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恋愛にステータスは必要だが、ボッチは隠れステータス  作者: ナヤカ
コンプレックス・スープレックス
53/114

オーバーキル(差し替え版。12/18,ver)

 気がつけば、職員会議をしているはずの教師たちは全員外に出ていた。それでも、圧倒的人数の姫沢女子軍団には弱々しく映る。その光景は見えても、会話までは聞こえてこない。


 俺は空教室を飛び出した。


「――どっ、どういうつもりかね!」


 下駄箱を通りすぎて外に出ると、ようやく声が聞こえてくる。それは校長の声だった。


「今日、職員会議で天津風渡という生徒の処罰が決められるんでしょ? それに異を唱えにきたのよ」


 動じることなく言い返してくる声。無論、日向舞のもの。


「お前っ、いつの間に……!」


 俺に気付いた教師の一人が俺に歩いてくる。


 が、しかし。


「――そこ、動くな!!」


 突き刺さるような日向舞の声。それに教師がビクリとして動きを止めた。


「そこにいるボッチさん。こっちに来なさい」


 そして、俺に向かって言い放ったのだ。


 俺はそれに戸惑いながらも、ゆっくりと彼女の元へ歩きだす。


「まっ、待て天津!」


 教師陣の中から担任教師が駆け寄ってきて――だが。


「他は動くなと言ったんだけど? 動けば、あなたたちどうなるか知らないわよ?」


「ど……どういう意味だ」


 担任の問いに、日向舞がサッと腕を振る。それに隊列の中から、顔も名前も知らない二人の女子生徒が出てきた。


「彼女たちの親は、国家公務員なの。あと、この中には芸能関係にも携わっている親を持つ子達も何人かいるわ。たった一人で日本の経済の数パーセントを握ってる親ももちろん、ね? ……動いたら即座に彼女たちをけしかける。まぁ、悪いことをしているのはこちらなのだから仕方ないけど、この人数の悪行を揉み消すことぐらいなら、たぶん造作もない。おそらく……悪くもない人を、悪くすることも、出来るかもしれないわね?」


 それに担任は固まってしまった。


 日向の言葉には何の根拠もない。正義すらない。なのに、教師陣はその言葉に萎縮してしまったのだ。


 それはもはや権力の塊。いや、暴力とさえ呼べる。


 彼女たちが悪のはずなのに、そこには確かな『力』が存在した。


 もはや脅迫だ……。彼女は人数だけでなく、しっかりと武器も装備してきたらしい。


 教師陣の間を歩く。誰もが、俺を驚嘆の表情で見ていた。その中には少しの恐怖も浮かんでいて、ちょっぴり傷ついた。


 ようやくそこを抜けると、軍の中心にいる日向舞は、少しだけ制帽を上げて、いつもの笑みを浮かべたのだ。


「約束を果たしに来たわ。天津くん」


 途端に、女子軍から黄色い声が起こった。


「――本物だぁ。あれが、日向の名前叫んで走り回ってたお馬鹿さんだ」

「――なんか冴えないねぇ」

「――今見ても笑えるよねぇ。あの映像」

「――アホ面じゃない? ちょっと」


 ……なんか悪口ばかりのような気がする。それは、悪意というより興味津々といった感情が近い。


「――へぇ、こいつが日向を動かした男ねぇ……」


 何故か他の女子よりも強そうな人が俺を睨んでいる。もうなんか居心地の悪さが半端じゃあない。その中に、ホッとする顔を見つけた。


「やっほー! 天津くーん!」


 隊列の中からひょこひょこと出てきたのはりんちゃんだった。


「いやぁ、ビックリしたよ。まさか、こんなことになるなんてね」


 りんちゃんは迷うことなく駆け寄ってきて、他人事みたいに笑っている。


「ビックリしてるのこっちなんだけど。なんなの……これ」


「あぁ、昨日舞ちんが召集かけて集まったんだぁ。本当はこんなに集まる予定なかったんだけどね? みーんな面白そうだから参加したい! って来ちゃったの」


 来ちゃったの、って……なんだよその軽いノリ。


「これさ、舞ちんがいろんな人に勉強教えるから、いっそのこと皆でテスト対策しようって、舞ちんリーダーで組織化された集団なんだけど……あまりに人数が増えちゃってメンバー以外もいるんだよ? ここにいるのは姫沢の二年生全員」

「ぜっ、全……員……だと」


 じゃあ、なにか。今の姫沢の校内では、二年生だけ誰も居ない状態なの? え……ストライキ?


