無意識にでも探す理由は
「――ちょっと……待ってよ!」
日は傾き、橙の廊下に響き渡ったリズミカルな足音。それが俺のすぐ後ろで止まる。振り返ると、そこには息を切らした金剛さんが膝に手をついて立っていた。
「はぁ……はぁ……待ち、なさいよ」
頬がほんのり上気している。乱れた髪をかき上げ、姿勢を正した彼女は、何を言うでもなくただ俺を見ている。
言いたいことは、なんとなく察した。
「……北上がああ言ってくるような気がしてただけだ。話さなかったのは確証がなかったから。事前に伝えておけば良かったな」
そうすれば、金剛さんがあんなにも狼狽えることなどなかっただろう。
「違う。……そういうことじゃない」
「……違う?」
金剛さんはそれを否定した。じゃあ、なんだと言うのか。
「なんで……あんなことしたの?」
「なんでって……」
それはさすがに答えにくい……。だから、真っ先に浮かんだ最大の理由ではなく、その他の小さな理由を答えてやる。
「あれだ。北上には真実を教えてやらなきゃならなかったし、ステータスが有効であることを金剛さんにも示したかったんだ。ほら、かなり北上には効いてただろ?」
「あー……うん。というか、私も引いたし、聞いた瞬間鳥肌立った……」
「あー……うん。なら……良かった、かな」
どうやら俺のボッチステータスは、狙った者のみならず、その周囲にいる者、果ては自分さえも傷つけてしまう諸刃の剣らしい。どんだけ人を傷つければ気がすむのか……やはりボッチ最強か。
「……そっか。というかさ? 天津くんって、北上さんに気があった?」
いや、なぜそうなる。
「気があったら、皆の前であんなこと言わないだろ。誰にも見られない所でこっそり言う」
そんでもって、たぶん傷つくのは俺だけだ。そして、好きな人を傷つけなかったという事実だけで俺は悦に浸れるのだろう。まったく、救いようのない阿呆だな。まぁ、誰に救ってもらわなくても、俺は俺を救えるのだから構わないけどね。
「そう、だよね……うん」
「あぁ」
しばらく無言が続いた為、話は終わったのだろうと解釈し俺は歩き出した。金剛さんはパタパタと駆け寄ってくると、そのまま隣を歩く。……え。話終わったんじゃないの?
「……また何か言われるぞ?」
「でも、私と天津くんは釣り合わないんでしょ? さっき天津くんが言ってたじゃん」
「あぁ……」
まぁ、そうなんだけどさ。少しでも可能性の芽は潰しておきたいじゃん?
やはり、話は終わっていたようで、彼女は何も話しかけてこない。ただ無言で歩くだけだった。なんか少し気まずくてチラリと金剛さんを見ると、彼女の肩が微かに震えている。
一瞬、また泣いているのかと思った。
だが、そうじゃなく。
「――くっ……っっ……っっ!!!」
彼女は笑いを堪えているだけだった……。そんな彼女は俺の視線に気づいたのか、こちらを見てから、盛大に吹き出した。
「ブッ!? ……っはははははははは!! ちょっと……やめて……こっち見ないでっっ」
いや、何もしてないんですけど。それともなに? 俺の顔に何かついてました? 頬や顎を触って確かめてみる。それを見た金剛さんはさらに笑いを大きくした。
「ごめんごめん……そういうことじゃなくてさ、なんか……おかしくって」
金剛さんはひとしきり笑ってから、大きく息を整えようとする。吐いた息さえも笑いで震えていた。
「だってさ、あの状況でさ、天津くんよくあんなこと言えたよね。なんか思い出したらさ……今さらおかしくなってきてさ」
あぁ、思い出し笑いだったわけね。可愛い金剛さんだから許されるけど、俺だったらたぶん気持ち悪がられて終わると思う。「……うわっ、あいつ一人でニヤニヤしてるんだけど。危なくない?」危なくない危なくない。全然危なくないよ? ただ、読んでた小説の先を勝手に想像してニヤついてただけだから。
