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恋愛にステータスは必要だが、ボッチは隠れステータス  作者: ナヤカ
【if】人はそれを幸せと呼んだ。
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告白イベントを阻止する方法

 結局、金剛さんとの買い物はなくなった。金剛さんがあっさりと引き下がったからである。


 そんな彼女に対して、日向舞が「本当にいいの?」と念押しすると「いつでも行けるから大丈夫」なんて軽く答えていた。……いつでも行けるから? いや、じゃあ、なんであんな強引に俺を引っ張ろうとしたんだ。


 とはいえ、俺的には助かったようなものなので、それは言わずにおいた。


 金剛さん……というより、女子と買い物とか俺には無理ゲーすぎる。何を買えばいいのか、どんなアドバイスをすればいいのか分からず、ただ棒立ちする未来しか視えない。それはたぶん時間の無駄だ。俺的にも、金剛さん的にも。


 まぁ、結果オーライってとこだろう。



「――それで、どう? 最近の学校生活は」



 そんな俺は現在、日向舞といつもの喫茶店にいた。


「なんだその入りは。お前は俺の親か」


 そうして、彼女が発した一言目に俺は思わずツッコんでしまう。


「べっ、別に良いじゃない。そういうこと聞いたって」


 当たり障りない会話から入るというのはセオリーではあるのかもしれない。お見合いなんかもだいたい「ご趣味は?」なんてありきたりなセリフから入るしな? まぁ、それもドラマでの知識に過ぎない。現実はもっと違うのかもしれないな。もしかしたら、「年収は?」なんてヘビー級の会話から入る悲しいものなのかもしれない。……いや、さすがにないか。あったら怖すぎる。


「学校生活に関して言えば、いつも通り友達ゼロで過ごしている。遊びに誘われることもなく、もちろん俺から遊びに誘うこともない。悪い奴らと付きあったりしてないから安心してくれ」


「あなた……もしかして親にもそう言ってるの……?」


「親が自分の目に見えてない事を聞いてくるのは心配だからだろ。そんな彼らを安心させてやるのが子供の仕事だ」


「安心というか残念というか……なんか泣きたくなってくるわね……」


「泣くのはおかしいだろ。俺がそう答えたらだいたい安堵の息とともにその事に関して何も聞いてこなくなる。聞きたい答えが聞けたからだろうな?」


「……たぶんそれ、安堵の息じゃなくてため息ね。何も聞いてこなくなるのは、たぶん悲しくなるから」


「勝手に俺の親の気持ち想像してんじゃねぇよ」


「あなたはもっと相手の気持ちを考えて発言するべきよ。私はその家庭内風景を想像して怖くなってしまったわ」


「じゃあ、親の気持ちを考えて「学校生活楽しいよ」なんて答えるのか? そういうのが逆に子供を追い込んでいくんだよ。まぁ、そう答えるのは大抵子供のほうだから、首を締めてるとも言えるが」


「なんでそんなに極端なの……? 言い方の問題よ。そこは「友達もいなくて恋人もいない僕のために学費をだしてくれてありがとう。生まれてきてごめんなさい」でしょ?」


「おい、勝手に生まれてきたことを後悔させようとするな。お前の言い方こそ悪魔じゃねぇか」


「え……? 友達もいなくて恋人もいないのに生まれてきたことを後悔してないの……? 驚いたわね」


「驚いてるのは俺だ。なんでそんな簡単に俺のこと傷つけられるんだよ」


 心の傷は癒えるのに時間がかかる。相手からすれば何気ない一言でも、それが深く心に刺さってしまうこともある。


 だから、言い方には気をつけなければならない。気をつけて気をつけて、オブラートに包みすぎて、結局人は本当に伝えるべきことさえも隠してしまうのだろう。


「まぁ……天津くんは普段通りってことね」


 彼女はそう言って笑う。


 その言い方にすこし引っかかりを覚えた。


 それはまるで「私の学校生活は普段通りではない」と言ってる気がして。


「なんかあったのか」


 聞いてから、その質問が愚問であったことに気づく。そもそも、何かなければ彼女がこうして会いにくるはずなどないからだ。


「何かあったわけじゃないの。ただ……」


 そこで彼女は言葉を切った。それが躊躇いからなのか、それとも店員が飲み物を運んできたからなのかは分からない。カラオケとかでも店員が部屋に入ってきたときに歌をやめる人とやめない人がいるが、そういう感じだろう。

