謹慎明けの教室で(差し替え版。12/19.ver)
結局、俺は三日間の自宅謹慎処分となった。教師に聞いた話だと、指導上の理由などではなく欠席扱いとなるらしい。だから最後に担任は「体調管理はしっかりな」なんて言っていた。
それともう一つ。
「お前の為に、あそこまでやるような友達がいるとは知らなかったな先生。それと……俺も校長もお前を少し誤解してた。すまなかった」
とも言われた。
どんな話が会議で行われていたのかは分からない。だが、やはり校長は俺がやりたかったことを理解し、それを酌んでくれたらしい。そのことに感謝はするが、お礼は言えない。あくまでも悪いのは俺だけでなければならなかった。だから、とぼけた顔をして「はぁ、そうですか」なんて返すしかなかった。
自宅謹慎は、土日を挟んでの三日間であるため、俺からしてみれば連休みたいなものだ。その連休を、意味もなくダラダラと過ごす。これまでは俺がシャットアウトしていたが、今度は世間が俺をシャットアウトしてくれたのだ。その機会をとても有意義に過ごさせてもらう。
日向舞にそのことをLINEで報告すると、彼女からは一言、“良かった”とだけ返ってくる。それとなく彼女の方は大丈夫だったのか聞いたら、どうやら大丈夫ではなかったらしい。
なんと彼女も謹慎二日の処分。
生徒を先導し、学年まるごと遅刻させたのだから当たり前と言えば当たり前の処分だった。そこにどんなドラマがあったのかを他校の生徒である俺には知るよしもない。
ただ、その後に通話で話をした彼女は元気そうだった。
「……一緒だね」
なんて言っていた。その声音に少し無理を感じたのは、俺の思い違いだろうか。彼女は必要以上に何かを話そうとはせず、俺は最後まで持ち越してしまった「ごめん」を、通話終わり間際に言うしかない。それに、少し無言が続いて彼女は、「大丈夫よ」とだけ、静かに返してくれた。
通話はつつがなく終わったが、何故だかスッキリとしないわだかまりが、喉に引っ掛かっている気がした。
そんな謹慎が明けて、俺が学校に登校すると、あの事件は全校生徒に見られていたらしく、俺の印象は最悪なものへと変わっていた。当たり前か。あの時、グラウンドには殆どの教師がいたのだ。彼らがおとなしく机に座って自習などするはずがない。
「――おい、あれが姫沢の女番長をはべらせてるって噂の……」
「――怖いよな。しかも、霧島くんから奪った女だろ?」
「――例の動画で叫んでた名前、あれもあの女番長に手を出そうとした男の名前って話だ。名前叫びながら町中探し回るとか怖すぎだろ」
人は理解できないことを、理解しようとはしない。理解できな者を蔑み、貶し、『それは理解するに値しない』ものとして勝手に振り分けてしまうからだ。だからこそ、馬鹿と天才は紙一重などと表現される。他者には、その一重の線引きが分からないから、まるめて一緒に振り分けてしまうしかないのだ。
そして人は、一度自分の中で振り分けたことを素直に考え直すことが出来ない。それはやはり人が賢いからなのだ。振り分けはこれまでの経験から為されている。その経験から学んでいるからこそ、自分の振り分けが絶対だと信じこんでいるのだ。
だから、自分が馬鹿にした者を、こいつは理解しなくて良いとゴミ箱に捨てた者を、見直すことはとても難しい。それこそ、ゴミ箱がひっくり返るような出来事でもなければ……。
今までは俺が意図的に取っていた皆との距離。だが、今回の件が原因で、その距離は皆が取るようになってしまった。まぁ、結果的にはなんら変わりない。その距離自体は変わってないからだ。
ただ、変わった距離もあった。
「これ、天津くんが休んでた分の授業」
授業前の教室にて、金剛さんが俺の机に置いた一冊のノート。そこには、俺が受けていない授業の内容が事細かに書かれていた。いや……そうではなく。
「あともう何日か休まれてたら止めてたと思う。良かったね? 謹慎が三日間だけでさ?」
「なんでそこに座る……」
金剛さんが平然と教室で話しかけてきた。それどころか、俺の目の前の席に座って、周りの視線など気にするようすもなく会話をしてくるのだ。
「なに? ……悪い?」
「悪くはないが……勘違いされるぞ」