「そんなことして大丈夫なのか?」

「さぁ?」

「さぁって……」

「でも仕方ないよね? 天秤に掛けたら、こっちの方がずっと大切だったんだから」


 あまりにもさらりと言われた言葉に、俺は何を言えば良いのかわからなくなってしまう。


「安心しなよ。姫沢の女子生徒はそんなに弱くないよ? むしろ強すぎるくらい。こんなことくらいで、私たちが責められることもない」

「だっ、だが……」

「心配性だなぁ、天津くんは。……実はこの計画の事が親にバレちゃった子もいたんだけどさ、親の方が「送迎してやる」って車を何十台も用意しようとしたり「学校に口添えしてやる」とか言い出す親もいたりでさ? その人達を説得するのに時間かかっちゃったくらい」


 なにそれ。……というか車を何十台も用意って……金持ちの考えることはよく分からん……。


「だから、安心して救われちゃってよっ☆」


 キラッとウィンクのりんちゃん。それはまるで、流星にまたがって急降下でもしてきそうなくらいの破壊力を秘めていた。


 そんな彼女から日向舞へと視線を移せば、やはり自信に満ち溢れた表情がそこにはあった。


「言ったでしょ? ボッチのあなたには出来ないって」


 ……そうか。これが、日向舞が培ってきた武器なのだ。彼女は世話焼きでお節介で、いつも誰かの為に動く。動かれた者たちは、結果がどうあれ、動いてくれた彼女の気持ちを知ることになる。


 期待されたら応えたいと思ってしまう。助けられたら、助け返したいと思ってしまう。そうやって他人を思い、動いてきた彼女だからこそ、これは現実となった。


 それでも、だ。


「さすがにこれはマズくないか? 他の親が知ったら、日向が責められるだろ……」


 それにりんちゃんがぷくっと頬を膨らませる。


「舞ちんの心配するんだねー。でも大丈夫。舞ちんは責められないよ。というより、私たちが責めさせない。どれだけ舞ちんに助けられてきた子達がいると思ってるの? 成績不振で、学年上がれそうになかった子たちまで、ここにはいるんだよ?」


 そう言ってりんちゃんはガッツポーズ。


「女子高を舐めんなよぉ。私たちの結束力はホント凄いんだから」


 オラオラ感を出すりんちゃんだが、全然怖くない。むしろ可愛い。


 怖いのは、日向と肩を並べている女子たちの方。というか、女子高怖い。


「――じゃあ、本題に移りましょうか」


 日向舞は一人前に歩いてきて、教師陣と真っ向から対面する。だが、少しの怯みもない。むしろ、押されてるのは教師陣。


「あの日、天津くんがやっていたことは全て私に関係あることよ。だから、こうして乗り込んできたことも、全てはあの日のことが絡んでいる」


 淡々と説明する日向舞を、教師陣は微動だにせず聞いていた。


「私は、天津くんが処罰を受けることに断固意義を申し立てるわ。その為にこうしてやってきた。……そして、今日の事を公にすることはない。私たちには無理だけど、私たちの親が、学校が、公にしないよう動いてくれる。姫沢は、伝統的で由緒正しき学校でなければならないのだから」


 滅茶苦茶だ……。彼女のいっていることはあまりにも滅茶苦茶過ぎた。なのに、その自信が納得せざるを得なくしてしまう。


「だから、今回の根元であるあの動画も、おそらくは消されることになるでしょう。真実は闇の中。それでも、彼を処罰する必要ある?」


 教師たちは顔を見合せる。無言。やがて、校長が前に出てきた。


「……処罰しなくては、他の生徒に示しがつかない」

「そう。なら、妥協案を出してあげる。謹慎なら許すわ。それ以外の処罰は認めない」


 勝手に交渉を始めた日向舞は、俺に顔を向けた。


「もしかしたら、大学とかによって推薦受けられないかもしれないけど、一般入試なら私が全力でサポートするから」


 彼女は、この期に及んで俺の将来を心配している。馬鹿かよ……その時は、お前も受験だろうが……。


 謹慎と停学の差は大きい。そして、ここで謹慎を確定させて停学の可能性を排除することは、あまりにも大きすぎる。


「どう? 彼を処罰しておかなければならない理由も潰すし、妥協案までしてあげてる。これ以上、この問題を取り上げて彼を晒しあげるのなら、私たちはもっと上の方に意義を申し立てなければならない」


