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覚醒するボッチ

一日のPV1000いったぁぁぁ! やはりボッチ最強か。

 ボッチとは、常に何かに耐えて生きている。何かを我慢し、自分を抑え、それを一切出さずに生きている。その何かは、体の奥底でゆっくりとうねり、膨らみ、成長していて何かをキッカケにして不意に外に出ようとするのだ。だが、それでもボッチはそれをコントロールしなければならない。


 それは、端から見ていると全く分からない。わかるはずもない。ボッチは誰にも見向きもされないから。


 そしてその何かは、とある条件を満たした時だけ、恐ろしい力を発揮しはじめる。その条件が何なのかは分からない。だが、それは確かにあった。


 例えばだ。


 例えば、その条件が偶発的に満たされてしまい、その力を使うべき瞬間が目の前にあったとする。すると、それまで溜め込んでいた何かは、まるで歯車でも噛み合ったかのように活動を始め、ある一定時間のみ、ボッチは最高のパフォーマンスを発揮するのである。


 たまに何かのイベントで、それまで影の薄かったボッチが生き生きと輝き活躍してしまうのはそういった理屈だ。


 おそらくそれは神様がくれたプレゼントなのかもしれない。その力を使い、一度クラスの人気者へと上り詰めたボッチは、それ以降、ボッチではなくなるからである。つまり、職業転職(ジョブチェンジ)


「……うそ」


 日向舞がポツリと呟いた。


「……おぉ」


 りんちゃんが静かに喫驚した。


「やるな」


 霧島は不敵に微笑んだ。


 その神にも等しい力がいつ発揮するのかなんて誰も分からない。ボッチである俺にすら分からない。


 だが、一つだけ言えることがある。


 そんな力がもしも本当にあるのなら、今使わずにいつ使うというのか? もし、俺にだけ霧島を倒せる能力があるのなら、それは今しかないのだ。


 出し惜しみはなしだ。全力で叩き潰す。俺がボッチである名誉にかけて。


「まずは一つ」


 二ゲーム目の最初の一投。俺は静かにストライクで終わらせた。スコア表示を見れば、ワンゲーム目で開いた差は五十点以上あった。絶望的ではある。だが、終りじゃない。そして、終わらせるわけにはいかない。少しでも諦めなければ、少しでも希望を持ち続けさえすれば、必ず勝利とは目の前にやってくるものだ。そのために、今出来ることを重ねよう。


 人生で初めてのストライクだというのに、気持ちは焦っていた。そしてひたすら願っていた。霧島ミスれ! あわよくばカッコ悪いところを晒せ! そんな必死さが、ハイタッチのことすら忘れさせ、椅子に座った俺は、今の指の感覚を懸命に思い出していた。


「……なにカッコつけてるのよ」


 ハイタッチをするつもりだった日向舞は両手を下ろし、つまらなさそうに呟く。その隣にいたりんちゃんも苦笑い。俺はハイタッチを忘れてしまったことに後悔して、今からでも間に合うかな? などとそわそわしたが、霧島と目があった瞬間に、再び冷静になってしまう。


 霧島は目を細め、とても面白そうに笑っていたからだ。……今のうちに余裕ぶっこいてろ。すぐに追い抜いてやる。


「次は俺だね」


 霧島が立ち上がり、球を放った。それは綺麗な軌跡を描いて吸い込まれるようにピンの中央へと飛び込んでいく。

 パカーン! ピンたちはまるで蹴散らされるかのように散開し、スコア画面がストライクを表示した。心が折れそうになる。だが、歯を食い縛り、耐えた。


「二人ともどうしたの!? 一投目からストライクとか凄いじゃん!」


 日向舞が霧島とハイタッチを交わす。りんちゃんもそれに倣いハイタッチ。俺は立つことすらしなかった。そして、霧島も手を出そうともしなかった。無言で見つめあい、そして自分の席へと戻ってしまう。


「……なに? 二人ともどうしたの?」


 日向舞が困惑したように問いかけてくる。それには答えず、ただ自分の番を待つ。りんちゃんも日向舞と顔を見合せ、小首を傾げていた。


「まぁ、もともと勝負だったし……」


 彼女たちはそう納得し、それ以上追及してこようとはしなかった。


 覚醒の感覚はあった。何故か体が軽く、指の先まで繊細な感覚が意識下にあるのだ。それがいつまでも続くことはないのだろうと自覚しているため、必死でそれを繋ぎ止めようとする。


 二投目。順番が回ってくるまで永遠にも感じられる時間を過ごしたが、指の感覚はまだあった。再び、ストライク。


「「……」」


 もはや誰も何も言わない。俺は再び静かに座る。続く霧島は、二ピン残したが、きっちりスペアで終わらせた。もちろん、俺だけハイタッチから除外される。


 一ゲーム目のような穏やかな空気はなくなり、険悪な雰囲気が場を支配していた。その居心地の悪さが、逆に集中力を高める。生物は慣れない環境下に置かれるとストレスを感じるものだか、むしろ、この居心地の悪さは俺にとって有利に働いた。いつも居心地悪いからね!


