後先考えない奴等は終わらせ方に困る
「どこまで行ってたの? 何度連絡しても繋がらないし、心配したんだから」
ボウリング場に戻ると、日向舞が怒っており、その瞳は涙で湿っていた。りんちゃんがポケットからスマホを取り出して「ホントだ!」なんて驚いた。俺も念のためそっと確認してみたが、LINEには着信履歴がなかった。んー、普通繋がらなかったら俺にも連絡してみるんじゃないんですかね? それとも俺は心配してなかったってことですかね? まぁ、別にいいんですが。
「霧島は?」
見渡すがあのイケメン野郎がいない。
「二人を探しにいってくれてる」
「……そうか。心配かけて悪かったな」
俺には着信履歴はなかったけどさ。
「帰ったかと思った」
ポツリと呟いた日向舞。その声は弱々しく、視線は俺たちではないどこかをさ迷う。
「えぇー? 勝手に帰るわけないじゃん」
りんちゃんは日向舞の醸し出すそんな雰囲気を掻き消さんばかりに明るい声で答えた。そうだぞ、日向舞。俺ならまだしも、りんちゃんまで帰るわけないでしょ。
そう、俺ならまだしも、な?
ボッチの三大権利のひとつに、自由帰宅というものがある。これはどんな時でも、どんな場合においても、ボッチはみんなといることを強制されない、という権利である。たしか裏日本国憲法で定められていたはずだ。マッカーサーが日本国民の協調性に恐れを抱き、そんな中でも炙れてしまうボッチの為に定めておいてくれたらしい。憲法改正に関していろいろと言われているが、この裏憲法だけは改正しないでほしいね!
だからボッチはいつでも帰れる。なのに、こうしてわざわざ残ってる俺は偉い。まぁ、裏憲法のこととか言い出すと、みんな何も言えなくなってしまうから言わないけどね。むしろ、言えないけどね! だから帰るときは黙って帰る。それがボッチというものだ。
「でも、私が霧島くんと二人きりになったから……」
「大丈夫。こっちも意外と楽しかったから、ね?」
「おっ、おお」
消え入りそうな日向舞の言葉に、りんちゃんはいきなり俺に笑顔を向けてきて同意を求めた。それに思わず頷いてしまう。
「そう、なんだ……?」
「うん。まぁ、少し残念だったけど、別になんとも思ってないよ」
りんちゃん……聞かれてもないのに「なんとも思ってない」というのはダメだぞ。あれだ、女の子が「別に怒ってないけどね!」と頬を膨らまして言うのと一緒。つまり怒ってるし、怒らせてしまっているのだ。だから、それをされた相手はどうしようもなくなって謝るしかない。
「……ごめんね」
ほら。
「……ううん。私の方こそごめんね? それとありがとう。舞ちんは悪くないよ」
りんちゃんは確かな力強さを持って、静かに日向舞へと告げた。優しいなぁ。なんで霧島は日向舞の方がいいのか。
そんな時だった。
「おーい!」
颯爽と霧島が走って現れた。俺たちの場所までくると、膝に手をついてから息を整えている。お前あれだろ? どうせそこの角から走ってきただけだろ? 疲れたアピールで膝に手なんか付きやがって。それ試合でしてたら監督に怒られるやつだからな? 俺には分かる。なぜなら、俺がその手をよく使うからな! それと現れるタイミングとかも図ってたんじゃないのか? 俺には分かる。なぜなら、俺もみんなの輪の中に入っていくタイミングとかだいたい図ってるからな? 蛇の道は蛇。誤魔化しはきかんぞ。まぁ、だいたい図りすぎて逃してるのが現実だがな。
「良かった。探したよ二人とも。どこにいたんだい?」
見つけられるわけがない。俺のステルスを舐めるな。むしろ探されないのが俺だ。
「ごめんね霧島くん。ちょっと外に出てたの」
「そうだったんだ? もしかしたら帰ったことも考えてバス停まで行っちゃったよ」
