表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/114

サイコパス霧島きゅん

「今日はありがとう舞さん!」


 午後三時。ようやく勉強会は終わりを告げた。その間で、日向舞と金剛さんはかなり仲良くなったようであり、最後金剛さんは日向舞の手を熱く握ってお礼を言っている。


「こっちこそ。また分からないことがあったら呼んでね。私が教えられる範囲なら教えてあげるから」


 随分と金剛さんの信用を勝ち得たもんだ。それもこれも日向舞の教えが良かったからなのだろう。おそらく彼女が勉強を誰かに教えてあげたのは今回が初めてではないはずだ。彼女の教えは淀みなく、そしてそれを思いやる先には常に金剛さんがいた。それは簡単に出来ることではない。きっと、何回も何回も誰かに勉強を教えてきた経験が、そういう姿勢を作り上げたに違いなかった。


 お節介で世話焼き。まぁ、性格から考えても日向舞がそれをこなして見せたことに驚きはない。


「舞さんって歩いてきたの?」

「いいえ。タクシーだけど」

「あー……そうなんだ。じゃあ、帰りも?」

「そのつもりだけど……なに?」

「いや、なんでも……」


 さすがは姫沢高校に通う女子。その感覚の違いだけには、金剛さんと苦笑いするしかなかった。


「天津くんもありがとう。また学校でねっ」

「……おっ、おぉ」


 こんなに近くにいるのに、金剛さんは口元に右手をあてて別れの言葉を告げてきた。なんかもう、わざとやってるとしか思えなくなってくる。なんで顔よりも仕草や行動で勝負してくるの? こんなの可愛くないわけないじゃん。


「タクシーならあっちの通りの方が拾いやすい……かな?」


 金剛さんは、日向舞に指さしで教える。それは、俺の帰り道とは逆方向の通りだ。


「そんじゃ、ここでお別れだな」

「……そっ、そうね」

「悪かったな。急に呼び出したりして」

「……大丈夫」


 なんとなく歯切れの悪い日向舞に違和感を覚えた。


「どうかしたか?」

「……なにが?」

「いや、何でもないなら別にいいんだけど」


 気のせいかな? なぜだか最近、俺の中で変なレーダーが昼夜問わず稼働しているような気がする。たぶんあれだ。ここ数日でボッチレベルを上げたから感度がよくなっているに違いない。


「まぁ……話したいことはあったけど、今日はもう遅いし止めとく」


 ほら。やっぱあったんじゃねーか。なんかもう、俺のボッチ能力がヤバすぎる。顔色を窺うなんてあまり伸ばしたくない能力だが、伸びてしまったものは仕方ない。甘んじて受け入れよう。

 

「そか。なら、またな」


 改めた別れの言葉に日向舞は「うん」とだけ答えた。


 教わる金剛さん、教える日向舞、教えるはずだった俺。まるで舞台が終幕したかのように、散りじりに喫茶店を立ち去る。与えられた役割を失った俺たちは、別に話すことなどなく、そして、そうするしか出来なかったのだろう。別に変なことじゃない。


 ただ。


 俺はふと足を止めて、スマホを取り出した。時刻は午後三時五分を回ったところ。……十五分くらい、か。


 俺は喫茶店の脇に立つ電柱に寄りかかった。そして、日向舞が去った道をチラリと見る。


 俺の中での日向舞は、かなり行動力に溢れた女の子だ。

 友達の為に知らないやつに話しかけ、LINEのIDを渡し勝手にデートまで企画する。友達との関係を失わないために、恋人をつくらないと決め、見てはいないが嫌われるような手段まで用いる。周りなんて気にしてないようで、それが壊れてしまうのをひどく恐れている。だから、なんとかしようと気持ちが()いて、それが彼女自身を突き動かすのだろう。


 今日だって、そうだった。


 そんな彼女が、言いたいことを躊躇したのは、果たして本当に「もう遅いから」だろうか? 本当は金剛さんがいたから、言えなかっただけではないのだろうか? なにせ、この前なんか訳の分からないことを言い逃げしたくらいだ。


 ふと、脳裏にバス停での一幕が思い出された。


 あのとき日向舞は「女の子に戻してくれてありがとう」と言っていた。……いや……まったく訳が分からない訳じゃない。それでも俺には十分に伝わっていない。あれでは俺が勘違いしてしまいそうである。だから、何度も真実を確かめてみようと思ったのだが、なんかその質問が自分で分かるほどに気持ち悪すぎて、ためらってしまうのだ。


――なっ、なぁ。女の子に戻してくれてありがとうって、どういう意味ブヒ? 


