許可
「好きって……」
りんちゃんが放った言葉に固まってしまう。「好き」、その言葉はあまりにストレートで、かつて経験などしたこともない程に威力を兼ね備えていた。
正直、どう反応していいのか分からない。
「……天津くんが悪いんだよ? 私、結構頑張って無理してるのに、そんな私を見透かしたように優しい言葉なんてかけてくるから」
「いや……俺は、ただ……」
「――でもさ」
りんちゃんは、うつむいて俺から視線を外し。
「やっぱり私はズルいんだ……。こんなにあっさりと好きって言えちゃうなんて、思いもしなかったよ」
何故か、彼女はため息を吐いていた。
そして。
「天津くんは、ズルい私を許してくれる?」
再び顔を上げたりんちゃんは、辛そうに表情を歪めている。
「許すもなにも……」
俺は、彼女をズルいとは思ったことなんてない。そもそも何故ズルいのか理由が分からない。だが、もし仮にりんちゃんがズルいのだとするのなら、ズルいのは彼女ではない。ズルいのは人間なのだ。人間こそがズルいのだ。
それでも、りんちゃんは勝手に答えを出していく。俺の意見など入る隙もなく。
「私は許せないかも。だから……私は天津くんを好きになりたくないな」
そして勝手にフラれる俺。いや、その勝ち逃げはさすがにズルい。
「霧島くんに告白した時はすごいドキドキしてたんだけどな? 天津くんは……全然ドキドキしないや」
「……それ絶対好きじゃないだろ」
「そうかも。だから言ったじゃん。好きになりそう……って。たぶん、まだ好きじゃないんだと思う」
えぇぇぇ……。じゃあ告白みたいなことしないでよっ! 返して! 私のトキメキ!
「だからさ、天津くんのダメで悪い所を知りたい、かも。それを知れば、私は天津くんを好きにならないで済むと思う」
俺のダメで悪い所って……。
「私が天津くんに対して、許せない部分を見つけられたら……きっと好きはなくなるよね?」
問いかけられてもな……。答えに困る。
「でも、もし、それすらも許せたら……許せちゃったらさ……」
りんちゃんは真っ直ぐに俺を見つめ、ゆっくりと立ち上がった。
「天津くんを本気で好きになっていいのかな?」
好きの予約を申請されてしまった。それに俺はどう答えようか迷ったが、その言葉たちが彼女自身の本心であるならば、俺も本心で答えるのが筋であるような気がする。
だから。
「うむ。許可してやろう」
などと偉そうに言ってやったのだ。
「ぶはっ! なんだそれっ!」
りんちゃんは盛大に吹き出して笑った。その姿に少し安堵してしまう。
翔鶴りんという女の子は強い。そうやって自分の気持ちとも向き合うことが出来るのはきっと彼女が強いからだ。
人は臆病だから、時に他者の気持ちを知ろうとすることを怖がってしまう。そして、怖がるからこそ、敢えて知ろうとさえする。それは自分自身にも言えたことで、怖いからこそ自分の気持ちを無視してしまうこともあった。
だから、気がついた時には好きになってしまっているのかもしれない。
だが、りんちゃんは違うのだろう。自分の気持ちを的確に捉える。少しの動きも見逃さない。そして、それをさらけ出すことさえ出来る。
「正直言うとな? さっきはパニックになった。好きなんて初めて言われた」
それはたぶん対抗心。あまりにも自らをさらけ出す彼女に悔しくなったのだろう。だから、俺も自分の気持ちを吐露する。
「そっか。ごめんね。天津くんの初めてを奪っちゃって」
「その言い方はズルいぞ。危うく俺も好きになりかけた」
「いいよ。私もそれを許可するよ」
「なんで勝手に許可されてんだよ……」
お互い、好きになることを勝手に許可する。これってもはや両思いじゃね? なんて思ってしまうが、実は違う。
許可とは、ただ単に相手の考えや行動を許したに過ぎない。だから、相手の気持ちを受け入れたわけじゃないのだ。許可は許可でしかなく、俺はそれを受諾したわけじゃない。
それは、りんちゃんが「好きになりそう」だと告げてくれたからこそ出来る過程でもある。恋愛って申請式だったのかよ。もっと自由なものだと思ってました。
それでも、俺はそれをありがたく思った。りんちゃんは差し迫った答えを求めてるわけじゃなく、猶予を与えてくれたから。たぶんそれは、りんちゃん自身が自分に与えた猶予でもあるのかもしれない。
「もしも天津くんを本気で好きになったら、その時改めて言うね? だから天津くんもちゃんと私を見てて。ちゃんと答えを出せるように」
「おっ、おお」
なんか、どんどん指示を与えられていく。え……仕事なの? これ。
二度告白というのは知っていた。だがそれは、一度目はフラれたがそれをすることにより相手を意識させ、意識した頃にもう一度告白するというやり方だ。
意識させるという点に於いては同じだが、りんちゃんがやろうとしていることは全く違う。
きっとそれは、りんちゃんにしか出来ないやり方なのだろう。そしてそのやり方は、確かにズルいのかもしれない。
そして、そのやり方に甘んじてしまった俺もたぶんズルい。ほら、やっぱり人間ってズルい。
「私を見て、私のことを考えていて。私も天津くんを見てるし、天津くんのことを考えるから」
真剣に言ってくるりんちゃん。もはやその言葉すらズルく思えてくる。
「だから……ね。悶々とした夜とかに私のこと考えてくれてもいいよ? たぶん、私もそうなっちゃうかもしれないし」
そして、少し照れたようにそんなことを言ったのだ。
あぁ……これは本当にズルい。ズルすぎた。
「悶々て……」
りんちゃんがそんなことを言うものだから、無意識に視線は彼女の体のラインを追ってしまう。仄かに漂うシャンプーの香りを嗅いでしまう。その柔らかそうな肌の質感を目に焼き付けてしまう……。
許されるとは、とても偉大なことだと初めて知った。許されてしまうと、人は際限なくやり過ぎてしまう。
そんな俺に気づいたのか、りんちゃんは視線から逃れるように体を背けた。俺もハッとして戸惑ってしまう。
そして彼女は恥ずかしそうに俺に言ったのだ。
「……えっち」
それは破壊力がありすぎた。
彼女は許可してくれたはずなのに、そこまでは許してくれないらしい。いやぁ、調子に乗りすぎましたわぁ!
