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今のところの答え

ここまで読んでくださった皆様は猛者

 時計台で待っていたりんちゃんは、日向舞の姿を見ると安堵感のためか泣き出してしまった。彼女にも思うことはあったのだろう。日向舞が優しく抱き寄せる胸の中で、りんちゃんはしばらく「ごめん」だけを連呼していた。


 それは、一体何に対しての謝罪なのか、きっとりんちゃんにしか分からない。ただ、謝らなければならないことは俺や日向舞にもあって、たぶん金剛さんにもそれはあって、それらを俺たちは口にして解り合わなければならなかったはずなのに、ずっと間違ったまま俺たちはいたのかもしれない。


 俺はいつもの日向舞を、彼女に演じさせてやるつもりだったのに、先に泣き出して崩れてしまったりんちゃんの前では……もういつもの日向舞だった。


 俺たちが合流してもなお花火は続いていて、しかし、やはり残り少ないのかその間隔と連打の如き打ち上げは無くなっていた。


 その終わりを予感させる雰囲気に、誰もが何も喋らずに噛み締めるだけ。


 まるで、儚い夏の終わりを今さらになって実感できたようにも思う。


 だから、俺たちはそんな不思議とも呼べる感覚だけを共有し、他のことは一切口にしなかった。


 その曖昧な結末はきっと、正解ではないのだと自覚していながらも、そうやって……せめて間違わないようにするしかなかったのだ。


 正解を出すのも、相応しい結末を望むことさえも……まだ、俺たちには早すぎたのだから。


「――じゃあ、ここで」


 戻ってきた駅前の広場。俺は日向舞とりんちゃんと向き合う。


 彼女はこれを最後にすると言った。だが、俺はそれを最後にする必要はないと告げた。


 だから、俺は片手を上げ。


「またな」


 とだけ返す。それに日向舞は微笑を浮かべ、うん、とだけ頷いた。きっとその言葉で察したのだろう。りんちゃんも少し驚いたような表情をしてから……最後は笑って「またね」を呟いたのだ。


 それを見送っていると、日向舞がおもいだしたように振り返る。


 なんだ? と思っていると、彼女は少し迷ったような素振りを見せ……それから。


「天津くん。私、留学することにしたから!」


 突然の告白だった。それにどう返せば良いか分からずにいると、尚も彼女は告げてくる。


「もっと、広い世界を見てくる! いろんな考え方とか、いろんな人と話してみる! そんな事にあまり興味はなかったけれど、今のままじゃ私は足りないんだって思い知ったから!」


 突拍子もない留学の話。だが、なんとなくそれらは俺の中にすんなりと入っていった。


 理由がちゃんとあったから。根拠がしっかりあったから。


 それをすんなり受け入れられる程に、俺たちは悩み迷ったから。


 だから、もう俺はどんな言葉すらも飲み込んで、ただ、拳を軽く上げて「がんばれよ」だけを言ってやった。それに、最後彼女は優しく微笑むだけだった。


 帰りの電車。花火大会で帰る満杯の車内。やはり、そこに座れる所はなくて、人混みにうんざりしながらも、ようやく最寄り駅に到着。


 先程までの混雑が嘘のように、そこには閑散とした雰囲気があって、見慣れた景色にどこか安心してしまう。


 まるで、ずっとどこか遠くへ行っていたような気さえした。


 そうやってトボトボと歩いていると、もうすぐ閉店間際の本屋の前で、ふと止まる。目についたのは英語のスピーキングについての本。たぶん、日向舞から留学の話を聞いたからに違いない。それを手に取ってみて、何気なくパラパラとめくる。

 英語の成績は悪くない。だが、俺は話すことは出来ない。これまで英語は書くことしかしてこなかったし、ぶっちゃけそれで点数は取れていたから。話す必要なんかなかったのだ。


 それはガッツリとした教材ではなく、海外旅行向けの軽い本。その隣には『地球の歩み方』という本が置いてあり、いつか日向舞がそれを読んでいた事を思い出した。


 英語なんて話す必要はない。話せなくたって、日本にだけいれば生きていける。だから、そんなもの修得する必要はない。


 だが、そうやって不必要だと切り捨ててきた物は……大切な物だったのだと、いつかどこかで気づかされる。


 何かを慎重に選んで生きてきたつもりが、いつのまにか選択肢を狭めているだけだったことを思い知らされる。


 そうやって身動き取れなくなった末に待っているのは、結局選ぶことの出来ない未来。それに俺は納得するしかない。それに満足できなくても、満足したように振る舞うしかない。そうなったのは、全て俺のせいだから。それが欲しかったのだと主張しつづけるしかない。


「――あんた、買うの? 買わないの?」


 突然、店の店主であるおじいさんに言われた。その手には長い棒があって、きっとそれでシャッターを閉めるのだとわかる。


 なんとなく刺すようなその視線に、俺は本を置こうとする。


 それから、手を止めて……おじいさんを見た。


「やっぱり……買った方が良いですかね?」

「店の為を思うのなら買ってええんじゃないか」


 早く店じまいしたいのだろう。おじいさんの言葉には購買欲を掻きたたせようとする意図はない。それが何となくおかしくて、逆に買ってみたくなる。


「海外旅行でも行くなら買ってもええんじゃないか」

「予定はないですね」

「外国人の友達がいるなら買ってもええんじゃないか」

「あー……言葉は通じますけど、話が通じない奴等はいますね」


 主にクラスメイト全員。いや……むしろそれはクラスメイト側から見た俺か……。


「冷やかしか。指紋ばかり付けおって……買わないならさっさと帰りなさい」

「買いますよ」

「……は?」


 必要ないと切り捨てても、触れてしまったら……それを見てしまったら……知ってしまったら、もう無視なんて出来ない。口でどんなに繕ってみても、言葉でどんなに騙してみても、結局、それは最後まで関わりきるしかない。


