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恋愛にステータスは必要だが、ボッチは隠れステータス  作者: ナヤカ
【if】人はそれを幸せと呼んだ。
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霧島アンチ

「それはダメよ」


 彼女はハッキリと言い直した。それに俺は眉をひそめる。


「なぜだ」


「その理屈だと、しょうりんは天津くんも嫌いになるってことよね? それじゃあ天津くんが報われないじゃない」


 そう言った日向舞の言葉に俺は呆れた。


「報われるってなんだよ。今からやろうとしていることが努力だとでも思っているのか?」


 自分で言ってから、彼女のあまりの強欲さに笑いそうになった。


「努力は報われるべきだ。だが、これは努力じゃない。りんちゃんが霧島に抱く恋愛感情を、自分勝手なご都合主義で潰そうとしている紛れもない悪だろ。嫌われて当然の話だ」


「それは、そうかもしれない。けど……それで天津くんが嫌われる必要はないと思う」


 どこまでも自分勝手。だから、提示した案にさえ彼女は自分勝手な感情を押し付けてくる。


 まるで善人面して辛そうにする彼女に、俺は嫌悪感さえ覚えそうになった。


 だから、そうなる前に話を戻すことにする。


「じゃあ、どうする? 他に方法なんてないぞ」


「別に……私や天津くんが霧島くんの悪いところをわざわざ言う必要ないじゃない?」


「どういうことだ」


「霧島くんが最低な人間であることを、どうにかしてしょうりんに見せる。それなら、私達が手を汚す必要なんてない」


 俺は彼女の発言に固まってしまった。


 それは、理解が及ばずに起きたものではなく、ただ単に驚いたことによるもの。


「……お前、今の相当な悪者だぞ?」


「知ってる。でも、それくらい私はあの男が嫌い。あんな男にしょうりんが振られるのも……それを阻止するために天津くんが嫌われるのも許せない」


 アンチ。そんな単語が頭のなかをよぎった。


 そうか。彼女は霧島のアンチになったのだと気づいた。


 りんちゃんを大切に思うがゆえ、期待した自分の気持ちさえもを裏切られたがゆえ、日向舞はどうしようもなく霧島という男を憎んでしまったのだ。


 憎しみは中々に消えることはない。そして、その心根は相手を地獄の底へと貶めることを欲する。


「なるほどな。日向舞、お前がやりたいことがようやく分かった」


「……なにが?」


 それに気づいてしまい、俺は深くため息を吐く。


 そんなことに自分が加担しようとしていた事実に気づいて、落胆する。


「お前は……霧島を貶めたくてここに来たんだ」


「私が霧島くんを?」


 危うく騙されそうになった。たぶん、騙されそうになったのは、日向自身もそのことに気づいていないから。


 だから、彼女は悪びれることなく勝手な正義をかかげようとした。


 それはりんちゃんの為じゃなく、自分が許せないため。そんな人間味を感じさせる正当さを盾にして。


 それが解明できたところで俺は帰る支度をした。

 そこに自分の信じる正義がない以上、手伝ってやる理由はない。


「俺は降りる。お前の言い分は共感できなくもないが、ただ単に霧島を貶めるだけの企みに協力はできない」


「え! ちょっと、待ってよ!」


 待たなかった。待つ必要はない。


「霧島を貶めたいなら勝手にやってくれ。そもそも……アイツがやったこと、それをりんちゃんに話してしまえば全部終わりじゃねぇか」


「そんなこと……できない。それは、しょうりんが傷つく」


「ハッ! なにを今更。お前が霧島を嫌いになったのは、自分が傷ついたからだ。結局、人が人を嫌いになるには痛みを伴うしかない。それを最後まで隠し通せないのなら、悪役なんて気取るな」


 人を傷つけるのには覚悟がいる。自分が傷ついてもいい覚悟が。


 それが日向舞には足りてない。それがないから、甘い理想だけを並べようとする。


 彼女は真に理解していない。


 りんちゃんの告白を阻止することがどういうことなのかを。


 それを完全に理解していると思ったのだ。だが、違ったらしい。


「日向舞、頭を冷やせ。お前が悪役を気取るには未熟すぎる」


 少しでも手伝おうとした俺が馬鹿だった。だが、それを手伝おうとしたのは彼女の気持ちが分かってしまうから。


 それを最後に俺は彼女から視線を外す。

 そのまま店の外に向かおうとした。


 その時だった。



 背後から悲鳴があがったのである。



 それは日向舞の声ではなかったが、何事か? と足を止めて振り向いた。


 そうして硬直する。


「お、お客様!? いま、拭くものを持ってきます!!」

 

 そこには……卓にあったアイスコーヒーを、頭の上でひっくり返す日向舞の姿があった。

 コップの中身は氷とともに彼女の頭からかかり、制服からはポタポタと水が滴っている。


「お前……何やってんだ!」


 思わずかけよって空のコップをひったくる。その手に力はなく、うつむいたままの日向舞は簡単に揺れる。


「だって……頭を冷やせって」

「物理的に冷やすやつがあるか! 制服ずぶ濡れじゃねぇか!」


 店員が持ってきたタオルに感謝を言ってから拭く。そこにはアイスコーヒーの茶色が瞬く間に付いてしまい、すこし臭いもあった。


「はやく洗濯しないとシミになるぞ」

「……うん」


 その返答にも力はない。


「家はここから近いのか?」

「……遠いけど」


 ですよねぇ……あなた、俺と同じバス通ですもんねぇ。


 どうするべきか考えてから俺はスマホを取り出す。


 まさか、こちらから連絡することになろうとは思いもしなかった。


 店から一番近くで日向舞の制服を洗濯できそうな場所。

 奇しくも……俺はその場所に昨日(・・)強引に付き合わされた。



『――もしもし?』



 少ない連絡先からかけた通話はすぐに繋がる。スマホ越しに聞こえてきた声には怪訝そうな感情が窺えた。


 それはそうだろう。向こうも、まさか俺から通話してくるなんて思いもしなかったはずだ。


 そんなことを考えたら緊張してしまって、それを誤魔化すために一度深呼吸。


 素早く状況を説明する。そのために、俺は最短の言葉を放った。



「いっ、今から家に向かうから風呂を沸かしておいてくれ! あっ、あとな! できれば金剛さんの服も借りたい!」



 その瞬間、彼女からの返答がある前に通話は切られたのだ。



「……え?」

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