いや、誰ぇぇぇぇっ!?
「――なぁ、一つ聞いていいか?」
ショップ店内で、俺に似合った服を探している日向舞へと呼び掛ける。
「なに?」
「俺を格好良くさせて、どうするつもりなんだ」
彼女はそれに、ピタリと足を止めて俺を見た。
「どうって……」
ショップは現在で三軒目である。俺はただ日向舞に付いて回ってるだけ。彼女は並んでる服服を手にとっては、俺に合わせたりして吟味していた。最初こそは、俺もただ何も考えずに付いて回っていただけなのだが、日向舞があまりに真剣な表情で服を選んでいるため、だんだん違和感を覚えるようになってきたのだ。
何故こいつは、こんなにも一生懸命なのだろう、と。
日向舞が動く理由を、俺は一つしか知らない。無論、誰かの為だ。今回に限って言えば俺の為である。
だが、それは日向舞の主張であって俺の主張じゃない。俺は服が欲しいわけでもなく、格好良くなりたいわけでもない。なのに、日向舞は俺の為だと言い張って服を選んでいる。
これは一体どういうことなのか。
「天津くんは、女の子にモテたいとか思わない?」
「いや、まったく……とも言い切れないが、別段思ってないな」
「よく分からないけど……それってモテたいってことでしょ?」
「男としてはな? だが、俺自身はあまり思ってない」
「でも、少しはあるでしょ?」
「否定はしない」
「ほら」
いや、ほらじゃなくてさぁ……。
「俺に服を選んでやることが、俺の為になってると本気で思っているのか?」
「……えぇ」
「だとしたら、とんだ勘違いだ。俺は他人とあまり関わりたくないと思ってる。だから、モテたいなんて本気では思ってない。よって服を選んでもらう必要もない」
言い切った俺に、日向舞はなおも食い下がった。
「でっ、でもさ! 服はあっても困らないよね?」
「困らないな」
「なら、私が天津くんに似合う服を選ぶよ。それに、あなたには色々としてもらったし……」
ふぅむ。なるほど。
「じゃあ聞くが、今日のこれは俺の為なのか? それともお礼がしたいお前の為なのか?」
「それは……」
口ごもる日向舞。俺はため息を吐いた。……これだ。これこそがきっと違和感の正体。日向舞の動機が見えない。だから俺は疑問に思っているのだ。
彼女の行動には、いつも明確な目的がある。明確な目的があるからこそ、彼女の行動は時に想像を越える。なのに、今回はそれがあまりよく見えてこない。俺の為に服を選ぶというのも、それが俺の為だと言い張るのも、全ての主張が弱く曖昧だ。
なのに、彼女はそう言い張って、一生懸命服を選んでいた。
「お前……なんか隠してないか?」
「はっ、はぁ……? なに? 急に。隠し事くらいあるに決まってるでしょ? 別に何でも話せる仲でもないんだし」
「……だ、よな」
うーむ、わからん。もっと分かりやすい奴だと思っていたが、さすがにそこまで短絡的でもないか。
「じゃあ、俺が勝手に納得のいく推理をしてみていいか?」
「どうぞ勝手に」
ふむ。なら、少し探ってみるか。
「今日、俺の服を選ぶというのが俺でもなく、お前の為でもないとする」
「……なぜ?」
なぜ……か。
「さぁな? ただお前の反応が俺の中でしっくり来ないからだ」
「……ふーん」
「とすればだ。俺でもなくお前自身の為でもない……誰かの為ということになる」
「誰かって、誰よ」
「さぁ? だが、候補は上げられるな? 今日の服選びが誰かの為だとすれば、その選んだ服を、お披露目するであろう事に関わってくる……誰か。だから制服を着る学校の誰かはここで消去できる」
日向舞を窺うが、反応は特になかった。
「とすれば、やはり明日の事が気になるな。明日来るのはたしか、りんちゃんと金剛さんだよな? だから、その二人のどちらか、もしくは二人の為にお前が動いている……というのが、俺の中でしっくりくる」
「へぇ……」
「だが、ここからが問題なんだ。なぜ俺の服を選ぶことが、その二人の為になるのか……ここがまったく分からん」
だから、俺はもっと考えを巡らせてみる。
「例えば、服を選ぶということが本来の目的ではないのかもしれない」
「どういうこと?」
「少し弱いが、最初に髪切っただろ。あれが本来の目的で、服選びはカモフラージュ」
「……何言ってるの」
「それか、こうして服屋に来させるのが本来の目的で、服選びはその為の手段……とか」
「あなたをここに連れてきてどうなるというのよ……」
「だよなぁ……それか俺を家から遠ざけることが目的で、こうしているのは時間稼ぎ……」
