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恋愛にステータスは必要だが、ボッチは隠れステータス  作者: ナヤカ
コンプレックス・スープレックス
37/114

土曜日

 たっぷり遅れること約一時間。時刻は既に十時半ちかく。


 駅地下にあるカフェに行くと、そこにはちゃんと日向舞がいた。彼女は珍しくスカートではなくパンツ……パンツで合ってるんだよな? なんかパンツというと普通のパンツのことみたいで恥ずかしい。この違い、どうやらみんなアクセントで分けているらしい。

 俺が危惧してるのは『'パンツ』。みんなが使ってるのは『パ'ンツ』。これを『パン'ツ』にすると、この後には『まる・見え☆』と続いてしまいそう。ほんと、アクセントって大事。下手したらアクシデントを起こしかねない。


 彼女の上はストライプのシャツを着ていて、めっちゃ仕事出来そうだ。うっかりどこぞのOLと間違えそうである。たぶん眼鏡をかけているせいもあるのだろう。そんな彼女は小説を読んでいて、その手元には紅茶が湯気をたてていた。もはやほぼOL。


「すまん。ちょっと心の準備に手間取った」


 謝りながら入る。まずは誠意を持って謝ることが一番だろう。


「なに、そのナイーブな言い訳……私と会うのがそんなに嫌なの?」


 睨まれてしまった。誠意を持って謝ったのに……。


「というか、なんで俺の服なんか買うんだ。それがよく分からない」

「うーん。なんというか、ダサいから」


 日向舞は俺を指差して言った。ダサいから……だと? 


「お前それ、埼玉県民が勘違いする奴だぞ。遠くから聞いてて「ん? ダ埼玉!? ……あぁ、“ダサいから”ね」みたいになる奴だぞ。あんまり言わない方がいい」

「いや、そんなつもりで言ってないんだけど」

「それにほら、敢えてダサいファッションってあるじゃん? あれだ」

「それ通用するのって外国の人だけだと思うんだけど……」

「今ので日本人全員を敵に回したな……お前」

「正確には、ダサいファッションを敢えてしてる日本人を……でしょ? つまり天津くんね」

「なに? 俺に恨みでもあるの?」


 いや、遅れてきたのは俺だから責められても仕方ないんだけどさ。


「とにかく、まずは髪切りたいわね。天津くん、いつもどこで髪切ってるの?」

「近所の床屋」

「うわぁ……まぁ、だと思ったけど」


 うわぁ……今のは失礼すぎる。あの床屋、仲の良い夫婦で経営してるから、髪以外にも見習わなきゃいけないことがたくさんあるんだぞ? いつも見てて思う。こんな未来、俺にはないと。


「とりあえず美容室から行きましょうか」


 そういうと、日向舞は本をしまって立ち上がる。びっ、美容室……?


「いやいや、美容室って女子が行くところだろ? 俺男だぞ? 行ったら「え……あのお店間違われてませんか?」って言われるぞ」

「なに言ってるの……アホなの? 別に男の人が美容室行ったって良いじゃない。お金払うんだから、向こうからしたらみんなお客様よ?」

「いやいや、でもさぁ……」

「もうっ、早く行くわよ。向こうには予約した時間をズラしてもらってるんだから」


 予約してるのかよぉぉ! どおじでだよぉぉぉぉ……どおじで俺にそんな酷いことするんだよぉぉぉ!


 しかし、そんな俺の心の叫びなどむなしく、日向舞はさっさとカフェを出ていってしまう。俺は諦めて彼女についていくしかなかった。服だけじゃないのかよ……。


「――いらっしゃいませ~」


 なんかいい匂いのする店内。穏やかな光に包まれた空間には、オシャレな観葉植物が置かれていた。そして、女性のスタッフがお出迎えしてくれる。


「電話で予約した日向です」

「お待ちしてました。どうぞこちらへ」


 とても印象の良い笑顔。それに日向は、俺に行くよう視線で言ってきた。彼女の笑顔がひきつらないことを願い前に出るが、俺の予想とは反して彼女は笑顔のまま俺を誘導した。さすがプロ。心のなかでは驚いてるんだろうなぁ……。


 見渡すとスタッフは女性しかいない。男はどこだよ……。もう、ここに男は俺しかいないのかよ……。絶望したまま誘導される。


 座ればスタッフの人が雑誌を三冊、目の前の台に置いてくれた。助かったぁ。これ読んどけば、なんか会話とかせずにすむ。俺はその雑誌を見やる。『オシャレ男子必見! この夏はシャツが制す!』という雑誌と『この夏に行きたいスポット百選。これでデートプランも網羅!』という雑誌。俺は迷いなく三冊目を手に取った。『超超便利な日用品』。髪切ってる時間も、有効な情報を取り入れそうだ。


「今日はカットだけにされますか?」


 突然後ろから話しかけられてビクッとしてしまった。え……なに? この店ってカットだけじゃないの? もしかしてペーストなんかも出来るの? 何を貼りつけんだよ……いや、気持ち的には既に(はりつけ)にされてるんだけどさ……。

