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恋愛にステータスは必要だが、ボッチは隠れステータス  作者: ナヤカ
コンプレックス・スープレックス
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ピンポン。信号が青に変わります

 先ほどまでいた駅前。そこに日向舞の姿はあった。


 彼女も俺に気づく。


「やぁ」


 力ない笑顔に、俺も力なく手をあげて応える。日は傾き、お互いがどれ程離れて過ごしていたのかを実感させられた。


「……せっかく整えてもらった髪が乱れてるよ」


 指摘されて俺は手だけで髪を触り整えた。ずっと走っていたからだろう。


「ごめんね。こんなつもりじゃなかったの」


 日向舞は言葉を紡ぐ。だが、それは俺の役目であるように思った。


「俺の方こそ、ごめん。本気であんなことを思ってたわけじゃないんだ。ただ、俺の中でのお前に違和感があったんだ」

「……違和感?」

「あぁ。俺が知ってるお前は、いつだって誰かの為に生きてるような奴だよ。最初だってそうだった。お前バスまで降りてきたよな」


「……」


「そんなお前が、曖昧な理由で俺を誘ったことに違和感を感じてた。だから、本当の理由があるならそれを知りたかったんだ。そのためにお前を感情的にさせる発言をしてしまった」


「……そう、だったんだ」


「でも、それを知りたがったのは俺が安心したかったからだ。俺は今までそうやってでしか、人の気持ちを知ろうとしなかった。……俺が正直に自分の発言を言ったことなんてないんだ。それを否定されて、拒絶されれば、俺が傷つくから」


 それを口にする瞬間だけ、声が震えていたような気がする。


 俺と日向舞の間には、きっと目に見えない道路があるのかもしれない。そこには、常に他の者たちの思惑や策略が行き交っていて、下手に渡ろうとなんかすれば、呆気なく轢き殺されてしまう。


 そして、渡った方が馬鹿を見る。相手は平気な顔をして向こう側に立っていて……きっと、それを見ているだけだ。何故なら、相手がこちら側に来ようとすれば、相手もまた轢かれてしまうから。


 ただ、安全に渡る方法はあるもんだ。その役割を果たすのが信号。


 きっとその信号は、日向舞だけが青にしようとしても無駄なのだろう。なにせ、その信号は俺の方にもあったから。


 双方が青にしてこそ、その瞬間に安全が保たれる。まぁ、それは行き交う他者たちもルールを守ってこその安全だが。


 だが、ルールが絶対に守るべきものならば、俺は俺の信号を青にするしかない。


 日向舞に、渡ってもいいのだと示すしかない。彼女との距離は二メートルもない。だが、その距離はもっと空いているように思えた。


「俺は……怖いんだ。簡単に他の奴を信用するのが。簡単に自分を預けることが。だから、まとめてそれを全部止めた」


 既に痛みきった喉からはか細い声しか出てこなくて、それでもなんとか言葉を吐き出す。必死に信号を送り続けた。それしか出来なかった。


「だが、そのせいで俺はお前に酷い事を言った。お前はそんな奴じゃないと分かっていたのに、やり方を変えられなかった」


 日向舞は黙っている。俺の声が届いているのか不安になる。そして――届いてほしくない。


「俺は……こんな奴なんだ。ボッチが正義だなんだと息巻いているが、ただのビビりなんだよ……」


 俺が俺自身をそうやって否定するのは、とても久しぶりのことだった。その破壊力に立ちくらみしてくる。結局そうなのだ。他人からなんと言われようと、本人にダメージなどない。本当のダメージとは、自分自身で作り出しているのだから。


 自分はダメだ。自分は弱い。自分に価値はない。


 そうやって言い聞かせた言葉こそが、自分を殺す。


 だから、俺はそれを止めた。なのに、こうしてそれを口にしていることがおかしくて、乾いた笑いが込み上げてくる。


 俺はそうやって、俺自身の弱みをさらけ出すことでしか日向舞へと信号を送れない。それはとても無防備で、俺が今まで磨き上げていた装備や武器を無くし、立ち向かうことに等しい。


 酷く無力感を感じる。今、彼女に否定されて拒絶されれば、その刃は呆気なく俺の心臓に突き刺さるだろう。それを俺の心臓は理解しているのだ。だから、俺に「止めろ」と大きな鼓動で伝えてくる。


