ウィンドウショッピング
どうやら、現在俺たちはウィンドウショッピングなるものをしているらしい。それにようやく気づいたのは、ショッピングモールのお店を三つほど回った頃だった。俺は、買いたいものがあれば一直線に店へと向かうし、事前に調べてから買うものを決めて出掛けるタイプであるため、実質これが初のウィンドウショッピングということになる。
とはいえ、別に買いたいものなどあるはずもなく、楽しそうに店内を見ている彼らを眺めているだけにすぎない。
ボッチは一人でも休日を楽しむ術を心得てはいるが、誰かと共に楽しむことを前提としたものにはひどく疎い。たぶんそれは、ウィンドウショッピングもそれに属しているのだろう。
誰かと意見し、議論し、購入すべきか否かを判断する。それを買い物の中に取り込み楽しむことがウィンドウショッピングの目的なのだろう。
「これ似合うんじゃない?」
「そっ、そうかな」
「しょうりん、これとかは?」
「あぁ、その色今年のトレンドだしいいかも。でも値段考えると長く着たいよね。好きな色で良いんじゃないかな?」
「うーん……ありがとう、ございます」
とはいえ、そういった議論に参加するにはそれなりの知識を要する。より正解に近い解答を導きだそうとするなら尚更だ。現在彼らがいるのはオシャレな服屋である。故に、ファッションについての知識があまりない俺は、それを眺めていることしか出来なかった。というか、俺の服装が店内に並んでいる物と違いすぎて早く外に出たい。買うなら早く決めてくれ!
しかし、俺の願い虚しく、彼らはさんざん議論を交わしたすえにだいたい買わずに服を元の位置に戻してしまう。だから、また別の商品棚に寄っては、同じようなやり取りを延々と続けていた。ほんと、なにやってんのこれ? 店員にたいする焦らしプレイなの?
……にしてもだ。改めて霧島という男の凄さを目の前で見せつけられていた。今いるのは女性服のエリアだというのに、ガンガン自分の意見を言っている。それだけでなく、日向舞やりんちゃんの意見に対しても、笑顔で反対意見とかしている。
先ほど俺が日向舞に意見を求められた際「自分が好きなものを買うのが一番だ」と助言してやると、冷めた目で去っていってしまった。あれが実質、戦力外通告というやつだろう。だが、間違った意見とは思わないし一体何がいけなかったのか……。
まぁ、ここまで観察し続けていてようやく分かってきた。彼らは、自分が良いと思った物を決して買おうとはしていないのである。人の意見を取り入れ、人に評価してもらい、それが自分の好みに合ってなくとも、それをよしとして買い物をしようとしているのである。それは、俺から言わせればただの我慢だ。好きでもないものを、意見に流されて善きものとする自分への嘘。結局、購入したあと使うのも、購入するお金も、自分のものなのだから、自分が好きなものを買う方がいいに決まっている。まぁ、だからなんだろうな。ああやって結局買わずに商品を戻すのは。心の奥底では分かっているのだ。最後は自分の好きなものを買った方が良い、と。
とすればだ。このウィンドウショッピングとは、ひどく無駄な時間の使い方に思えてならない。別に構わないけどね。霧島が上手くやってくれているし、そのお陰で俺は苦手なファッション談義に参加しなくてすむから。やはり、人には得意不得意があるのだから、こうやって分業制にするのが一番効率がいいのだろう。
「天津くん、こっちとこっちなら、どっちが似合う?」
いつの間にか、日向舞が目の前で二つの服を両手に持ち俺へと問いかけてきた。
「選択肢を二つに絞って、俺が意見を出しやすいようにしてくれてるのはありがたいが、気なんか使わなくていいぞ」
「うわっ、なにその最低な返し。素直にどっちか選んでれば良いのに。別にあなたの意見を鵜呑みにして購入するわけじゃないんだから」
「……じゃあ、答えてやるがこっち」
「へぇ……ありがと」
そう言って去ろうとする日向舞。
「いや、待て待て。理由とか聞かないんですか? なんか、俺の意見をまるごと鵜呑みにしたように見えたんですが……?」
「理由とかあるの?」
問いかけられて困ってしまう。ただの直感だからだ。
「……ないです」
