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生クリームはやはり苦手

 日向舞の教え方は、なかなかのものだった。

 金剛さんが分からない問題に対し、どこが分からないのかを一緒になって考えていた。何故、一緒なのかというと、金剛さんにも、自分がなぜ分からなくなっているのか、分からなかったからだ。

 だから、一緒に解いてそのポイントを絞っていく。


 日向舞は言う。


「――問題が間違っている場合、それは理解してないからじゃなく、何か他の解き方と勘違いしてる可能性が高いの。それは、他人から指摘されても分かりずらいし、本人が勘違いしてるんだから見つけられるはずもないわ」


 歴史などの教科においても、年号の勘違いだけで全く違った回答になってしまうらしく、日向舞の勉強論で言うのなら、間違った答えを修正するよりも、うろ覚えになっている知識を完成させることによって、次の知識を正しく取り込めるのだそうだ。


 だから彼女は、金剛さんが出来ないことを出来るようにする、のではなく、出来ることを固めることから優先させていた。


「あれ? これってこうじゃなかったっけ?」

「それ別の解き方とゴッチャになってる。ノート貸してっ」


 サラサラと日向舞が何かを書いて、次の瞬間金剛さんが「ああぁぁ!」等と感心する。


「え……じゃあ、待って。私ずっとそれでやってたかも」

「試してみよっか。これ解いてみて」


 ノートに向かう金剛さん。そして。


「……出来た。答えは?」

「ふっふっふ。ビンゴじゃ!」

「うっわぁ……私馬鹿だったなぁ、これ」


 ……なにやら楽しそうだ。しかも、なんでちょっとふざけだしてるんだよ……。


 そんな具合に彼女たちの勉強会は、キャッキャと盛り上がり始めていた。これあれだぞ。教師が見てたら、怒られるやつだからな。


「……お前ら、静かに勉強出来ないの?」


 さすがに注意してやると、日向舞は眉をひそめる。


「なぜ? 楽しくやらないと勉強会じゃなくない?」

「……勉強会って楽しいものだっけ」

「勉強会って楽しいものじゃないの? 友達とふざけあって、変な語呂合わせつくって……違った?」

「いや……知らないけど」


 そもそも勉強会なんて参加したことないし……。そもそも友達いないし……。


 それでも、日向舞の語る勉強会とは、世間一般的な勉強会とは少しズレている気がした。


「結局のところ点数取った者勝ちでしょ? テストなんて。なら、その過程も楽しくやらないと完全勝利したことにはならなくない?」

「完全勝利か……大きく出たな」

「当たり前じゃない。過程も結果も、完膚なきまでに勝つために勉強会ってやるのよ。もしかして天津くんって誰かと勉強したことない?」

「あるぞ。教科担任の教師が休むと、だいたい授業が勉強会になるな? そのときにみんなと勉強してる」

「それ自習じゃ……」


 ……あぁ、なるほど。日向舞の指摘でようやく気づいた。俺が思い浮かべていた勉強会とは、そっくりそのまま自習だったのだ。なんだぁ、俺が勘違いしていたわけかぁ。え……じゃあ、待って! 俺、ずっとそれが勉強会だと思ってたかも! やっべぇー。正しい知識を取り込んじまったわぁー。さっすが日向舞!


 日向舞はそうやって、楽しげに金剛さんの勉強を手伝っていく。金剛さんは、新たな発見や解けるようになったことが嬉しいのか、自分から問題へと向かっていく。なんだか、目の前でシンデレラストーリーでも見せられているみたいだった。


 だが、シンデレラの魔法が解けるように、彼女たちの集中力にも限界がやってくる。


「――はぁぁ、疲れたぁ」


 そう言ってだらける金剛さん。日向舞はそんな彼女に苦笑してから「休憩しよっか」と告げた。


 そうして、二人は喫茶店のメニューを開く。


「天津くんも休んだら?」


 などと言われ見せられるメニュー。彼女たちが開いているそこには、甘いお菓子の写真が並んでいた。


「いや……俺、甘いのダメなんだ。生クリームとか食べられんし」

「えぇー!? それ人生半分損してるよ!?」


 金剛さんが驚きの声を発する。人生半分損してるってなんだよ。勝手に俺の人生を損得勘定するんじゃあないよ、まったく……。


「そう、なんだ……生クリームだめなのね」


 日向舞は少し考え込むように呟いた。


「絶対食べてみた方がいいよ」

「食わず嫌いじゃないんだ。食べて無理だったんだよ」

「えぇぇ、あり得ないっ!」

「あれだ。友達と一緒だな? つくってみて無理だったからもうつくらない」

「うわぁ……例えがひどすぎる」


 金剛さんが引いた。対し、日向舞は不敵に笑った。


「じゃあ、私たちは?」

「……は?」


 意表を突かれた質問に、思わず聞き返してしまう。


「私たちを生クリームに例えるとどう?」


 彼女はそう言って、俺を見てきたのだ。生クリーム……だと。


 目の前にいる女子二人は、おそらくルックス的にもかなり上位にいるはずだ。そんな二人が、俺を見ながらそんな質問の答えを待っている。……なんて答えればいいんだよ、これ。「食べたくない」とか言ったら普通に悪口だよな……。だが、食べるわけにもいかない。それは、今俺が言ったことを自らで否定してしまうことになるからだ。