はい、ボロが出たな霧島。お前さっきの日向舞の発言聞いてただろ? やっぱ角から様子を窺ってたんじゃねーか。お前は普段の俺か。あと、りんちゃんが謝るのはお門違いだから謝る必要は全くない。
「放送で呼び出しとかも考えたんだけど、さすがにそれは止めておいたんだ」
「うわぁ、それされてたら恥ずかしかったなぁ」
りんちゃんは何の違和感もなく霧島と話せている。それを見ていた日向舞は、こっそりと安堵の息を吐いていた。逆に凄いのは霧島の方だと思う。よくもまぁ、こんなにも爽やかに話せるものだ。こいつ面の皮厚すぎるだろ。もっと恥ずかしさとかを覚えるべきですよ? ちみぃー。
「……ねぇ」
霧島に呆れていると、日向舞に服のすそを引っ張られた。
「……なんだよ」
「ほんとに大丈夫だったの?」
「なにが?」
「なにがって……」
日向舞は少しだけ俺を睨み付けたあとサッと離れる。……はぁ、日向舞、大丈夫なわけないだろ。ただ、りんちゃんが大丈夫だと言った以上、俺に楽しかったよね、と同意を求めてきた以上、それはつまり大丈夫だったということにしなければならないのだ。俺は空気を読む人間だからな。むしろ、読みすぎて壊してしまう人間だからな。そういうところはわきまえている。
「外に出て気づいたけどさ、もう結構な時間なんだな? 今日はそろそろ帰らないか?」
霧島が提案してくる。外に出て気づいた……? あれ、もしかしてほんとにバス停まで行ってたの? だとしたら俺の勘違いか……。あっぶねぇー。言葉にしてたら霧島を疑ったこと謝らなくちゃならないところだったわー。まぁ、古来中国の言葉にもあるように「李下に冠を正さず」、疑われるような霧島が悪いのだから、どっちみち謝らないけどね! やばい、俺の理論が完璧過ぎる。
「うん、帰ろっか」
りんちゃんが答え、日向舞もそんな彼女を少しだけ見つめてから頷く。なんとなく歯切れの悪い雰囲気があったものの、満場一致で今日は帰ることになった。
ただ一つ……日向舞が気にしたように、霧島と彼女がどうだったのかということだけが心にあった。だが、それを聞いたところで俺が何を出来るわけでもないため聞かずにおく。たぶん、それを聞くべきは俺じゃないしな。
施設を出てからバス停で待つ間、霧島とりんちゃんはよく喋っていた。対称的に日向舞はあまり話しておらず、俺に至っては平常運転の無言である。最初とは大違いだ。
「ねぇ、そういえばさ? 二人きりになれた感じどうだった?」
突然、りんちゃんが霧島に問いかけた。おい……それを霧島に聞いちゃうのかよ。聞くべきは日向舞の方だろ……。彼女の質問にこちらがハラハラしていると。
「あぁ、フラれちゃったよ。はは」
なんて霧島は答えた。答えるのかよ……しかも、フラれたとか言っちゃうのかよ……。
「なるほど。だから舞ちん元気ないんだぁ。せっかく遊びにきたんだし、最後は仲良く終わりたいよね? だから最後のバスの中では、罰として霧島くんが舞ちんを元気付けてあげてくれるかな?」
……何を言ってるの、この子? 俺はりんちゃんの言動が理解できず、思考停止しそうになった。普通、元気づけるのって、りんちゃんの役目でしょ? というか、なんでフラれた霧島が、フッた日向舞を元気付けるんだよ。おかしくね?
「俺は構わないけど……」
霧島は苦笑いで日向舞の方を見やる。日向舞は顔を上げ、どうしていいのか分からない表情を浮かべた。そして俺の方を見てくる。いや、助けを求められてもな……俺も何が起こってるのか把握できてないし……。
「舞ちん!」
そんな彼女にりんちゃんは近づいて、何かをそっと耳打ちしていた。すると、日向舞はゆっくりと頷く。
「決まりだね。じゃあ、私は天津くんと一緒に乗るから」
なに? 何が決まったの? しかもその口調だと、みんなの賛同を得られたような言い方ですよね? あれ? 俺その提案にいつ賛同したの?