 イエス・キリストも磔にされて処刑された。やはり神はそうやって処刑されてしまうものなのだろう。孤高の神である俺にも、同じような刑が下ってしまったということか。


「……カットだけで」

「シャンプーはなし、で良いですね?」


 シャンプー? あぁ、シャンプーね! なんだよ、なら「シャンプーはしますか?」って言ってよぉ。何のことか分からないじゃーん。俺は「カットだけ」と言った手前、変更することが出来ずに「はい」と答えた。


 問題はその後である。


「今日はどうしますか?」


 きたよ……どうするのかなんて知らねぇよ……。どうしたいのか分からないもの。だが、俺はこの手の質問を切り抜ける最終手段を知っていた。


「……お任せ、で」

「わかりました。じゃあ、髪の量が多くて膨らんでるんで、減らしちゃいますね?」

「あっ、はい……なんかそんな感じで」


 髪の量を減らす……? なに、それ。というか膨らんでんの? 髪って膨らむの??? 減らすと膨らまなくなるの???


 もうワケわからん。


「前髪はどうします?」


 えぇぇぇえぇえ!? お任せするって言ったじゃん! 聞いてた? ねぇ!?


「残します? それとも切ります?」


 前髪って残すか残さないかしかないの……? え、だったら残すだろ。全部いかれたらなんか怖い。


「……残します」

「わかりました。あまりスタイルが変わらない程度に、すいちゃいますね?」


 すいちゃう……吸いちゃう? えっ、髪の量減らすって、吸い取るってこと!? んなもんで髪抜いちゃうの!? 


 足が震えてきやがったぜ。美しくなるって大変なんだな。俺は意を決して散髪へと望む。だが、掃除機みたいな物が登場するかと思いきや、スタッフの人は普通に髪を切り始めた。


「一緒に来てるの彼女さんですか?」

「違います」

「お綺麗な人ですね」

「あぁ、まぁ」

「これからどこかへ?」

「まぁ、はい」

「……」

「……」


 結局、そのスタッフの人は話しかけてこなくなった。俺と会話するのが無駄だと悟ったのだろう。既に最後のページまで読んだ雑誌を、俺はもう一度始めから読みなおす。たぶん、スタッフさんにとっても会話に集中を削がれなくていいから、こっちの方がやりやすいはずだ。


 そして、緊張の時間はおわった……と思っていた。


 なんかよくわからん説明で、散髪が終わると今度はシャンプー台へと連れていかれる。へっ? いや、シャンプーなしって言わなかったっけ? だが、そんな反論を言えるわけもなく、誘導されるがまま椅子に座ると、ウィーンという音で仰向けにされてしまった。なんか今から手術されるみたい。


 その後、顔に白い紙をかけられた。なんか俺、ご臨終したみたい。


 シャーッというシャワーの音が聞こえ、頭を濡らされていく。シャンプーされるのかと思ったが、それはただの流しだけだった。あっぶねぇ……「シャンプーなしって言いましたよね?」とか言っちゃうところだったわー。あれだ。いつも行ってる床屋では、屈まされて目の前の台でこれをやる。だから、ちょっと勘違いしてたわー。っぶねー。


 その後にドライヤーされて「ワックス使います?」なんて聞かれた。あのさぁ……カットだけって言いましたよね? ワックス? 使ったことねー。


「あっ、大丈夫です」

「わかりました。少しドライヤーで整えておきますね」


 こいつぅぅぅ。意地でも整える気だぁぁ。


 なんかもういろいろとツッコミしたかったが、その全てを飲み込んでいく。この人たち、クレーマーとかにあたったらどうするつもりなんだろ。


 ただ、そのスタッフの人が髪を撫で付けてくれるのは少し心地よかった……なるほどなぁ。これじゃ文句は出ないわけだ。


 そんなこんなで全てが終わる。なんかもう、いろいろと疲れた。


 待ってた日向舞の元へ戻って会計を済ませる。彼女の感想は「あまり変えなかったんだ? まぁ、前よりは見れる、かな」というもの。なにそれ。劇的ビフォーアフターでも期待してたの? 髪くらいで人が変わるわけないだろ。


 外に出ると、なんとなく達成感で満たされた。なんか困難を乗り越えた後みたいな。


「早いけどランチにしとく?」


 そして日向舞からの提案である。食事とか昼食ではなく、ランチというところがもう違う。なんかまたオシャレな店に連れていかれそうで怖い。


「その辺で軽く済ませれば良いんじゃないか?」


 だから、予防線をはっておいた。これなら、たぶんその辺の軽食で済ませられる。


「そうね」


 日向舞はまんまと俺の罠にかかってくれた。ナイス俺。


 しっかし、まぁ……。こいつは一体何を考えているのだろう。


 軽快に歩き出す日向舞。俺は彼女の真意を図りかねていた。こんなことに何の意味があるのか、俺にはまだ、まったく分からなかった。


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