「いいよ別に……」
口を尖らせる彼女。そこには開き直りに似たものを感じる。
「分かったからさ……」
「なにが」
「無駄なんだなぁってさ……」
「無駄?」
金剛さんは、俺をチラリと見てから浅い息を吐いた。
「普通の人には通用することも、天津くんには効かないんだなぁって。だから、止めることにしたの」
彼女の話は、いまいち要領を得ない。
「やれることは何でもやることにしたの。チャンスがあるなら、絶対に逃しちゃダメだと思った。だって……私がどんなに頑張ったって、出来ないこともあるんだって気付かされたから」
そう言った彼女は、悲しげにうつむいた。
「私じゃ……あんな風に、天津くんを助けることは出来なかった……」
そして、諦めにも似た言葉をそこに落とした。
「……だからさ、出来ることは全部やるんだ。出来ないことを諦めるしかないなら、出来ることは諦めたくない」
そして、顔をあげてそう言った。最後まで要領を得ない彼女だったが、そこには何かしらの強い意志がある。
「天津くんはさ……そういうの、どう思う?」
なのに、途端に弱気な表情をする金剛さん。もうどうすりゃ良いんだよ。
「なにが……」
「そういう……なんか、諦めたくなくて頑張ってる女の子ってどう? しつこい……とか思う? 格好悪いとか……思う?」
しっ、知らねぇよ……。自分がそれで良いならどう思われても良いだろ……。
だが、それは彼女の求めてる答えではないのだろう。彼女が求めているのは、あくまでも俺から見た意見だ。そして、彼女から『しつこい』や『格好悪い』という言葉が出てくるということは、もう、彼女自身がしつこくて格好悪いと思ってしまっているのだ。そしてそれを俺に否定して欲しいのだろう。
俺に聞いたのは残念だったな……すまんが、期待通りの答えはしてやれそうにない。
「俺と一緒だな」
「……は」
「無理なことはスッパリ諦めて、出来ることだけに専念する。俺と一緒だろ、それ。いつか言っただろ? 頑張れないことなんて止めちまえって」
俺は他人を諦めて諦めて諦めて……最後自分だけは諦められなかった。だからこそ、ボッチを選んだ。
金剛さんは『諦められない』ことについて気にしているようだが、本当に評価すべくはそこではない。
出来ないことを『諦める』ことにこそ真価があるのだ。
出来ないことの前でうんうんと悩むのは愚かなことだ。しかし、大半の人がそれをしてしまう。
理解できないことは簡単に切り捨てるくせに、出来ないことは何がなんでもやろうとするのだ。
それはやはり自分の為。理解できないことを切り捨てるのは楽なのだ。出来ない癖にやろうとしてしまうのは、出来る自分を信じたいからだ。だが、それらは結果に結び付きはしない。
確実な結果を出したいなら、理解しなければならない。出来ることから始めなければならない。それは自分の無知と無力さを自覚しなければならないから、とても辛いことだ。
だが、自覚してしまえばなんてことはない。
自分が無知だからこそ、知ろうとする。
自分が無力だからこそ、出来ることから始めるのだ。
「しつこくて格好悪くて……だからなんだよ? そんなことよりも金剛さんには絶対的なステータスがあるだろ。それを活かせば、しつこさも格好悪さも全部チャラだ」
「……なに? 私の絶対的なステータスって」
「言っただろ……ほら、あれですよあれ」
それとなく仄めかしてみる。ちょっとここで言うのは憚られた。
なのに。
「あれ……?」
首を傾げる金剛さん。やだこの子、全然覚えてないじゃないっ。
金剛さんは、しばらくうんうんと悩んでいたが、不意にピクリと反応し、再びうつむいて動かなくなってしまった。
やがて。
「こっ……答え合わせしたいからさっ……もも、もう一度言ってみて」
なんて、耳まで真っ赤にして言ったのだ。
「いや、たぶん……それで合ってる」
「いいからっ!」
えぇぇえぇぇ。やだよぉ。こんな所で言えないよぉぉ。
しかし、彼女はジッと待っていた。それに俺は諦めて息を吐いてから、その真っ赤な耳に口を寄せて教えてやる。
『――金剛さんは可愛い』
言って、そうっと顔を離す。彼女は微動だにしない。下を向いたまま反応すらしない。俺が頑張った一言聞いてました? ねぇ?