 彼らの違いは、おそらく歌唱力に自信があるか否か。自信がある奴は大抵構わずに歌い続ける。見ず知らずの他人に自分の歌唱力がバレてしまうことを恐れないから。


 だから、日向舞が言葉を躊躇ったのも『自信がないから』に違いない。


 それが、果たして正しいのかどうか分からないからこそ、彼女は躊躇ったのだ。


 俺は特に何も言うことなくそれを待つ。

 待っていればそのうち話すだろう。そのために、彼女はここにいるのだから。


「……実はさ、しょうりんの事なんだけど」


 そうして、たっぷり数十秒かけてから彼女は切り出した。しょうりんとは、日向舞の親友である翔鶴(しょうかく)りんのこと。


 というか、まぁ、そのことだろうとは思った。


 なぜなら、りんちゃんこそが他校の生徒である日向舞と俺とを引き合わせた原因の人物だから。


「天津くん……霧島くんを説得してくれたじゃない?」


「ん? あぁ、まぁ」


 説得。そう呼んでいいのかは分からないが、霧島がりんちゃんに対して酷いフリ方をしないよう俺は立ち回った。もちろん、日向舞がその内容を知ることはない。


「でもね、私はあんな手段をとった霧島くんを許せないでいる」


 霧島がとった手段。それは言葉にするのもおぞましいものだ。自分の為だけを考えた最低なやり方。……まぁ、だからこそ俺も同じように最低なやり方を選んだにすぎない。


 結局、それすらも逆手に取られたが。


「別に許さなくていいんじゃね? あれを許せるのは本人くらいだろ。その本人は、誰かに許してもらおうなんざこれっぽちも考えてない」


「そうね……。そして、許せないからこそ――正直、しょうりんには告白してもらいたくない」


 日向舞はうつむきながらそう言った。その瞳に俺は映っていない。たぶん、自分の気持ちを確かめるようにその言葉を放ったのだ。


 それが、果たして正しいのかどうかが分からぬまま。


「りんちゃんが告白しても霧島と付き合う未来はない。ただ、アイツがりんちゃんに対して酷い仕打ちをすることもない。それじゃあ、不満か?」

 

 彼女はすこし間を空けてから「不満」とだけ呟く。


 その気持ちは分からなくもない。たとえ、霧島がりんちゃんを優しく振ったとしても、アイツが犯した罪が消えるわけじゃないからだ。


 日向舞は言葉通り許せないのだろう。たった一度でも親友であるりんちゃんの気持ちを踏みにじった霧島のことが。そんな霧島にりんちゃんが振られるという事実が。


 だが、それを彼女は飲み込むしかない。

 それでも……飲み込めなかったからここにきた。


「俺はあまり憶測で物事を判断したくない。そうやって、不確定な材料で求めた答えは、たとえ正解だったとしてもきっとくだらない誤解をうむからだ」


 日向舞が俺に言っているのは、まだ自分の気持ちまで。

 彼女がどうしたいのか、何故俺に会いにきたのかまでは話していない。


「それを俺に言ってなんになる? それとも、ただ愚痴を聞いてもらいにきただけか?」


 それなら良いなと思った。愚痴を聞いてやるだけなら、これほど簡単なことはない。俺はただこうして座っているだけでいいし、何もする必要もない。


 だが、たぶん違うのだろう。


 彼女はハッキリ言ったからだ。りんちゃんに告白してもらいたくない、と。


 つまり。


「しょうりんには霧島くんに告白させることなく諦めさせたいの。私は……しょうりんがあんな男にふられる事実をきっと許せない」


 まぁ、そういうことだろうな。


 俺は軽く息を吐いた。


「それが……ひどく傲慢(ごうまん)な考えだと理解したうえで、か?」


「えぇ。理解したうえで、ね」


 そして再びため息。俺は、その考えに何か言おうとしてやめた。


 彼女も悩んだうえでそう言っているはずだからだ。じゃなければ、躊躇などするはずがない。


 そして……それが勝手な気持ちだけのものだと理解したうえで、決意を口にしたのだ。

 ひどくワガママなお節介だと理解して……わざわざ俺に言いにきたのだろう。


 なら、俺がそれを止めることはない。止まれないのだと、本人が言っているのだから。


「告白させることなく諦めさせる……っていうのは、お前の得意分野じゃなかったか?」


「それはッ……相手が私に気がある場合だけよ。誰かが誰かに気がある場合には当てはまらない」


 日向舞は彼氏をつくらない。告白させる前に相手を諦めさせたりもする。それはもちろん相手のことを想ってではない。


 彼女への告白が起こったことで、彼女から離れる友人を減らすためだ。


 結果は変わらない。日向舞が誰かと付き合うことはない。


 なのに、告白イベントが起こっただけで変わる未来があった。


 そんなクソくだらない友情に打ちのめされてきたからこそ、彼女は「告白」そのものに固執するのだろう。


 だから、日向舞は許せない。それを起こしたくない。


「告白させることなく諦めさせる……ね。手段がないわけじゃないが」


「あるの?」


 顔を上げた彼女に、俺はコホンと咳払い。


「まぁ……これは俺の友人の話だ。そいつが中学生のとき、移動教室で隣の席になる別のクラスの女子がいてな?」


「友人……」


「その女子は、そいつに優しく話しかけてきたらしいんだ。なんか、何でも無いようなこととかでも笑いながら話しかけてきた。そしたら、そいつは「その女子が自分に気があるんじゃないか?」と思いはじめてきた」


「うわぁ……」


 あの……その反応やめてくれないかな? それ、俺の友人にたいする侮辱ですよ? 


