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後日のこと

 月曜は憂鬱だ。休日にだらけまくっていたせいで起きるのが辛いし、なによりあと五日間も学校に行かなければならないという気持ちが気後れをさせる。それでも、学生たちはそれすらも日常の一部とみなして家を出る。勤勉で真面目なのではなく、それが当たり前なのだ。


 そんな当たり前の日常が俺の元にも戻ってきた。


 学校に近づくにつれ、友達を見つけて会話をする奴等。教室ではきっちりと並んだ机や椅子に、関係なく輪をつくり話す奴等。休日に何かが大きく変わるわけではなく、奴等の会話とて大きな話題性があるわけではない。それでも、こうして誰かと言葉を交わすことにより確認したいのだろう。自分の居場所を。そうやって溶け込むことに必死なのだ。居場所がないのは辛いことだから。


 そして、俺も俺の居場所へと戻る。


 教室で、唯一俺だけに許されたボッチという玉座(ぎょくざ)に。これは独りしか座ることが出来ない椅子であるため、ボッチ選定には時間を要する。その期間は最速で一年。

 高校二年生の春からこの玉座に座ることを許された俺は、超一流のエリートということになるのだ。


 王のいる国は安泰だ。だから、俺がボッチの玉座に座るこの教室では、争い事がほとんど起きない。つまり、このクラスの平和を保っているのは俺ということになる。

 

「――おはよー」

「――おはよー」


 今日も今日とて、このクラスの国民たちは元気だ。うむ。余は満足である。さて……職務である寝たフリに徹するとしよう。


 俺はいつも通りの時間を過ごし、霧島も彼の友人たちと思い思いの時間を過ごす。彼が俺に話しかけてくることはなかった。そう、一緒に遊んだからといって何かが変わったわけじゃない。それだけで友達面するのは違う。一緒の時間を過ごしたから親しくなったように感じるだけで、その実、お互いの距離はさほど近づいてはいないのだから。それを人は勘違いと呼んだ。


 ……ただ。


 そういった勘違いが、悪であるのかと言えばそうでもない。近づいたのだと錯覚しているだけで相手と言葉を交わしやすくなるし、それをキッカケに本当の友人になる可能性がある。まぁ、俺と霧島にそれが当てはまるのかと問われればNoだが。


 それでいいのだ。


 そうやって過ごした一日。何事もなく時間は過ぎていき、憂鬱に思っていた月曜話はあっという間に日を傾けた。既にお決まりとなっている即帰。いつものようにバス停へ行くと、そこには日向舞がいた。


「やぁ」


 俺を見つけ、控えめに手のひらを見せてきた。俺は彼女が現れた理由についておおよその検討をつけると、バス停を通りすぎる。


「ちょ、ちょっと」


 止めようとしてくる彼女に一言。


「次のバス停まででいいか?」


 日向舞は呆然とした後、ようやく察してくれたのだろう「うん」とだけ返してきた。


 二人並んで歩く。俺から声をかけることはない。話があるのは向こうなのだから。


「昨日は……ありがとう」

「あぁ、お疲れ。あまり役に立てずすまなかったな」

「そんな……私こそ、うまくできなくて。あんなつもりじゃなかったのに」


 ぽつりぽつりと、ぎこちない会話が始まる。


「霧島くんはどう……?」

「どうって?」

「何か話した?」

「なにも」

「……そう」


 そして途切れる会話。そして無言で歩き続ける俺たち。……え? なに? なんか話があるんじゃないの? もうすぐ次のバス停着いちゃうけど……。


 俺は焦れったさを感じて歩みを止める。二、三歩先で日向舞も止まった。


「なんだよ。なんか、話あるんじゃないのか?」


 もしかして一緒に帰りたいだけ? ……んなわけないよな。


「あー……うん」


 ストレートに聞いても反応が鈍い日向舞。俺は彼女の話を少しだけ推測してみることにした。


「りんちゃんのことか?」


 もしもそうなら、日向舞がわざわざ現れた理由もわかる。おそらく、昨日俺とりんちゃんが二人きりでいた時のことを知りたいのだろう。大丈夫だったか気にしてたしな。


「俺から話せることは何もないぞ。それは、お前が本人から聞くべきことだと思うがな」


 俺からは話せない。彼女が落ち込んでいたこと、彼女の気持ち、そして、彼女が出した答え。

 言葉にするのは簡単だ。それをありのまま説明すればいい。だが、言葉にしたからといってそれが全て伝わるわけじゃない。あの時の雰囲気や表情から読み取れることは、俺にしか分からない。そして、あのときのことは、それらを理解しなければ分からないことのような気がした。