彼女があまりにも動かなかったから、少し不安になって肩を軽く叩いてやる。
「おい、だいじょ――」
その手を、振り払われてしまった。怒ったのかと思ったら、そうじゃない。こちらに向けられた彼女の表情には、幾らかの元気が戻っていた。
「天津くん。私、頑張るから」
そして、何故か唐突な頑張る宣言。
「お、おぉ……頑張れ」
それに、俺はエールを送るしかない。彼女は毅然として自分の席へと戻っていく。俺に話しかけたことによる周囲の反応など全く気にしていない。いや、頑張るという言葉から、それを気にしないようにしているだけなのかもしれないが。話しかけなければ頑張る必要もないのにな……。そう思いつつも、俺は彼女がくれたノートを丁寧に引き出しにしまった。
少しだけ変わってしまった俺の日常。そして、教室で話しかけてくるのは金剛さんだけではなかった。
「ちょっと付き合いなよ」
昼休み。まるで友達かのように俺へと話しかけてくる。やめてくれ。お前と友達と思われたくないから。
彼は親指で教室の外を差した。ふと、視界の端に金剛さんが映り、彼女がこちらを窺っているのが見える。別に俺が彼女と昼食を共にしているのは、あくまでもボッチ特有の偶発的ものであるため、彼の話を断る必要はない。
だから、俺は無言で立ち上がり霧島に従う。
彼はそのまま教室を出ると、何も言わずに中庭へと向かった。そこに置いてある自販機で霧島はジュースを買い、俺に向かって「奢ろうか?」なんて言ってくる。
「お断りだ」
お前は誰かに奢るよりも、自分への傲りをどうにかしろ。そうやって人よりも優位に立とうとするのは、自分が人よりも上だと勘違いしているなによりの証拠だ。
「見てたよ、先週のこと。あれは君から仕組んだのか?」
「まさか。俺にはあいつを召喚できるようなスペックねぇよ」
「そうか。それじゃあ、舞ちゃんから動いたのか」
プシュッと缶ジュースを開けて一口飲む霧島。片手はポケットに突っ込んでいて、その姿は絵になる。自分のことを格好いいと思っている奴の立ち方だ。
「凄いな天津くんは。それと、少しだけ不憫でもある」
彼は横目に微笑みながらそんなことを宣う。
「どういう意味だよ……」
「言葉の通りさ。彼女をあそこまで動かした君はやはり凄い。でも、そんな彼女とは絶対に上手くいかないことが目に見えているだけに可哀想ってことだよ」
俺と日向舞が上手くいかない……それは、そうやって俺と日向舞を引き離そうとしているのだろうか?
「まだ日向のこと諦めてないのか?」
「諦めたよ。先週ので完全に諦めた。彼女は――」
そこで霧島は一旦言葉を躊躇い、そして答える。
「――やはり、俺たちとは住んでいる世界が違う人間だ」
そこには、霧島なりに完結された雰囲気があって、どこか悲哀に満ちていた。
「どんなに優秀でも、どんなに有能でも、この世界には絶対に覆せない壁がある。それを覆そうものならば、むしろ世界が壊れてしまう。だから、世界はそれを阻止しようとする。……そういうの、君は分かるだろ?」
「分からんな。というか、お前の意見はだいたい分かりたくもない」
「ははっ……ひっどいなぁ? これでも俺は天津くんを認めてる一人なんだよ?」
「認められたくなんかねぇよ。認める必要もない。何故なら、俺のことは俺が一番認めてるからな?」
それに霧島は「君らしいね」とだけ返してきた。
「俺は舞ちゃんに一目惚れしたって言ったよね? でも、それは少しだけ違う。俺は舞ちゃんを初めて見たとき、直感にも似た何かを感じたんだ。有能な者は有能な者と惹かれ合う。天才の考えはやっぱり、そのレベルに達した者でなければ理解されない。そんな、運命にも似た何かを」
くっ……くっせぇ。何を缶ジュース片手に言い出してるの? 運命? いきなり社会格差を例にあげたから、リアリストかと思ったら、今度はロマンチストかよ。
「それだけで日向に執着したのか?」
「執着か。まぁ、そう捉えられても無理ないかな? 実際、俺は彼女を自分の手の内に留めようとしたわけだからね?」
悪びれる様子がない霧島はいっそ清々しい。
