ボウリング
ぶっちゃけボウリングとは、カッコつけるゲームだと思う。ゲームをする中に男がいれば、そいつよりも重い球を選んで腕力アピールをし、球を丹念に拭いて情が深いところも見せつけておく。指を乾かすあれでさりげない几帳面さを出し、尚且つ、その際には栄える立ち姿で望むのがベスト。球を放るフォームは、美しいほど絵になるし、球を曲げて器用さを演出したあとは、サッと興味無さげに球の行く末を見届けずストライクを出すと尚良い。
だが、それは理想であって現実とは違う。ボウリングがカッコつけるゲームなら、カッコ悪い奴は簡単に弾かれてしまうのもボウリングだ。
俺は、霧島よりもずっと軽い球を選ぶことになったし、球磨きに関しては、日向舞の選んだ同じ色の球を何度も間違えて磨いてしまい、管理能力のなさを露呈してしまった。指を乾かすあれでは、乾かすのに時間をかけすぎて「早く投げなさい」と文句を言われてしまい、焦って日向舞の球を間違えて何度も投げてしまう。ロクにボウリングなどしたことないために、フォームなどわかるはずもなく、見よう見まねで放った球は、最後まで見ずともガーターへと一直線で、俺が椅子に戻る前に次の霧島が準備を始めていた。ハイタッチなどあろうはずもない。
現在、ワンゲーム目の第四投目が終わったらところ。俺の成績には『G』の文字が並んでいた。なるほど……つまり神ということですね。
「もしかして、ボウリング初めてとかじゃないよね……」
投げ終わって椅子に座ると、日向舞が問いかけてきた。
「ばっ、お前、そんなはずないだろ? 俺だって誰かとハイタッチしたことぐらいある。アレだろ? 取り敢えずイェーイとか言いながら立ち上がって待ってればいいんだろ?」
「……聞いたのはハイタッチのことじゃないんだけど……しかも、する側じゃなくてされる側なのね……ストライクなんて出したことないのがよく分かったわ」
「お前、カマかけたな?」
「……勝手にかかったのは天津くんなんだけど。これじゃあ勝利して、しょうりんと霧島くんを二人きりにさせる作戦にあなた役立たずのまま終わるじゃない」
その時だった。パカーンと爽快な音が響き渡り、見れば霧島がストライクを出していた。俺のファーストハイタッチはお前かよぉぉぉ!!
俺たちはまるで仕組まれたように立ち上がってハイタッチをする。
「痛いなぁ、天津くん。敵意むき出しじゃないか」
俺は勢い余って、強く霧島とハイタッチをしてしまった。
「これはお前の指の感覚を鈍らせようという作戦だ。ありがたく思えよ? この作戦は俺の指の感覚まで鈍ってしまうから、使いたくはなかったんだがな」
「……卑劣だ」
「……最低ね」
りんちゃんと日向舞が呟いた。あれ? これ勝負なんでしょ? 君たちの為に指まで犠牲にして働いてるのに、この扱いなんなの?
「まったく。これ以上点差を離されるわけにはいかないし、私が頑張るしかないわね」
次投の日向舞はため息を吐いて立ち上がると、自分の球を丁寧に磨き始めた。
「天津くんがさっきも間違えて放ったせいで、ガーター菌がついてるじゃない」
ガーター菌ってなんだよ。あとメチャクチャ丁寧に拭き取るのやめてくれるかな? なんか傷つくから。
「それっ!」
日向舞のフォームは様になっている。点数で言えば八十点は固い。だが、それでもストライクは難しいらしく、ピンが一本だけ残ってしまった。
「惜しいぃ! なんで一本だけ残るのよ! 他のピンと一所に倒されなさいよ! バカッ!」
口が悪いぞ日向舞。あと、なんか俺に言われてるようで傷つくからやめてくれないかな? あれだよ? みんなに反抗して一人だけ立ち続けるってある意味勇者だよ? 誉め讃えるべきことだよ?
