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つくらない理由

 バスが到着し、ようやく乗り込むことが出来た。混んではいなかったものの、空いてる椅子席は一つしかなく、彼女は真っ先にそこへ向かう。俺もそこへ向かおうかと思ったが、少し考えて止まった。そのまま様子を見ていると彼女は奥へと詰めて座ったものの、俺を目で探すような素振りはなく、窓の外を眺め始める。


 つまりこれはあれだ。彼女の頭の中には、俺が隣に座る想定がないのだろう。まぁ、彼女の用件はほぼ済んでいるし、まだ話さなければならないことがあるのかと問われれば、おそらくNOだと思う。


 だから俺は彼女の元へはいかず、吊革に掴まり立つことにした。バスがゆっくり動き出す。俺も窓の外をボンヤリと眺めていると、不意に横から肩を小突かれてしまう。


 見れば、座っていたはずの彼女がそこにいた。


「なんで座らないの?」


 不機嫌そうな表情が俺に向けられる。どうやら隣に座って良かったらしい……。だったら手招きとかこっちを見るとかしてくれないと分からない。ボッチは他者から拒まれてきた存在だ。だから、ボッチには分かりやすいアクションがなければ自ら近づいてくることはないのだ。


「いや……まだ若いから立っていようかな、って」


 なんてことなど言うことは出来ず、そんな返しをしてしまう。


「無視されてるのかと思った」


 それはない。無視され続けてきたボッチは、その痛みを他者に与えることはない。あるとすれば、本気で気づかなかった時だけだ。

 バスが動き出すまでの一瞬で、何通りもの未来を考えた。

 一番最悪な未来は、隣に座った彼女が嫌そうな表情をし、それに俺が気づいてしまうこと。席というものは一度座ったが最後、特別な理由がなければ立つことはない。つまり、座る前の状態では「座るか座らないか」を選択出来るが、座ってしまうと立つという選択はなかなかしづらいのである。

 だからこそ、俺は選択肢があるうちに彼女を観察したのだ。そして最悪の未来を回避する結果を導き出しただけだ。


 ただ、そんなことは話したところで理解されない。理解してもらえたとしても共感されることはない。


「そんなつもりはなかったんだ。すまん」


 だから、それらを抽象的にまるめて謝るしかなかった。


「まぁ、いいや」

「座るか……?」

「もういいよ。私も立ってる。別にそこまで苦じゃないから」


 いやぁ、これは申し訳ない。相手の事を考えすぎて逆に相手のためにならない結果をうみ出してしまう、これもボッチの習性の一つだ。何も考えずに行動へと移してしまえばそんなことにはならないのだが、これが案外難しい。なぜならボッチは経験則として知っているから。考えずに行動することが、どれほど愚かで痛い目をみることになるのか、を。


「そういえば名前教えてなかったよね。私は日向(ひなた)(まい)。ID検索したらそのままの名前で出てくるからよろしくね」


 よろしくねって、登録するとは一言も言ってないんだが……。


「あなたは?」

「……天津(あまつ)風渡(かざと)

「今スマホ持ってないの? まさか、持ってないとかないよね?」

「持ってはいる。ただ、学校での持ち込みは禁止されてるからな」

「えー。今時持ち込んでない子なんていないよ。真面目すぎ」

「真面目なんだよ」


 嘘だった。ただ単にスマホを使う機会がないだけだ。


「もっとゆるーく生きたら? 友達出来ないのってそれが原因なんじゃない?」


 でた、でたよ。まるで、友達いないのが()しきことのような言い方。それは違う。


「俺は友達が出来ないんじゃなく、つくらないだけだ」


 そもそも何故、友達が必要なのか。それは友達というものが、一種のステータスになっているからだ。友達の数が多ければ多いほど自分の価値も上昇する。もちろんステータスの項目は友達だけではないが、こと人間関係における優劣の付け方としては、この友達が大いに活用されている。だからこそ、みんな友達をつくりたがる。そして自分に価値があることを証明したいのだ。


 いわば承認欲求なのだろう。


 だが、俺は知っている。この「友達」というステータス項目が、あまりに脆弱であることを……。


「なんか、友達が出来ない言い訳みたい」

「そう思ってくれて構わない。理解されないのは承知のうえだ」


 世間一般的な結論から言えば、友達は必要なのだろう。だが、果たしてそれはなんの為に必要なのだろうか? みんなが友達をつくりたがる理由と、その答えは同じではないように思えた。間違った考え方で答を導きだそうとしても、やはり間違った答えにしかたどり着かない。なら、そんなのはやめてしまえばいい。


 だから俺は友達をつくらない。


 間違った答えに苦しむくらいなら、その問題に時間をかけるようならば、最初からその問題ごと捨ててしまえばいい。テストと同じだ。そして、人生もテストと同じようにタイムリミットが存在する。