 なら、悪口にもならず、誉め言葉に似せた感想を言えばいい。生クリームは見栄えをよくする為にも使われる。だからこそ、絞ってケーキの飾り付けにされるのだ。だったら、見たままを答えてやるのがいい。食べなくたっていいのだ。その見栄えを誉めるだけで、生クリームを誉めたことになる。


 不敵な日向舞に、俺は余裕を演じて言ってやった。


「美味しそうではあるな」


 言った直後に最低な答えだとは思った。だが、他にどう答えろというのか。反応が怖くて二人を見れなかったが、あまりに無反応が続いた為にそっと視線を向けると、二人ともうつ向いてしまっていた。


「……今のは忘れてくれ。すまん、俺が悪かった」

「そう、ね……忘れる」

「うん……聞かなかったことにする」


 二人ともすぐに許してくれた。ちょっと今のは酷すぎましたね……はい。


 結局、俺はアイスコーヒーだけを頼み、二人はなんたらかんたらパフェとなんたらかんたらシフォンケーキを注文した。名前が長ぇよ……最近の小説のタイトルかよ。もはやタイトルだけで、ある程度の内容が把握できないと読んでもくれないのかよ。世知辛ぇなぁ。そろそろ結末が書かれたタイトルとか出てきそうで怖い。それを逆手に取って、全く違う結末の小説とか出てきそうで怖い。それでタイトル詐欺だと叩かれてる未来が想像できて怖い。ほんと、人の感情って怖い。


 人が誰かに、何かに対して感情を変化させるのは、期待を裏切られるからだと思う。「期待してたのにそこまでいかなかった」だから怒り、「期待以上のことをした」だから喜ぶのだ。

 それらの期待は、完全なる自分の主観であるのに、彼らはそれを相手に押し付けようとする。


 履き違えてはいけない。期待を裏切ったのではなく、勝手にそんな期待を自分がつくりだしていたのだ。


 だから。


 俺は誰にも期待なんてしない。


 ただ、誰かに期待されることは悪いことじゃないと思う。期待されたら応えたくなるのが当然だし、それを上回ればきっと最高なのだろう。


 だが俺は知っているだけだ。それを最悪の形で裏切られてしまったとき、自分が深く傷ついてしまうことを。


 だから、最初から期待なんてしない。期待していいのは自分にだけだ。自分に裏切られるなら許せる。しかし、他人に裏切られたら許せるかどうか分からない。それは、その者が親しい者ならばなおさらだ。


 その点、ボッチとは楽だ。誰にも期待なんてされないし、誰かに期待することもない。だから、裏切られることも裏切ることもない。ほんと、安全と安心しかない。なのに、それをみんなが嫌った。


 たぶん、やはり期待したいのだろう。期待されたいのだろう。


 人は誰かを求め、誰かに認められたいのだ。


 そうして手を伸ばし、そこに在るかも分からないものを探し求める。


 俺の目の前で楽しげに会話をする日向舞と金剛麻里香。その温かな雰囲気は、少なくとも彼女たちが求めあったものであるようには思えた。そこに俺は加わらない。俺は求めてなどいなかったから。


 俺は正直、この二人は甘いと思う。二人とも簡単に俺を受け入れたし、こうして俺が隣にいることをどうとも思ってはいない。きっとそれは、俺がボッチであることも起因しているのだろう。ボッチは人畜無害だ。だから、誰かに拒絶されても尚、必死に手を伸ばし、最後に掴んだのがこの(ボッチ)というわけ。


 溺れる者は藁をも掴むというが、そういうことなのだろう。


 だから俺は、彼女たちにも期待なんてしない。淡い夢など抱かない。


 次に掴んだものが藁よりも良いものだったら、きっと藁なんて簡単に捨てられてしまうから。


 それでも……掴まれてる間は、期待されている間は、それに応えたいと思ってしまう。


 甘いのは彼女たちだけではないのかもしれない。

 

 彼女たちこそ、甘くて優しい生クリームのようだと思い始めていたが、自分もそうであるような気がして考えるのを止めた。胸焼けがしてきたからだ。それは、本当に生クリームを食べてしまったときの感じと似ている。


 やっぱ食えねぇなぁ。


 だから、俺は生クリームが大嫌いだ。


 ……と、そんな結論を出してから、なんだか、思考の着陸地点を大きく間違えているような気がした。まぁ、これもボッチあるある。ボッチは時として、誰もたどり着かない答えにたどり着いてしまうものだ。だから「美味しそう」とか言っちゃうんだろうなぁ。ほんと最低。ほんと……最底辺すぎる。


 早く苦いコーヒーが飲みたくなった。苦いものこそ、この俺に相応しいような気がして。

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