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堕天

一日のPV10000いったー! やはりボッチ最強か

 それは一つの噂から始まった。



――霧島海人くんが、姫沢高校の女子と遊んでいるのを見た。



 火のないところに煙は立たぬ。おそらく、この学校の誰かがそれを目撃したのだろう。そこに天津風渡の名前はない。当たり前だ。俺と霧島が彼女たちと遊んだのは、もう二週間ほど前になるのだから。もしもその時に目撃されているのなら、事態はもっと早く動いていただろう。こんな時間差でやってくるわけがない。まぁ、あの時に目撃されていたからといって、俺の名前があがるとは思えないがな? 目撃者は目撃したことさえ気づかないのだ。やばいな……そろそろ暗殺の依頼とかきそう。


 噂は所詮(しょせん)噂でしかない。一時の話題にはなるだろうが、自分とは無関係のことであるため次第に消えていく運命にある。そう考えると噂って可哀想だと思う。人が人と会話をするためだけに使われ、古くなったら捨てられるからだ。ほんと、なんでそんなに非道なことができるのか。これはもう、会話をしないやつの方が優しいということになる。沈黙は金。金は、変わることない価値を持ち続ける鉱物だ。だから会話をしない奴も変わることない価値を持つ人間ということになる。……そうか、俺って価値ある人間だったんだな。みんなからの評価が低すぎて自分のこと過小評価してたわ。これは改めて評価しなおさなければならないな? ええと……? 今、俺は孤高の神のはずだから、それよりも上は……全知全能の神かな? まぁ、なにはともあれ噂は噂でしかないのだ。


 だが、今回はその噂になってる人物が厄介過ぎた。


 霧島海人。その名前は、噂を噂として終わらせるわけにはいかない者を動かすことになる。


「霧島くん、この前の休み何してたのー?」


 サッカー部の朝練が終わり、教室に入ってきた霧島に問いかけられた言葉。その口火をきったのは金剛(こんごう)麻里香(まりか)である。クラス内にいた奴等の殆どが、さりげなく聞き耳を立てる。俺もそのうちの一人だった。別に霧島のことが気になってるわけじゃない。かっ、勘違いしないでよね! 俺はただ、りんちゃんと霧島がまた会えたのか気になるだけなんだからねっ!


「先週? あぁ、サッカーの練習だったよ。大会近いしね」


 にべもなく答える霧島。とても普通の答えだった。


「そっかぁ。頑張ってね! 私、応援してるから! ……でさ、誰かと会ったりしてない?」


 こっわっっ! なに、その落差ある質問。フォークボールかよ。さすがは霧島海人に並ぶ女としてネタにされるだけはある。そんな隠し球持ってるとはな。


「誰か? 誰かって、誰のことかな?」


 それを笑顔で打ち返す霧島。それは金剛さんに直撃し、教室の時が一瞬止まった。修羅場? 修羅場なの? もう止めてよぉ~ここは俺の王国なんだから争いとかダメッ!


「いや……なんか、霧島くんが姫沢の子と会ったりしてるって噂があったからさ……その、本当なのかなー? ……なんて」


 金剛さんはつくり笑いを浮かべてみせる。彼女はそうやって誤魔化したつもりなのだろうが、そのせいで質問がストレートになっている。そんな棒球を霧島が見逃してくれるはずがない。


「へぇ、そんな噂があるんだ。でも、ただの噂だろ? それに麻里香には関係ないことだよ」


 じょーがいホームラーンンンンンッッ!! やはり強し霧島海人ぉぉ。彼はそのまま悠々と自分の席につくと、話は終わったとばかりに、今度は近い席の連中と別のことを話し出した。金剛さんは全く相手にされていない。完全なる敗北である。


 彼女は呆然とし、視線だけは霧島に向けていた。


 ……それで彼女は止めておけば良かったのだ。霧島がそうやって話を終わらせたということは、つまり触れてほしくない部分である可能性が高いのだから。


 だから……真相を確かめるにしても、やり方を考え直せば良かったのだ。


 だが、そうやって話を終わらせたことが、噂に少しの真実味を帯びさせてしまい、たぶん、そちらの方が気になってしまったに違いない。


 人は一つのことで頭が一杯になると、冷静な判断が出来なくなってしまう。それを助けてやれる奴がいれば良いのだが、今の金剛さんにはいなかった。いつも彼女に取り巻いている女子たちは、気まずそうに顔を見合わせているだけだ。当たり前だ。自分が取り巻いている者が、それよりも強い者に敗北を喫したのだから。


 それが金剛麻里香を独りにさせ、冷静ではなくなった彼女を暴走へと追い込んでいく。ちなみにだが、俺はいつも冷静だ。というよりも、冷静でいなければならない。何故なら、俺には助けてくれる者がいないからだ。だから常に油断せず、果たして自分は正しいのかと問い続けなければならない。

 

 だが、金剛さんは違った。


「きっ、霧島くん。……たっ、たぶん面白おかしくネタにされてるだけだろうけどさ! 私って霧島くんとお似合いとか言われてるじゃない?? だから、そういう噂があると、また誰か浮気されたーとか言い出すと思うんだよね!? だからさ!? 関係ないとことは、ないんじゃないっ!?」


 今度は、本当に時が止まった。


 全ての会話が途切れ、視線は金剛麻里香へと集まっていく。それでも、金剛麻里香は止まらない。止まりかたを知らないのだ。誰も何も言わない。彼女が死地へと走り出していることは明白なのに。