 だから、俺から話せることは何もないのだ。たぶん、話せば曲解させてしまうから。それが彼女たちにとって、良い方向に転ぶとはとても思えないから。


「ちっ、違うの。その……少しだけどあの時の事、しょうりんから聞いた」


 なんだ、話したのか。なら、もう思い付く理由がないんだが。


「私が今日来たのは……お礼を言いたかったの」

「あぁ、なるほどな。りょーかい」


 なら、もう用件は済んでたわけか。さっきありがとうって言ってたしな。会話が途切れたのはそういうことね。にしても律儀だな。わざわざバス停で待ってるなんて。LINEで済ませりゃ良かったのに。


 俺は納得してから、すぐそこまで見えてるバス停まで歩き出す。チラリと道路を振り返ると、ちょうど向かってくるバスが見えた。


「急ぐか。あれに乗れそうだ」


 日向舞にも分かるようにバスを指差してから走り出した。しかし、その腕を急に掴まれてしまう。


「むっ!?」

「きやっ!」


 反動でバランスを崩し、掴んだ彼女も一緒に転倒してしまった。バスはそんな俺たちを悠々と追い越し、誰もいないバス停で、最短停車してから過ぎ去っていった。


「……何してんだよ。あれ乗れたのに」


 立ち上がりながら日向舞を見ると、彼女は不満げな表情を俺に向けていた。


「だって……まだ話は済んでないのに」

「話? 礼ならさっき言ってただろ。ありがとうって」

「違う。そっちじゃなくて……」

「そっちじゃない?」


「あー、もうっ!!」


 彼女は言葉を荒げて立ち上がった。いつの間にか頬が上気している。瞳には少しの怒りが揺らいでいて、真っ直ぐに俺を見ていた。


「なっ、なんだよ?」


 それでもなかなか口を開かない日向舞に、俺はたじろいでしまう。なんなの? なんか怒らせるようなことした? なんで無言で威圧してくるの?


 日向舞は胸に手をあてて小さく深呼吸をし、それから再び俺を見る。


「その……私ね、しょうりんが怒ってると思ったの。あの子は霧島くんが好きだから、私が霧島くんに選ばれたことを、怒ってると思ってた。でもね? あの子全然怒ってなくて、むしろ、これからも仲良くしてねって言われたの」


「……良かったじゃねぇか」


「うん、良かった。すごくホッとした。私はこれまで、同じようなことで友達をなくしてたから……だから、恋人なんてつくらないって決めてたのに……また同じことをしてしまったんだと思った」


 話し出した日向舞は、言葉を紡ぐことに精一杯なのか、視線を(せわ)しなく動かし、鞄を持ってない空いた手でスカートの裾を握ったり放したりしている。


「でね? あの子が教えてくれたの。そういう風に素直に思えたのは……天津くんのおかげだって」

「そうか? 俺が何も言わなくても、りんちゃんがお前を切るようなことはしなかったと思うがな?」

「そう、かな?」

「そうだろ。だからお礼なんて言わなくていい。感謝すべきなのはりんちゃんの人柄だろ」


 それに、あれはどうしようもなかった。俺的には霧島が悪いとは思うのだが、それをあげると一目惚れが悪いことに繋がってしまう。……まぁ、一目惚れが悪いのは確かなのだが、りんちゃんも霧島に一目惚れをしていた。だから、それを悪にするとりんちゃんにも責任が及んでしまうような気がしたのだ。だから、あれはもうどうしようもなかったと片付けていい。俺が許す。


「でもね。たぶん、それだけじゃなかったと、私は思う。……昨日、天津くんがしたこと、やったこと、たぶん私が気づいてないことまで全部……それがあったから私はしょうりんと友達でいれたんだと思う」

