日向舞との通話
夜に日向舞からLINEがあった。
――話せる?
それに“大丈夫”とだけ返すと、すぐに通話が掛かってきた。
『ごめんね、急に』
「いや、別に」
『日曜日はありがと。それと……土曜日、のことも……』
なんとなく、土曜日のことだけ歯切れが悪い。なんとなく、察しがついてしまう。
「知ってるんだろ……Twitterのこと」
『あー……ははは。いや、まぁ……うん』
それからしばらく沈黙が続いて。
『ちょっと……驚いた。ずっと私を探してくれていたのね』
「いや……まぁ、酷いこと言ったしな」
『あれのせいで、しょうりんに土曜日のことバレちゃってさ。彼女「天津くんをからかってやろう」とか言ってたんだけど、私が止めさせたの』
「そう、なのか」
『金剛さんにもバレた?』
「まぁ……」
『だよね……ははは』
それからまた沈黙。きっ、気まずい。
『その……ありがとう。まさか、あんなに探してくれてるなんて……』
「いや、まぁ酷いこと言ったしな……」
なんか会話がループしている気がする。それしか言えないのかよ俺……。
『今日、なんかそっちの学校から連絡あったみたいだけど、それも関係あったりする?』
どうやら、確認の連絡はしているらしい。ただ、それは事実確認ではなく、日向舞という女子生徒が実在しているのかの確認だったようだ。やはり、事をおおっぴらにする気は学校側にもないんだな。
「……さぁな」
『ふーん。でも、そっか。金剛さんにもバレたか……なら、後で謝りの連絡入れとかなきゃね』
「……ん? なんでだよ」
何故土曜日のことに関して、日向舞が金剛さんに謝らなければならないのか分からない。
『あー……いや、なんでもない。こっちの話』
そして、俺は彼女が金剛さんに連絡を入れた場合、もしかしたら今日のことが知れてしまうかもしれないことを予期する。
だから。
「金剛さんには連絡しなくていい。お礼とかなら、別にいらないと思うしな」
『そんなわけにはいかないよ。だって……まぁ、連絡はしとく』
鈍い反応ながらも頑なに連絡するという日向舞。……どうしたものか。
「いや、本当にしなくていいと思うがな?」
『……』
「まぁ、俺の意見」
『なに? なんでそんなに連絡しちゃダメなの?』
「ダメじゃない。別にしなくていいと言ってるんだ」
そう言って見せたが、スマホからは無言が続いた。その反応が不安を煽る。
「……日向……さん?」
『なーんか怪しいんだけど? 天津くん、何か隠そうとするときだいたいそんな反応よね?』
「なんでそれが分かるんだよ」
『あれだけ人狼ゲームやったじゃない。もう後半なんか、ちょっと喋っただけで誰が人狼か分かっちゃうんだもの。あれじゃゲーム性台無しよね』
「いや、後半もずっと俺が処刑されてましたけどね。ついでに言うと、俺が嘘ついてないのに処刑されてましたけどね」
『だって、天津くんうっそ臭いんだもん。まぁ、今のが嘘なのかどうかは金剛さんに連絡取ってみれば分かることよね』
「いやぁ……別にしなくていいと思うけどな」
冗談混じりに言ってやると、通話からは堪えるような笑いが聞こえ。
『じゃあ、今から確かめてみるねっ!』
なんて明るい声がしたかと思うと、通話がプツリと切れた。
「あっ、おい! ……もしもし!?」
しかし、既に通話は切れていた。かけ直すが、繋がらない。
うわぁ……なんつー行動力だよ。考えたことを即座に実行してしまうことに関して、日向舞という人間は郡を抜いている。
俺は部屋のベッドから立ち上がり、座り、また立ち上がっては金剛さんが日向舞に喋ってないことを祈った。
日向舞の思考回路を考えれば、何かしらしでかしてもおかしくない。彼女は誰かの為に動くことが大好物な人間だ。だから、俺の為だとか言い出して行動してしまう可能性はある。
だが、今回は相手が悪すぎた。
もしもこれを戦いだとするのなら、敵は誰でもない。目に見えない多人数なのだから。そんなの戦いようがない。
だからこそ、甘んじるしかない。耐えるしかなかった。
なのに。
突然掛かってきたLINE通話。表示されている名前は日向舞。あれから三十分近くは立っていた。
おそるおそるそれを取ると、聞こえてきたのは低い威圧するような声。