 そう言って、日向舞がサッと腕を振ると、一人の女子生徒が出てきた。それにニヤリと笑う日向舞。


 今度は誰の娘だ。そう、誰もが思ったはずだ。……まさか、教育委員か――。



「――文部科学省」



 文部科学省キタァァアァァ! 上の方って……ぶっ飛び過ぎだろ。


「まぁ、私たちの意見が通るかなんて分からないけど、やってみる価値はあるわね?」


 もはやオーバーキル。


 後ろ楯を逆手に取って脅迫する日向舞は、悪人にしか見えなくなってくる。だいたいこういうのって「ぼっ、僕のパパが黙っちゃいないぞ!」的な小物が言うセリフなのに、日向舞からはそんな雰囲気はない。


 校長はうろたえる。彼は、俺に権力をちらつかせた。そして、俺を処罰しようとしたのも、おそらくは権威を守るため。


 そんな彼はやはり、権力によって敗れるしかない。


 形勢逆転などではない。最初から最後まで、日向舞のターン。


 教師陣は、校長は……ただ、一方的にやられることしか出来ない。


「まぁ、このことを逆に報告してもいいけどね? そうなったら、事の経緯を当然話さなければならないだろうし、話せば天津くんのしたことも明るみになる。彼はここの学校の生徒だから、評判を落とすのは姫沢だけではないでしょうけど」


 妖艶に笑う彼女は悪女。


(校長の反撃)

「では……そうさせてもらおうか」

「なっ!?」


 しばらく黙っていた校長だったが、やがてそう告げたのだ。


「君がしていることは、学生としては少し度が過ぎているよ。己の権威を振りかざし、事態を強引に収束しようなどと言うのは許されるべき所業ではない。それがたとえ、我が校の生徒を守るためであってもだ」


 校長は静かに告げた。


「良いのかしら? そうなれば、この事件を自ら明るみに差し出すことになるのよ?」


 それに校長は険しい表情をしたが、ふぅと息を吐いた。


「私は、確かに学校とそこに在籍する生徒を守る義務がある。私が与えられている地位とは、その為に在らねばならない力を有していることも自覚している。だが、それ以前に私は教育者で在らねばならぬ。ここで私が折れてしまえば、私は君に世間とはそういうものだと教えることになる。それは間違えてもしてはならない」