そして、彼が言うことも理解できないわけじゃなかった。類は友を呼ぶ。おそらくそういう事なのだろう。だから、俺も大抵ボッチの素質がある奴を見抜ける。どんなに有象無象の集団に紛れていても、俺だけはそれを見つけられる。彼らからは隠しようもない恐怖が滲み出てしまっているのだ。いつ……ハブられてしまうかという恐怖が。だから、俺はそんな彼らの肩を叩いて笑顔で優しくこう言いたい。「ようこそ」と。そして、本当のボッチとは何かを教えてやりたい。彼らからは同じ臭いがするだけで、決して俺と同じレベルのボッチではないのだから。だから、友にはなれない。残念だったな? お前らにあるのは素質だけなんだよ。
「俺の見立ては間違ってなかった。先週のことでそれを再確認したよ。そして、完全に舞ちゃんのことは諦めた。彼女と一緒にいると、いずれ劣等感に苛まれることになりそうだからね? どうしたって覆すことの出来ない劣等感に」
霧島はプライドが高い。そして、それを傷つけられることを最も嫌がる。彼は常に優位でいたいのだ。だからこそ、優位に立てない人間を嫌う。
「君は、それにずっと我慢するつもりかい? ずっと耐えて歯噛みをするつもりかい?」
霧島は問いかける。それに俺は答えようがない。ほんと、こいつ何言ってるんだろ。
「彼女といると、いずれ君は自分を殺さなくちゃいけなくなる。だから、これは助言だ。彼女と親密になるのは止めた方がいい」
助言、ねぇ。霧島が俺を助けようとしているとは思えない。というか思いたくないだけなのかもしれない。だが、彼の言うことは不本意だが分からなくもない。それがぐやじぃぃ。
「昼休みに俺の時間まで奪ってなにかと思えばそんなことかよ。今のはお前の自慢話にしか聞こえないぞ? 日向舞を持ち上げることで「自分は間違ってなかった。やはり俺の先見眼スゲェ」みたいにしか聞こえなかったが、違うか?」
「はははっ。本当に君は面白いな? 俺は君のためを思って言ってるのに、君は常に俺の考察ばかりしてる。――好きなのかい? 俺のこと」
は?
「ばっ、馬鹿か。んなわけねぇだろ」
「俺は好きだけどね? 天津くんのこと」
余裕の笑みで言われた。えっ……告……白なの? 本当に話したかったことってそれ? ちょ、君、男だよね……? いや、確かに男装してるのかと思うくらい顔は整ってるけど……いやいや……いやいやいや。
あり得ない可能性に狼狽えてしまう。それに霧島は吹き出したように笑った。
「ぷっ、ははは! 冗談だよ。でも、ここ数週間はずっと君のことを観察してたんだ。俺が何故君にやられたのかをずっと考えてた」
「俺のことを……ずっと? お前、マジで俺に惚れてんの?」
「興味があるんだよ。そして、知り尽くしたいとも思ってる。その上で、君を壊したいかな」
もはや狂気。それを笑顔で言ってのける彼は、既に壊れているとしか思えない。
「思い通りに出来ないモノを、思い通りにしたいと渇望するのは、当然のことだろ?」
「お前……おかしいぞ」
「おかしくない。そして、君なら分かるはずだよ。……俺には君も傲慢の塊に見える。他者を支配し、他者を思い通りにしたいと思っているのは、君も同じだ」
「一緒にすんな。俺はお前とは違う」
だが、彼はそれでも口元の笑みを崩さない。むしろ、深く歪めてみせる。
「一緒だよ。結局、俺も君も変わらない。同じ同類さ。そして、俺たちは舞ちゃんのいる世界では生きられない。井の中の蛙は、井の中で暮らすしかない。そこから出れば、生き長らえることは出来ない」
霧島は断言した。そして俺は、それを何とも思わない。
だから、なんだよ。
「……お前と一緒にするなってのは、その傲慢な意見のことだ。お前はまるで俺のことを全て知った気になって、日向のことすら全て知った気になって話を進めてる。それと一緒にするなと言ったんだ。上手くいかない? お前は馬鹿か」
俺は笑ってしまいそうになった。そもそも、霧島の話は前提から間違っている。
「誰かが誰かと上手くいくわけないだろ。人間ってのは産まれる時も死ぬときも独りなんだよ。上手くいってると思うのは、そう見えるだけだ。決して上手くなんていってない」