 なんで脳内の俺は豚野郎になってんだよ……。もう、なんか変な期待しまっくてんじゃん……。


 俺は自分のイメージを頭から振り払った。取り敢えず、俺が知る日向舞とは、言いたいことや伝えたいことを先伸ばしにするような奴ではないのだ。


 だから、それを確める為の時間を設定した。十五分。これで日向舞から何の連絡もなければ、俺は帰ろうと思う。


 これはあくまでも俺の杞憂である可能性が高い。ボッチはそうやって、人知れず誰にも迷惑をかけることなく真実を確めようとする。みんなと足並みを揃えることが難しいから、どんどんみんなを引き離して先に行ってしまって、ふと我に返って、振り返ると誰もいなくて、また自分は間違えてしまったのではないかと不安になる。だから、自分が間違ってないことを確認するために待つのだ。


 一人だけ遅れてるわけじゃない。一人だけ先を行きすぎたのだ。いわば先駆者(パイオニア)。だから、生まれた時代が早すぎた者たちは、やはり孤独の生涯を歩んだ。誰にも認めてもらえず、その生涯を閉じた。そういう例を上げれば、やはり孤独とは優遇されるべきものだ。なのに、後から来た者たちは、そんなことなど気にするべくもなく通りすぎていく。彼らの視界には、もはやボッチの事など映りはしない。


 咳払いをしても一人。


 ほんと、そうやって存在感を出そうとしてみても、ボッチはボッチでいるしかないのだ。


 そんなことを考えていると、時刻は既に午後三時半を回っていた。いつの間に……。ほんと、俺って時の魔術師過ぎる。みんなを場から除去するのも、間違えて自分がダメージ負ってしまうところとかまんま俺。そろそろベビードラゴンと融合したい。まぁ、無理なんだろうなぁ……ボッチだから。


 俺はスマホをポケットにしまい歩きだす。どうやら、俺の杞憂だったらしい、そう結論付けて。


 だが、それは杞憂じゃなかった。


 俺の背後で早足に近づいてくる物音。それに気付いて振り返ろうとする。しかし、背中に何かを押し付けられるのが先だった。


「――振り返らないで。そのままでいて」


 日向舞の声。


「……なんだよ。やっぱ居たのか」

「やっぱりってことは、やっぱり私を待ってたの?」

「やっぱりってことは、俺がただぼうっとしてたと思ってたのか」

「金剛さんと……会うんだと思ってた」

「あー……なるほど」


 みんなの前で別れたあと、こっそり密会するやつね。なにその素敵イベント。そんなイベント発生したことねぇよ! 一度、帰りの電車の車内で別れた奴等の一人を見つけ、こちらが発見されないうちに車両移動したことならある。まぁ、それくらいかな? 密会じゃないね、これ。


「言っただろ? 俺はハブられるのは得意だが、ハブるの苦手なんだって」


 そう返したが、背後の日向舞からはしばらく反応がなかった。


「……天津くんって、いつもそうなのね」


 そして、吐き出すように一言。


「……いつも誰かを気にかけて、勝手に誰かを助けて……金剛さんもそうだったんじゃないの?」


「金剛さん……?」


「あんな可愛い人が、なんで天津くんと一緒にいるの? なんで、天津くんがあの人の勉強を手伝ってあげてたの? 私はそれが不思議でならない」

「それは……説明しただろ」

「うん。あなたの為、でしょ? でもそれは天津くんの意見であって、金剛さんの意見じゃない。そして、あなたはそれを誤魔化したように見えた」


 どうやら、彼女にはバレていたらしい。その上で、彼女は聞かずにいてくれたのだ。


「私は、これまで目の前にある関係よりも、その後ろにある関係だけを見てきたのよ? 気づかれないとでも思った? 私、そんなに馬鹿じゃないよ」


 そういえば、日向舞が恋人を作らないと決めたのは、告白してきた男たちによって、自分の友達関係までもが崩れたからだった。だから、日向舞は恋人をつくらない等と(のたま)っていたのだ。もう、友達を失わないために。