「だと思った。でも、それでいいよ。意見は意見なんだし」
「……はぁ」
そんなものですか。
「本当は一つ一つ着てみて、可愛いかどうかを聞くのが一番なんだろうけど、それだと疲れちゃうし」
「あぁ、確かにそれなら俺が一番楽だな」
「それに、そういった意見もちゃんと意味はあるんだからね? あなたが選んだ物とは反対の服を買っていけば、必然的にあなたが嫌いなコーディネートになるでしょ?」
「なんだよその天才的発想。嫌われ者になるプロか」
「時にはそういう事もしなくちゃならなかっただけよ。男を幻滅させるには、その人の好みから離れるのが一番手っ取り早いから」
「あぁ……そういえば、お前は恋人つくらないんだったな」
「うん」
平然とそういったことを口にする日向舞。そこに至るまでにはどれほどの苦痛が伴ったのだろうか? 意思を持って誰かから嫌われようとするのは、並大抵のことじゃない。人はできるなら愛されたいし、愛されていたい。だからこそ、相手にとって良い自分を演出しようとする。それが自然なのだ。
「まぁ、選んでもらった方を買って、その人にとってもっと可愛い自分をつくる、というのが本来の使い道ね」
「おぉ……お前の説明があまりに納得できたせいで、正しい使い道が思い浮かばなかったぞ。で、それ買うんですか?」
「買わない。あなたに話しかけたのも、霧島くんとしょうりんを二人きりにさせる為だしね? あなたの意見はどうでも良かったの」
「……そうですか」
どうやら、相手が選んだのとは逆の服を購入する、以外に嫌われ者になる方法がもう一つあったみたいですね……。
「でも、少しずつ緊張取れてるみたいだし、良い感じかな」
「まぁ、な」
見れば霧島もりんちゃんも、端から見れば恋人のように楽しんでいる。日向舞は満足そうだったが、俺にはそうは思えない。
――俺は舞ちゃんのことをいいなって思ってる。
思い出される霧島の言葉。一体どういうつもりなのだろうか? もっと露骨に仕掛けてくるものかと思ったが、普通に楽しんでて少し拍子抜けだ。まぁ、俺は平和主義者であるため、彼が事を荒立てない限りは何もすることはない。
無事に今日を終えられればそれでいいのだ。
その後も、このウィンドウショッピングは彼らが満足するまで続けられた。時間にして約二時間ほど。結局、二人が購入したものなど殆んどなく、春物の服や夏物の服を見に来たかっただけらしい。それ、ショッピングじゃないよね?
その後は、なんか入ったこともないようなビルの中のお店で昼食をとった。たぶん、もう入ることはないだろうし店の名前も覚えてない。というか、俺の格好が少し場違いのような気がしてそれしか頭にない。どうやら、ファッションとかも皆が気にしてるステータスの一つらしいな。ボッチだから全然知らなかったわ。
りんちゃんの口数は、日向舞の言うとおり徐々に増えていった。その殆んどは、霧島に向けられたものであり、俺には箸休め程度の些細なことしか振ってこない。まぁ、好きな人を目の前にして緊張していることを考えれば、俺というオアシスは必要なのだろう。喜んで箸休めになってやった。日向舞はというと、容赦なく言葉で俺を殴ってきた。普段のうっぷんなんかが貯まっているのかもしれない。喜んで殴り返してやった。
「じゃあ、そろそろいこうか」
食事が終わりようやくビルから出ると、今度はスポーツが楽しめるアミューズメント施設に行くらしい。……なるほどな。サッカー部の霧島が良く見えるであろう素敵なプランだ。それに四人だから二チームに分かれて対戦も出来る。これなら霧島とりんちゃんを自然なペアに出来るというわけだ。
別に説明されたわけではないが、なんとなく意図を察した俺はその事を念頭に置いた。もちろん、いくら霧島とりんちゃんをくっ付けようとしても、それが無駄な努力である可能性が高いことも含めて。
まだ可能性の話だ。霧島だってりんちゃんと会ったのは今日が初めてだろうし、俺から言わせれば翔鶴りんという女の子は、申し分ないくらい可愛い女の子である。先ほどの様子からしても、彼の気持ちが動いていたってなんらおかしくはない。
だから、取り敢えずは流れに従って見ることにする。今のところの俺の仕事は全うできているのだから。