 取り巻きの女子を見れば、恐怖におののいた表情をしている。動かないのではなく、動けないのかもしれない。ここで動かなければならないのは、彼女たちしかいないのに。


 そして、そんな時の中を霧島だけが冷静に見据えていた。そこには笑顔などなく、身に纏う雰囲気は鋭くなっていく。


「……麻里香。俺は君とお似合いだなんて思ったことは一度もないよ。ただのネタだし、それを本気にしてるのは麻里香の方じゃないのか?」


 (てっ)(つい)! それはまるで、天から落とされた稲妻のごとく金剛さんを打ち貫いた。もはやオーバーキル。金剛さんは言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くしている。


 そうして、ようやく金剛さんは辺りを見渡した。


 きっと彼女には見えているのだろう。どん引きしているクラスの面々が。その顔ぶれの中には、味方であるはずの女子たちもいて、自分が今どんな状況下にいるのかを正確に理解したはずだ。


 その空気は薄氷(はくひょう)のようであり、叩けば今にも壊れてしまいそうだった。



 なのに、人とはあまりに非道だ。



「……うっわぁ。何今の? さすがに擁護できなくない?」

「それ思ったぁ。いつも思うけどさぁ、金剛さん少し勘違いし過ぎじゃない? 何様って感じ」


――コンコン。


「ちょっと可愛いからって調子のり過ぎだよね」

「今のはないわぁ」


――コンコン。


「霧島くんメッチャ付きまとわれてるじゃん。つか、金剛さん彼女にしたら怖すぎ」

「さすがにネタって分かるでしょ」


 それらは囁き声のはずなのに、俺にもよく聞こえた。薄氷は心ない言葉たちによって容赦なく叩かれていく。コンコン、コンコン。それはヒビが入る隙すら与えず、呆気なく壊れてしまう。


 

 金剛さんの口元が、手が、わずかに震えていた。それでも、瞳は教室中を漂い、助けを求め続ける。しかし、ここには手を差し伸べる者はいない。手を差し伸べなければならない者は、確かにいたはずなのに。


 後退り、ガタッと金剛さんは近くの机にぶつかる。そこに座っていた者は、嫌そうに机をずらした。


「あっ……いや、その……そんなつもりじゃ」


 うろたえた金剛さんは、震えた声で何かを必死に言おうとした。だが、それさえももはや許されはしなかった。


 その時、一限目を告げるチャイムが鳴り響く。時は止まってなどいない。そう見えても、ちゃんと動き続けている。そして、それこそが、最悪の審判を無言で告げた。


「授業始めるぞー。……おい金剛、なにやってんだ早く席につけ」


 教室に入ってきた教師によってこの場は収められた。形上は。


 だが、壊れてしまったものはもう元には戻らない。時は止めることも、戻すことすらも出来はしない。みんなはまるで、今のことなど無かったかのように気怠い雰囲気で教科書を広げる。


 しかし、席についた金剛さんだけは、その気怠さの中にいない。独りだけ取り残されていた。

 

 結局、一限目が終わった後、彼女に話しかける者すらいなかった。金剛さんは無言で教室を去り、そして二限目から戻って来なかった。逃げたのだ。逃げてしまったのだ。そして、その事実すら、彼らは話題の一つとして会話に取り込んでいく。


 噂は噂でしかない。だから、放っておけばそのうち消える運命にある。だが、事実はそうではない。彼らが見たものは、聞いたものは、感じたものは、言葉なんかよりも明確に真実味を帯びる。


 だからこそ、消えることはない。そして、消えぬ真実は次第に周りに干渉し、影響の範囲を広げていく。


「――金剛さん、トイレの個室で泣いてたんだけど」

「――まじ? 声かけてやりなよぉ」

「――まじ無理。つか、怖すぎてすぐ出てきたから」


 女子にしか分からないはずの事ですら、そうやって晒される。


「――顔はいいのに残念だわぁ」

「――今なら落とせるんじゃね? 話しかけてみろよ」

「――さすがにそれは罰ゲームね」


 心ない言葉。堕ちていく評価。あまりにも露骨にそれらは広がっていく。


 既に取り巻き女子たちは金剛さんを見限っており、彼女たちしか知らないはずの秘め事が、面白おかしく話に上がっていた。


 誰もが無意識に嗅ぎとっているのだろう。彼女に味方をするのは悪手だと。だから、自分は彼女の敵なのだと意思表示をする。そうやって、自分は無関係だと遠回しに主張する。


 そんな敵地にわざわざやってくる馬鹿はいない。だが、それでも……この教室の名簿には金剛麻里香の名前があり、席が用意されている。


 だから、彼女は帰ってくるしかない。そして、もはや自分には味方など一人もいないことを知りながらも、そこに座るしかない。


 まるで拷問だ。それでも、彼女は席に座るしかない。


 俺はこの教室の王だ。俺がいる限り、この教室には争い事などないはずだった。

 しかし、それでも起きてしまった。


 金剛麻里香は、可愛いさをステータスに持つ女の子だ。そのステータスだけで、ここまでやって来た。だが、そのステータスは同系統ステータス、イケメンを持つ霧島によって握り潰されてしまう。彼女には他に武器となるステータスを持たない。


 故に、まるで羽をもがれた天使のように、金剛麻里香は呆気なく落ちた。



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