 だからこそ、日向舞は感づいたのだろう。俺が金剛さんとの関係性を隠そうとしたことに。


「だから……二人は恋人なんだと思った」


 だから、俺がここで金剛さんを待っているのだと思ったのだろう。


「俺は嘘なんて言わないぞ。真実こそが強いと知ってるからな?」


 だから、俺はそれを否定する。


「うん……」


 それから、背中に当たっていたものがクシャッと服を掴んだ。それでようやく、それは彼女の指だったのだと理解した。


「話したいことがあったの……」


 それはまるで懇願に思えた。声は弱々しく、そこには自信の欠片もない。


 やはり感じた違和感は合っていたのだ。彼女にとって、何か深刻な事態が進行していることを、俺はようやく理解した。


「もうね……どうしていいか分かんない」


 その諦めにも似た言葉には、水気が混じっていた。


「……霧島か?」


 聞いた言葉に、服を掴む力が強くなった気がした。


「……なにか聞いた?」

「なにも。ただ、あいつが姫沢の女子と会ってたって噂は流れたな」

「そうなんだ。……たぶんそれ、私だ」


 りんちゃんじゃなかったのか。


「霧島くんから連絡が来たの。また遊ぼうって。今度は、自分たちだけでって」


 なんとなく、イラついてしまった。


「……それでノコノコ行ったのか」

「ちゃんと終わらせようと思ったの。ボウリング場で私は、恋人なんてつくらないとしか言ってない。だから……今度はちゃんと断ろうと思ったの。……でも」


 服を掴む手がもう一つ増えた。その両手は震えているような気がした。


「――彼、言ったの。『俺を振ったら、りんちゃんを立ち直れないくらいに酷く振るよ』って」


 俺は、初めて血潮が頭に集まってくるのを実感した。彼女と同じように、拳が固く握られる。……今、日向舞はなんて言った? りんちゃんを酷く振る? なんだよ……それ。


「私……何も言えなくて……でも、しょうりんは霧島くんが好きで……私はそれを応援したかったけど、それも出来そうにない……」


 歯を食い縛り、それでもなんとか言いきった日向舞。


「……りんちゃんには?」

「言えるわけない。だって……言ったらまた……」


 その言葉尻には、怯えが見えた。もしかしたら、同じような事があったのかもしれない。そして日向舞は拒絶された。それは俺の憶測に過ぎなかったが、あながち間違いではないのだろう。


 だからこそ、日向舞はどうして良いのか分からなくなったのだろう。

 過去の経験則からは、正解を導きだせなかったから。間違い続けたから。


 だが、それは間違いじゃない。それを間違いとしたのは、拒絶した者たちだ。日向舞が間違えたわけじゃない。


 ただ、俺はそれを、今の彼女に指摘してやることが出来なかった。それらは、俺の憶測に過ぎないから。


 それでも……たった一つだけ、分かることはある。


「りんちゃんは、そんなに弱い子じゃないだろ。お前が何か言ったからって、離れていくようには見えない」

「私もそう思うよ……でも、思うだけ(・・・・)


 そうだ。たとえ九割の確信があったとしても、人はあとの一割をどうしたって考えてしまう。もしも……を想像してしまう。だから人は尻込みするのだ。躊躇……してしまうのだろう。


  

 人は弱く脆い。簡単に周りに流されてしまうし、簡単に影響されてしまう。それはたぶん、臆病だからだ。臆病だから、最後には自分を守ろうとして、誰かを簡単に傷つけた。


 日向舞が恋人をつくらないと決めたのは臆病だからだ。りんちゃんが自分から行動を起こせなかったのも臆病だからだ。金剛さんが可愛い自分を演じていたのも臆病だからだ。


 たぶんそれは自然なことで、誰しもがそれを持っている。だから人は臆病だ。そして、人はその臆病さと向き合う強さがある。


 その強さとはきっと、誰かと協力して始めて得られるのだろう。一人じゃ立ち向かえない、だから、誰かと立ち向かうのだ。


 そんな……俺が手放してしまった強さを、彼女たちは持っていた。そして、霧島はそれを逆手に取ったのだ。


 霧島海人は賢い人間だ。それを理解しているからこそ、そんな言葉を吐いたのだろう。と同時に、霧島海人は姑息な人間なのだ。だからこそ、そんな言葉を吐けたのだろう。


 彼女たちは間違えてない。間違えているのは、霧島のやり方だ。


 人は簡単に自分のやり方を変えることなど出来ない。それが間違いなのだと気づくまでは。だが、それが間違いかもしれないと分かってるからこそ、踏み出せない一歩だってある。

 そして、気付いてるくせに踏み出す奴もいるのだ。


 それが霧島という男だ。奴がそのことに気づかないはずがない。気付いてないはずがない。だからこそ、怒りが沸いてくる。


 やり方なんていくらでもあったはずだ。いくらでもあるからこそ、人は迷い間違えてしまうのだから。


「……たぶん、私が今から言うことは、とても狡いことなんだと思う」


 日向舞はそう前置きをしてから、コツンと背中に額を当ててきた。


「――しょうりんを(・・・・・・)助けてあげて欲しい」


 彼女は最後の最後まで、そのお節介を貫いた。あくまでも、誰かの為だと言い張った。弱々しい声で、震えた指先で、それを懇願したのだ。


 なら。


「悪いな。俺は俺の為にしか動かない」


 俺も自分の信念を貫くだけだ。だから、俺は再び歩きだした。


 日向舞の額が放れ、指が放れる。彼女は自らの助けを乞わなかった。だから、俺は彼女から離れた。


 ただ、全く違った信念にも、俺は彼女と似ている部分があることを捕捉しておく。


「俺は助けたい奴しか助けない。それは最終的に俺の為だからな」


 聞こえたのかどうかは知らない。これはあくまでも俺の独り言だからだ。


 俺が金剛さんに声をかけたのは、いつかの俺と重なって見えたからだ。


 そしてもし、日向舞が危惧する一割の可能性が現実になったとき、やはりその時の日向舞に俺は、いつかの自分を重ねてしまうだろう。だとしたら、俺は彼女を助けようとするかもしれない。


 そう、俺が動く理由は、すべて自分の為だ。


 それがガバカバ理論であることは自覚していた。そんな理論が通るなら、俺は世界中の奴等を助けようとするだろう。もはやスーパーマン。本当に俺は世界を救っちゃうのかもしれない。


 足は家にではなく、学校へと向かう。


 今から行けば、まだサッカー部はグランドにいるだろう。霧島もそこにはいるはずだ。


 天津風渡は、決意で満たされた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