調子に乗ると大抵後悔する
ワンナイト人狼とは、人狼ゲームの短縮盤である。少ない人数でも気軽に人狼ゲームを遊ぶことが出来るため、人狼ゲームファンに取ってはありがたいことこの上ない。ただ、独りでも遊ぶことが出来るならもっと良いと思う。まぁ、それならネットでやれば良いだけの話なので論外なんですがね……。
「配役は“村人”と“人狼”と“占い師”と“怪盗”にしとくね。ルールは知ってる?」
日向舞の問いかけに、知らないと答えたのは金剛さんだけだった。そんな金剛さんに日向舞がルール説明をする間、俺はもうウッズウズしていた。今ならゴルフでホールインワンも出来そう。そりゃタイガー・ウッズやろがいっ!
人狼ゲームで一番楽しいのは、相手を騙し、意のままに操る瞬間だ。
「私嘘が苦手だから人狼引きたくないなぁ」
りんちゃんが苦笑いしていた。おいおい、もう戦いは始まってるんだぜ? 嘘が苦手という情報を俺に与えちまって良いのかい? いや……もしや嘘が苦手とか言っといて、本当は超得意という作戦かっ!? ふぅ。危うく騙される所だったぜぇ。その手には乗らないゾッ☆
「天津くん……なんで独りでニヤニヤしてるの……気持ち悪いから止めて?」
おっと、どうやら気持ちが前のめりになっていたらしいな? 金剛さんから指摘されて俺は表情を元に戻す。その指摘が命取りになるんだぜ? 気持ちが表情に出ていた方が良かったのになぁぁ! 今の指摘は悪手ですよ? 金剛さぁぁん?
「――じゃあ、始めるわよ」
台に置かれた六枚のカード。もちろんそれは裏側守備表示になっていて、どの役かどれか分からない。カードの内枠は村人が三枚。占い師が一枚。怪盗が一枚。そして人狼が一枚だ。
その六枚から、無造作に一枚だけ自分のカードを取り、こっそりと確認する。
俺が引いた配役は“怪盗”だった。
きっ……きっ、キタキタキタキタァァァァ! やっべ。最強カードの一角を引き当ててしまった。これは勝つる!
「確認したわね? それじゃあ、十秒目を瞑って。もしも占い師を引いた人がいたら、どれか一枚のカードを確認していいよ」
俺たちは目を瞑る。この瞬間に“占い師”を引いた人は、カードをめくってその役を見ることが出来る。見れるのは誰かのカードだけじゃなく、余った二枚のうちの一つを見ることも出来る。人狼ゲームはカードの内訳数が決まっている為、誰も持っていないカードを見ることも有効な手段の一つになるのだ。
例えば、誰も持っていない二枚のうち一枚をめくり、それが人狼だった場合、占い師はその事実を発言することにより、誰も人狼ではないことを証明できる。これはゲーム内に人狼カードが一枚しかない為に出来ることだ。
「……じゃあ、次は“怪盗”を引いた人がいたら、誰かのカードと交換してね。交換しなくても大丈夫だから」
みんなが目を瞑る。そして俺だけが目を開けていた。
さぁて。どいつのカードを盗んでやろうかぁ?