『――なんで言わなかったのよ』
はい、バレてるぅぅ。金剛さん話してるぅぅ。
「話したのか……金剛さん」
『なんで隠したの? というか、処罰って……本当なの?』
俺はため息を吐いてから、彼女に話すしかなかった。そして、今回の事を学校側はあまり公にしたくないことも告げておく。
「――と、まぁ、こんな感じだな。事は荒立てなくていい。まぁ、俺が大人しくしてれば済むだろうさ」
『ふーん。じゃあ、学校側がしたいのって、あの動画が天津くんだと特定されないことってわけね?』
「そうだな。それで、特定されてもいいように処罰だけは与えておく」
『なるほどねぇ……そこまで分かってて学校側の言いなりになってるの?』
「いや、まぁ、それが最善手なのは分かるしな」
すると、スマホの奥から一際大きな声が耳をつんざいた。
『馬鹿じゃないの? 一番良いのは、処罰を受けないことじゃない!』
「いや、それは難しいだろ。それを可能にするには、もはや拡散してしまってるあの動画を無かったことにするしかない。だが、そんなのは不可能だ」
『不可能かどうかなんて、やってみなくちゃ分からないわ』
「いや、わかるだろ。不可能だ」
『じゃあ、天津くんはその処罰を受けるの?』
「……しかないだろ。明日の会議で決まるらしい」
『そう……明日なのね』
そして無言になる日向舞。
「もしもし……?」
『……なに?』
「もしかして、なんか考えてます?」
『えぇ。天津くんが処罰を受けないようにする方法』
「いやぁ、それは無理だろ。考えなくていいと思うが……」
『黙ってて!』
ピシャリと言われ、黙るしかない俺。
『ふむふむ……そっか』
なにやら不穏な声だけが聞こえてくる。
やがて。
『天津くん。あなたの推測通りなら、学校側が恐れているのって、動画の人物が天津くんだと特定されてしまう所にあるのよね?』
「まぁ……そうだな。たぶんあれが動画じゃなく、ただの目撃証言とかだったら、指導だけで終わってた気がする」
『……そう。ならさ? 特定されたって、学校側が責められないようにすれば、良いとは思わない?』
少し、日向舞の言っている意味が分からなかった。いや、その理論は分かったのだが、その方法まで考えが至らないのだ。
「どういう意味だよ」
『学校側が恐れてるのって、最終的に責められてしまうことに在るわけでしょ? それを無くしてしまえば良いのよ』
あっさりと言ってのける日向舞。それがどれほど大変なことか分かっているのだろうか?
『学校側を責められるのって、上の教育委員会よね? 教育委員会だって、その上から責められることを恐れている。だから、最初から責められないようにすれば良いのよ!』
まるで、難問を解き明かした時のように日向舞は、弾む声を発した。この子、アホなのだろうか……そんなこと、いち学生である俺たちに出来るわけがない。
『よし! 解決方法は分かったから天津くんは安心して。あと、その職員会議って何時から?』
「お前……まさか会議に乗り込むつもりじゃないだろうな?」
『そのつもりだけど?』
「お前はアホか!? そんなことしても取り押さえられて終わりだ! あと、事を荒立てるだけだから逆効果だぞ?」
『それでいいのよ』
「……は?」
『もっと荒立ててやるの』
得意気な声音。自信に満ち溢れた言葉。
「言ってることが矛盾してるぞ?」
『まぁ、見てて。大丈夫。私は天津くんですら救ってみせるよ』
それを信じるには、少し無理があった。
『言ったでしょ? 私があなたにしてやれること』
それはおそらく、土曜日の会話だ。だが、何を言ったのかはあまり覚えていない。
その回答を、彼女はとても自信満々に言って見せたのだ。
『――あなたを離したりしない。周りから、私と天津くんは繋がっているんだと、信じさせる。それがたぶん、私に出来る最大のこと』
それでも、意味が分からなかった。
『まぁ、ボッチのあなたには出来なくても、私には出来るのよ? それを明日見せてあげる』
言った後に、楽しそうな笑いが聞こえてくる。
俺は「やめろ」と言いたかったのに、あまりに彼女が嬉しそうに話すものだから、それを言いそびれてしまった。
次回! 始まる日向無双!!