 校長の言葉には確たる決意があった。


 空気が変わり始めていた。


「あっ、あなたは怖いだけなんでしょう? それを世間に知られることが! そうやって責められることがっ! それを私が潰してあげると――」

「それをするのは君ではない。君を守ろうとする人たちだ」


 校長の強い声音に、日向舞は押し黙った。


「そう言ったのは君のはずだがね?」


 それに日向舞は唇を噛み締めた。


「さぁ、君の入るべき場所に戻りなさい。ここは君の入るべき場所でも、君が関わるべき問題でもない。そして、このことはしっかりと報告し、しかるべき対処を取ってもらう」


 校長は言いきった。そして、それはどうすることも出来ない程の正論だった。


 それでも日向舞は動こうとはしない。もはや何が出来るわけでもないのに、動かない。痺れを切らしたのは校長の方だった。


 彼女の手を掴む。それにハッとした彼女が抵抗する。


「いやっ……離して……」

「聞き分けがないのは賢いことではない」


 そして、校長は教師陣に向かって言い放ったのだ。


「――警察を呼びなさい」


 と。


 その瞬間、教師陣に困惑の色が走った。それは姫沢女子軍にも言えたことで、彼女たちに動揺が広がる。指揮官である日向舞は校長によって捕まり、為す術はない。


「――待ってください!!」


 俺は、そこで日向舞と校長の間に割って入る。


 そうする他なかった。


「天津くん……」


 日向舞には言いたいことが山ほどある。その中には、こうして来てくれたことへの感謝も含まれていた。たかが、俺のためなんかに動いてくれたお礼もあるのだろう。


 だが、今言うべきはおそらくそれじゃない。


 今、ここで言うべきは非難の言葉。馬鹿なことをしたと思う。愚かな行為だと思う。そして、それで俺を救えると思ったこと自体が甘い。甘過ぎるのだ。


「日向……お前、馬鹿だろ」


 冷静を装った。そして、その言葉に固まった彼女を、尚も冷淡な目で見続けた。


 だが、本当に馬鹿だったのは俺だ。なんの根拠もない、なんの裏付けもない彼女の言葉を信用して、変な妄想をして、それを本気で止めようとしなかった俺の方が馬鹿だった。


 だから……これは俺の役目。もう取り返しがつかなかったのだとしても、俺ならそれを取り返せる気がした。全てとは云わずとも、まだ可能性はある気がした。


 俺はそう言って、日向舞を突き放す。


「こんな大勢引き連れて、こんな大がかりな事をして、お前は俺に「友達たくさんいるんだよ」って自慢しにきたのか?」


 それに、後方の女子軍団が視線を鋭くする。何を言いたいのかは、それだけで分かった。それでも、俺は言わねばならない。


「迷惑なんだよ。お前がやったことで、俺がもっと重い処罰を受けることになるかもしれない事を考えなかったのか?」



「私は……あなたを……ただ」


 その懇願にも似た悲痛の表情に、俺は罵倒を浴びせた。


「そうやって独善的な考えを俺に押し付けるのはやめろ。俺は望んでないんだ。そんな浅い考えで結果を悪くして……そういうの世間では何て言うか知ってるか?」


 俺は無理やり笑みをつくる。今から言うことがどういうことか、わかっているからだ。



「――偽善って言うんだぜ?」


 

 外なのに、俺の声はよく響いた気がした。辺りが静まりかえっていく。熱が覚めていく。何かが……離れていく。


 あぁ……今度は分かる。あの時は分からなかったが、今なら分かる。


 俺は日向舞を傷つけた。明確な意志を持って、明確な言葉で、明確な悪意で。


 それを日向舞が理解するのは、まだ時間がかかるのだろう。だが、何を言われたのかは分かったはずだ。


 固まった表情に流れた一筋の涙が、それを如実に表していた。


「君……」


 後ろから校長の声がして、肩に手をかけられる。しかし、俺はそれをはね除けた。まだ終わらせてはならなかった。終わらせるわけにはいかなかった。


 まだ……俺には傷つけるべき(・・・・・・)者たちがいた。


「お前らも揃いも揃って馬鹿だよなぁ!?」


 大声で女子軍団に言い放つ。とても偉そうに、嘲りを隠さず。


「お前らは、こいつのせいで受けることもなかった罰を受けるハメになるんだからなぁ? こいつを信用して、全部任せて、結果どうだよ? 共倒れじゃねぇか」


「――お前はッ……日向の気持ちが分からないのか!!」


 女子の一人が喚いた。それを、俺は鼻で笑ってやる。


「この世は結果が全てだよ。結果が出せなきゃ意味なんてないんだ。お前らはこいつのせいで罰を受ける。それが全てだ。……でも、仕方ねぇよなぁ? それでも、お前らは自分をこいつに預けちまったんだからなぁ!」


 いつの間にか、喧騒やざわつきはどこかえ消え去っていた。もしかしたら、俺がそう思っているだけなのかもしれない。


 もはや後戻りは出来ない。取り返しは効かない。


 なら、突き進むしか道はない。 


「だが、今回の件で俺も罰を受けるんだ。だから、俺とお前らは同じ(・・)だな?」


 醜悪な表情が広がっていく。悔しさと怒りが入り交じる顔が、俺に向けられていく。


 それを怖いとは思わない。俺がどれだけ、それと似たモノに耐えてきたと思ってる? 経験が違う。


「こいつも、お前らも、お前らの親も、みんな馬鹿ばっかりだ。姫沢の教師たちもさぞや残念に思うことだろう」


 そして、俺も大バカ野郎だ。


「みんな一緒に処罰されちまえばいい。俺は今、罰せられる奴が俺だけじゃなくて安心すらしてる!」


 日向舞の顔は見れない。見たくない。見れば、決意が鈍ってしまうような気がして。


 だから、空を仰いで俺は言葉を続けた。それしか、俺には出来ない。


「あぁ、そういうことか! 日向は罰を受けるのを、俺だけにさせないためにやってきたのか! なぁんだよ! 結果出してるじゃねぇか! じゃあ、日向は悪くないな! お前らは、利用されたんだよ! こんな所までノコノコとご苦労だったな!」