怪盗は、自分のカードと他の人のカードを交換できる役だ。しかも、交換された人は交換されたことを知らずにゲームが進む。交換するのは占い師の後になるため、上手くいけば占い師すら騙すことが出来るヤベー役なのだ。
俺は既に、交換する奴を決めていた。
金剛麻里香である。
理由は簡単だ。彼女はワンナイト人狼初心者である。だから彼女の情報を知っておけば、金剛さんを俺優位に誘導することが出来るのだ。このゲームは、自分側にどれだけ味方を集められるかが勝負の鍵となるため、操りやすそうな金剛さんを選ぶのは妥当なのだよ……くっくっくっ。
俺は彼女のカードと自分のカードを交換し、めくった。
そして必死に笑いを堪えるしかなかった。あぁ……やばい。勝ち確だわこれ……。
引き当てたカード。それは、このゲームの主役“人狼”だったからだ。
「……じゃあ目を開けて。これから五分間の話し合いで、この中から一人、処刑する人を決めます。最後に処刑する人を投票で決めるから。……それと話し合いの結果、仮に誰も人狼じゃないとなった場合、一人一票ずつになるよう投票すれば良いの」
そう言って日向舞はスマホで五分を計り始めた。
「じゃあさ、まずは占い師いたら出てもらおうよ!」
りんちゃんがセオリーな流れを提案してくる。それに誰も反対しない。
「じゃあ、占い師の人はせーので手を挙げてね。せーのっっ!」
しかし、誰も手を上げることはなかった。
俺がここで手を挙げ、「金剛さんを占った。こいつ人狼ですぜ旦那ぁ!」と発言しても良いのだが、他に本当の占い師が出てきたり、自分を人狼だと思い込んでいる金剛さんが手を挙げてきたりしたらややこしくなる。しかも、占い師が人狼を占っちゃう確率も考えると、俺の方こそ人狼だと疑われてしまうかもしれない。
だから、ここは沈黙が正解だ。
「うっわ。占い師いないんじゃ情報ないじゃん!」
りんちゃんが絶望的な声を上げた。俺も「マジかよー」なんて言いながら笑いを堪えるのに必死。
占い師がいない。この情報で、俺はみんなの配役を完全に知ってしまったからだ。
場にある余ったカード二枚は“占い師”と“村人”。
日向舞とりんちゃんが“村人”。
金剛さんは俺と交換したから手元のカードは“怪盗”。
そしてこの俺が“人狼”だ。
やばい。三人とも誰がどの役か分かってないのに、俺だけが全てを見透かしているという事実! なんという優越感!
「じゃあ怪盗に出てもらいましょうか。せーのっっ!」
俺はここでスッと手を挙げて見せた。
「……悪いな? 俺が怪盗だ。盗まれた奴は幸運に思えよ? この俺がっ! 勝利に導いてやるよ!」
決まった。しかも、手を挙げたのは俺一人だけ。金剛麻里香……お前はここで手を挙げるべきだった。ここで手を挙げなければ、俺が怪盗である可能性を高めてしまうんだからなぁぁぁぁ!
「……他に怪盗を主張する人いない? なんかすごいムカつくから、この怪盗は信じたくないんだけど」
……いないな。いるわけがないっ! さらに、今さら手を挙げたって遅すぎる。遅すぎるのだよ! ちみぃぃ!
「はぁ……天津くんは誰と交換したの?」
ため息混じりの日向舞。俺は額に手を添えて含み笑いをした。
「フッフッフッ……聞きたいようだな? 俺が、誰の、カードを盗んだのかをなぁぁ!」
「なんか怖いよ天津くん……どうしちゃったの? 頭打った?」
そう怯えるな、りんちゃん。数秒後、君は俺に感謝するはめになるんだぜ?
「盗んだのは――」
俺はたっぷりと三人を眺めてやる。不安そうな金剛さん。呆れ顔の日向舞。怯えるりんちゃん。
そして俺は、向かいのりんちゃんに、まるで執事のように滑らかな礼をして見せた。
「――翔鶴りん様。あなたの心を盗ませて頂きました」
「……へ?」
やはり怪盗とは、女心を盗むに限る。その宝石はどんなダイヤモンドよりも価値の高い宝石だからだ。ふぁぁぁぁ! もはや自分に惚れてしまいそう。自惚れだけど、最初から自惚れているので関係ナッシング☆
りんちゃんは、ぽけっとした顔で「わたし?」と自分に指を指していた。
「はい。僭越ながらあなたを盗ませて頂きました」
そして指をパチンと鳴らす。
「ズバリ、りん様の役は村人でしたよっ」
「おぉぉ! あっ、合ってるよぉ! 天津くん!」
ぱぁぁっと目を輝かせるりんちゃん。
それから俺は金剛さんと日向舞に目を向けた。
さぁ、続けようか。もちろん……俺のターンをな?
