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やはり最強霧島きゅん

 学校に行きたくない……。月曜日の朝を迎えたくなくて、夜通し抵抗に抵抗を重ねてみたものの、やはり日は昇ってしまった。


 おそらく霧島とのことは部活動生には伝わっていると思う。詳細を彼が話したりしたとは思えないが、それでも、何かしらの想像(たくま)しい噂はあるのだろう。


 それを考えると憂鬱で布団から出たくなかった。


 唯一救いがあるのだとすれば、昨日の昼頃に日向舞からきたLINE。


――霧島くんから謝罪の連絡あったよ!


――もう、りんちゃんに対して酷いことはしないって!!


――ありがとう! 説得してくれて!


 説得、ね……。あれを説得と呼ぶには、少し無理があるような気がした。それでも意味はあったのだと思えば、少しは気が楽になる。


 ……行くか。


 布団から這い出て着替えた。時刻は既に七時を回っている。急がないと遅刻だな。まぁ、遅刻したからってなんだという話なんだが……はぁ。

 その時、俺は自分の中の事ばかりで霧島のことを一切考えていなかった。この時に、そのことを考えておけば何かしらの対策も出来たのかもしれないのに……。


「――きた」

「――大人しそうな顔してよくやるわぁ」

「――部活にも入ってないのに、わざわざグラウンドまで来たんでしょ?」

「――マジなの? 聞いてみろよ」

「――えぇ……無理だって」


 俺が教室に入ると、一斉に囁かれる言葉たち。聞こえてるんだよ……。それか敢えて聞こえるように言ってるのか。クラスメイトたちは、やはりもう知っているらしい。そこに霧島の姿はまだない。朝練なのだろう。


 いつも通りいつも通り。そう言い聞かせて席につく。ふと、金剛さんと目があった。ぷいっとそっぽを向かれてしまった。まぁ、当然だろう。俺に関わると同等と見られてしまうからな。


 別に俺の世界が変わってしまったわけじゃない。誰にも話しかけられず、話しかけることはなく……それは俺が望んだ日常だ。


「――マジ私も見たかったなぁ。体育館だから全然知らなかったんだけど。つうか、キモすぎ」


 囁くこともなく、堂々と笑い話してるのは北上だ。俺が沈んだことで息を吹き替えしたらしい。ここ数日間は凄いおとなしくしてたくせに。あれだからな? 俺が息を吹き替えさせてやったんだよ? つまり人工呼吸、マウス・トゥー・マウスだからな? 俺のファーストキスってことだからね? つうか、お前とキスとかキモすぎ。


 ここまであからさまな話になっていても、誰も真相を確かめようとはしなかった。俺に問いかけてはこなかった。それはつまり、彼らにとっては、こんなことですらどうだっていいからなのだろう。

 関係のないことだから、知らなくたって生活出来てしまうから、だから……誰も真実を知らなくていいのだ。


 彼らにとっては、こんなことすらも話題の一つでしかない。誰かと言葉を交わすための材料でしかない。面白おかしく笑い合うためのものでしかないのだ。


 上っ面ばかりの顔顔が、与えられた話に飛び付いて、それが善きものであるのか、はたまた悪であるのかの審議もつけぬままに食らいつく。まるでピラニアだ。

 ピラニアはとても臆病な生き物らしい。だから、映画であるように人を襲ったりすることは滅多にない。ただ、刺激を与えすぎると彼らはその口に秘めたる牙で、群れとなって、襲いかかってくる。

 生物はみんな分かってるのだ。自分一人の力など、さしたるものでないことに。だから、群れをなし仲間をつくり、常に多数側にいようとする。その為に、誰かに共感したフリをして同調して、心にもない言葉を吐いた。


 それが自然の摂理というのなら世界とは残酷だ。そして、やはり溢れてしまう者は絶対に存在してしまうということになる。みんな、そんな存在を誰かに押し付けあって生きているのだ。


 そんな存在に自ら成ろうとしている俺は偉い。褒められて然るべき人間だ。そろそろボッチ独占禁止法とか制定されそうで怖い。そうなったらボッチの価値はなくなってしまうんだろうけど。


 思考と妄想の中に閉じ籠れば、いつしか有象無象の囁きなど聞こえなくなる。そうやって俺は守りを固めた。こんなこと俺にしか出来ない。ほんと、俺しかやれない。


 そうやって孤独を堪能していると、もうすぐ一限目が始まるという時間。


 そんなとき、俺は思ってもみなかった奴から話しかけられた。


「――おはよう。天津くん」


 ……は?