「そ、それでだ。そいつは告白されないうちに、その女子から嫌われることにしたんだ。どうしたと思う?」


「話しかけられても無視した……?」


 甘いな、日向舞。そんな甘いやり方で告白イベントを完全に阻止できるわけがない。



「正解は、自分のクラスにいる口が軽い奴にその女子の悪口を言った、だ」



「……は?」


 言ったことが理解できなかったのか、彼女は疑問符を浮かべる。

 どうやら解説が必要らしい。


「嫌われる事に関して一番効果があるのは、他人を(かい)することだ。もし仮にだ。ここで俺がお前に悪口を言っても傷つきはするだろうが、嫌いになるとは限らない」


「……悪口にもよるけど?」


「それはつまり確定じゃないってことだろ? 俺がお前に嫌われるためには、嫌われるための悪口を選ばなければならない。だが、例えば俺がりんちゃんにお前の悪口を言ったとする。そして、りんちゃんがそのことをお前に告げたとする」


「あぁ、なるほど! って、まさか……」


 日向舞は納得したように目を見開いてから、そのまま表情を固くした。


 ふっふっふっ。どうやら気づいたようだな?


「言葉っていうのは面白いものでな。オブラートに包むことにより優しくすることができる。それとは反対に、他人のフィルターを通すことによってろ過することもできるんだ」


「ろ過……」


「そいつは、他人のフィルターを通すことによって悪意だけを抽出したんだ。その悪意だけが女子に伝わって告白……というより、仲良くなる未来さえもを潰した」


「最悪じゃない、それ」


「だが、嫌われるには最も確実な方法だ。まぁ、そいつはその女子からだけじゃなく、その女子の友達全員も敵に回すことになったが……」


「自業自得すぎる……というか、そこまでやる必要あるの?」


「あったんだろ。……そいつには」


「私はそうは思わないけど」


「そいつは……たぶん怖かったんだ。その女子は、普段から友達のいないソイツに対して優しくした。その心はとても綺麗なものだったし、とても眩しいものに見えた。もし、それが些細なキッカケで汚れてしまう未来を恐れたんだ。それがどんなに低い確率であったとしても……優しい彼女が、汚れたソイツに汚される確率こそを恐れた」


 たとえば……美しい女性が不細工な男の人と結婚したとする。


 大半がそのことを祝福するだろうし、微笑ましく身守るだろう。



 だが、全員が全員そうではない。



 その女性の価値観に疑問を持つ者がいるはずだ。それよりも、その価値観に失望する者さえいるだろう。



――なんであんな男と。



 それはあまりにも醜い考えだし、当人たちが気にするようなことでもない。


 それでも……気にする馬鹿がいる。


 そして、それを回避しようとまでする。


「そいつは馬鹿だったんだよ。相手だけでなく、周囲までもを気にして結局彼女を傷つけた。一番卑劣なやりかたでな? だが、それこそが……彼女を汚さない正しいやり方であると信じたんだ」


「悲しいことね……」


「まぁ、俺の友人の話だから知ったことではないが、そういうやり方があるってことだ」


 俺はそう言って話を終わらせる。これは例であって、本題じゃない。


 ここでその話を追求する意味はないのだから。 


「それを……しょうりんにやるってことなの?」


「そういうことだな。まぁ、そいつにとってのろ過は他人だったからどうしようもなかったが、そのろ過は操作できる。りんちゃんが霧島を嫌いになるギリギリを調整できるってことだ」


「つまり、私が霧島くんの悪いところをしょうりんに話すってことね?」


「違う。そんなことしたら、お前がりんちゃんに嫌われるかもしれないだろ」


「……なぜ?」


「人は好きなもの、好きな事を否定されたくない。りんちゃんは霧島のことが好きなんだ。そんな霧島の悪口を言ったら、言ったお前の印象まで悪くなる」


「たしかに。でも、天津くんが言ってるやり方ってそういうことでしょ?」


「だから、それは『嫌われても問題ない人間』がやるべきだ。それは日向舞、お前じゃない」


「じゃあ、誰が……あっ」


 彼女は再び疑問符を浮べようとしてハッとした。


 それに俺は笑みを浮かべる。


「そういうことだ。……俺がりんちゃんに、霧島の悪いところをたっぷり聞かせてやるよ」


 だが。


「それは……ダメ」

 

 てっきり乗ってくると思ったのだが、目の前にいる日向舞は……唇を噛み締めて、それを否定してきたのだ。

一旦切り

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