自信は、正直なかった。



「かっ、カメラがあればぁぁッッ!」


 日がとっぷりと暮れ、薄暗くなった閑静な住宅街。


 そこには、悔しげに身悶える男二人と、完全に自分の武器を物にした女の子がいた。

ということで、二章はここで終わりとなります。

以前にも書きましたが、ここから二章の差し替え作業になります。


ストーリー自体にさほど変化はないので読み直さなくても大丈夫かと現段階では考えています。ただ、変更点の説明だけ三章始めに『前書き』にてお知らせいたします。


三章については「どうするのか」は決まっていますが、展開だけ全く考えてない状況です。とはいえ、二章も同じ状態から考えたのでそのうち閃くことでしょう。


ともあれ、ここまでお読み頂きありがとうございました。こうして、一つ一つの区切りまでこぎ着けるのも、応援して下さる読者様が私にはハッキリと見えているからです。


本当にありがとうございました。



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[一言] 最後のシーンでリーマンまだ横に居るのじわじわくるw
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