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恋愛にステータスは必要だが、ボッチは隠れステータス  作者: ナヤカ
コンプレックス・スープレックス
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あっという間の時間

短め

「あの子さ、天津くんみたいじゃない?」


 金剛さんがおかしそうに指差す。現在俺たちが見ているのは猿山。コンクリートで造られるゴツゴツした山とその周辺には、数多くの猿たちが各々に自由な時間を過ごしていた。

 猿山を見ていると、何故かボス猿を探してしまう。きっとそうやって人は、組織というものを早く把握したいのだろう。頂点に君臨する者を見れば、その組織がどういった色をしているのか分かるからだ。

 だから、金剛さんが指差した先にいるのもボス猿だと思った。なんだよ、照れるから止めて欲しい。


 だが、そこにいたのは猿山の下の隅っこで、ただぼうっとしてる猿だった。なんだよ……傷つくから止めて欲しい。


 ボス猿は、見ていればなんとなく分かってくる。どこかでいざこざが起きたりするとそれに割って入り、場を収集しようとする体の大きな猿がいるからだ。その猿が威嚇すると猿たちはたちまち散開し、争いはなくなってしまう。そういった猿たちの日常は見ていて飽きない。こうして囲われた中で奇異の目に晒され暮らす猿たちと、それをこうして見ている人間との構図を考えると、なにか恐ろしくゾッとするものがあるが、それが動物園なのだから仕方ない。


「あとで二人にも見せてあげよ」


 なんて言いながら、金剛さんは笑いながらスマホを取り出している。……あの猿も可哀想だな。こんなところでボッチを晒されているのに、写真として記録されまだ晒され続けるのだから。

 カシャッと音がして、金剛さんを見返すとスマホは俺の方に向けられていた。


「間違えちゃった」


 おいぃぃぃ! どこをどう間違えるとそうなるんだよぉぉぉ! もうそれ間接的な虐めですからね? あれだよ? よく小学生がやる「サッカーボールかと思ったぁ」とか言って蹴ったりする低俗なやつだからね? 


「ボッチの猿を撮ろうとしたのに、本物撮っちゃった」


 金剛さんはそんなことなど気にもせず、自分で言って自分で笑っている。あぁ、間違えてなかったのね。なら許す。あれか。サッカーボールだと思って、サッカーボール蹴ったパターンか。……それもはやキックオフェェ。


 その後も俺たちは猿山のあれこれを見続けた。ほんと、何故か猿山ってずっと見てられる。中毒性がやばい。ようやくそこを離れたのは、時間を確認したときに、日向舞が言った時刻まであと一時間ちょっとしかないと気づいた時だった。まだ猿しか見ていない。金剛さんも俺しか撮っていない。何しにきたの俺たち。


 だから、他の動物たちは見ずに真っ直ぐ猛獣コーナーまで急いだ。


 俺が見たかったオオカミの場所まで来ると、何故だかテンションが上がってきた。やはりオオカミはカッコいい。カッコいいものには憧れるし、それが男子たるものだ。


 広い柵内のオオカミたちは、岩場のところでくつろいでいる。その姿がもうカッコいい。


 説明看板を読むと、オオカミの群れはパックと呼ばれ、その群れの最上位のオオカミを“アルファ”というらしい。その次を“ベータ”。だからてっきり“ガンマ”がくるのかと思ったら、最下級は“オメガ”と言うらしい。なんだよ……それじゃあ合体出来ねぇじゃん。


 オオカミ社会にも階級があって群れで行動するのが普通だ。この事実を最初に知ったときは少し落胆した。一匹オオカミという単語に惑わされ、オオカミは単独で獲物を狩ると思い込んでいたからだ。だから「俺って一匹オオカミだからぁ」とか自慢げに言わない方がいい。それは、一匹で獲物を狩るカッコいいオオカミではなく、群れの中でハブられてる可哀想なオオカミのことを指しているのだから。


「可愛いぃ!」


 金剛さんを見れば、隔離された屋内にいる子オオカミたちを見ている。その子供たちの母親なのだろうか。一頭のオオカミがそれをジッと見守っていた。その子供たちは大人とは違い、小さくて、ころころモフモフしている。普通に和んだ。


 俺たちはまたもそれをずっと眺めてしまい、時刻は十二時間近になってしまう。金剛さんは猫が見たいと言っていたのに、見たのは猿とイヌ科のオオカミだけ。もはやトラとか見てる場合じゃなかった。ほんと、何しにきたの……俺たち。


 ただ、俺と彼女の間にあった溝はなくなっていて、その時間にいくらかの意味はあったのだと思える。それを気にしなくて良くなったから、目の前の動物に集中できたのだ。いや、集中し過ぎてしまったのだろう。


 時間に少し遅れて食堂の施設につくと、日向舞とりんちゃんは既に机に座って話をしていた。どうやら彼女たちも俺たちと同じだったらしく、ペンギンとパンダしか見ていないらしい。なんだよ……動物園って一日じゃ全然足りないじゃん……。


 全部の動物を網羅しようなんてのは甘い考えだったことに気づく。当たり前か。動物一頭一頭にも、個性豊かな仕草や動きや癖があって、ずっと見ていても全て知ることなんて出来ない。どれだけ一緒の時間を過ごしていても、相手のことなんて理解出来ないのと同じだ。ただ、ずっと一緒にいると何処かで相手を理解出来てしまうチャンスは巡ってくる。だから、そのチャンスがやって来ることを願い、人は人と共に居続けるのかもしれない。


 そしてそれが巡ってきた時、初めて選ぶことになるのだろう。


 その者とこれからも居続けるかどうか、を。


 三人とも互いに見た動物のことを話題にしていて、別に俺はそれに参加するわけじゃなかったが、居心地は悪くなかった。


 きっと俺たちもそうなのだ。


 まだお互いの事を真に理解できるチャンスは来てなくて、それをただ待っているだけ。だから今は何も考えなくてもいいのだ。考えるべき瞬間はどうしたってやってくるのだろうから。



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