ボッチは隠れステータス。ただし……
俺が霧島海人からのカウンターを食らった放課後、もしかしたらバス停に奴が現れているような気がして、警戒しながらそこへと向かう。もしも居たなら、申し訳ないが会うつもりはなかった。今こんなときに奴と会えば、噂の火に油を注いでしまうことになりかねないからだ。それはそれで良いのだが、それはつまり、霧島の好感度を上げることになってしまう。
だが。
そこには奴だけでなく、翔鶴りんという女の子まで居た。
「――居た居た!」
俺がそれに驚いているうちに、奴は俺をあっさりとみつけてしまう。最初からそうだったが、奴は何故、こうも簡単に俺を見つけられるのか。
「久しぶり天津くん! 舞ちんがここに来るっていうからさ、付いて来ちゃった。ほら、私、お礼とかまだ言ってなかったよね?」
りんちゃんが駆け寄ってきて、窺うような角度で俺を見上げる。姫沢の制服に身を包む彼女。その姿はとても新鮮で、彼女の印象をガラリと変えてしまう。変わらないのはやはり可愛いという真実だけだ。
「お礼とか……別に良かったんだが」
「いやいやぁ、あの日、天津くんがいてくれて良かった。私は本気でそう思ってる。ありがとうございました」
ペコリと、りんちゃんは頭を下げた。
「――姫沢の制服だよ、な? あれ」
「――あぁ、つうか、あいつが例の……ほら」
「うっわぁ……学校の前まで来させるとか、性格悪すぎじゃね?」
「――というかさ、あの二人レベル高くね?」
それを目撃した者たちの声。もはや苦笑い。
「天津くん?」
こちらのことなど知らないりんちゃん。そして、奴も俺に言葉をかけてきた。
「ほんとうにありがとう天津くん」
日向舞は、俺にだけ分かるような表情でハッキリとそれを口にした。たぶんそのありがとうには、一つの意味だけではないのだろう。だから、俺は「あぁ」とだけ返しておいた。
「取りあえず、歩かないか? ここでは人目が多い」
そうやって、彼女たちを誘導したのだが。
「何言ってるの? 今日ここにきたのは、あなたに用事があるからじゃないんだけど」
あっさりと、拒否されてしまった。
「え……じゃあ、霧島?」
聞いた言葉に日向舞は首を振る。りんちゃんは照れ臭そうに笑うだけ。
「いやぁ、だって霧島くん部活中でしょ? 邪魔しちゃ悪いし」
りんちゃん……そこにいるお方は、そんな遠慮なんてお構いなしにズカズカ学校内に入ったんだよ……。
「いつも構ってもらえるとか、ちょっと馴れ馴れしいんじゃない?」
そのお方は、イタズラっぽい笑みを浮かべてそんなことを言ってくる。くぅぅ! ぐやじぃぃ! 何が悔しいかって、言い返せないことが悔しい。俺は警戒していたわけじゃない。たぶん、少し期待してしまっていたからだ。
にしても、霧島にすら用事ではないとはな。一体誰が。
「あっ、舞さん!」
その答えは、ほどなくして分かった。
振り返ると、そこにいたのは金剛さんだった。
「げっ……天津くん」
彼女は笑顔で駆け寄ってきて、俺を見つけてから微妙な表情を見せた。止めてくれますかね、その反応。少なからず傷つくからさ。
どうやら、彼女たちは金剛さんを待っていたらしい。……ということはつまり。
「金剛さんがまた勉強教えて欲しいって連絡くれたの。うちも中間テストの範囲出たし」
そういえばそうだった。そして俺たちは、あと数日でテスト期間に入る。というか、すげぇな金剛さん。どうやら、あの勉強会なるものは彼女にとってそれほどに価値があったものらしい。
「舞ちんは頭良いし教え方上手いから、みんなに頼りにされてるんだよね。だから、一緒に勉強会するのも争奪戦になるんだよ。私はそんな勉強会にいつでも付いていけるから、凄いラッキーなのですっ!」
りんちゃんが自慢ながらに言った。なにそれ……しゅごい。
「やめてよしょうりん。私は好きでやってるだけだし」
否定する日向舞だが、表情はまんざらでもない。ほんと、こういうのが楽しくてお節介とかやってるんだろうなぁ……。持ち上げるのも大概にしておいた方がいいよ? りんちゃん。
「あぁ、こっちはしょうりん。私の友達」
「金剛さん。よろしくっ! ちょっと勉強会にお邪魔させてもらうねっ」
「大丈夫。この前も一人いたけど、全然邪魔にならなかったから」
答える金剛さん。まるで俺がここにいないような発言だ。邪魔にならなかったんじゃないんだよ? 俺が邪魔しなかっただけだからね?
