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変えられない現実

「……なんとなく、分かってたんだぁ。霧島くんが舞ちんに気があること」


 りんちゃんが、静かに告げた。


「なんか、舞ちんばっかり見てるし、私に話しかけてくれる内容はありふれたものばかりだし……相づちとか、ばかりだし」


 彼女はそっと体育座りをして膝に頭を埋めた。


「舞ちん……可愛いもんなぁ」


 すべてを諦めたような声音。自分を納得させようとする言葉。それは、今の彼女からかけ離れ過ぎていて、無理をしているのだとすぐにわかった。


 だが、言わずにはいられなかったのだろう。そうやって現実を受け止めようとする方法しか、彼女は知らないのだ。


 それからしばらくの無言が続いて、不意に。


「天津くんは……もしかして知ってた?」


 と問いかけられた。どう答えていいか分からない。だが、嘘は言うべきではないと思った。


「あぁ」

「そか。……舞ちんは知らなかったよね」

「知ってたら、たぶん中止にしただろうな。今日集まったのは、お前の為だったから」

「だよ、ね。それだけ分かってよかった」


 りんちゃんは両手で膝を抱き寄せて、さらに小さくなった。


「ズルいって分かってたの。霧島くんに気があったのは私なのに、霧島くんと知り合いになったのも、今日を企画したのも、全部舞ちんだもん。私はただそれに便乗してるだけ。そういうのが良くなかったんだよね」

「あいつは好きでやったことだろ。別に気に病むことはない。それに悪いのは霧島の方だ」

「あはは……でも、ようやく分かった。天津くんがボウリング頑張ってくれたのって、こういうことだったんだね」


 嬉しくなかった。俺のやったことには結果が伴ってないからだ。


「力及ばずすまん」

「ううん。及ばなかったのは、私だし……」


 そして再び無言。こういう時、なんて声をかけてやるのだろうか? 頭の中には聞き覚えのあるような言葉が並んでいったが、そのどれも違うような気がした。そもそも、それらはとても嘘臭くて薄っぺらい。


「霧島は全然ブレなかった。俺がそれを否定しても、敵対しても、笑って自分のしたいことを実行しやがった」

「霧島くん……強いもんね。たぶん、そういうところに憧れたんだと思う」


 それから、りんちゃんは少しだけ膝から顔を上げた。


「最初に霧島くんを見たのは、サッカーの大会をやってたグラウンドだったの。霧島くん、その中で誰よりも上手くて、輝いてた」


 つまりは一目惚れってことか。困ったもんだな、ここまで来ると一目惚れって悪に思えてくる。だから人を見た目で判断してはいけない。独りでいるからといって、ボッチだと決めつけてはいけない。ボッチはみんなといて初めてボッチなのだ。……あれ? それってもはやボッチじゃなくね? なんだ、じゃあ話しかけられなくたって、無視されてたって、みんなといる時点でボッチじゃないじゃん! ……やめよう。悲しくなるだけだ。


「私が霧島くんのこといいなって舞ちんに話したらさ、舞ちんは自分のことのように喜んでくれて……それで何とか霧島くんと私を合わせられないかって考えてくれたの。……おかしいよね、舞ちんは自分の恋は諦めてるのに、私の恋を応援してくれるなんて」


 そうか、日向舞はりんちゃんにも話してるのか。自分が恋人をつくらないという訳のわからない理論を。


「たしかにそうだな。普通なら、お前にも恋人をつくらないように薦めると思うぞ? 実際俺は、あいつにも友達をつくらないよう薦めたしな」

「ははは……面白いね、それ」


 笑いに力はなかった。当然だ。ギャグじゃないもの。本気だもの。


「天津くんってさ、舞ちんから聞いてた通り良い人だよね。今日私と初めてあったのに、私の為に頑張ってくれて」


 良い人、ね。使い勝手の良い人の間違いじゃないよね? 聞いてたのって。だが、まぁ、誉められて悪い気はしない。


「当たり前だろ? みんなが嫌がるボッチを、自ら買って出てるくらいだからな? ボッチは誰かが担わなくてはならないんだ。トイレ掃除と一緒だ」


 つまり、ボッチとトイレは切っても切れない関係性にある。便所飯って言葉があるくらいだし、ボッチはたまにみんなから汚物としてみられる。だが、みんなが快適に生活出来ているのは、ボッチがいるおかげなのだ。みんなそこをよく理解してない。そして理解されないからこそ、ボッチなのだ。