「さて。俺はりんちゃんが人狼ではないことを知っている。だから、処刑するのは金剛さんか日向にしたい」
「まぁ、そうなるわね? ただ、誰も人狼を引いてない可能性もあるけど?」
日向舞の意見は最もだ。まだ誰も人狼を引いてない可能性はみんなの中で残っている。ただもう、俺が処刑されることはないだろう。もはやこの時点で勝ち確だった。
しかし。
絶対の勝者とは、最後までその手を緩めないからこそ、絶対の勝者なのだ。
俺は、まるで真剣に人狼を探すような素振りを演じてみせる。
そして、残り一分を切ったところで、俺は畳み掛けた。
「日向からは余裕を感じるな? 対し、金剛さんはあまり喋らないし、俺が誰を盗んだのか溜めた時に不安そうにしていた。俺は金剛さんに投票する。この俺の目に狂いはないっ! 金剛麻里香こそが人狼だ!」
「なっ……なんでよ!? 私は初めてなんだから不安なのは当たり前でしょっ!?」
……かかったな? 金剛麻里香。
俺は某名探偵少年ばりに彼女へと問いかけてみせた。
「あれれぇ? おっかしいぞぉ? もしも金剛さんが村人ならさぁ、普通に人狼であることを否定すると思うんだよねぇ? なのになんでそんなに焦ってるのぉぉ?」
「……っつ!! ちっ、違う! 別に焦ってない!」
ほぅほぅ。
「……なんか人狼とか関係なく、天津くんを処刑したいわね」
「そっかなぁ? 天津くん楽しそうだし、私は金剛さんで良いと思うけど」
「しょうりんは、人狼じゃないことがほぼ確定してるから言えるのよ」
「えへへ……まぁ、そうだよね」
俺の尋問が進むなか、日向舞とりんちゃんは全く関係ない話をしていた。おいおい、時間は限られてるんだぜ? 君たちは気づかなければならないのだよ。この私が人狼であるかもしれない可能性になぁぁ!
そして、日向舞のスマホが鳴った。話し合い終了だ。
金剛さんは、唇を噛み締めていた。俺は冷静を装い座り直す。
こういうゲームだ。悪いな? 初心者狩りみたいなことしちまって。だが、所詮はゲーム。そして、ゲームとは勝たねばならない。
「じゃあ、投票する人をせーので指差してね?」
日向舞の掛け声で、一斉に投票される。俺と日向舞とりんちゃんは金剛さんに。金剛さんは、日向舞を指差していた。
勝った……。
「ごめんね金剛さん。ムカつくけど、天津くんの言葉には説得力があったの」
「麻里香ちゃん、ごめんっ! 私も実はあまり分からなくて!」
「もう……やだ……」
金剛さんは観念したようだった。
だが、面白いのはここからだぜっ!
「ふっ……フッフッフッ……はははははっ」
自然と出てくる笑いが堪えきれない。今まで我慢していた分、それは止めどなく溢れ出てくる。
「……実に楽しませてもらったよ金剛さん。君は自分が人狼か何かだと、勘違いしていないかね?」
「はぁっ!? 何を言って――」
そこで、金剛さんは言葉を止める。どうやら、気づいたようですねぇ?
