お粗末な怪盗
教室に入り、気づかれることなく女子の鞄を取って、こっそりと教室を出る。
一見すればただの変態野郎だ。だが、これにはその女子本人の依頼が含まれている為に犯罪じゃない。それでも、女子の鞄を持っていくというのは、なかなかに難易度高めの任務ではあった。ボッチ道を極め、ステルスを修得している俺でなければ出来ないだろう。やれやれ、そろそろ怪盗でも名乗った方が良いのかもしれないな?
俺は教室に入って金剛さんの机に向かう。まだ昼休みの最中であり、教室には数人の生徒がそれぞれに輪をつくって雑談に勤しんでいた。お勤めご苦労様、今日も交友関係の安全確認大変そうですね。心のなかで彼らを労いながら金剛さんの机の前まできた。
そして。
……やれやれ。どうやら俺は、とんでもないものを盗もうとしているらしいな。
金剛さんの鞄を見てから、思わず顔を覆う。その鞄には、これでもか! とばかりに存在感を出しているデカいテディベアがぶら下がっていたのだ。
いやいや、これはさすがの俺でも気づかれる。これ、もはや発信器みたいなものだもの! 絶対俺のじゃないってバレるもの! というかなんだよこの大きさ……これ、絶対満員電車の扉とかで外に出ちゃうやつだろ。下手したら降りるときに扉に引っ掛かって危ないやつ。なんでこんな爆弾鞄に下げてんの? 馬鹿なの?
アホ面下げてぶら下がってるそのテディベアには、文句しか出てこない。
それでも、俺はその鞄を手に取るしかない。なんとなく金剛さんの机を通りすぎてから、周囲を見渡し、誰も見てないことを確認してからもう一度机へと近づく。ほんと不審者。違うんですよぉぉ。これは本人の依頼なんですよぉぉ。居もしない誰かに言い訳して、サッと鞄を掴む。……凄い罪悪感。それでもやるしかない。
そして、別に眠くもないくせにアクビをしながら自然に教室の外へと向かう。何故アクビをしてみせたのかは自分でも謎。たぶん、寝ぼけて間違ったことを無意識に演じて見せたかったのかもしれない。間違えようない爆弾が、鞄にはぶら下がっているというのに。
心臓の心拍数とは裏腹に、あっさりと教室から出ることは出来た。ふぅ……俺のステルスが勝ったらしい。だが、ここから屋上まですら、このテディベアのせいで任務の難易度が跳ね上がっている。その道のりは、何度も通ったはずなのに違った景色へと変貌を遂げていた。もはや難易度を変えて遊んでみるゲームみたい。ノーマルモードではなんてことなかったのに、なんでハードモードにした途端に全然進めなくなるのかしらん。あの難易度の上がりかたは異常。
それでも俺は、廊下を進む。鞄を腕に抱え込むと、なんとなく盗んだものと勘違いされかねない為、肩に背負って「俺の物感」を醸し出しつつ平然を装う。他の生徒たちとすれ違う度にドキドキした。吊り橋効果だろうか? その度に彼らを好きになってしまいそう。気づかなくてありがとうね! マジで愛してる! そして、気づかれない俺が一番しゅきっ!!
「……遅い」
幾重にも張り巡らされたトラップを掻い潜り、ようやく屋上の扉の前までくると、金剛さんにかけられた言葉は文句だった。時間制限なんて聞いてない。ほんと、ハードモードになった途端にタイムアタックとか始まるの止めようね。
「でも、ありがとう」
彼女はそう言って、手を差し出してくる。それに鞄を持たせてやった。
「ちょっと、向こう行ってて」
「はいはい……」
ここまでくると、もはや金剛さんの犬になった気分。手を差し出されたとき、お手をしそうで怖かったくらい。
彼女を見ないようにして、階段から誰か上がってきても阻止できるよう、少し下で待つ。なんとなく布が擦れる音が聞こえてきて、変な妄想をしてしまいそうになった。……いかんいかん。
しばらくすると、ジャージ姿の金剛さんが降りてきた。午後からは、それで授業を受けるのだろう。やっと解放されたことに再び安堵。彼女は、俺を通り越したあとに踊り場でくるりと振り向く。
「見張ってて……くれたんだ」
「ん? いや、まぁ……」
「そか……」
気恥ずかしそうな金剛さんは、なんとなくつま先で段差を軽く蹴っている。
「さっきさ、見たって言ったよね……」
下着のことだろう。はい、バッチリ見てしまいました。
「いや、まぁ……」
見えたと主張しただけに否定できず、そんな返しをしてしまう。
「じゃあさ、その責任取ってよ……」
こんこんと金剛さんのつま先が段差をつついた。へ? ……責任……ですか? いやいや! あなたの鞄を取りに行ったのでチャラじゃないんですか!?
そして、彼女の窺うよな瞳が俺へと向けられた。その瞳はなんとなく湿っていた。
もはやそれは脅迫にも近い。取引はすでに済んでいるはずなのに、弱味につけこんでさらに要求してくる……ドラマ的に言うと序盤で殺されちゃう嫌なやつ。
……なのに、そんな言葉を吐いた金剛さんは全然そうは見えなかった。たぶん可愛いからだろう。ほんと、可愛いって悪だと思う。可愛いから何でも許されるとか、ほんと暴利すぎる。
それでも、そんなことを目の前の彼女に言うことなんて出来ず、呆然としてしまう俺。
「どっか……遊びにいきたい……な? ほら、最近勉強ばっかしてたし! ほら、雨ばっかりだからストレスとか溜まるし!」
ほらほらって……なに? 何を要求してるの……。もはやホラーなんだけど。
「ほら、私……一緒に遊ぶ友達居なくなったし」
その最後のほら、を彼女は自虐的に笑ってみせた。
その笑いは、酷く惨めで悲哀に満ちていた。
「いやいや、日向たちとかいるだろ。勉強会、あれからもやってたんだろ? 別に遊ぶ友達がいないわけじゃないと思うぞ?」
だから、それを否定してやったのに、見上げた金剛さんは口をつぐんで、少し怒ったように俺を見ていた。
「もういいっ!」
そして彼女は、そのまんまんの勢いで階段を駆け降りていく。言ってから、俺も自分が馬鹿な発言をしたことに気づいた。言わないようにしてたのに、触れないようにしてたのに、あっさりと俺は彼女たちのことを口にしてしまった。
日向舞もりんちゃんも、姫沢高校の人間だ。姫沢高校、それは金剛さんがこうなってしまった原因の一端でもあるキーワード。そして、それに関わっていた日向舞たち。意図したわけでもないのに、その糸は絡み合い、だからこそその話題は俺の中で禁忌にも近いものとなっていた。もしかしたら、もう金剛さんは知っているのかもしれない。日向舞たちは、彼女に話したのかもしれない。それを俺は分からないでいる。
だからこそ、迂闊には触れられない。
話さないようにしてたのに、あっさりとそれは口から溢れた。普段人と会話なんてしないから、大事な口のつぐみかたをつい忘れてしまうのだ。そして、つい余計な事を言ってしまい、それを取り消すことなんて出来ず、最後には後悔しか残らない。
やっちまった……。
自己嫌悪を含んだ息を吐いてから、ゆっくりと立ち上がる。濡れた制服が今ごろになって気持ち悪く感じたが、放っておけば乾きそうではあった。だから、その不快感を無視して俺も階段を下りた。時間が経てばそのうち忘れるだろう。
そう、無理やり納得させて。
そろそろ、すれ違いとか勘違いタグを入れた方がいいかもしれませんね……。




