用事
ボッチは女子が苦手だ。
これについて世間は多くの誤解をしている。
彼らのいう事はいつも同じだ。「ボッチは童貞だから女の子との話し方が分かってない。だから苦手なんでしょ」。
はぁ……。まずボッチと童貞をイコールで繋げているところがおかしい。そのイコールが成立するのなら「童貞はボッチである」という逆の理論もまた正しくなければならない。
さて、童貞はボッチだろうか? そんなの決まってるだろ。ボッチだ。というか友達いたらそのツテでとっくに恋人つくってるもんね!
だからボッチは童貞である。俺もまた、童貞だ。
だが、俺は好きでボッチをやっているわけであり、本気をだせば友達くらいいつでもつくれる。だから本気だせば童貞なんて捨てられる。
結論。
俺はまだ、本気を出していないだけ。
「――天津くん、帰ろ」
そんな俺に今日も今日とて話しかけてくる金剛さんは紛れもない女の子だ。
そんな彼女に、俺は今日も今日とてため息を吐いた。
金剛さんが女の子だからではない。女の子は人間関係のトラブルを引き起こしやすいからだ。
……まぁ、これについては正確な表現ではない。
女の子がトラブルの原因なのではなく、男女関係……つまりは、恋愛感情というものがトラブルを引き起こしているのだ。
だから、そういったトラブルを回避したいボッチは女の子を避ける。
「ねぇ? 聞こえてんの?」
「お、おっふ……」
「聞こえてるなら返事くらいしてくんない?」
「ばっ、おま、それ確かめるのに顔近づけてくる必要ないだろ!」
「何度呼んでも反応ないからじゃん!」
決して女の子が苦手というわけじゃない。
決して女の子が苦手というわけじゃないのだ。
だから女の子に話しかけられてもクールだし、簡単に返事をしない余裕すらある。
すぐに返事したら下心とか疑われそうだしね! アクビとかかまして、さも興味なさげを振る舞うのがベスト!
やっべ。俺が本気だしたら童貞とかすぐに捨てられそう。
まぁ、捨てたものはもう二度と戻らないから俺は捨てないけどね! 約束は守るもの。童貞もまた、守るものだ。
「約束どおり、今日買い物付き合ってくれるんだよね?」
「……は?」
思わぬ言葉にマヌケな声をだしてしまった。
「昨日の別れ際に言ったでしょ? そしたら「わかった」って言ってくれたし」
「買い物? 俺が? ……なんで?」
「ほら、もうすぐゴールデンウィークだし、お出かけする物いろいろ見たいし」
「答えおかしくね?」
なんで「ゴールデンウィークだから」が答えになっちゃうの? ゴールデンウィークなら、俺が買い物に付き合わないといけないの? ……というか、そもそもゴールデンウィークって家に引きこもってゲームする休日のことでしょ? お出かけ……? 何言ってんだコイツ。祭日の知識くらい知っとけよ。
ちなみにだが、ハロウィンとはソシャゲのイベントか行われる日のことであり、クリスマスもソシャゲのイベントが行われる日のことだ。
こういう正しい知識を持ってない奴らが騒いでいるから、ボッチは悪みたいな風潮がうまれる。
そういうのは無くしていかなければいけないと思う。あとバレンタインも。
「とにかく! 約束したんだから付き合ってもらうからね!」
「待て待て! 約束した覚えがない!」
「私はあるけど?」
「じゃあ、証拠を見せてくれ」
「証拠って……昨日会話したじゃん!」
「適当に返事してたから覚えてないな」
「はぁ? ふざけんな!」
昨日、俺はおかしくなった金剛さんにむりやり家まで送らされた。そうやって二人きりでいるところを誰かに見られたくなかったため、全神経を周囲へと向けていた。
そのせいで何を話していたのかあまり記憶にないのだ。
「覚えてないって、それさ……犯罪者が「酒に酔っていて覚えてません」っていうのと同じくらい悪質だよ?」
「ぶっ飛んだ例を持ってきて俺を悪にしようとするな」
「でも、一緒でしょ?」
「一緒じゃない。もし、一緒にするのならその約束は俺から言ってないとおかしい」
「……どういうこと?」
「つまり、俺が金剛さんに「買い物に行こう」と約束する。そのうえで、俺が「覚えてない」と言ったらまぁ、俺が悪い。だが、違うからな」
「じゃあ、天津くんから約束してきた」
「じゃあ、って。完全にたった今捏造しただろ」
「捏造? 証拠あるの? あるなら見せてよ」
「お前……」
空いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。「証拠をだせ」なんて横暴すぎる! 一体どこからそんな事を覚えてきたのだろうか? 教えたやつがいたらぶん殴ってやりたい。
「というかさ、このあと用事でもあるわけ?」
「……ある、と言ったら?」
「その返事はもう「ない」のよ……。そもそもボッチの天津くんが放課後に用事あるわけないし」
「それ偏見だからな? なんで用事全部が友達いる前提のものなんだよ。その「どうせ暇だろ?」みたいなやつ止めてくんない?」
そういう人っていつもそう。お土産のお菓子とかが余ったりしても「これ余ってるから良いよね」とか言って、勝手に多く取っていったりする。いや、別に良いんだけどさ……たしかに余ってるから良いんだけどさ……。そこは「余ってるお菓子頂いてもいいですかね?」みたいに言えないのかね。
金剛さんにも「天津くんの大事な放課後のお時間を頂いてもいいですか?」くらい言ってほしい。そしたら、こちらも丁寧に断れるのに。
「でも事実じゃん。ほら、時間ないし行くよ!」
「おい、だから待てって!」
拉致があかないと判断したのか、強行にでる金剛さん。彼女はいつだってそうだ。というか、昨日もこれで家まで送らされたし!
そう何度も同じ手が通用すると思わないでほしい。
「待ってくれ。……実は俺、今日体調がすこぶる悪くてだな」
「やっぱり用事ないんじゃん! 嘘ついた罰として付き合ってもらうから」
あれ? この手を金剛さんに使ったの初めてなのになんで通用しないの? おぃぃ! 仮病って大体一発目は通用するはずだろ! バイトで遅刻するときなんかは大抵これで休む。まぁ、二度目は怪しまれるから這ってでも行くけどね! 限度を弁えてる俺えらいなー。
万策尽きた……というよりは、そんな暇さえ与えない強引さで俺を引っ張る金剛さん。
もはやこれまでか……無念。
そう、覚悟した時だった。
「――あれ?」
学校を出た校門ちかく。まだ帰宅する生徒たちが多く見受けられるなか。
金剛さんの勢いが弱くなり、やがてとまった。
なんだ……?
そんな様子に疑問を感じて彼女の顔を見れば、とある場所を見つめたまま固まっている。
その視線の先を追うと、俺も彼女を見つけてしまって固まった。
「日向……舞」
そこには、姫沢高校の制服を身に纏う日向舞が壁に寄りかかるようにして立っていたのだ。
そんな彼女は、俺たちに気づいてから小さく手を振り近づいてくる。
「久しぶり、ね」
どちらに言ったのかはわからない。あるいは、どちらにも言ったのかもしれない。
判断しようがなかったが、とりあえず「あぁ」なんて返事をした。
それから彼女は、金剛さんへと視線を向けて言ったのだ。
「天津くん、借りてもいいかな?」
どうやら……マジで用事ができたみたいです。