そして、弾けるように自分の手元のカードをめくる彼女。そこにあったのは元俺のカード――怪盗だった。
「うそ……」
その反応から、他の二人もようやく気づいたのだろう。強ばった顔たちに、俺は自らのカードを顔の位置まで掲げ、ピラリと見せてやった。
「改めまして、こんにちは。俺が怪盗であり、金剛さんから人狼を盗みとった男、天津風渡だ」
驚きの表情たち。それに俺はとてつもない優越感と満足感と達成感を感じた。
しかし、その顔たちはすぐにドン引きの表情へと変わっていく。
「天津くん……最低」
「さすがにそれは……いや、麻里香ちゃん……ごめん」
「じゃあ……最初から私を人狼に仕立てあげるつもりだったの……?」
「そういうゲームだろ」
そう。人狼ゲームとは騙しあいのゲームだ。いかに相手の心に付け入るか、いかに自分を優位に立たせるか、それは人狼であっても人狼でなくても変わらない。だから、俺はみんなを騙した。それだけの話。
なのに、何故か三人とも気まずそうにした。
あれ……なんで。いやいや、ゲームでしょ? これ。
「やめま……しょうか。このゲーム」
日向舞が言い、りんちゃんがそれに同意する。
「ごめん。こんなつもりじゃなかったの……」
居心地悪そうにする二人。金剛さんは、ただうつ向いていた。
その時になって、俺はようやく気づいた。
やらかした……と。
調子に乗って熱中していたが、俺はまたやらかしてしまった。
「いっ、いや! 俺はただ、普通に勝ちたくて……だ……な」
もう、何を言っても遅い気がした。まだ動物園にも着いていないのに、最悪の空気が漂い始めていた。
「……もう、一戦」
そんな雰囲気の中、ポツリと金剛さんが呟く。
そして、顔を上げて俺を見つめてくる。その瞳は潤んでいたものの、確かな意志を宿していた。
「――こんなんじゃ終わらせない! 私、天津くんを処刑するまでやるっ!」
金剛さんはそう、宣言したのだ。
気まずかった空気に弛みが生じ、日向舞とりんちゃんが、少し安堵したような気がした。
「……おっ、おう。受けてたつぞ? まっ、まぁ、ただし! 俺を処刑する頃には、お前は――」
「日向さん、次! ほら配って!」
「あっ、うん」
いや、全部言わせてくれよ……。金剛さんは、そんなことどうでも良いというように勝手にゲームを進行しはじめる。それに慌てて参加させられる日向舞とりんちゃん。
彼女が負けず嫌いで良かった。簡単に諦めない者でよかった。
そして、それは少し前までの彼女にはなかったモノかもしれないとも思えた。
金剛麻里香は、一度全てを諦めようとした。それを俺は知っている。だが、そこから這い上がり、最近の彼女には自信が満ち溢れていた。
その辛い経験が、そして手に入れた自信が、彼女を簡単に諦めない者へと変えたのかもしれない。
俺が壊しかけた空気は、金剛さんによって救われた。
そして、その後に続いたワンナイト人狼だが、圧倒的に俺が多く処刑されてしまう。時には、「なんか言ってることが胡散臭い」という理由だけで処刑されたこともあった。俺が六枚の中から人狼を引き当てる確率は低いため、その度に人狼だった者が勝ってしまう。最終的な勝率は断トツで俺が最下位。
もう絶対、みんな初戦の事を引きずってる。俺が目立ち過ぎたのだ。
ワンナイト人狼は、考察と戦略と騙しあいのゲーム。そして、人には学習能力があるために、同じ手は二度も使えない。
だから、やればやるほどに勝つことが難しくなるのだ。
ワンナイトとは、そういう所も含めているのかな? などと思えてきてしまう。
なんだかんだと、電車は穏やかに目的地まで走った。終始穏やかじゃなかったのは俺たちだけ。
ただ。
それらは時間を忘れさせるほどに充実していて、悪くないと思えてしまった。
「――あのさ、近くの喫茶店とかでもう一戦しない?」
ワンナイト人狼にハマった金剛さんが、電車を降りて提案してくる。ちょっぴり舌を出して、照れた笑いを浮かべながら。やめてくれ……俺が処刑される回数が増えるだけだから。
それにはさすがの日向舞とりんちゃんも、引いたようだった。
「帰り……ね」
「うん。そだね……」
少し残念そうな金剛さん。もし、いつかまた人狼をやる機会があったなら、彼女は恐ろしく強くなっているに違いない。
とりあえずは人狼のことを忘れ、俺たちは動物園へと向かったのだ。