わけが分からないまま、何故か俺は行きと同じようにりんちゃんと乗ることになってしまった。
「きたきた」
道路の奥からバスが見えた。四人の中で唯一元気なりんちゃんはバスに向かって「おーい」なんて手を挙げている。いや、タクシーじゃないんだから。だが可愛いのでよき。むしろ普通の乗用車でも止まってしまいそうなほど。犯罪に巻き込まれないといいが……その時は守らなくてはな。
バスに乗り込むと、決めた通りに椅子に座る。というか、フッたフラレた直後の二人を一緒にするとか、どんなSMプレイだよ……それを提案したりんちゃんが怖すぎる。
「また一緒になっちゃったね」
なんて笑顔で言ってくるりんちゃん。もう怖すぎて苦笑いしかできん。
「どういうつもりだ……」
「霧島くんへの仕返し、かな」
りんちゃんはそう言ってペロッと舌を出してみせた。ふわぁぁぁああぁあ! なにこの子、怖すぎるんだけどぉぉ! こんな可愛い顔して考えてることエグすぎるんだけどぉぉ!
「……まぁ、それと、今日を良い形で終わらしたいってのもあるかな。それに、このままだと次はないよね」
「……次?」
「うん。楽しく終わったらさ、また遊ぼうってなるじゃん? ほら、私が霧島くんと会えるのってそういうのしかないし」
策士でしたか。なるほど。ただ、これだと日向舞が可哀想過ぎる。もはや生け贄にしか見えない。霧島に至っては自業自得なので除外だ。
「あと……舞ちんには悪いけどさ。正直、今はどちらとも二人きりで話せる気がしないから……」
最後にりんちゃんは呟くように言った。それが本音か。まぁ、そうだよなぁ。
りんちゃんは霧島のことが好きで、日向舞も好きだと言った。しかし、それをそのまま態度にして行動に移すには、それなりの時間を要するのだろう。だから、どちらとも二人きりで乗りたくなかったのだ。二人きりで乗れば、話さずにはいられないから。だから、話さなくてもよい俺を選んだのだろう。
「なんか疲れたね」
「……そだな」
俺とりんちゃんは、それっきり話すことはなかった。
りんちゃんは本当に疲れていたようで、コックリコックリし始め、しまいには俺の肩にこつんと頭を付けてすぅすぅと寝てしまう。霧島と日向舞は何かを話していたようだったが、聞こうとは思わなかった。それよりも、俺はりんちゃんの頭が接触している部分に全神経を集中させることで精一杯だったからだ。
「――またね!」
「――……また」
駅前に到着し、彼女たちと別れる。どうやら、ここからは二人で帰るらしい。心の整理とかはついたのだろうか? 俺には寝ているだけにしか見えなかったが。ただ、駅前に到着するときに彼女を起こすと、顔を真っ赤にして謝ってきた姿を見れたので満足ではある。
「じゃあ俺も」
彼女たちを見送ってから、俺も帰路につこうとする。
「気にならないのかい? 俺と舞ちゃんが、何を話してたのか」
霧島が突然そう言ってきた。なんだか、聞けば教えてくれそうな言い方だ。だが、別に俺が聞くことは何もない。それはお前らの問題だし、俺が関わるべきことじゃない。
「……別に。あと、御愁傷様だったな? お疲れ」
だから、そう返して終わらそうとした。
「フラレたって言ったけどさ、まだ諦めたわけじゃないよ。舞ちゃんが言ったのは『誰とも付き合うつもりはない』ってことだったからね」
いや、言うなよ。今終わらそうとしたじゃん……。それに知ってたし。
「あっそ。なら頑張れよ」
やはり彼らの会話は、おおむね予想通りだったというわけだ。結局、今日の目的を果たすことは出来なかった。結果だけ見れば大失敗だ。
それでも。
今日集まった意味はあったのだろう。たとえそれが最悪な結末だったとしても、終えることができたならまた始めることが出来る。人は案外丈夫に出来ているのだ。どんなに傷つこうと、傷つけられようと、最後にはちゃんと立ち上がってしまう。そして、それらのことを経験にして、今度はより正解に近いやり方を導きだすのだ。
俺がそうであったように。
だから、今日のところはこのくらいで勘弁してやる。俺は心のなかで霧島にそう言い、そそくさと人混みに紛れた。