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偶然なんかに

 俺は偶然なんて信じていない。だからその上位互換である奇跡なんてのも信じていない。この世界は全て仕組まれていて、偶然に見えることは全て必然。奇跡なんてのは、その必然が重なった結果であり、よくよく考えればそうなった原因が必ずどこかにある。


 たぶん、そう考えることによって俺は変えたいのだろう。偶然なんてものにしてしまったら、まるで俺たちは関与できないから。奇跡なんてものにしてしまったら、俺たちの力ではどうにも出来ないものを肯定してしまうことになるから。


 それを否定し続けてさえいれば、どんなことにだって自分が関わり、何かを変えられるような気がして。


 ただ。


「……金剛さん」


 花火大会会場の公園内。そこで、俺たちは金剛さんと出会してしまった。それは、確率でいえばゼロにも等しい数字だろう。何故、今、こんな時に俺たちは出会してしまったのか。


 彼女は、やはり花火大会らしく浴衣を着ていた。一人ではない。隣には、屋台で売られていたのであろう串カツを、豪快に両手持ちする女子がいる。どこかで見た覚えがあり、その者も浴衣を着て、普段とはまったく違った雰囲気をしていたために誰だか分からなかったのだ。


 北上明奈。その名前が出てくるまでに数秒かかってしまった。


 気まずさよりも驚きが先行する。金剛さんは日向舞を見て、りんちゃんを見て、最後に俺を視線で掴まえた。


「へ……へぇ……」


 努めて、冷静に言われた「へぇ」。そこには、失望と落胆、そして余震のような静かなる怒りが読み取れる。


「そっか……そっか……そっかぁ……」


 独り呟く金剛さん。その「そっか」は、口から出てくる度に含む感情を変化させた。俺たちが何を説明したわけでもないが、その表情はやがて、全てを見透かしたような境地にへと至る。


「……行こう、北上さん」


 そして、俺たちに何かを言う暇さえ与えず、許さず、金剛さんは立ち去ろうとする。


「まっ、待って金剛さん! 違うの!」


 日向舞が遅れて叫んだ。しかし、金剛さんは止まらなかった。それを俺たちは呆然と見ることしか出来ない。


 気がつくと、北上が俺を睨み付けていた。何故、彼女がそんな視線を俺に送っているのか分からない。そもそも、何故金剛さんが北上と一緒にいるのかさえ理解出来ない。


「あんたさぁ……そういうの止めた方がいいよ。バレなきゃ良いとでも思ったわけ?」


 告げられた言葉には、分かりやすい悪意が込められていた。そしてやはり、弁解の余地すら与えず北上も立ち去ろうとする。


 俺は動けずにいた。何も話せずにいた。


 金剛さんが思ったこと、北上が感じたこと、それらはきっと真実じゃない。だが、それを説明したところで何がどうなるわけでもない。


 だから、俺は見送るしかない。


「私、ちゃんと説明してくる」


 日向舞が金剛さんたちを追おうとして、俺はその浴衣の裾を掴んでしまった。振り向く日向舞。その表情は青ざめ、罪悪感と不安に囚われた焦燥が浮かんでいる。それに俺は力なく首を振ってやった。


「でも……」

「良いんだ」


 しかし。


「良くない!」


 そして、俺の手は振り払われた。途端に小走りで駆け出す日向舞。ばか野郎……説明したところで何になるというんだ。そんなことをしても、二人が怒りをおさめるはずがない。


 それでも日向舞はどうにかしようとするのだろう。そうしなければならないと、責任を感じているのだろう。それが彼女を突き動かすのだろう。


 そんな彼女を追いかけようしたら、今度は俺の腕が掴まれてしまう。振り返ると、そこには辛そうな表情で佇むりんちゃんがいた。


「すぐ戻ってくるよ……たぶん」


 付け足された言葉に自信は感じられない。そもそも、その言葉自体が強くもない。


「それは……アイツを行かせて良いって意味だよな」


 口を突いて出た声音は、自分が思っていたよりも低く、そのことに驚いてしまう。


 俺は日向舞を行かせまいとした。だが、りんちゃんは日向舞が戻ってくる事を主張した。


 つまりそれは、日向舞があの二人に攻撃されても良いことを容認してしまっているのだ。日向舞が、通るはずもない理由を必死で言葉にし、それを否定され、拒絶され、傷つく日向舞を容認しているということになる。


 だから「戻ってくるよ」なんていう、ズレた言葉が出てくる。それに彼女自身は気付いてすらいないのかもしれない。


 掴まれた手を振りほどく。りんちゃんは……日向舞を心配していない。


「日向は……なんで今日、りんちゃんだけを誘ったんだろうな」


 合宿の終わり方に納得出来なかったのなら……もう一度仕切り直すのなら……あの日をやり直そうとするのなら、彼女は何故、みんなを呼ばなかったのか。


「金剛さんを誘っても良かったとは……思わないか」


 日向舞なら間違いなくそうするだろうと思っていた。だが、実際彼女が誘ったのは俺とりんちゃんだけだった。


「それが、日向舞という人間だったはずだろ」


 彼女は常に誰かを想う。それが自分の為だった、と合宿の最後で俺に告げたが、彼女はそこまで"甘く"ない。日向舞はどこまでいっても誰かを想う。こうして、りんちゃんと俺に納得出来る終わりを望もうとするのなら、やはり金剛さんにもその機会を与えるのが日向舞だ。