 理性のネジを吹っ飛ばす。正常な精神を狂わせる。


 それを口にするための覚悟だけを抱えて。


「処罰を受けた俺たちはきっと、もう元には戻れねぇよなぁ! 一度受けた前科は消せねぇよなぁ! それでも生きてかなきゃいけねぇよなぁ! あぁ……ほんと、余計なことしてくれたよなぁ! 黙ってりゃそれなりの措置で済ませられたのによぉ! 何もしなけりゃ、穏やかに終わったかもしれねぇのによぉ! お前らが来てくれたお陰で、ぜーんぶパァだ! 善人ぶって、正義面して、あたかもそれが誰かの為になるなんて思い上がって――!」


 そして、最後に日向舞を見る。そこには、壊れてしまった彼女がいた。


 俺は、そんな彼女に分かりやすいほどの刃を突き刺した。


「――ほんと、救えねぇ奴」


 その時、俺は再び肩を掴まれた。ゆっくりと振り返る。


 校長が、静かに首を振った。


「そこまでにしなさい……君のことはもう十分分かったから」


 俺は校長の方だけを向いて、もう彼女たちには向き直らなかった。


 俺の頬を、涙が伝ったことに気づいたからだ。


 彼女がそうであったように、俺の頬にも涙が流れた。だが、それを見られるわけにはいかない。拭う素振りすらみせてはならない。勘づかれてはならない。気づかれてはならない。


「戻りなさい。あとは私がやっておくから」


 きっと涙を流してしまったのは、校長が理解してくれたからだ。俺の意図を、俺の考えを、俺の策略を。


 伊達に長生きしてるだけはある。彼はやはり、その地位に立つに相応しい経験と知識を持っているのだろう。


 俺が去ろうとする時、後ろから日向舞の声がした。


 それはとても痛々しく、そして優しい。


「天津くん……ごめんね」


 それに俺は応えず、その場を去った。


 その後、校長が警察を呼ぶことはなかった。彼の言うとおり、彼女たちは学校から退散したからである。


 空き教室に戻り、虚ろな時間を過ごそうと椅子に座り直すと、コンコンと窓が叩かれた。


 見れば、そこには小さく手を降っているりんちゃんがいた。


 それに驚いて、まだ涙が流れてないかを、汗を拭うふりして確認する。それから、急いでカラカラと窓を開けた。


「――天津くん」


「……なんだよ」


「大丈夫。私も舞ちんも、分かってるから」

「分かってるって、何が」

「あれが、天津くんの本音じゃないこと」


 りんちゃんは、真剣な瞳を俺に向けていた。


「こんなことぐらいで、私たちは天津くんを見誤ったりしないよ。こんなことぐらいで、これまでの天津くんが嘘だったなんて思わないよ」


 それにまた、泣きそうになる。


「まぁ、でも少しやり過ぎだったとは……思うけど」


 俺は腹に力を込め、我慢するので精一杯だった。


「それをわざわざ言いに?」

「あー……まぁ、それもあるけど、もう一つだけ」


 そして、りんちゃんは補足する。


「今回のことだけどね。私はまだ終わらせないよ。天津くんをこんな目に合わせた奴を私は許したくない。だから……少し待っててね」


 それにどう反応してやればいいのか分からない。もう止めてくれと、言わなければならなかった。


 なのに、俺は……その一言を言いそびれてしまう。


 りんちゃんが、それを言わせずに去ったからだ。


「くそっ……」


 強く、窓枠を殴り付けた。そこの凹凸に痛みが走る。


 怒りをぶつけたかったわけじゃない。鬱憤を晴らしたかったわけじゃない。


 俺は俺自身を痛め付けたかったのだ。




差し替えたら、別の意味でオーバーキルになってしまいました。


天津くんごめんね。この罪は作者にある。

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