「ちょ、ちょっと! 変な推理しないでよ!」
怒ったように睨み付けてくる日向舞。さすがに飛躍しすぎたか? だが、それを推理しなければならないほどに、今日の彼女はなにかおかしい。
「少し発想を変えてみようか」
「……あなた、何を疑ってるの?」
「今日選んでるのって、もちろん明日着ていく服でいいんだよな?」
「えぇ……そうよ」
「なら、明日着させたい服を選んでるわけじゃなく、明日俺が服に困らないよう今選んでいる……というのは?」
「……どういうこと?」
「つまりだ。これから俺が、この服を洗濯でも落ちない程に汚すなにかがあるとする。そしたら当然、この服は明日着れない」
「……ちょっと待って」
「洗濯でも落ちない汚れ……たとえば油や血液が大量に付着するような……なにか」
「ちょっと待ってって!」
日向舞が少し大きめの声をだした。周りの客が驚いてこちらを見ていた。
「じゃあ……なに? 私が……そんな突拍子もないことを計画して、今服を選んでいる……とでも?」
「あくまでも可能性の話だ」
そう言ったが、震えた日向舞の声は元に戻らない。必死で押さえつけている感情は、少しずつ滲み出ている。
「なんで……私がそんなことの為に……私は……天津くんの服を選ばなきゃならないの……?」
俺はハッとした。
見上げた彼女の瞳が濡れていたからだ。
「どうして、そうやって疑うの……? なんで人の好意を無駄にしようとするの……? 私は……私は、何もあなただけの事を思ってるわけじゃないのに……なんで? なんで……わかってくれないの? なんで……そんな最低な……」
その瞬間、日向舞は持っていた服を棚に放ると、その勢いのまま店を出ていってしまう。俺は、どうすることも出来ず固まったまま。
静けさが、辺りに満ちた。
あまりの事に思考停止していた。俺はただ、日向舞の本当の目的を知りたかっただけなのだ。だから、少し……意地悪をしてしまったのだ。……いや、悪い癖が出たのかもしれない。
人が誰かの為に動くはずがない。全ては自分の為。そして、そんな考えを否定する日向舞。俺は信じられないのだ……信じたくないのだ。信じてしまえば、また裏切られた時に傷付いてしまうから。だから、日向舞の行動には納得できる理由がないと……理解できる根拠がないと、安心できなかった。
俺はそれを知って安心しようとしたのだ。
だから。だから……。
「――追いかけろ!!」
その太い声は、静けさの店内に響き渡った。
見れば、それはスーツを着たサラリーマン風の男が俺に向かって叫んでいた。
「今追いかけないと後悔するぞ!!」
その男は、つかつかと歩み寄ってきて俺を見る。
「誰だよ……あんた」
「俺のことなんてどうだっていい! そんなことよりも、やるべきことがあるだろ!!」
真っ直ぐな瞳が俺を捉えている。何を言いたいのかは分かる。
「君は見たんだろ? 今の子が泣いていたのを。何を話していたのかは知らないが、君がやらなきゃいけないことを俺は知ってる。今すぐ追いかけなさい」
「追いかけて……それで」
「まずは追い付くことから始めなさい。話はそれからだ」
そして男は、何故か自信ありげに笑う。
「経験者は語るって奴さ。……さぁ、行きなさい」
そうして男は無理やり俺を出口へと向かせて、ポンと背中を押した。それが強かったのか弱かったのかは分からない。
ただ、俺の足は動いた。動き始めた。
俺は店を出る直前、振り返って男に頭を下げる。彼はニヒルな笑いを浮かべ親指を立ててみせた。
「――good luck」
そのまま俺は店を出た。日はまだ高く、休日だからか人通りは多い。
くそっ……どこに行った。
全然検討がつかない。
ただ。立ち止まっている暇はない気がした。スマホで日向舞へと通話を試みる。しかし、出てはくれない。
完全に俺のせいだった。俺が疑ったりしたから、俺が変に探ろうとしたから、日向舞は……。
俺は深呼吸をした。
やるべきことを考える。通話に出てくれないなら、こちらから見つけ出す他ない。だが、どうやって? 答えはすぐに見つかる。そんなのは、俺のすべてを使ってしか出来ない。
だから。
すぅぅぅううぅぅぅ。
大きく息を吸い込んで、俺は何百人もが行き交う通りへとありったけの力を振り絞って呼び掛けたのだ。
「――日向あああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」




