バドミントン一戦目
スポーツが出来るアミューズメント施設。受付を終えた俺は、まだ何もしていないというのにひどく疲れを感じた。それもこれも全て霧島のせいだ。
駅からはバスに乗って移動したのだが、車内は空いていて一番後ろの席だけ埋まっている状態だった。とりあえずそこらへんの席に座ろうとした俺だったのだが、霧島が「せっかくだから男女ペアで座ろう」などと言い出したのだ。それに日向舞が賛成し、りんちゃんも頷く。唯一反論の意を唱えようとした俺だったが、何故か無視されてペア決めじゃんけんが唐突に始まったのである。そんな唐突に始まったじゃんけんに、俺は焦ってグーをだしてしまい、霧島はパー、日向舞もパーだった。りんちゃんはグーを出しており、霧島は「決まったね」なんて爽やかに言って日向と勝手に座ってしまったのである。
発車します。なんて運転士のしゃがれ声が流れ、俺はなくなくりんちゃんと席を共にした。その直後からだ。気まずい空気が俺たちを包んだのは。前の席では、霧島が日向舞と楽しげに話をしており、その後ろでは俺とりんちゃんが沈黙を貫いた。
俺はなるべく彼女に触れてしまわないよう努め、バスの振動に集中。対してりんちゃんはずっと窓の外を眺めていた。何か話さねばならないような気がして、俺は少しばかり意識して彼女をチラチラと盗み見ると、彼女も同じように前の二人組をチラチラと盗み見ているのを発見した。その時に思ったのだ……あぁ、俺なんでグーなんか出したかなぁ、と。
あのときのグーで自分をぶん殴ってやりたい。彼女の懸命さが手に取るようにわかっただけに、なおさら自己嫌悪した。
バスでの移動時間などたいした時間じゃない。だが、彼女が今日に込めた想いは小さいはずがない。きっと、そうしていた時間さえ惜しくて貴重だったはずだ。教室が違う訳じゃなく、学年が違う訳でもない。彼女の想い人は、他校の生徒なのだ。
こんなチャンスが巡ってきた時点で奇跡にも近いこと。だから、彼女は懸命さをその身に帯びていた。
前の席とは一メートルもない。なのに、その距離が俺にはもっと空いているように思えた。
だからこそ、気まずさの埋め合わせの為だけに話しかけようとしていた自分に気付き落胆したのだ。
俺も彼女も一切話すことはなくバスが到着する。疲れたのはたぶん気疲れだった。
「なにしよっか?」
そんな俺たちの気も知らず、罪な男霧島は笑顔で言った。普段は冷静沈着な俺だったが、あの顔に何かしらの玉をぶつけたい衝動に駆られ、目に止まったテニスラケットへと注視する。……いや、ダメだ。あれではぶつけられそうにない。なにせ、テニスなどやったことがなかったから。
なら。
「バドミントンは?」
「いいね。二人は?」
「いいんじゃない」
「いいよ」
「なら決まりだな」
俺は受付に道具を借りてくると言い、他の三人には先にコートへ行くよう促す。もうさっきみたいなのはごめんだ。それなら一人でいるほうがずっといい。
なのに、なぜか霧島が付いてきた。
「一人で持てるぞ」
「違う違う。この靴じゃ運動できないからシューズを借りにいくんだよ。もちろん舞ちゃんの分もね」
「あぁ、なるほど」
「でも助かったよ。彼女たちがサッカーなんて言い出したらどうしようかと思ってた」
「なんでだよ。得意なことを披露できるんだから困らんだろ」
「困るよ。サッカー部がサッカー得意なのは当たり前だからね。その分プレッシャーがかかる」
「プレッシャーがかかるたまかよ」
チラリと霧島の顔を見るが、彼は楽しそうに笑うだけ。そこからは何も読み取ることが出来ない。まるで、純粋に今日を楽しんでいる少年のようだった。
「何を考えてるんだい?」
その視線に気づいた霧島が問いかけてきた。
「お前をどうやって負かしてやろうか考えてた」
「へぇ、それは楽しみだね」
白々しい返しに俺は視線を戻す。何を考えてるのかだって? それはこっちのセリフだ。
霧島の表情には悩みの色など一切ない。ずっと爽やかさを張り付けたままだ。あるいは、本当に楽しんでいるのか……。俺がまったく楽しめてないのに、苦しまなければならないはずの彼が楽しんでいるのは少し腹がたった。だから、その化けの皮をひっぺがしてしまいたくなったのだ。
俺はバドミントンには自信がある。……いや、正確に言うのなら人がいないところにシャトルを落とすことに自信があった。これまで人の居ない場所を最速で見つけてきた俺だ。そんなことは造作もない。
コートにつくと、既に彼女たちは準備を終えていて、すぐにでも始められそうである。
「チームはさっきの逆でいいだろ」
と、今度はオレが勝手にチームを決める。霧島は一呼吸おいてから「いいよ」と承諾し、日向舞は再び俺にだけ分かるよう親指を立ててくる。これで俺と日向舞、霧島とりんちゃんのペアに別れたわけだ。
だが悪いな、霧島。お前には少し格好悪いところを彼女たちに晒してもらうぞ!