その一本を、二回目で容赦なく倒した日向舞。
「手間取らせちゃって。まるで誰かさんみたいだわ」
はい、今のは流石に聞き逃せないわー。逮捕だわー。裁判なら言い逃れなんてできないレベルの証拠だわー。
スペアを取っても不服そうな日向舞。その視線は、上の画面に表示されているスコアに向けられている。正直、彼女のスコアですら霧島は引き離し始めていた。
「はぁ……私の腕も鈍ったものね」
「大丈夫だよ舞ちゃん。俺はただ部活のメンバーとボウリングする機会が多いだけだし、まだ逆転のチャンスはあるよ」
霧島が日向舞にそう声をかけたが、俺からしてみれば嫌味にしか聞こえなかった。なんだよ、みんなって。それじゃあ下手くそな俺が、みんなとボウリングしたことないみたいじゃん。
「まぁ、霧島くんが勝ってもしょうりんを選んでくれるだろうし、そこまで気にすることじゃないんだろうけど」
椅子に座った日向舞は、俺にだけ聞こえるように呟いた。たしかに、今日は霧島とりんちゃんのデートが目的の集まりだ。俺も日向舞もそれに付いてきたオマケでしかない。だが、霧島の考えを知っている俺は、黙って唇を噛み締めるしかなかった。
「それに次は、りんちゃんだしね」
「よし!」
そう言って今度はりんちゃんが立ち上がる。俺はチラリとスコアを見る。三人の中で、霧島と善戦しているのは現状りんちゃんだった。四つ並ぶ球の中に、一つだけ異彩を放つ小学生用の球。片手じゃなく球を放つ直前まで両手持ちのかめはめ波投げ。掛け声ですら「とりゃあ!」と可愛らしい。にも関わらず、まるで彼女の一途さを表現するかのように球は一直線に中央を進み、霧島に続いて、今度はりんちゃんがストライクを出してしまった。強ぇぇぇ! なんかもう、いろいろと強い。
「やったぁ!」
そしてこの喜びようである。毒舌を吐いた日向舞とは大違いだ。立ち上がってハイタッチを待っていると、嬉しそうな顔間近でハイタッチをしてしまった。……おぉぉ、これがハイタッチか。遺憾ではあるが、霧島で一度練習してた甲斐があったな。危うくりんちゃんの指を痛めるところだったぜ。
彼女は、勝負のことも頭にあるのだろうが、純粋にボウリングを楽しんでいた。やはり、こういったゲーム事が好きらしい。あとは、負けず嫌いもあるのだろう。
それからふと、表示されているスコアを見て気づいた。
「……あれ? 霧島、お前の現在の点数が表示されてないな。忘れられてるじゃねーか!」
りんちゃんの為に、霧島の精神を削る作戦に打ってでる。忘れられるというのはひどく精神にくるものだ。ボッチである俺が言うのだから間違いない。
だが、霧島は苦笑いで、日向舞は残念そうな目で俺を見ていた。
「あっ、あのね天津くん。スペアとストライクを出したら、次の倒したピンの数も影響してくるので点数は確定されず表示されないんだよ」
りんちゃんの解説が入る。あっ……なるほどね。
「やっぱり初めてだったのね……ごめんなさい」
日向舞が謝ってきた。いや、あれだよ。これわざとだから。渾身のギャグだから……ははは。
俺は静かに席につく。やはりボウリングはカッコつけるゲームらしい。だから、カッコつけられない人間は弾かれてしまう運命にあるのだろう。だが、案ずることはない天津風渡よ。お前のカッコよさは、俺だけが知っている。だから俺だけ居ればいい。他はいらない。
その後もゲームは進むが、俺の点数はなかなか進むことはなく、ワンゲーム終了にしてわりと大差を霧島につけられてしまった。
「あとワンゲーム……精一杯ボウリングを楽しんでね。それ以外は考えなくていいから」
ワンゲーム終わりで日向舞はそう言ってきた。
「遠回しな戦力外通告やめろよ。まだ負けると決まったわけじゃない」
「五十点以上も離されておいてよく言えるわね。その折れない精神力はたいしたものよ」
「いまいちコツが掴めなかっただけだ。それに後半はガーターなくなってたし、次は期待してくれていい」
「……まったく、なにをやらせても一度目は失敗するんだね天津くん」
「だいたいそんなもんだろ。漫画の主人公だって、ゲームの主人公だって序盤は敗北から始まるものだ」
「だからって人生まで敗北から始めなくたっていいじゃない」
「待て。人生において敗けてるつもりはないぞ。人生はやり直しできないからな」
「え……勝っているつもりでいるの……?」
なにその反応。やめてくれよ。俺はまだ敗けてない。あれだ、まだ本気を出してないだけだから。
「まぁ、いいわ。あなたもあなたなりに頑張ってるのは分かるから。さっきのバドミントンのもわざとでしょ?」
「……なんのことだ」
「あなたが卑劣なやり方で一点取ったやつよ。しょうりんの為にやってくれたんでしょ?」
なんだよ、バレてたのか。俺もまだまだ下手くそだな。
「あれは、ムカついたからやった。後悔はしてない」
「犯罪なら弁明の余地すらない発言よね、それ。でも私には分かったよ。私も嫌われるために……同じようなことしたことあるし」
「勝手に憶測で判断するな。そういうのが冤罪につながるんだぞ」
「あくまでもそう言うのね」
日向舞はクスリと笑った。
「あぁ」
「なら、もうそれでいいわ。別にあなたが最底辺なのは変わらないし」
「そうしてくれ」
別にりんちゃんの為にやったわけじゃない。あれも俺の為にやったのだ。あの時、彼女が見せた反応を見ていたくなくて、俺が勝手にそう思い込んでやったのだ。だから本当に彼女の為になったかどうかなんて知らない。
人が誰かの為に動くことはない。みんな、自分が可愛いのだから。
ただ。
自分の望みに忠実な霧島を、このまま勝たせるのはマズイと思う。彼の思惑を知ってるのは俺だけだ。だから、霧島が勝ってしまった時のことを一番よく考えられているのも俺だけのはずだ。
……なんとかしないとな。
俺は気持ち新たにボウリング二ゲーム目へと挑む。
心が微かにざわついていた。それは焦りでもあったし、やらねばならぬことを見つけた闘争心でもあった。