 目の前に現れたのは、霧島海人。いつもみたく笑顔で、いつもみたく爽やかに、彼は颯爽と俺に話しかけてきたのだ。


「……お、おぉ」


 不意を突かれて曖昧な返事しか出来ない。それを彼は見逃さない。


「いやぁ、久々に悔しい思いをしたよ。あんなに怒ったのは何年ぶりかな? でもさ、考えたって仕方ないから俺は受け入れることにした。いろいろとごめんね。まだ、天津くんには謝ってなかったから今言っとくよ。これで許してくれないかな?」


 ……なん、だと。


 彼は、さも当然のことのように手を差し出してきた。クラス中が呆然とそれを見ている。静けさだけが支配するこの教室で、霧島海人だけが確かなる存在としてそこに居た。


 くそ……くそ、くそっ! 油断した油断した油断した!!


 俺は固まったまま動けずに居た。霧島海人は、笑顔で手を差しのべたまま。


 こいつは、俺と同じやり方をしている。みんなのいる前で、みんなが注目するなかで、まるで、自分を見てくれと言わんばかりに存在感を出して、俺に和解を求めてきた。


 俺はその手を無視してやろうと思った。弾いてやろうと思った。だが、そんなことをすれば、それこそ奴の思い通り。


 彼はそうやって、『敵にすら手を差しのべた良い奴』になろうとしているのだ。そうやって、自分をより良く魅せようと企んでいるのだ。


 だからだろう。俺にしか見えない角度で霧島は目を細め、不敵に笑っていた。


 転んでもタダでは起きぬ男だ。むしろ、それをバネにして飛躍してしまうまである。


 俺はもっとよく警戒すべきだった。霧島海人が頂点に君臨する理由の中には、やはり奴単体でも戦えてしまう戦闘力があるからこそなのだ。


 だから、彼は簡単に日向舞へと謝罪の連絡をしたのだろう。このままでは自分が危うくなってしまうから、すぐに自分が取った戦略を捨てたのだ。そして、すぐに体勢を建て直し、こうして先手を打ってきた。


 やはり、彼にとってはプライドこそが守るべきものであるに違いない。だから、それを保つための手段に切り替えてきた。


 霧島と俺は似ているのだろう。まるで打ち合わせでもしたかのように、そのやり方は酷似している。


 だから、すぐに分かった。奴が求めている結果を。そして、その結果は既に確定してしまっていることに。


 唯一俺が抵抗できる手段。それは、俺がその手を取ることだ。


 なぜなら、俺が霧島にやったやり方は、彼が俺を殴ろうとしたことでその効果を高めてしまったのだから。


 だから。


 俺は実情を抑え、軽くその手を取ったのだ。


「良かった。クラスメイトなんだから仲良くしたいよね。これからもよろしく」


 それはまるで、俺にではなくクラスメイトに言った言葉。


「……霧島くん優しすぎ」

「……というか、やっぱり本当だったんだ」


 人は直接目で見てものを無視など出来ない。その法則に従い、クラスメイトの見る霧島海人は、その株を向上させていく。俺が手を取ったからその効果は薄められてはいるが、それでも彼は『良い人』としてその印象を高めていく。


 その効果だけを持ち去って、あっさりと彼は俺の席から離れた。


「――あんな奴に女取られるとかマジ笑うわぁ」

「――やっぱお前も人だったんだな?」

「――というかさ、その女見る目無さすぎ」


 同じサッカー部の連中が、霧島を温かく迎えていた。そんな中で霧島は、まるで当たり前のように振る舞う。


 もはや、俺に対する悪口など消え去っていた。皆が口々に囁くのは「霧島くん神」の言葉だけ。


「あっ、あいつ命拾いしたよねぇ! 相手が霧島くんじゃなかったら、マジでボコられてるから!」


 いや、唯一話題にしてくれてるのは北上だけだった。ありがとな……北上……。お前だけがこの状況の真実を、如実に捉えられてるぞ! 感動した! まぁ、俺の沈没がお前の地位向上にイコールで繋がってるから、さらに俺を貶めたいだけなんだろうが。


 霧島海人はやはり賢い人間だ。そしてちゃんと、それを自らに反映する力もある。彼が強いのはステータスが揃ってるからじゃなく、彼自身が賢いからなのだ。そのことを、思い知らされた。



 

 


 


 





 次で今作品の話は一旦終わりとなります。まさかこんなにも沢山の人が読んでくれるとは思わず、ここまでの展開しか考えてなかったからです。

 恋愛という点で見れば、彼ら彼女たちの結末はまた別にありますが、物語のまとまりとしては次で終わりです。


 応援して下さった皆様には感謝しかありません。ここまで書けたのも皆様あってのことです。

 心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございます!

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