 その最後が一体どこに行き着くのかなんて想像も出来ない。だが、言葉で「最後にする」など主張してみたところで、最後に出来るはずもない。


 おじいさんは、買うと言った俺を訝しげに見ていたが「買うなら会計すませてくれ」と、レジに向かう。それに俺もついていって、結局それを買ってしまった。


 その本が割かし高かったのは、付録としてCDが付いていたから。無駄な出費だなぁ、なんて思ってしまう。その本は、スピーキングとリーディングを取り扱った本であり、やはり海外旅行向けのものでしかない。


 聞かなくたって、話せなくたって、書ければ問題ない。それで点数は取れてしまえる。もちろん点数の中には聞き取れなければ解けない問題もあるのだが、それにしても話す必要までは極論ない。


 そうやって……俺はずっと知らないフリをしていたのだ。


 だから、話す必要に迫られた時、俺はやはり今までのやり方しか行使出来ないでいた。


 ちゃんと聞いていれば良かった。そしたら、もっと上手く話せたのに。上手く話せていたら、誤解なんてなかったのに。そしたら……間違いすら起きなかったのに。


 買った本をちゃんと一ページから開くと、基本的な日常英会話が載っている。その最初は話しかける英文。


 思わず笑ってしまった。そんなの、日本語ですら俺は止めていたから。


 止めていたから……俺は、きっと。


 思い出されたのはバス停でのこと。知らない外国人に話しかけられ、下手くそなやり取りをしてしまった数ヶ月前のこと。俺がちゃんと話せていたなら、心配した彼女が降りてくることはなかった。そもそも、俺が誰かと解け合っていたなら、彼から話しかけられることさえ回避できたように思う。


 すべての始まりにして、俺は最初から間違えていたのだ。


 そうやって始まってしまったことにも、いずれ終わりがくるのだろう。だが、その終わりを俺たちは決めることが出来ない。始まりを意図出来なかったように。


 終わらせるのなんて簡単だろう。そんなの、全てを諦めてしまえばいい。


 だが、簡単に終わらせた後には、やはり難しい問題に立ち向かわなければならない。


 だから、終わらせることがどんなに簡単で安易で、正しく思えても……最後まで残すことの方が、最終的に楽なのかもしれない。



 それでも俺は、もう楽なんて出来やしない。



 夏は静かに終わっていく。誰もが、その事に何かしらの悲しみを覚える。そしてそんなことも忘れて、また何かが始まる。


 誰もがそれに置いていかれないように、必死で何かを始める。始まったことに追い付こうとして、何かを始めるのだ。



 それは、新しいバイトかもしれない。


 それは、新しい勉強かもしれない。


 それは、新しい関係かもしれない。



 そして、そんなことには意味がないのかもしれない。


 何も分からず、何も予想しえない。だからこそ、人はそれを人生と呼んだ。


 だが、そんな中でも確実なものがある。


 さ迷う暗闇で、漂う海面で、この世界で唯一確実なものはあった。



 無論、自分だ。



 自分だけが、確かだった。自分だけが、全てだった。


 だからこそ、俺はボッチを説いた。


 この世界における唯一が自分であると信じたのだ。


 それは間違いじゃない。間違えてはいない。


 ただ……正解ではないだけ。


 その正解を世界の真実とし、真理とするのなら、それを導き出すには、やはり誰かと問答しなければならない。


 だから人は議論した。裁判を起こし、誰かと口喧嘩をした。


 それは自分の正当性を勝ち得るためではなく、正しい真実を導き出す為。


 語るに落ちる、とは、喋り続けることで真実が露見してしまうことをさす。それはどんなに不都合なことであっても、やはり曲げることの出来ない真実であり正解なのだろう。


 語るに落ちる、ではなく……語らなければ落ちはしないのだ。


 だから、語らねばならない。話さねばならない。喋らなければ、正解には辿り着かない。


 そうしなければ、生きてはいけない。


 それでも俺は、そう在れない。最後までボッチでいようとするのだろう。


 ボッチは最強だから。そんな最強に迫れる者など、いるはずがないから。


 この理論だけは、崩れてはいないから。


 今のところは、まだ――。

もはや伝えたいことは書ききってしまいました。


どーしようもない終わりかたではあると思いますが、最後に彼の結末だけ臭わせておきます。


合宿で行ったゲームですが、最後に日向舞はゲーム内の『海外進出イベント』を成功させたことにより、独走状態であった天津に迫ります。彼女が勝てなかったのは、ゲーム内の時間では足りなかったからです。


ゲーム内の時間では。


それと同じように、このままの彼らでは、やはり天津を打ち負かすことは出来ませんでした。恋愛の話なのに勝ち負けの話をしている時点でおかしな話ではあるのですが、そもそも恋愛をステータスにしている時点で勝敗の概念はついて回ってしまうもの。


誰を勝たせるのかを非常に迷いましたが、この作品の結末としては、やはり天津が勝って終わらなければならないと思ったのです。


もちろん、今作品内の時間では。


ここまでお読み下さってありがとうございました。



2019/3/27

後日談をミッドナイトノベルズ様の方で掲載。


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― 新着の感想 ―
[一言] とても楽しく読ませていただきました。 ぼっちというのはこんなに深かったのか……。 麻里香ルートの投稿も楽しみにしています。 これからも頑張って下さい!
[一言] バッドエンド...ではないけど日向とのハッピーをほんのかすかに匂わせるエンドでした。(って認識であってますかね?) 私の好みからはかけ離れてる終わり方でしたが、後日談で少し救われました。 い…
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