 それを無視して、俺は覚悟したのだ。



――なのに。



 日向舞は、その距離を意図も簡単に駆けてきた。


 それはまるで、それこそが当然であるかのように、なんの躊躇もなく。


 それは一瞬のことで、理解が及ばない。


 日向舞が抱きついてきたのだと実感したのは、よろめき、彼女の確かな存在を、五感全てで把握した時だった。


「今、わかった」


 彼女は俺の胸に額を付け合わせ、両手で背中を押した掻き抱く。


「なに……をだ」

「私があなたにしてあげられること」


 日向舞が俺にすること……。


「あなたは……私を女の子に戻してくれた。恋をしても良いんだって……それで人間関係が壊れるわけじゃないんだって、教えてくれた」


 何故だか、日向舞の声すらも震えていたような気がする。背中を掴む力は確かなのに弱々しくて、俺が離れればきっとそれは簡単に離れてしまうだろう。


「だからっ……私もあなたを戻したい。きっとまだ、誰かを信じられていたあなたに」


 俺を戻す。それは無理な話だと思った。それを可能にするには、時を戻す他ない。


 だから、俺は彼女の肩に触れ、そっと離してやる。


「俺があの頃の俺に戻ることはない。お前だって戻ったわけじゃない。あるべき姿を取り戻しただけだ」

「天津くん……」

「きっとそうなんだ。自分が思ってるやり方なんて全然正しくなくて、でも正しいやり方なんて知らなくて、いつも間違うんだ。だから、また考えて修正する。それは退行じゃなく前進だ。だから俺が戻ることはない」


 彼女は何故か辛そうに俺を見ていた。きっと、彼女の意見を俺が否定したから。


「だから……やり方を変えなくちゃいけないんだろうな。今日はっきりとそれが分かった」


 俺が相手を傷つけていいのは、その傷に対し最後まで責任を持てる時だけだ。俺は日向舞を見つけられず、彼女から連絡がこなければ今日は終わっていた。

 終わらさずにしてくれたのは日向舞だ。俺にはどうすることも出来なかった。


 だから、このやり方には条件をつけなければならない。


 そして、新たなやり方を見つけるしかない。


 それが今日、分かった。


「お前が俺に対して強制されることなんて何一つもない。俺は俺の為にしてきたことだ」


 俺は独りでまたやれる。彼女に拒絶される覚悟をしたのは、たとえ拒絶されたとしても、俺ならまた這い上がれると信じていたからだ。そして、それは俺がボッチとして戦ってきた経験があるからだ。


「だから俺は戻らない」


 日向舞は、しばらく俺を見上げていた。やがて「わかった」と小さく呟く。


「なら、私も考えてみる。たぶん間違ったのは天津くんだけじゃない。私もそれが分かった」


 そして彼女は最後に付け足した。


「あなたは、最初から外見を取り繕う必要なんてなかった。だって、こうしてちゃんと話せば分かるもの。天津くんが敢えてボッチでいることが」

「そういうことだ」

「それを、私だけが理解してる。私だけが理解していれば……他はどうだっていい……だったよね?」


 日向舞は、昼食の話に絡めてそう発言した。それを言ったのは俺自身であるために、否定することは出来ない。


 だから。


「……そうだ」


 と言うしかなかったのである。


 その途端、日向舞はふふっと笑ってまた俺を抱き締めてきた。今度は、強く。


「おっ、おい」

「こうしてたらさ? 恋人同士に思われるよね。きっと」

「思われるな……」

「それで、その中に普段の天津くんを知ってる人がいたら、きっと私まで同じように見られるのかもしれないよね」

「……なんで楽しそうなんだよ」


 なんというか、日向舞の声が弾んでいた。


「それってさ、逆もあるよね?」

「……逆?」

「うん。つまり、私を知ってる人が今の私たちを見たらってこと!」


 それを想像すると顔がひきつる。


「……離れた方がいいな。お前に迷惑かけることになりそ――」

「離さないよ。きっとそれが、私に出来ることだ」


 そう言うと、日向舞は腕の力を強めてきた。いだだだっ!


「おまっ、離れろって!」

「はははっ、じゃあ力付くで離してみなさいよ!」


 俺たちは抱き合ってるとは言い難い取っ組み合いを始めてしまう。駅前は静かに日が落ちて、帰宅ラッシュの人達が行き交い始めていた。


 彼らが呆れたように見守るなか、俺たちは最後の力が尽き果てるまで、そこで取っ組み合いをしていた。

 





 

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