 三投目。やはり……ストライク。もはやストライクしか出せない気がしてくる。自分の才能が怖い。

 霧島はまたしてもスペアだった。スコアを見ると、未だ俺の点数は一ゲーム目の最終得点から進んでいない。まだ確定していないからだ。それか、俺が時を止めてしまったか。


「これはマズイね」


 などと、霧島が余裕そうに言ってみせた。そうやって自分が窮地に追いやられていることを敢えて口に出し、落ち着こうとする行動なんだろう。焦っているのが透けて見えるぞ? ふぅ……どうやら心眼さえ身につけてしまったようだ。


「ターキーだ……」


 りんちゃんの解説によれば、三連続ストライクをターキーというらしい。なんで旨そうなんだよ。俺は「&翼だね!」なんて空をも飛べそうなオヤジギャグを考え付いたが、速攻で撃ち落とされる未来を予測して止めておく。まだ、ここで落とされるわけにはいかないからだ。


 だが、流石の俺でも四投目は九ピンで終えてしまった。一ピンだけ残してしまったのだ。なるほど……今のこの俺を止めるとはな。あのピン、おそらくボッチだろう。やはりボッチ最強じゃねぇか。


「さすがにそう何度も取れるモノじゃないよな」


 霧島が笑いかけてくる。おいおい、額から流れる汗が透けて見えるぞ? 見えてるのは俺だけか? ……ふむ、どうやら俺だけのようだ。よくよく見れば汗かいてねぇなこいつ。


 ようやく俺のスコアが動き始めた。表示された点数を見れば、かなり霧島に迫っている。


「私がビリだ……」


 日向舞が愕然とした。それをりんちゃんが励ましている。良い友達を持ったな。俺がビリなら誰も励ましてない。まぁ、同情に見えてしまうからそんなのは鼻からごめんなのだが。


 どうやら、俺の無敵タイムは終わってしまったらしい。その後はストライクを出すことが難しくなり、だがそれでも一ピン残しや、スペアと高得点を重ねた。霧島も同じような内容であり、あと少しの差が埋まらない。焦げ付くような接戦が続いた。



 そして最終フレーム。



 俺はスペアを出して、最終フレームだけに許されたボーナスステージ三投目へと進んだ。現時点で得点は既に霧島を上回っており、この最後の一投でどこまで奴を引き離せるかが鍵となってくる。


 緊迫した空気。ピリピリと肌が痺れるような感覚に陥る。霧島は最後まで余裕の表情を崩しておらず、りんちゃんは手を合わせて祈っている。おそらく俺のミスを祈願しているのだろう。止めてほしい、わりと本気で。日向舞に関しては、既に逆転が難しくなっている為か諦めたようにこちらを見ていた。……君たちって味方じゃないのね。あれか、味方だけどこいつにだけは負けたくないってやつか。つまり敵ってことですね。


 軽く息を吐いて心を落ち着けた。油断はしていない。調子にも乗っていない……たぶん。気持ちは至って冷静で、ただ勝利のみを渇望(かつぼう)していた。

 

 霧島の思い通りになんてさせるか。この世界は、自分の思い通りにいかないってことを分からせてやる。なんでも支配できると思うな。望んだものが簡単に手に入るなんて思うな。その為に誰かを切り捨てるなんて、あってはならないのだ。たとえそれが世界の真理だったとしても、今だけは、俺がそれを否定してやる。


 ゆっくりと踏み出す。反動をつける。視線はピンだけを見つめ、余計な邪念は振り払った。


 ……なぁ、ボウリングの神様ってやつがもしも存在するのなら、俺に勝利をよこせ。ピンの中にボッチがいるのなら、今だけ妥協してくれ。俺はそれを無駄にしない。お前の勇姿は忘れない。今この瞬間だけ、俺に譲ってくれ。……まぁ、分かってるさ。誰かに何かを譲ってしまうことが自己犠牲にも似た悪だってことは。だが、頼むよ。


 ……それでも譲ってくれないのなら、やはり己で勝ち取るしかない。何がなんでもお前らを倒すしかない。最後まで立てるもんなら、立ってみせろ。最後に立ってるのはこの俺だが、な。



――必殺、右手はそっとレーンに添えるだけ。



 走り出した球は、真っ直ぐにピンへと向かっていく。何度か取ったストライクの軌道とそれは重なる。これは予感、そして予感よりも確かな経験則。


 俺は既に指から離れた球に向かって最後の言葉を心の中でかけてやった。



 やっちまえ☆



 ……だが。


 パコーンと鳴り響く音。それはストライクの時とまったく同じ。それでも、そこには一ピンだけがどうしようもなく、仁王立ちしていた。


 やっちまったぁぁぁぁぁ! 最後の最後で邪念入っちまったぁぁぁ!