そう。霧島は間違っている。彼の言い分を真実とするのなら、俺はとっくの昔に誰かと上手くいっている。
「お前には分かんねぇだろうな? 霧島。お前は周りの奴等と上手くいっているように見えるかもしれないが、それをそう見せてるのは奴等の方だよ。お前と上手くいっていると見せることで、奴等は地位を獲得しようと必死なんだ。だから、お前にはそれが見えてこない」
霧島はそれでも笑みを絶やさない。とても面白そうに聞き入るだけ。その傍観っぷりが、悔しくも俺を苛立たせる。
「勘違いしてんじゃねぇよ。それを俺に持ち込んでくるな。お前だけで井の中の蛙してろ。俺は誰とも上手くなんかいかない」
それだけ捨て吐いて、霧島から去る。
最後に彼はこう告げた。
「楽しみにしてるよ。それと、俺は今言ったことを間違っているとは思わない。だから、君が自分を殺さないことを願ってる。……それをするのは、この俺だよ」
なんだよ……やっぱ助けるつもりないじゃん。最後にはトドメ刺すつもりじゃん。それ自分がやりたいだけじゃん。
最後の最後で本性を顕す霧島海人。彼は最後まで他者を支配していたいのだろう。それを自分で壊すことになっても、それまでの過程すら自分で支配していたい。とても傲慢だ。そして独裁的。厄介なのは、それをなし得てしまえる能力を彼が有してしまっていること。
そして、そのことに殆どの人は気づかない。
気づけているのは俺だけかもしれない。つまり、俺と霧島はやはり似ている。だからこそ、それを敏感に嗅ぎ分ける。類は友を呼ぶ……ねぇ。その結末が殺し合いになったとしても、人はそれを友と呼ぶのだろうか。
友って一体なんなのだろうか……。
ほんと、友達の定義を教えて欲しい。
遅れながら屋上に向かう。そこにはやはり、金剛さんがいて、既にいつもの所でお弁当を広げていた。
「霧島くんとの話、終わったの?」
「あぁ」
「そう……」
彼女は何の話だったのか気になっている様子だったが、聞いてはこない。だから、俺もそれだけで終わらした。
そんな金剛さんは、俺と同じく黙々と食事をしていたのだが、ジッとこちらを見ていることに気づいて、俺は箸を止める。
「なっ、なに?」
「あっ、いや……その……」
それに動揺する彼女。……いや、見てたのそっちじゃん。
そんな彼女は、何事かを小さく自分にだけ聞こえるよう囁き、最後に強く「うん」と頷いてから、再度顔をこちらに向けた。
「あのさ……今は梅雨だけどさ、それが明けて夏になったらプールいこうよ!」
「……プール」
またもや唐突な話題。いろんな流れをぶっ飛ばしてのお誘いに、もはや呆然とするしかない。
「それで、夏祭り行って屋台まわるの!」
「……ずいぶん先の話だな」
「それで海も行って、山に登って、それで、それで……」
そして最後に。
「最終日は、二人で大量の課題を終わらせる!」
「そこまで残さねぇよ……というか、なんで俺含まれてるの……」
しかし、俺の話なんか一切無視して彼女は続けた。
「決めた! この夏は精一杯頑張る!」
空元気の拳をグッと握りしめて、彼女は宣言した。
そして。ゆっくりと拳を下ろして俺を見て。
「――それでダメなら諦める」
そう、静かに吐き出したのだ。
なにを頑張るのか、それを俺は聞かない方がいい気がした。教室でも彼女は、言わなかったのだから。だから、今度も俺はエールを送るしかない。
「頑張れ」
「うん! 頑張る!」
頭に浮かんだ可能性。それがあまりに馬鹿らしくて笑ってしまいそうになる。本当に笑おうとしたら、ジッと見つめられた視線に固まってしまった。
「覚悟しててね」
そう、俺にだけ言った。何を覚悟すれば良いのか聞こうかと思ったのだが、やる気に満ちた彼女を見ていたら、それはやはり、聞かずにおいた方が良い気がして、止める。
別に今さら覚悟する必要もないしな。
俺には、もはや失うものなど殆どない。そんな俺が何かを失うことに恐れを抱く必要もない。
だから、それは金剛さん自身がするべきものだ。
もしかしたら、それは俺に向けて言ったのではなく、自分に向けて言ったのかもしれないと、そう思ってしまった。