「……大げさだな。まぁ、それならそれで別にいいぞ」


 誉められるのは悪い気しないし。


「うん。だから、ありがとう」


 そう言って、日向舞は頭を下げた。もしかしたら、彼女が昨日元気なかったのは不安だったからなのかもしれない。霧島とりんちゃんの仲を取り持てなかったことにではなく、りんちゃんとの関係が崩れてしまうことを恐れていたのかもしれない。それはたぶん、過去の経験と重なったから。


 人は経験を次へと活かす生き物だ。今日、世界が突然終わるかもしれないのに、これまでの日々があまりに平和だったから……平穏だったから……今日もそうであると確信して、のんきに生きている。そして、明日もそうであると思っている。しかし、実際はそうじゃない。いつ、何が起こるか分からないし、未来なんて誰にも分からない。それでも……一昨日東から日が登ったから、昨日も同じように東から日が登ったから、明日もそうであると信じているのだ。


 経験則。そうやって、人は記憶から答えを導きだそうとする。そして、日向舞はその経験則から一つの答えを導きだしたに違いない。彼女が最も恐れ、最も出したくなかった答えを。……その答えを出さぬようにしたはずなのに。……間違えないようやり方を変えたはずなのに。


「それともう一つ、お礼を言いたいことがあるの」


 なに、まだあるの? お礼のバーゲンセールかよ。あんまり安売りし過ぎると、薄っぺらくなるぞ?


 俺は全力でお礼受け入れ態勢に入る。もらえるものはもらっておくに限る。別に悪いことではないしな。


「私さ、恋人つくらないって……言ったよね」

「……ん? あぁ」

「でも、それをやっても結局昨日みたいになった」

「まぁ、そうだな?」

「だから……止めようと思うの」

「止める? 恋人を作るのを止めることを、止めるのか?」

「うん」


 自分で言っててワケわからなくなりそうだ。もう恋なんてしないなんて言わないくらいややこしい。


「そうか。それでいいんじゃないか?」


 それと俺にお礼を言うことがどう繋がってくるのか、よく分からないが。


「昨日、しょうりんと話してみて思ったの。私が考えてたことは間違ってたんじゃないかな? って」

「間違い……ではないと思うがな」


 まぁ、正しくはないとは思う。


「それと……しょうりんね? まだ霧島くんのこと諦めないで頑張るって。直接フラレたわけじゃないからって」

「……そうか」

「そんなあの子を見てて感じたの。なんか、いいなって。すごく前向きで、女の私から見てても可愛くて……」


 否定は出来ないな。りんちゃん可愛いし。


「だからさ。たぶん羨ましくなったんだと思う。だから、止めたの」


 それから日向舞は、落ち着きのない空いた手で、そっと俺の服の裾を摘まんだ。そして、ゆっくりと視線を俺に合わせる。


「もしかしたら、これは天津くんに言うべきことじゃないのかもしれない。それでも……今はそう思ってて、今だけは……あなたに感謝してる」


 日向舞は静かに、そしてハッキリとした口調でそれを言った。


「ありがとう、天津くん。私を――女の子に戻してくれて」


 ……え。


 それは、よく分からない言葉だった。たぶん、日向舞の中では完成された言葉ではあるのだろう。だが、俺にはいまいち理解出来なかったのだ。

 口にしても、言葉にしても伝わるとは限らない。それが、今ここで起こった気がした。


「それだけ言いたかったの」


 摘まんでいた手が放れる。俺はもう少し捕捉説明が欲しくて、無意識に日向舞を掴もうとしたが、俺の手は空を掻いた。


「ごめん! またね!」


 バス停まで先に走り去ってしまった日向舞。いや、またねって俺もバス待つんだけど。


 だが、日向舞はバスには乗らず、手を挙げてタクシーを捕まえてしまった。それに乗り込み、タクシーはあっという間に走り去ってしまう。


「さすがお嬢様学校に通うだけあるな……」


 あとに残された俺は、あまりに急な日向舞に、ただただ、呆然とするしかなかった。




さて。ようやく準備が整ったので、次の話からタイトル回収に動き出します。

あと、タグのざまぁ展開もね! 始まる天津劇場に刮目せよ!!


ブクマ、評価、感想ありがとうございます。たくさんの方に読んでいただけてるようで嬉しく思ってます。

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[良い点] 私を女の子に戻してくれてって台詞めちゃええな! [気になる点] 特になし [一言] 今のところ文句なく楽しめてます♪
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