「――お待たせぇ」
その時、女湯の暖簾をくぐって日向舞と金剛さんが出てきた。その突然のことに俺は驚いて固まってしまう。
「ん? ……なによ」
「いっ、いや――」
「もう! 遅いよー二人とも! コーヒー牛乳飲み終わっちゃったよ!」
りんちゃんは、まるで何事もなかったかのように空のビンを二人に見せつけ怒っている。すっ、すげぇ。変わり身の早さが尋常じゃない……。
「ごめんってしょうりん。私たちもちょっと長湯し過ぎちゃったかも」
「んもぉー!」
なだめる日向舞とプンプンと怒っているりんちゃん。
「二人で何話してたの?」
金剛さんが首を傾げて尋ねてきて、その答えに迷う俺。
「ふっふっふっ……秘密の作戦会議をしてたのです」
そして得意げなりんちゃん。作戦会議、ね。近からずも遠からずだな。
「そんなとこだ」
「なんの?」
「恋愛の!」
躊躇いもなく言ったりんちゃんに、俺はギクリとした。
だが。
「あぁ……なるほど」
と金剛さんは納得してしまった。えっ、今ので納得なの!?
「しょうりん大丈夫だった? 天津くんは人と関わってこなかったせいで、無意識に傷を抉る癖があるから」
日向舞がりんちゃんに言ってようやく気づく。彼女たちは、りんちゃんと霧島との事を言っているのだと。……というか、無意識に傷を抉るってなんだよ……あなたも無意識に人の傷を抉ってますからね? 現在進行形で。
「大丈夫。もう許したから」
「天津くん……やっぱり……」
「ちっ、違う! 俺は悪くない!」
「天津くん……」
やめろぉぉ! そんな目で俺を見るなぁぁ!
二人が呆れて俺を見ているなか、りんちゃんだけが小さく笑っていた。あぁ……それはズルい。
俺はその瞬間、翔鶴りんの武器を知った。
俺がボッチを武器にしたように、彼女にも彼女にしか持ち得ない専用武器がある。そしてそれは、人よりも優れているモノとは限らない。むしろ、世間からは断罪されるべきモノである可能性すらある。ボッチがよい例だ。そして、翔鶴りんもそれに似た武器を有していた。
ズルさだ。そしてその反則的な武器を、彼女は許せないとも言った。きっとそうなのだ。俺の武器が俺自身を傷つけてしまうように、彼女の武器も彼女自身を傷つける。だから取り扱いには注意しなければならない。使うべき場面を考えなくてはならない。
りんちゃんは、それをとても有効的に扱えていると思う。
きっと、彼女の経験がそうさせているのだろう。彼女は素直で純粋で、愚直であったからこそ、その武器を手に入れたのかもしれない。手に入れざるを得なかったのかもしれない。
素直で純粋であり続けることは、酷く無防備だったから。愚直であり続けることこそが愚かだと思ったから……。
彼女にも、彼女なりの過去があるのかもしれない。そう思えた。
俺がボッチを手にしたのも、過去から学んだ経験があるからだ。だからきっと、りんちゃんにもあるのだろう。
不意にそれを知りたくなった。もっと彼女のことを知りたくなった。
そして……知らずとも良いと思い直した。
何故なら、俺とりんちゃんには猶予があったから。何も今それを知ろうとしなくても、いつか知れる機会はあるような気がしたから。
ただ、今はまだ――。
「時間も頃合いだし、帰りましょうか」
日向舞が言い、俺たちはそこを出る。帰りも三人は仲良さげに話をしていた。
俺はもちろんその会話に参加しない。ただ眺めているだけ。だが、眺めているだけにも許可がいる。勝手に見ていると「なに見てんの?」なんて言われかねないからだ。
だから、それだけで十分であるような気がした。
そう。今はまだ。
ちなみに、帰りの電車でもワンナイト人狼をやった。無論、金剛さんからの提案である。そして、行きと同じく俺は幾度となく吊られてしまう。そして最終的な勝率はやはり俺が一番低い。
そして、一番勝率が高かったのはりんちゃんだった。
その理由を、俺はなんとなく理解してしまったのだ。
というわけで、次の話からざまぁをやっていきます。ラブコメって、ラブもコメディも平行してやらなきゃならないから難しい。まぁ、だからこそやりがいがあって楽しいのだけれど。
いつもたくさんのブクマ、評価、感想ありがとうございます。
こうして書き続けられるのは、皆様が読みたいのだと私に思わせてくれるからなのです。
改めてお礼申し上げます。




