休憩での話
「で、どうなんだよ」
「……なにがだい?」
すっとぼけたような霧島の表情に、俺はため息を吐いた。
「りんちゃんだよ。良い子だと思うがな」
すると、霧島はフフフと含み笑いをした。
「ああいう感じがタイプなのか」
「おっ、俺のことはどうでもいいだろう。俺はお前のことを聞いたんだ」
霧島は、全く謝る気など見えない「ごめん」を口にする。イケメンってのは本当に得してると思う。言葉に気持ちを乗せずとも、態度で気持ちを示さずとも、その顔だけでだいたい許されてしまう。子供だから許される、というのと一緒だ。イケメンだから許されてしまうのだ。それは女子にも言えたことで、金剛さんなんかが典型的な例。ブリブリな彼女にイラついている女子は多いが、彼女が許されているのは可愛いからだ。それはもう、どうしようもない真実で、可愛いから男に人気がある。人気があるから、女子たちはそれを自分と繋ぎ止めておこうとする。
結局、善悪の判断にですら人間関係というのはみっともない程に居座っている。だから、人間関係を大切にしている者は、時に真の正義を見失う。つまり、人間関係皆無な俺こそが正義というわけだ。あぁ、いつか俺は世界を救うほどの何かをやりとげるんだろうなぁ……。
「りんちゃんは確かに他の女子に比べたら可愛い部類に入るよね」
「比べるなよ……りんちゃんに失礼だろう」
「どうしてだい? 人はどうしたって比べてしまう生き物だよ。天秤にかけて、どちらが大切かを慎重に図る。そうしてより大切なものを選ぶんだ。選ばれなかった者は切り捨てられるだけ。それはみんなやってることだ。言い逃れなんて出来ないほどにね。だからこそ、みんな自分をよく見せようとするんだろ? 自分が選ばれるように」
ゾッとした。当たり前のことなのだが、その当たり前を悪びれることもなく宣う霧島にゾッとした。やはり彼は分かっているのだ。理解してしまっているのだ。そして、それを世界の真理と説いた。アホか、そんなわけないだろ。
「神様にでもなったつもりか? 霧島。お前は正しくない。人が自分をよく見せようとするのは、選んでもらう為じゃない。全部自分の為だ。人が誰かに優しくするのは、優しく見られたいからじゃなく、優しい自分でありたいからだ。可愛くみられようとするのは、可愛い自分を信じているからだ。人にはそれぞれ信念というものがある。それを貫きたいんだ」
霧島は俺の言葉を興味深そうに聞いていたが、ある一点のみを指摘した。
「正しくない、か。間違っているとは言わないんだね?」
……こいつ。俺はもうそれ以上反論するのは止めた。無駄だと分かったからだ。
「あぁ……間違っているとは思わない。何故なら、奴等の信念は、あくまでも自分にだけの善だからな。それが本人にとっての善でも、他人からは悪にもなりうる」
「天津くんみたいに?」
「そうそう、俺みたいにな? ボッチは俺にとって善だが、やつらにとっては排除したいほどに悪なんだよ。真の善ってやつはなかなか理解されないものさ。だから阻害され、隔離され、人は数の力でそれを倒そうとするんだ」
「まるで自分を人じゃないような言い方すんだな? 神様気分なのは君の方じゃないのかい?」
あー、それは否定出来ないな。
「そうなのかもな。ただ俺は人と人を比べたことなんてないぞ。比べる人がいないからな? そういう点では、お前のいうみんなに俺は当てはまらない。はい論破ぁ。出直してこい」
「くっくっくっ……面白いなぁ。普段もそうしてたらいいのに」
「面白がるなよ。悔しがれよ」
霧島はひとしきり笑ったあと、微笑を浮かべたままこちらを見やる。
「でもさ、今は違うんじゃない? 今日は舞ちゃんともりんちゃんとも遊んだから、少なくとも二人を天秤には乗せられるでしょ?」
「……はぁっ?」
冗談かと思ったが、彼の目だけは笑ってなかった。なに、怖い。やっぱり霧島くんに逆らうのは許されないの?