「トイレ掃除かぁ。でもさ、トイレ掃除してくれる男の子って私好きだな? うちのママがパパによく言ってるもん、「掃除するのは私なんだから綺麗に使って」って」


 ふむ。危うく俺とりんちゃんとの家庭風景を思い浮かべてしまうところだった。たぶん、あれだ。その前に「好きだな」って言われたからだと思う。ほんと男って単純。もっとよく考えて生きなきゃならない。とりあえず今日帰ったらトイレ掃除するか。


「そうか。だが、まぁ……日向には敵わないな。誰かの為にここまでする奴を俺は見たことがない。たぶんそれは、回り回って自分の為なんだろうが、さすがにやり過ぎてると思う。霧島もあんな奴のどこがいいんだか」


 霧島も一目惚れだと言っていた。みんな一目で好きになりすぎだろ。やはり一目惚れって悪だわ。

 

「――それでも、あいつは良い奴だ。だから、今回のことで嫌いにならないでやってくれ」


 りんちゃんはポカンとして俺を見る。瞳は涙で湿っていて、頬は赤く腫れていた。それから、ふっと表情を弛める。


「私の次は舞ちんなんだ……それとも、もしかして天津くんも舞ちんに気があるの?」

「それはない。断じてない」


 俺が日向舞に気があるだと? 気があるとしたら向こうだろ。だって今日の件も断ったのに無理やり連れてこられたもの。むしろ、俺のこと嫌いだからやったとさえ思える。


「言葉の通りだ。俺はあんな奴をみたことがない。友達なんて関係は、青春をとりあえず安心して過ごすための安定剤くらいにしか思ってなかったが、あいつは違うな。もはや効き目が強すぎて毒になってるレベルだ」

「うわぁ……天津くんの友達って、なんか苦そうだね」


「苦かったからな。俺が友達だと思っていた奴は」


 俺は、ゆっくりと息を吐き出す。


「――俺にも居たんだ。俺が、友達だと言えるような奴が。だが、そいつは俺を裏切った。他の奴等に流されて、影響されて、簡単に俺を切り捨てた。……笑ったよ、それまではどんなことがあっても俺はそいつを切り捨てるようなことなんてしなかったのに。それが友達だと思っていたのに。ただ……おかげで分かったこともある。俺の考え方が間違ってたんだ。友達は切り捨てるためにあるんだよ」


 俺は自虐ぎみに笑ってみせた。だが、決して自虐じゃない。それは正しく完璧な論理。



「だから……お前も日向なんて切り捨てちまえよ。好きな人を奪った奴だ。お前が切り捨てたって、それは自然なことだ」


 彼女はジッと俺を見ていたが、やがてふっと笑う。


「さっきと言ってること逆だよ? 天津くん。……それに私は舞ちんを切り捨てたりしないよ。私、舞ちんのこと好きだし」


 なんか圧倒的感情論で論破された気がする。なるほど。好きなら切り捨てたりしないのかぁ……なら、俺は嫌われたわけね。


「そうか……まぁ、俺には関係ないからどっちでも良いんだがな」


 こんなことになってしまっても、彼女が日向舞を思う気持ちに揺るぎはなかった。それは、これまでの二人の日々が、こんなことくらいでは崩れもしない強固なものだからだろう。それはとても美しいと呼ぶに相応しいもののはずなのに、現実は最低な結末を用意していた。


