表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
108/114

【金剛麻里香】海、揺れる。

合宿中、金剛さんの海での話。


彼女は、他のヒロインとは少し違い、意地っ張りで心中をあからさま外には出さないので、かなり読み解きにくい人物だったかもしれません。


そういった、読まれることさえも彼女には恥ずべきことのように思えてしまうので、絶対に態度で示したりしませんでした。だから、主人公視点の金剛さんはいつも極端で、ハッキリした性格に思われるかもしれませんが、たぶん……一番純粋で壊れやすい子だったのかもしれません。





 胸が締め付けられた。そうやって、縮んでいく感情に引っ張られるように、体の節々の感覚がなくなっていく。


 ザブザブと、足が海水を進む。


 動き続けていないと……体を動かし続けていないと……きっと、(うずくま)って泣いてしまいそうだった。泣いてしまったりなんかしたら、なんかもう全てが終わってしまいそうな気がした。


 海は思ったよりも冷たくはなくて、寄せる波に潮泡が浮いているのを見れば、海はそこまで綺麗でもなくて、それでも遠くへ。


 足が届かぬ沖へと向かう。


 このどうしようもない気持ちが、広い海に溶けだしてしまうことを祈らずにはいられない。そうすることでこの憂鬱がおさまることを願わずにはいられない。


 天津くんは、どうしようもないこの気持ちには応えてはくれない。だけど、笑顔でいられたなら……それを許して一緒にいれたなら……もしかしたら……まだ。


 そう……考えてしまうのも嫌になる。それでも考え続ける自分はいて、そんな自分が嫌で……振り向いてくれない彼に腹が立って、全てを投げ出してしまいたくて。


 だから、この身を海に任せて潜る。


 考えられないほどに、疲れてしまいたかった。手放してしまいたかった。


 だから、泳ぎ続けることでそれを昇華したかった。


 浜辺から離れるほどに、ゆっくりと髪が海水に浸ていった。これでも毎日手入れを欠かさなかった一本一本。紫外線と塩を浴びて、きっと痛んでしまうだろう。それでも、(こぼ)れた心をどうにか修復することに一杯一杯で、どうだってよかった。


 潜れば、最初に感じたよりも冷たい水温に驚き、肺の空気が一気になくなる。海面に出て呼吸。そうして、もう一度潜水。


 二度目は冷静でいられて、それでも……やっぱり苦しい。


 ゴーグルを持ってくれば良かった。瞼の暗闇はひどく不安で、耳元から聞こえる水泡の音だけは、しっかりと聞こえた。


 強く目を瞑っていることにさえ疲れて、ゆっくりと開ける。


 薄いモヤのようなフィルターがかった景色。だけど、光はちゃんとここまで降り注いでいて、どこまでも静かに沈殿する海底の砂だけが広がっている。


 その、海面と砂の間をゆっくりと泳ぐ。


 息が続く限り、ずっと。


 そうしていると、だんだんと海底は深くなってきて、いつの間にか光も届かぬ闇へと消えた。


 目を凝らしても分からない。試しに少し深く潜ってみると水温が一気に低くなった。足先は心もとなくて、安心感であったはずの地面は、深く冷たい闇の底。


 一瞬、ここで溺れてしまったらどうしよう等と考えてしまった。冷たい水温が絡み付いてきて、闇の深くへと連れていかれそうになってしまう感覚。


 膝を抱え、そこに顔を埋める。


 それでも、苦しいことに変わりはなくて、恐怖には身を竦めるしかない。


 このまま溺れてしまいたくても、体が心が嫌だと叫ぶ。


 どうして良いのかも分からなくて、どうしたいのかも分からなくて。


 ただ……それでも。


 私は確かにここに居るんだって……思った。


 どうしようもないんだ。どうすることも出来ないんだ。


 こんな波間で何をしたって、私の存在なんてちっぽけ過ぎた。


 笑ってしまうくらい、呆気なさすぎた。


 もっと頑張ればどうにかなる気がしてた。それを私は出来る気がしてた。


 だって私は可愛いし、頑張れば何だって出来るんだって知れたから。


 もっと、きっと……私の中には、信じられない奇跡があるんだって信じてたから。


 でも、その奇跡は私だけじゃ起こせない。


 あなたが居てくれないと起きない。


 この心が全て解け出してしまったら、もう可能性すら残らない。



 それだけは――嫌だっ。



 そう思った瞬間、跳ねるように海面に出た。そうしてすぐに浜辺の方を見た。


 まだ彼はそこに居て、ただ、じっとしている。


 照りつける日射し、揺れ振るう波。


 現実が一気に戻ってきて、そのことだけに安堵する。


 私は……私はっ……。


 手を上げて海水を掻く。足を伸ばして動かす。


 苦しくなるまで息をしないで、そのことだけに集中した。


 動かす。休むことなく。ひたすら泳ぐ。


 そうしていれば、いつか……何かが起こるような気がして。


 それが何なのかは分からない。私が欲しいものなのかも分からない。ただ、求めずにはいられない。


 それを手にするには、やっぱり足掻き続けるしかない気がした。


 なんで、どうして、どうやって。


 分からない。何も分かりたくなんてない。


 私はひたすら泳いだ。


 泳ぐことに何かを見いだせる気がして。


 時には海面を。時には水中を。


 重く冷たい海水が、私の全てを支配するまで。それに奪われてしまわぬよう、必死に抵抗できうる限り。


 頑張る。頑張ってみる。


 まだ、私の奥底には温かい想いが……静かに積もっていたから。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ボッチに色仕掛けは逆効果だよね。
[一言] 面白かったです!(語呂力なくてごめんなさい)
2020/04/24 14:09 退会済み
管理
[一言] この作品を読みつつ,とある世に出ている作品を読んだらすごいデジャヴだと思った。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