「……なんで俺のことばっかりなんだよ。まさかホモなのか……?」
身の危険を感じてたじろいでしまった。だが、霧島は肩を竦めてやれやれと首をふる。
「気づいてないのか? それとも気づかないふりをしているのか? 舞ちゃんを見ていればわかるよ。彼女が楽しそうに笑ってるのは、天津くんと話してる時だけだ」
あぁ、そういうことか。ようやく納得した。そして安堵する。どうやら俺の純情な貞操はまだ守られるらしい。
「あいつは俺との会話に笑ってるんじゃなく、俺を笑ってるんだよ。お前もあいつに笑われたいならボッチを目指せばいいだろ」
「ふーん。じゃあ、舞ちゃんのことは本当にどうとも思ってないんだね?」
なんだよこいつ。めっちゃ俺のこと気にしてくるじゃん……。一回回ってマジで俺のこと好きなの? アレじゃないよね? よく女子が「彼氏いないの?」とか男にさりげなく聞いて、自分にチャンスがあるかないかを確認するアレじゃないよね? 初めてやられたが、こんなにもドキドキするんだな。このドキドキはもう金輪際味わいたくない。
「言っただろ。どうとも思ってない」
「そっか。なら俺も言っとくよ。りんちゃんのことはどうとも思ってない」
「……そか」
霧島が言った言葉に、俺は心臓が締め付けられるような感覚に陥った。同じ言葉のはずなのに、そこには明らかな刃物があるように思えてならない。……たぶんそれは、俺が彼女の気持ちを少なからず理解してしまったからなのだろう。思い出されるバス車内での彼女。日向舞と霧島の会話を辛そうに、そしてそれを押し隠すように見ていた表情。それを見てしまったから、見つけてしまったから、まるでそれが傷つけられたかのように錯覚したのだろう。
見てしまったら、知ってしまったら、関わってしまったら、人はそれを無視できない。だから、少し会話を交わしたぐらいで、少しバドミントンをしたくらいで、少し一緒にいたくらいで、簡単にそんな錯覚に陥ってしまうのだ。
錯覚は怖い。なんの根拠もないくせに、それを盲信してしまいそうになる。その言葉を放った霧島をぶん殴りたくなってしまう。だが、それは何も生まない。俺が霧島をぶん殴ったという事実が残るだけだ。いや……俺が返り討ちにされたという事実か。
だから、俺は何もしない。そんなことをしても、霧島がりんちゃんを好きになるはずがない。人の心は簡単に変わらないのだ。それは俺自身がよくわかっていた。
だから、変えなくていい。それを変えようと努力するのはただの浪費だ。世界を変えるなんておこがましいのだ。それよりは、変わらない世界を見つける方がずっといい。
霧島の気持ちは変わらなかった。それが残酷な事実。だが、果たしてそれは真実じゃない。真実とは嘘も誤魔化しも騙すことすら難しい普遍的なものだ。変わらずそこにあるもの、それが真実だ。
だから、今度はりんちゃんの真実を見つければいい。変わらぬ彼女の気持ちこそが真実であり、それと霧島の真実とを繋ぎ合わせたモノこそが真の真実だ。
真実には矛盾がない。矛盾がないものを、人は簡単に受け入れられてしまう。そうする方がずっと楽で効率的なことなのだ。
「――次、ボウリングで対決でもしてみないか?」
唐突に霧島が言った。
「……対決?」
「あぁ。二ゲームやって、一番点数の高かった人が、選んだ相手と二人きりになれる……というのはどうだい?」
うわぁ、なにその企画。形を変えた王様ゲームじゃん。
「どうだいって……お前、俺の気持ちを少しは考えろ。選ばれなかった奴と二人きりにさせられる俺の気持ちを」
「選ばれない前提なのか……でも、君が勝てば選べる立場に立てるんだよ?」
「お前……意地でも俺に二人を選ばせたいのな?」
「まぁ、君は俺の意見を否定したからね。意地でも選ばせてみたいってのはあるよ。ただ一つ言っておくと、俺が勝ったら舞ちゃんを選ばせてもらう」
「お前……本気か」
「本気だよ。言ったはずだよ。俺は望んだものはどんな手段を用いても手に入れるってね」
それは流石に容認できなかった。それは、とても分かりやすく、最も残酷な真実の伝え方だからだ。
「俺を止めるには、俺以外の誰かが勝てばいいよね。今日はそれを前提にして集まってるわけだし。だから俺以外はみんな敵、実質三対一だ」
違うな霧島。個人成績で競いあう以上、構図的には一対一対一対一が正解だ。三対一なら、俺と日向舞とりんちゃんの成績を合わせていいことになる。そうなると、たとえ霧島がパーフェクトを決めても勝てはしないだろう。もはやチート、数の暴力だ。そして、そんな数の暴力と日々戦ってる俺は、やはり最強なのかもしれないな。霧島、一からボッチを勉強しなおしてこい。お前が少数派を騙るには百年早い。
「俺はごめんだ。断固反対させてもらう!」
そもそもボウリングというのは、ストライクを決めたあとに女子とハイタッチ出来るというのが醍醐味だろう。勝負ごとにしてしまったら、俺がりんちゃんとハイタッチ出来なくなっちゃうじゃん。
しかし、戻ってきた二人に霧島がそれを提案したところ、二人ともすぐ賛成してしまった。……嘘だろ。
「天津くん、これで三対一だね。それじゃあ、ボウリング場にいこうか」
「おっ、おぉ……」
なんだよ霧島。俺をのけ者にするあたり、お前ちゃんと少数派のことわかってるじゃん……。