 俺は友達をつくることに時間をかけない代わりに、確実に正しいと思えることだけに時間を費やした。それはボッチだからこそできること。

 ボッチは頼れる人がいない。……いや、解釈的には一人だけいる。

 自分だ。

 自分だけを信じ、自分だけを頼りにする。それはいつしか、他者へと求める承認欲求さえも凌駕した。

 それがボッチに拍車をかけることになったのは言うまでもないことだが、自分だけがこの世界で唯一確かな存在だ。それはもちろん自分視点の話ではあるが、間違いじゃない。


 この『間違いじゃない』というのが、逆に『正しい』のかと問われれば疑問が残るだろう。例えるなら『黒じゃない』という発言が、『白だ』ということにはならないのと一緒だ。ただ、俺の目線でいえばそれは『白なのだ』。


 だから、俺は自分だけを頼りにした。それはいつしかそれ以外の物を省いていき、唯一無二の存在を作り出す。


 友達をつくらない、というのは正確な表現じゃない。正しくは自分という存在を確たるものにした、というのが正しい。

 

 だから俺の世界における絶対的な存在は他人じゃない。もちろん神ですらない。それを神と呼ぶのなら、俺は俺の世界で神になったのだ。


 神は世界の支配者だ。常に世界を見守り、世界を守る。


 俺は誰にも左右されることない強さを手にした。何を言われようと影響されない不動を確たるものにした。


「ねぇ、友達をつくらないならさ、恋人とかはどう?」

「ななななな何を言ってらっしゃるんですか?」


 思わず声が裏返ってしまった。日向舞は、ぽかんとこっちを見続けていたが、不意に吹き出す。


「……ぷっっ、くくく。冗談よ。まさか真に受けるなんて思わなかった」

「……お前」


 まさか、神を動揺させる者がいるとはな……。楽しそうに笑う日向舞には、先ほどの不機嫌さは残ってない。取り敢えずは、そのことに安堵してしまう。


「だってそうでしょ? 友達が一人もいない彼氏なんて、友達に自慢できないし」

「そうですか……」


 やはり友達とは一種のステータスらしい。


「友達には……ね」


 日向舞は最後、付け足すようにそう呟いた。それはあまりに小さく冷めた小声であったために、俺は追求していいのか迷ってしまう。

 いろいろ未来を予知して見た結果、聞こえなかったフリが一番だろうというところに落ち着いた。


「友達をつくろうとしてないのに、恋人なら良いっておかしいだろ。俺はどちらもつくる気はない」

「欲しいとは思うでしょ?」

「はっ、いらないな。俺は俺だけで十分だ。俺さえいればそれでいい」

「友達いないナルシストって……いよいよ可哀想になってきたわ」

「お前も大概だろう。自分が言い寄れば男がみんな友達になるなんて大間違いだ」


「そう、なんだ。まぁ、たしかに泣いてた人もいたし、そうなのかも」


 泣いてた? 友達になろうと言って男の方が泣いたのか?


「どんな状況だよ……嬉し涙だとしてもさすがにそれはない」

「ほんとよ。「友達から始めましょう」って言ったら、みんな泣いてたもの」

「……あー、それは告白した奴が一番言われたくない言葉だからな」

「あれ? なんで分かったの?」

「……お前」


 未だ見たことのない彼ら(・・)のことを思うと悲しくなった。キョトンとした日向舞の表情から察するに、彼女は本気でそう思ったのかもしれない。それにはさすがの俺でもひいてしまった。


「……なーんてね。嘘よ嘘。分かってる。それが相手にとって辛い言葉なんてのは」


 だが、日向舞は自虐ぎみに笑って表情を陰らせる。


「でも仕方ないじゃない? とぼけて……何も知らない女の子を装った方が、彼らも傷は浅いと思ったの。それに、諦めもつくでしょ? あー、自分が好きだった女の子は、こんな奴だったんだぁ……て。そしたら、彼らを好きだった女の子だって、諦めがつく」


 その言葉に、俺は日向舞の苦悩を垣間見た気がした。きっと彼女は、こと恋愛に関してあまり良い思い出がないのだろう。それは恋愛以前に、それを取り巻く人間関係という部分について。好きだから付き合う、そんな単純な過程で恋人になれる者たちはごくわずかなのかもしれない。もしかしたら、好き同士でもそれを諦めなければならない環境があるのかもしれない。まぁ、俺には関係のない話ではあるが。


「同じようなことを考える人もいたものね」


 独り言のように呟いた日向舞は、改めて俺を見た。


「私、恋人いないの」

「……はぁ」


 唐突なカミングアウトに、俺はマヌケな声で返答をしてしまった。そんな俺に、日向舞は自信ありげにこう返したのだ。


「恋人ができないんじゃなく、私も恋人はつくらないことにしてるの」


 なぜそれを俺に言ってきたのか、皆目検討はつかなかったが、率直にアホだな、と思った。


 たぶんそれは、俺への特大ブーメランになる気がしてさすがに口にはしなかった。


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