 力が抜けて膝から崩れおちる。最後に立っていたのは間違いなくピンの方だった。


「どうやら……(たすき)は繋がったようだね」


 と霧島がぽつり。それを言うなら「希望は繋がった」だろ。どうしてお前らって、そういう協力する事が大好きなの? 一人でフラマラソンの方がカッコいいじゃん……。


 だが、まだ終わったわけじゃない。霧島が最底スペアを取らずに終われば、俺の勝利がほぼ確定する点差だ。


 霧島は立ち上がり球を持つ。


「まぁ、よくやった方だと思うよ。素直に称賛するよ」


 すれ違い間際に放たれた一言。負け惜しみってことでいいですよね? 今の。だって全然素直じゃなかったもの。


「霧島くん、やっちゃえー!」


 日向舞が言葉をおくる。それは「やらかしちゃえー」ってことでいいですよね? 今の。だってあなた味方のはずだもの。


「最善は尽くすよ」


 そして、それまでとまったく同じ余裕で彼は球を放る。それは何の妨害もなく、まるでいつものことのようにピンへと向かった。現実とは冷酷だ。どんなに頑張っても、どんなに抗っても、絶対に変えられない真実が目の前に横たわる。


 パコーンと音がして、ピンたちは霧島の前にひれ伏した。紛れもないストライク。思考が低下していき、すぐには得点の計算がおぼつかない。その間に、帰って来た球を優しく迎えた霧島は、なんの淀みもなく二投目を放った。


 パコーン! 計算などしなくともわかった。球がすべて倒れた時点で、霧島が俺の得点を上回ったからだ。それはもはや、りんちゃんですら追い付くのが難しい点数。


「最後、どうしようかな」


 しかし、そんなことなど気にも止めずに霧島は笑う。……いつも、いつだってそうなのだ。俺が苦戦している場面でも、彼らは意図も容易くそこを走りさってしまう。振り返ることはない。俺の存在など目もくれない。


「最後はストライクで終わらせたかったなぁ」


 気がつけば、いつの間にか霧島は投げ終えていて最後は七ピンだけ倒していた。勝って気が弛んだに違いない。それでも勝ちは勝ちだ。


 結局、その後に続いた日向舞も、りんちゃんですら霧島の足下にも及ばなかった。最後の二連続ストライクのせいで、霧島の得点は二人を突き放したからだ。倒せる可能性は俺にしかなかった。……俺がやるべきだった。


「さて、それじゃあ約束の件だけど」


 霧島が切り出す。


「あぁ、勝った人が一人を選んで二人っきりになれるってやつよね」

「ゲームに夢中で忘れてたぁ……」


 のんきな二人の言葉。俺だけが唇を噛み締める。


「じゃあ、指名させてもらうね」


 冷酷な勝者は、笑みを絶やさない。つられて笑う二人は、たぶん想像すらしていない。


 彼は、それをあまりにあっさりと言い放った。



「――じゃあ、舞ちゃんと二人っきりにさせてもらうよ」



 時が止まる。どうやらその能力は、霧島にも与えていたらしい。俺は、ため息を吐いてから立ち上がる。敗北者は去るのみだ。


「……なんで?」


 背後から日向舞の悲痛な声が聞こえた。聞きたくなかったのに、聞こえてしまったのだ。


 世界は簡単には変えられない。だから、変えられないものを見つける方がずっと楽だ。しょせん、ボッチである俺が敵う相手ではなかったのだ。それが、現実。


 なのに。


 楽であったはずのそれは、大きな痛みを伴った。きっとそれも、錯覚なのだろう。


 だから、それは真実ではない。いろんなことに惑わされたただの盲信。


「じゃ……じゃあ、私も行くよ。また後でね!」


 りんちゃんの空元気が明るく放たれて、パタパタと足音が俺を追ってきて、すぐ後ろで歩みにかわる。


 逆に二人きりにさせられた俺とりんちゃんは、バス車内と同じように無言でボウリング場から離れた。なんとなく外に出ると、既に辺りは暗く、施設のネオンが点灯している。まだ春だからか、風は冷たく肌に突き刺さった。


 それでも、まるで時間をかけて心を整理するかのように俺たちは無言で歩いた。どこに向かうのだろうか、どこに向かっているのだろうか。それはたぶん、先を歩く俺ですら分からない。


 あてもなく真っ直ぐに歩き続けると、駐車場の柵に阻まれて止まる。そこでようやく後ろを振り返ると、りんちゃんは下を向いていた。


 柵に背中を押し付けると、これまでの疲労が溢れてきてそのままずり落ちていく。彼女もそのままペタリと座った。


 はぁ。


 俺はかける言葉が見つからず、そして探すのを止めた。余計なことは言わない方がいい。俺の思う善の言葉が、そのまま彼女に善として捉えられるとは限らないから。


 だから、俺たちは尚も無言でその場に居た。


 沈黙の春。著者、レーチェル・カーソン。環境破壊に対して訴えたその本のタイトルは、今の俺たちにぴったりだと思う。ただ、この沈黙だけは……今ある現状をなんとか食い止めるための、唯一の手段に思えたのだ。

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