彼女たちは楽しげに話を進めていく。それから、日向舞が思い出したように俺へと振り返った。
「――あぁ、そういえば天津くんもくる?」
それに、ふと、りんちゃんと金剛さんが反応した気がした。その反応を俺は知っている。「出来れば来てほしくない」という反応だ。日向舞が俺を誘ってくれたのは、彼女なりの優しさ。あれだ。クラスでのイベントに、とりあえずクラスメイトを誘ってみた、という感じ。……クラスでのイベントなのに、誘われるってどういうことだよ。前提から言えば、誘わなくても参加じゃないの? それに甘んじて参加した経験からいえば、ロクなことがない。喜んだ自分を殴りたいほどに、期待した待遇などありはしない。参加したはずなのに、みんなといるはずなのに、イベント中に感じるのは、とてつもない疎外感だけだ。それを俺は知っている。
だから、それを敢えて味わってやることもない。
「いや、いい。勉強なんて一人で出来るからな」
そう答えると、彼女たちはどこかしら安堵したように思えた。ほらな? これが正しい答え。つまり俺は正しい。正しすぎるが故の孤独。やはり孤独とは正義だ。
俺はそれだけ言って、俺は彼女たちからさっさと離れた。
――どんな事件があろうと、どんな災難があろうと、時は無情にも過ぎていく。人はただそれに、指を咥えて見ていることしか出来ない。
そして、そこで起こった変化は確実に彼らに影響していく。
俺は、誰にも相手にされないボッチとして君臨していたが、悪評判と共にさらなるボッチの深淵へと足を踏み入れていた。対し、霧島はさらなる高みへと階段を駆け上がっている。それは誰も追い付けないほどに眩しく、神にも匹敵するほどの領域へと。
ただ、その構図自体は変わってはいない。俺はボッチであり、霧島はやはり人気者。お互いにレベルを上げただけのこと。
そんな中でも、一人だけ変化した者はいた。
「――なぁ、改めて思うけどさ、金剛さんやっぱり可愛いよな?」
「――それな。俺も思ってた」
「――なんか前はぶりっ子酷かったけど、それもなくなって普通に可愛い」
「――マジで声かけときゃ良かったわぁ。そしたら今頃……うっわぁ。ミスったぁ」
俺は、その勉強会とやらに参加することはなかった。だから、どんなことがそこで行われていたのか、その後も勉強会があったのかは知らない。
ただ、中間テストでの金剛さんの成績は見違えるよなあ結果を残した……らしい。
というのも、廊下に張り出される学年上位二十番に、金剛さんは名前こそ載らなかったものの、テストが配られる度に教師たちが彼女を褒めたからだ。
その度に、彼女を一度馬鹿にした者たちは呆然としていた。
そして、金剛さんはそれに何を言うこともない。褒められて調子に乗ることもない。もう彼女は理解しているのだろう。調子に乗ることが、それに乗じて自分をさらによく見せようとすることが、間違っているということに。
だから彼女は「次も頑張ります」とだけ言って、席へと戻る。
それが、そんな金剛さんの態度が、やがて単純な男たちの思考を虜にし始めた。そしてなにより、金剛さんは成績が上がったことにより、その雰囲気から滲み出るほどの自信を得ていた。
もう、彼女の外見を褒めそやすクラスメイトはいない。この教室で、それをネタに笑いが起こることもない。彼女は一度ハブられたから。その事実が、誰も彼女に触れようとしない理由。
それでも、金剛さんの人気は高まりつつあった。その人気は、ハブられる以前よりもさらにあるように思えてならない。
そして。
金剛さんに告白した男がいた。そんな噂が流れる。
その男がどの学年で、どのクラスか知らないが、その噂は確実に彼女の人気をさらなる高みへと押し上げる。金剛さんが告白を断ったかららしい。
そして、そのことを皮切りに彼女へとアタックする挑戦者が一人、また一人と増えていく。彼女はそれを断る度に、金剛さん人気に火がついていった。
教室での彼女は、ほぼ誰とも話さず平然としている。もはやほぼボッチと言えるだろう。真のボッチは他にいるが。
なのに、真のボッチと彼女には越えられないほどの壁が存在していた。
何故だろうか。それはたぶん、彼女が偽物のボッチだから。
……いや。
俺は、自信に満ち溢れて授業を真面目に聞いている金剛さんを見て考えを改める。
金剛さんが可愛いからなのだろう、と。
彼女は可愛いから、どんな姿も絵になる。どんな事をしても見ていられる。そんな彼女に新たなステータスが加わっただけのことなのだ。
ステータスとは恐ろしい。それを一つ得るだけで、周りを簡単に影響させられてしまう。だから、最強の影響力を持つステータスボッチは、唯一無二なのだ。
彼女の人気は単純な男たちだけのものだ。だから、金剛さんのボッチステータスは、やはり偽物だ。真のボッチステータスは男女差別などしない。男も女も関係なく、その能力を遺憾なく発揮する。つまり、男女差別しない俺はやはり正義なのだ。
それでも。たとえ偽物だったとしても、彼女のボッチステータスはかなりの影響力を持ち始めていた。ほんと、ボッチって凄い。
彼女の偽物ボッチステータスは、こと恋愛においては隠れステータスと化している。俺は違う。隠れることもない堂々とした真ボッチである。
金剛さんが俺に勝利することはない。ボッチの頂点はこの俺だ。
たぶん、その偽物と本物の壁を分けているのは、たぶん顔なのだろう。だから可愛い金剛さんは偽物に甘んじるしかないのだ。
結局世の中顔かよ! 俺は悲しい現実を目の当たりにして、しかし、そう終えるしかなかった。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
一つだけ、注意しておきますね。
主人公の天津くんが、自分で正論だと論じた数々のことについて。
正論とは、誰かに正しいと認められて初めてその正しさを持つものです。ですから、彼の中で完結されている正論とは、正論ではないのです。
あしからず。