 だが彼女はそれをしなかった。


――学校が違うから、そんなありきたりな理由はきっと当てはまらない。そんな事に囚われることを日向自身が一番嫌うはずだ。


――りんちゃんの方が仲良いから、それはあるのかもしれない。だが、だからといって金剛さんを切り捨てられるようなアイツじゃない。


 きっと、たぶん……これは憶測でしかない。確証があるわけでもないから何とも言えない。



 日向舞の納得出来る終わり、その為の今日は……おそらく彼女の中での『前半』に過ぎないのかもしれない。



 俺とりんちゃんの終わり、それが今日。そして、彼女の中で次は、俺と金剛さんなのかもしれない。


 一度に終わらせられないから、小分けにして一つ一つ終わらせようという企みなのかもしれない。


 ただ、それだと日向舞が『最後にする』というのが当てはまらない。それが引っ掛かって、俺は確証を得られずにいる。


 だが、まぁ……実際はそんなところだろう。


 彼女は俺たちの為に今をこしらえた。そんな彼女が、まったく認められない偶然なんか(・・・)で傷つけられようとしている。


 それを見過ごすわけにはいかない。そんなこと、認めて良いはずがない。


「日向が傷ついても良いのか? このままじゃ、アイツらに何を言われるのか分からないぞ?」

「そんなの……そんなの……」


 りんちゃんは顔を俺から逸らし、そして言ったのだ。



「自業……自得だよ」



 ストンと、何かが落ちた気がした。それは、紛うことなき正論だと思った。そして、りんちゃんが見せた卑しくも醜い一面が、何故だか俺を安心させた(・・・・・)


「そうなんだよな……実際、そうなんだよ」


 納得してしまう。


「あいつは……相手のことなんざいつも考えずにお節介するんだ。勝手に助けて、助けた気になって、いつだって突拍子もないことを平然とやってのけるんだ。それが迷惑になってるなんて考えもしない。自業自得なんだアイツは」


 最初からそうだった。だから、これからもそうなのだろう。もはやそれは病気なのかもしれない。


 そして、そんなお節介に救われた奴もいた。


「いつだって、あいつは自分の考えを押し付けてくるんだ。こうある方がいい、こうあるべき、それを口うるさく、まるで正義であるかのように語ってくる。ハッキリ言ってウザイよなぁ。押し付けられるこちらの身にもなれって言いたいよなぁ」


 言ってて笑いそうになってくる。誰に? もちろん、自分に(・・・)だ。


「だけどさ……俺だってそうなんだ。勝手に相手を知った気になって、理解した気になって、いつだって誰かにボッチである俺を押し付けようとしたんだ」


 その方が楽だったから。そうしてしまう方が簡単だったから。


 そして、そんなこと……俺以外に出来る奴は居ないのだと盲信した。盲信は勘違いを生み、勘違いは間違いを引き起こした。


 間違いの代償は高くついて、それを払うために随分と遠回りをした。


「だから、これも自業自得だ。誰でもない……この俺自身の」


 そうして俺は追いかけた。こうして追いかけることは、俺の自業自得なのだ。


 だから、俺が責任を持たなければならない。


 日向舞のせいじゃない。もちろん金剛さんやりんちゃんが悪いわけでもない。


 悪いのはこの俺。そして、そんな俺を否定するつもりはない。


「天津くん!」


 りんちゃんの声。それに俺は振り向いて。


「戻ってくる。絶対な?」


 そんな心配から来る叫びでないことは承知だ。だからこそ、敢えてそれを理由に答えてやった。


 俺が日向舞を行かせたくないように、りんちゃんも俺を行かせたくないのだ。


 行かせたくないのは目に見えているから。その人が傷付いてしまうのが。


 だが、りんちゃんはそれを止めることが出来ない。彼女自身で、その理由を告げてしまったから。


 自業自得。


 だから、もしりんちゃんが俺を追いかけてくるのなら、やはりそれも自業自得でなくてはならない。言った言葉を人はすぐに覆すことは出来ない。……それで良いんだ。そうやって賢すぎると、きっとまた勘違いをする。


 りんちゃんは日向舞が傷つくことを容認しているのではなく、もしかしたら望んでいるのかもしれない。そうすれば、きっともっと仲良くなれる気がしたのかもしれない。合宿の最後の方、りんちゃんと金剛さんがよく話をし出していたように。


 だからこそ、心無い言葉は出てきたのかもしれない。


 傷付き合うことで、もっと近づくような気さえして。


 それらすら俺の妄想でしかない。本当に彼女たちがどう思っているのかなんて知れない。


 それでも、そうやってきたから今さらそれを変える気にはならない。


 勝手に想像して、判断して、やはり俺はそうして生きていくのだろう。


 

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