 それは変わらない真実。変えることの出来ない現状。


 ただ今は、だ。


「お前は……まだ霧島のことを好きでい続けるのか?」


 意を決して聞いてみる。霧島の気持ちを知ってしまった以上、二人を好きでいるのはとても辛いことのはずだ。だから、どちらかを切り捨てなければならない。


「……分からない。でも、たぶん今もまだ好きなんだと思う」


 りんちゃんは答えてくれた。それは答えになっていないかもしれないが、彼女は素直に自分の真実を吐露してくれた。なら、それによって出てくる答えもある。


「じゃあ、そのままでいろよ。日向のことも好きで、霧島のことも想い続ければいい。大切なのは自分だ。そのやり方はひどく辛いかもしれないが、今の自分を優先させるのが一番だ。奴等はお前にとってあくまでも他人だからな? 後からだって切り捨てられる。それを無理やり納得させて、どちらかを選んで、自分の気持ちを切り捨てることの方が、よほど頭の悪いやり方だ」


 そう。大切なのは自分だ。自分さえいれば生きていける。あとはどうだっていい。だから、自分の為に俺を切り捨てた奴を恨むこともない。俺が選ばれたのではない。奴は自分を選んだ(・・・・・・)だけなのだから。


「……天津くんって、本当は何者?」


 りんちゃんの問い。なんだよそれ。俺の正体なんて聞かなくたってわかるだろ。


「通りすがりのボッチだ。ただ、行く先々でだいたい悪の刺客と戦ってるな」


 しかし今日の刺客は強すぎた。孤連(こづ)れ狼である俺には荷が重すぎたな。


「ふふ……なにそれ。意味わかんない。……でも、どうしたらいいのかは分かったよ。――ありがとう」


 りんちゃんは、弛んだ笑みそのままに言った。その笑みは答えを知れた喜びによるものなのに、まるで俺に向けられたものであるかのように錯覚してしまう。錯覚は偽物、つまり、今ドキッとしてしまったのも錯覚による嘘だ。


「……そういえば、俺たちいつまでこうしてれば良いんだろうな?」

「うーん……」


 彼女は少しだけ考えるような素振りをして、それからイタズラっぽく笑ってみせた。


「――いつまでも、かな?」


 はい。今の笑みは俺に向けられたものだから、このドキッは本物だな。間違って好きになっても俺に非はない。悪いのは可愛いりんちゃんだろう。


 そこには、もう落ち込んだ彼女はいなかった。いや、落ち込んでないはずはないが、それを抑えて笑うだけの強さが彼女には戻っていた。


「……寒くなってきたし戻るか」

「うん」


 よっこらせと立ち上がり、彼女にも手を貸してやる。だが、彼女はビックリしたように俺を見てから、視線を横に逸らした。


「……あー、自分で立ち上がれるから大丈夫。ありがと」


 ……俺の手は借りたくないってことか。で、ですよねぇ! 少し調子にのり過ぎましたわぁぁ!


「いっ、行こっか!」


 りんちゃんは素早く立ち上がると、取り繕うかのように急いで先を歩く。優しいなぁ、嫌なら嫌で良かったのに。ほら、俺そういうのに慣れてるからさ……ははっ。


 先ほどまでとは逆で、彼女は元気よく歩く。会話はなく、当然俺を振り返ることもない。それでいいのだ。


 何かを変えたわけじゃない。そもそも何かを変えようとすることの方が難しい。だから、変えられないことを受け入れてしまう方がずっといい。


 りんちゃんは変わったわけじゃない。ただ、戻っただけだ。そして、それが一番変わらない彼女なのだろう。

 日向舞が好きで、霧島も好きなりんちゃんは、最初にあったときと変わらぬ足取りでボウリング場を目指した。


 霧島のことを強いと言ったりんちゃん。だが、りんちゃんもなかなか強いと思う。


 まぁ、最強はこの俺だが、な。



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