ラケットを握り、シャトルを掴む。
さぁ、目にものを見せてやろうじゃないか。孤独制限解除。能力の発動を許可する!『不在への隕石!』
……!
……!!
……!!!?
「――なんで全然拾わないのよ! これじゃあ、私一人で戦ってるみたいじゃない!!」
日向舞に怒鳴られてしまった。
俺だけが使える『不在への隕石』。それは人の居ない場所を瞬時に見つけ、そこへと的確にシャトルを落とす必殺ショット……のはずだったのだが、どうやらそれは相手も使えたらしいな。……いや、使えるはずないから俺の孤独制限解除の方が強く作動してしまったらしい。これは誤算だったぜ……ふっ。
「なんで笑ってるのよ。点数見えてる? 負けてるのよ? しかも大差で!!」
現在点数は二十対七。バドミントンは二十一点でワンゲームのため、あと一点取られたら負けだった。あぁ、これ二ゲーム目ね。初戦は二十一対八で負けてるから。あれ? ……この既視感……タイムループか!? いや、点数番には向こうがワンゲーム先取した記録がちゃんと残っていた。あやうく新しい能力に目覚めたのかと思ったぜ。
「絶対に取れなさそうなショットは仕方ないにしても、なんで簡単なショットも取れないの?」
日向舞は、ガットの部分で俺の頭をポンポンと叩いてくる。
「いや……あれだ。なんかお前が拾いそうだったから遠慮したんだ」
「……あきらかにあなたの守備範囲だったじゃない」
俺はコート内で幾度となく日向舞とお見合いを連発していた。一歩踏み込めば拾えるのに、ぶつかることを予期して躊躇してしまったのだ。これはもう俺が紳士という証明だろう。いわばレディファーストというやつである。
「今ある七点も全部私が取ったものだし……あなたコート内にいるのよね?」
まさか味方にまで見つけられないとはな……自分のボッチ能力が恐ろしい。
「コート内にはちゃんといるぞ。目立つのが嫌なだけだ」
「何言ってるの……?」
ジト目で睨まれてしまった。うーむ、やはり分からないか。目立ちたくない奴ほど目立ってしまうという主人公お約束ギャグで和ませてやろうと思ったんだが。
「天津くんから提案してきたから、少しは上手いのかと思ったら全然じゃない」
「違うんだ。本当はもっと出来る子なんだ。ただ、誰かと協力することに慣れてないだけなんだ」
ほんと、ここまでくるとダブルスが悪い。シングルならもっとやれた。
「呆れた言い訳ね……罰ゲームはジュースを買ってこなきゃいけないけど、負けたら天津くん一人で行ってね」
「なにそれ。初耳なんだが」
「あれ? 言ってなかったっけ? 霧島くんは知ってるよね?」
「あぁ、りんちゃんから聞いたよ。俺たちが道具を取りに行ってる間に決めたんだよね」
「ほら」
「いや、ほらって……聞いてない以前にお前が言ってないじゃん」
「なら今言った」
「……まぁ、今聞いた」
理不尽だが、さすがにこの状況では反論できない。
「まったくもう……」
だが、まさか罰ゲームなるものがあったとはな? ようやく本気で戦えそうだ。
俺はラケットを構える日向舞に語りかける。
「安心してくれ日向。この勝負、どんな形で負けたとしても俺が全力で罰ゲームを受けてやる」
それに日向舞は一瞬目を見開き、それからフッと息を吐き出す。
「なにそれ。もう諦めてるじゃない。それに当然でしょ? あなたが悪いんだから」
どうやら俺の覚悟が伝わったらしい。
「そうだな。全部俺が悪い」
心境としては、敵陣に突っ込む前の兵士のようだ。何故だか心はとても落ち着いていた。
「まぁ、許してあげる――」
その時、向かいコートの霧島がラケットを振った。シャトルが飛んでくる。それはまるで、俺に打ち返せといわんばかりの好ポジションへと弧を描いた。
きた!
俺は全力でラケットを振るう。
「はいぃぃぃぃぃ!!!」
打ち返したシャトルは、力強く相手コートへと飛んでいく。
「ほっ!」
しかし、それはりんちゃんのジャンピングスマッシュにより、呆気なく自軍コートへと墜落した。取れるはずもなかった。
「――ようやく名前で呼んでくれたしね……名字の方だけど」
最後、日向舞が何か言った気がしたが、既に自販機へと走り始めていた俺にはよく聞き取れなかった。