「それにさ、こんな風に天津くんと並んで歩くのとか、少し前まではあり得なかったしさ……なんかもう、いろいろとおかしくって」
目尻の涙を拭いながら金剛さんは言った。確かに金剛さんからしてみれば、ここ数日間は頭がおかしくなりそうな程に目まぐるしかったはずだ。それがここにきて一気に溢れても仕方ない。
そして俺は気づいてしまった。金剛さんを気にかけた本当の理由について。
きっと俺は……やはり自分の為だったのだ。
彼女の涙を見たからじゃない。彼女を助けたいと思ったからじゃない。俺はあの日の金剛さんをいつかの自分と重ねて見てしまった。
あの日の金剛さんではなく、いつかの自分を助けたいと思ってしまったのだ。
だからこそ、気にかけ声をかけた。
なんだよ……やっぱそういうことか。やはり、俺の持論は間違ってなかった。やはり人とは、誰かの為に動くことなどありはしないのだ。それは少なからずも自分の為なのだ。
自分の考えが間違ってなかったことに安堵した。たかが涙くらいで動いた自分を否定できて良かった。だって、そんなことでホイホイ動いたら、きっといつかまた騙されてしまう。そんなことはもう絶対にさせない。ボッチは用心深い生き物なのだ。
「いろいろと教えてもらったついでにさ、今度勉強も教えてよ」
ようやく笑いを収めた金剛さんがそんな事を言ってきた。どうやら俺の提案を信用する気になったらしい。
「学校以外でな」
「はいはい。また何か言われるからでしょ?」
もはや、天然ぶりっ子を演じていた金剛さんとも、気丈に振る舞っていた金剛さんとも違う、そこにはただの金剛さんがいた。
彼女は、自分が可愛いことを自覚し努力してきたと言っていた。だから、これまでの金剛さんは彼女が自分で考え、たどり着いた可愛い自分だったのだろう。
だが、そんなものはなくても普通に彼女は可愛いのだと思う。
もしも今ある笑顔や表情や仕草がすべて計算されたものであるのならば、きっと彼女はもっと上手く立ち回っていたはずだからだ。
こんな結果には、ならなかったはずだからだ。
この結果は、果たして彼女にとって善かったことなのかどうかは分からない。それを知る術もない。もしもなんて在りはしない。在るのは、ただの現実だけ。
それでもまぁ、今笑えているのならそれで良いのかもしれない。たとえ、それが意にそぐわない結果だったのだとしても、そこに自分さえいればなんとかなるからだ。
俺は、自分の考えを再確認出来たことを嬉しく思う。
まだ、俺の主張は崩れてない。まだ、俺の持論は覆されてない。
だから、まだ俺は俺だけ居ればそれでいい。
ボッチは正義なのだと、また俺は俺自身に証明してしまったらしいな。
たくさんの評価、ブクマありがとうございます。
感想についても返してないですが、全て目を通させて頂いています。
また、批判的と『あくまでも思われる』コメントについてですが、自分の中で咀嚼し次に活かすだけです。
そして私は知っているのです。それらのコメントをくれた名前が、いつか、どこかの私の作品で、感想をくれたことのある名前であることを。
作者とは案外覚えているものです。
しかし、そんなことに一喜一憂などせず、作品の事だけを考えられたらどんなに良いことか!!
アラユル事ヲ自分ヲ感情ニ入レズニ、ヨク見聞キシ、ワカリ、ソシテ忘レズ。
ですが、それは難しいことで、やはり褒められれば嬉しくなり、苦にされたら気が沈むものです。
だからこそ……それは無理なのだと分かっていても、やはり願わずにはいられないのです。手に入らないと分かっていても、それを欲してしまうのです。
だからこそ、彼は最後に願望だけを綴ったのだと私は思います。
ソウイフ者ニ、私ハナリタイ、と。
私の超個人的で勝手な解釈です。




