お約束
「急に家に来るとか、服が欲しいとか言うから危うく警察呼ぶところだったじゃん!」
「いや、なんでだよ。誤解があったとしても俺はお前のクラスメイトだろうが。あと服が欲しいとは言ってない」
喫茶店を出てから金剛さんと合流すると、開口一番にそんなことを言われた。
通話を切られたあと何度もかけ直して状況を説明した俺は、現在後ろに日向舞をつれている。
合流した金剛さんは部屋着のうえからジャージを羽織っていて、ショートパンツの下から伸びるほそい四肢は、普段のミニスカートよりもエロい。
「とにかく! はやいとこ舞さんの制服を洗濯しちゃおう」
会話もそこそこに踵を返すと家へと向かう金剛さん。その後を俺と日向舞はついていく。場所は知ってるのに、わざわざ出迎えてくれるあたり心配してくれたのだろう。ただ、そんな格好で外に出歩くのはどうかと思いました! ありがとうございます!
彼女の家はそこから歩いて数分の住宅街のなかにある。
学校からもめちゃくちゃ近い。
「まだ、ママ帰ってきてないから何も用意できないんだけどあんまり気にしないでね」
「だってさ」
先を行く金剛さんの言葉を、後ろの日向舞へと伝達してやる。しかし、彼女は元気がないまま返答をしない。すこし言い過ぎたのだろうか。そう思ったが、俺は自分の答えが間違っているとは思わなかった。
そうして到着した金剛家。彼女はそのまま日向舞をつれて家の中へと入っていく。それを俺は見ているだけ。
忙しく中へと駆けていった二人を見送ったあと、数分そこに佇んだ。
そうしていると、なんとなく不審者に間違われそうな気がしてきて周囲を気にしてしまう。そんな自分が逆に怪しく思えてきてそわそわしてきた。
LINEにメッセージだけ残しておくか。
取り出したスマホで金剛さんにメッセージを打っていると、家の扉が開いて彼女がでてきてくれた。打っていたメッセージはそこで削除する。
「今、制服は洗濯して舞さんお風呂に入れたから」
「お、おお。急に悪かったな」
「別にいいけど」
「じゃあ、あとはよろしく頼む」
そう言って爽やかに立ち去ろうとしたら、
「待ちなさい」
えり首を掴まれてしまった。
「……なに?」
「なに? じゃない。なんで舞さんびしょびしょなの?」
「なんでって、アイスコーヒーを頭から被ったからって説明しただろ」
「それ説明になってないから。私が聞きたいのは、なんで天津くんがそんなことをしたのかってこと!」
そう言って指を俺に向けてきた金剛さん。その表情はすこし怒っていた。
「いや、俺じゃない。アイスコーヒーは日向が自分から被ったんだ」
「自分から?」
「自分から」
首を傾げた彼女に俺はそう言うとあらためて「じゃあ」と手を上げて立ち去ろうとした。
「まだ話は終わってない!」
「終わってないというか、終わらせたいから帰ろうとしてるのがわからないのか!」
「そんなので納得できるわけないじゃん! ほら、家にあげるからちゃんと説明してよ!」
「は? 俺まで家にあげる必要ないだろ」
「ある! というか、このままじゃ私が舞さんと気まずくなるだけじゃん!」
あぁ、なるほど。そういうことか。
俺は納得してから抵抗をやめた。
だが、家にあがるわけにはいかないな?
「言っておくが、俺はこれまで女の子の家にあがったことがない。あがったらたぶん意識しちゃうし、においとか嗅いじゃうと思うぞ? それでも良いのか?」
「なんか自慢げにキモいこと言いだした!」
「それに今、日向舞が風呂に入ってるんだろ? そういうのとか想像しちゃって落ち着かなくなる。それでも良いのか?」
「うっわ。マジでキモすぎ! 死んだほうがいいよ」
「残念だが死ぬことはできない。俺にできるのは、ここから立ち去ることだけだ。というわけで、じゃあな」
己の気持ち悪さを認め、それでもできる事を模索し実行にうつす。これほどに完璧なムーブはないだろう。
天津風渡はクールに去るぜ。
そうやって立ち去ろうとした三回目。
「待ちなさい」
やはり、えり首は放してもらえなかった。
「おいぃぃ! ここまでやってるのに、なんで帰してくれないんだよ! おっかしいだろ!?」
「ふざけないで! なんで何の説明もないまま私と舞さん二人きりにしようとするの!?」
「女の子同士なんだから、なんか、こう、大丈夫だろ!」
「大丈夫なわけないじゃん! あんな舞さん見たの初めてなのよ!?」
「知るか! というか男をホイホイ家にあげたらダメだろ! 親が帰ってきちゃったりしたらビックリすると思うぞ!」
「男をホイホイ家にあげるわけないじゃん! 天津くんなら大丈夫だって分かってるからあげるんでしょ!?」
「他人なんか信用してんじゃねーよ! そんなことしてると痛い目にあうぞ!」
「とにかく! はやくこっちに来なさい!」
「やだやだ! 家にあがったらもう逃げられない!」
「逃げようとすんな!」
逃げ道を確保しておく、というのはとても大事なことだ。
怪しい宗教勧誘なんかでも、よくあるのは逃げ道を塞がれること。建物内に案内してから簡単に逃げられないようにする。そうやってトイレの場所なんかを丁寧に説明されるし、電話をする場所なんかも優しく指定されたりする。
全ては逃さないため。逃げられるのは、なんかヤバそうな契約を交わしたりしたあとだ。
ただ、そういったものは後々破棄することができるので、ちゃんとした住所を書く必要はない。それでも、世の中何があるか分からない。
だから、一番大切なことは興味本位でも絶対に近づかないことだ。
だからこそ、俺は金剛さんの家に上がりたくなかったのに、彼女は強引に俺を引っ張ってくる。
なんでこの子こんなに強引なの? もはや訴えたら勝てるレベル。だが、たぶん俺がここで叫んでも、状況的に誤解されてアウトだろう。
なにせ、今の金剛さんの格好は普通にやばいもの。
たぶん、俺が無理やり家に押入ろうとしている感じに見えちゃうもの!
必死の悪あがき虚しく、なし崩し的に家へと連れられた俺はとうとう金剛家の扉をくぐってしまう。
途端に香る他人の家独特のにおい。気持ち悪いこと承知で表現すれば、それは金剛さんの匂いだったし良い香りでした。
そのとき。
「――金剛さん? 置いてある服って私が借りてもい……」
玄関から伸びる廊下の奥で、白い蒸気を纏って現れたのは入浴後の日向舞。
唯一の救いは、彼女が全身を覆えるほどのバスタオルを肩からかけていたこと。
それでも、そのバスタオルの端からのぞく白い肌と布一枚という姿は、普通の男子高校生が目にするにはあまりにも刺激がつよく、
「見るなぁぁあ!!」
目の前で金剛さんがそう叫んでから、振り向きざまに放ってきた目潰しがクリーンヒットしました。